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数日前、家でNHKのファミリーヒストリーという番組をたまたま観ていました。
この番組は各界の有名人の家族の歴史を探って紹介しており、私が観た時は女優の余貴美子の家族でした。
余貴美子さんはお爺さんとお婆さんが台湾人で、日本で一旗上げる為に来日し商売を起こし、東京で手広くビジネスを展開していたそうです。
その中で、私が"あれっ"と思った事があったのですが、余貴美子さんのお爺さんは戦時中には乾燥バナナを台湾から輸入して、大儲けし大豪邸を建てたという事でした。
戦争中と言えば、物資が不足しているイメージがありますが、豪邸なんて建てられるのでしょうか?
それに国家の命運がかかっている時期に豪邸を建てるなんて贅沢な事を世間は容認したのでしょうか!?
私は、戦争中にそんな事をすれば批判されそうな気がします。
戦時中に、それも台湾出身者が日本でビジネスをし、その上、大儲けをする。
台湾人がそうなんですから、日本人や朝鮮人などでも大儲けし、景気の良かった人はたくさんいたのではないでしょうか!?

それから話は変わりますが、数週間前の読売新聞の日曜版の中の新刊本を紹介する欄で、本の名前は忘れましたが、戦時中の事が書かれた本の内容が一部紹介されており、戦争中に日本国内で温泉旅行ブームが起こったと書かれていました。

戦争中に温泉旅行ブームは意外な気がしたしたが、戦況の悪化に伴い日本国民の生活はどんどんと厳しくなっていったのは確実だとは思いますが、これまで日本国民がメディアから聞かされてきた様な、戦争中は主食に芋やすいとんを食べていて非常に貧しかったというのは、数ヶ月、半年、一年間の事なんでしょうか?
私は、戦争が始まる頃からか、その少し前頃から日本国民は自由がなく、食べる物にも事欠いて、窮乏生活を強いられていたと思っていました。

事情通のみなさん、実際はどうなんでしょうか?

gooドクター

A 回答 (6件)

「戦時中」と言われるておられる時期(期間)と、庶民生活に影響が及んだ期間についてのイメージが錯綜されて伝えられているために判り難いのか思います。



イメージが錯綜してしまう原因はおそらく次の2点の影響が大きいのかと思います。
(1)歴史本や教科書は政治史が中心になっています。
(2)表現の自由や報道の自由というものが、昭和初期から徐々に制限され始めました。特に共産主義思想や社会主義思想への弾圧が強化され続けました。
これに対する反動として、第二次世界大戦後の暫くの間、いわゆる左翼系思想に基づいた教育が続いた結果、左翼系思想に対する制限の強化が殊更に強調されて伝わってしまっています。

(2)の影響で
「私は、戦争が始まる頃からか、その少し前頃から日本国民は自由がなく」
というイメージを持たれたのだと思います。

庶民生活への経済的影響は昭和2年の金融恐慌が発端となりました。
昭和12年の盧溝橋事件を切っ掛けに軍事費が財政を圧迫し始めました。
同時に米英を中心とした今で言う経済制裁が始まりました。

昭和12年 9月 東京市内の円タクの深夜営業禁止
      10月 東京市内の銭湯の朝湯禁止
      12月 東京に木炭バス出現
昭和13年    代用品と呼ばれる品物が出現
           陶製のナベ、竹製のスプーン、鮫皮の靴、鮭皮のハンドバッグ、木製バケツetc
昭和14年 6月 料亭の営業を午前0時までに制限
      12月 歳末大売出し禁止、門松廃止
昭和15年 1月 後楽園球場で炭焼きが始まる。神宮球場が木炭倉庫に転用される。
       5月 東京市が外米(輸入米)6割混入の米を配給する。
       8月 「ぜいたくは敵」「ぜいたくは出来ない筈だ」などの標語が発表された。
           同時に啓蒙と称する取り締まりが始まる。
      10月 浅草で「代用食展」が開かれる。
          ダンスホールの営業禁止
昭和16年 4月 六大都市で米穀配給通帳が発行され配給制度が始る。外食券が発行される。
       5月 「肉なしの日」が実施される。・・・実質的には市中の食肉は欠乏していました。
       8月 食堂や料理屋での米食を禁止し、販売時間制とする。
       9月 砂糖、マッチ、小麦粉、食用油の集成配給切符制度が設けられる
      10月 配給米の輸送をトラックから電車に切り替える。(ガソリン不足)
      12月 東京市内の妊婦診断の結果、
           栄養不良により半数が罹病しているかあるいは障害があることが判明
昭和17年11月 家庭用蔬菜の登録販売が始まる。
      12月 東京市内ガス使用が一戸一孔に制限される
           「欲しがりません勝つまでは」の標語が発表される。
昭和18年 4月 鉄不足を補うために銀座の街路灯が撤去される。
       6月 東京の昭和通りの街路樹が取り払われ畑に転用される。
昭和19年 3月 バー等の飲酒サービス店閉鎖
       4月 六大都市の学童給食用に米を一人7勺配布する
       9月 学童給食の米を廃止しパンを支給する。 
       11月 都民食堂と称する雑炊食堂が設けられる
           物価が高騰し始める 前年比13,3%上昇
昭和20年 6月 都民食堂(雑炊食堂)600軒が外食券食堂となる。朝食25銭夕食50銭
       8月 六大都市の主食配給が一人2合1勺となる

以上で、徐々に物資が手に入り難くなり、食糧事情が悪化して行く様子がイメージできましたでしょうか。
余貴美子さんのお話や、温泉ブームの話については、何時の時代でも金をかき集める才能がある方はおられます。

終戦と同時に、都市という都市が焼け野原になり、工場という工場が破壊されたところへ、満州や朝鮮半島、台湾などから着の身着のままの引揚者や復員兵が帰ってきたのですから戦後の窮状は惨々たるものでした。
この記憶と、戦前戦中の物資の欠乏との記憶が混同して伝えられているのも止むを得ないことかと思います。

社会が暗かったか明るかったかは、その日その日を送っていた人達がどのように受け取っていたか次第です。
当時の流行歌がyou yubeに沢山投稿されていますので聞いてみて下さい。
昭和11年 わすれちゃいやよ、ああそれなのに、東京ラプイソディー
昭和12年 青い背広で、人生劇場、人生の並木道、妻恋道中、マロニエの木陰
昭和13年 別れのブルース、支那の夜、満州娘、初j恋、雨のブルース
       (エノケン一座が旗揚げ)
昭和14年 名月赤城山、東京ブルース、港シャンソン、懐かしのボレロ、一杯のコーヒーから
       (後楽園球場の入場者2万人)
昭和15年 湖畔の宿、誰か故郷を想わざる、ラバウル小唄
       (東京競馬場第九回ダービー入場者6万人、銀座のお汁粉屋が19軒を越える)
       (芸能人の英語風芸名禁止)
昭和16年 北上夜曲、明日はおたちか、船頭さん、たきび
       (街頭でのスナップ写真が流行する)
昭和17年 婦系図の歌、新雪、勘太郎月夜唄、湯島の白梅、鈴懸の径
昭和18年 十三夜、南国の夜、スキー
昭和19年 惜別の歌
       (俳優座が結成される)
昭和20年 りんごの歌
       (12月31日 NHK第一回紅白歌合戦が実施される)
戦前も戦中も庶民は軍歌ばかり歌っていた訳ではありません。

出典:江戸東京年表 小学館




      
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この回答へのお礼

事細かく教えてくださり、ありがとうございます。
都市部では、徐々に物資が不足していったのでしょう。
その一方で地方では、食べる物に関しては、さほど不足はしていなかったようです。
物資が不足すればするほど、物を調達するルートを持っている人達は儲けられた事でしょう。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/04 18:21

再び失礼します。

こんな記事もありましたので参考にして下さい。
「検閲より商売 - 『そして、メディアは日本を戦争に導いた』」池田 信夫
http://agora-web.jp/archives/1565093.html
新聞社が戦争によって儲けたという事実があったようです。
ここの社長も贅沢な暮らしをしていたんでしょうね?
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この回答へのお礼

戦争を煽れば煽るほど新聞は売れるというのはわかる気がします。

このokwaveでも反韓を煽れば煽るほど回答者の食いつきがよくなり、議論が白熱します。
それと同じ事でしょう。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/04 18:15

>私は、戦争が始まる頃からか、その少し前頃から日本国民は自由がなく、食べる物にも事欠いて、窮乏生活を強いられていたと思っていました。



それはまったく違います。国民の窮乏が始まったのは戦争も終わりに近づいた昭和18年ぐらいからです。それまではそれほどひどい生活ではありませんでした。映画を見に行ったり、レストランで食事をしたりしていました。むしろひどかったのは戦争が終わった後、つまり戦後です。空襲で都市や生産拠点が破壊し尽くされ、農業もまともに生産できず、ひどい食糧不足に陥ったのです。都会には浮浪者が溢れ、食料物資が底をつき、餓死者もたくさん出ました。そう言う状況が昭和23年ぐらいまで続きました。米よこせのデモが宮城前で繰り広げられました。買い出し列車に人が溢れました。農村へ買い出しに行っても、売ってくれるものがありませんでした。
今の若い人たちは、戦前の日本は軍国主義で、国民は秘密警察に弾圧され、暗い生活を送っていたと学校で教えられていますが、まったくの嘘です。戦争は最大の公共事業ですから、戦前の日本はそこそこ景気も良く、国民はそこそこ豊かな生活をしていました。映画演劇など娯楽も楽しんでいました。普通の国民は軍や警察から圧迫を受けることはありませんでした。
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この回答へのお礼

思い出した事があるのですが、新潟の方が戦争中に新潟のデパートに行ってフランス料理だったか、西洋料理を食べていたそうです。
国民の生活が窮乏しだしたのは戦争が終盤になってからの事なんでしょうね。
やはり、戦争中、戦前の日本国民の生活は悲惨だったというのは左翼の捏造なんだと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/04 08:23

戦争中の生活と言っても、全ての人が一様であったはずはありません。



農村と都会でも違いますし、当時は生活格差がとてつもなく大きかったですから、貧乏人と金持でも違うはずです。


当時の資料はいくらでもあるので見てもらえばいいですが、図書館に行けば古い新聞の縮刷版などがあることも多いので参考になります。

この回答への補足

戦争中は、「欲しがりません勝つまでは」じゃなかったのか?

この標語を唱えていた期間って、どの位の間だったのでしょうか!?

補足日時:2013/11/03 22:57
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この回答へのお礼

>>戦争中の生活と言っても、全ての人が一様であったはずはありません。

まぁ、戦争中であろうがなかろうが、一様ではありませんが。
一度、図書館に行って、調べる価値はありそうです。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/03 22:53

戦争で儲けるのは洋の東西を問わずいるものです。


岩崎弥太郎は明治初めの台湾出兵に伴う軍の輸送業務などで財をなしていますし、今の刑法にある「談合罪」は昭和16年の刑法改正により制定されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E5%8B%99% …
昭和16年といえばシナ事変真っ最中であり対米英戦争開戦直前の時期であり、当然ながら軍に納める物資など業者同士が価格を談合して入札等をしていたのではないかと推測されます。
また、アメリカを始めとした世界の武器、兵器製造会社は戦争がある度に利益を得ています。
>これまで日本国民がメディアから聞かされてきた様な、戦争中は主食に芋やすいとんを食べていて非常に貧しかったというのは
確かに戦争の長期化、戦況の悪化に伴い食糧事情は逼迫していたことは確かでしょうが、特に都市部では状況が悪かったことは確かでしょう。しかし、地方に行けば供出逃れした米などは結構あったようです。その証拠に終戦直後に都会から地方に米の買い出しに出かけていたのですから。
そのように宣伝するのは、戦後の左翼の台頭による戦争批判、何でも軍が悪かったというネガティブキャンペーンの一環ではないかと考えます。
ですから、日教組教育から脱皮して正しい歴史を勉強することが必要です。
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この回答へのお礼

政商は戦争になれば儲かります。
言ってみれば、焼け太りみたいなものです。
それにしても日教組を始めとした左翼の誇張は酷いものがあります。
そのような連中から教育を受ければ、子供は何も疑う事なく信じてしまいます。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/04 08:29

>戦争中は主食に芋やすいとんを食べていて非常に貧しかったというのは、数ヶ月、半年、一年間の事なんでしょうか?



戦争中と、戦後の混乱期の話がゴッチャニなっているようです。

芋やスイトンというのは戦後、しかも軍人家族や主人が徴兵に行って返ってこない家庭などのサラリーマン家庭の話でしょう。

母が疎開先で、配給の食料が不足するので、少女時代の晴れ着を農家に持ってゆき、物々交換でやっと「銀シャリ」を喰った話をしておりました。農民は被害者の部分を宣伝しますが、軍人家族や公務員家族は被害者の部分を言うことさえも許されなかった様です。
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この回答へのお礼

戦争中に芋やすいとんを食べていたというのはドラマや映画にもよく出てきますし、okwaveの過去の回答などにも見受けられます。

http://www.edu.city.kyoto.jp/hp/shinmiti-s/gakun …

このリンク先は京都の小学校のサイトですが、戦争中はずっと悲惨だったみたいな事が書いてあります。
これは、日本の学校教育の中の平和教育としては平均的なものではないかと思いますが、これに書かれている事は本当なのでしょうか?
小学生が先生からこのような話を聞かされたら、疑う事なく信用してしまいますよね。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/11/03 22:41

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