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第二次世界大戦での連合国および枢軸国の強さのランキングはどうなるでしょか?
連合国(イギリス、フランス、アメリカ、カナダ、オートストラリア、ソ連)、枢軸国(ドイツ、日本、イタリア)の
強さのランキングを書いてください。
1940年あたりのでは戦争に準備してきた枢軸国の有利に傾くために
1943年次のものを教えてください

嫌車家前田

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A 回答 (2件)

これは1945年になるかな?


最終的に費やしたお金パワーで比較すると

 アメリカ3410億ドル、ドイツ2720億ドル、ソ連1920億ドル、イギリス1200億ドル、イタリア940億ドル、日本560億ドル

 日本てイタリアの半分なんだ!
 今では逆転してるけど、意外とすごいイタリア。
 ソ連は生活物資面を英米に援助してもらって軍事にすべてをつぎ込んだってことかな?
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すべてをひっくるめた強さのランキングってことでいいですかね。



イタリア>フランス>(越えられない壁)>アメリカ>>(死んでも越えられない壁)>>>ドイツ>ソ連>イギリス>>(どうにも越えられない壁)>>日本>>その他

え、なんでイタリアが最強国なの?って、実はイタリアはドイツや日本と違って戦略爆撃で国土が荒廃していませんし、ゆえに民間人の被害も少なく、おまけに軍隊も真面目に戦わなかったので人的損害がとても少なかったのです。戦争からも真っ先に脱落して「いち抜けた」を決めています。もちろん戦争ですから物資不足には悩まされたようですが、どうも日本やソ連が陥ったような深刻な食糧不足には悩まずに済んだようで、イタリアの降伏交渉のために派遣された米軍と英軍の士官がイタリア側から用意された食事を見たとき、思わず「戦争になってこのかたお会いしたことがないごちそうに、我を忘れて食べまくった」のだそうですよ。
フランスは、どこをどう見ても負けた国のはずなのに、ちゃっかり戦勝国入りしているそのすさまじい政治力ですね。戦勝国の中における人的、物的被害は最小でしょう。

アメリカはもうまさにチートっぷりがハンパないです。第二次大戦におけるアメリカとは、「イギリスとソ連に膨大な援助をし、中国にも援助し、ドイツとも直接戦い、日本とはほぼ単独でアイスクリームを食べながら戦い、結局戦争に勝ったけど、それでもまだコーラを飲む余裕があって本気を出していない」なのです。
イギリスと日本では、日本人なら日本を上にしたいところですが、総合的な国力という点ではイギリスには勝てません。特に科学技術力や生産力に雲泥の差があります。スピットファイアと零戦は、1対1なら互角の戦いでしょうが、生産性、出力に余裕があり改良の余地があったロールスロイス・マーリンエンジンと故障率が高かった栄エンジンの総合的な差、レーダーと無線を組み合わせた迎撃システムが運用できる英軍と、信頼できるレーダーも無線機も作れなかった日本軍との違いを考えると、100対100(レーダー運用システムを含む)なら勝つことはできないでしょう。
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Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Q昭和10年時の軍事力ランキング

第二次世界大戦直前の1935年頃の軍事力を国別に順位付けしたらどのようになるのでしょうか?

自分の予想は下の通りです

陸軍力
1ドイツ2ソ連3アメリカ4日本5フランス6イタリア7イギリス

海軍力
1アメリカ2日本3イギリス4ドイツ5ソ連6フランス7イタリア

できれば根拠もいただければうれしいです

Aベストアンサー

付け足しです。1941年6月に関してはこうなるかと思います。
   陸軍
1・ドイツ(保有師団数・車両・航空機・経験で圧倒)
2・ソ連(保有師団数・車両・航空機はダントツ)
3・日本(動員中兵力と航空力が優れる。車両面では遅れ気味)
4・米国(保有兵力は少ないが、航空力は優れる)
5・英国(植民地大国の強み、兵力と車両保有数が優れる)
6・イタリア(兵力こそ多いが士気及び弾薬が枯渇)
番外・フランス(降伏したため植民地軍しかない)・中国(組織だっていない)
   海軍(カッコ内は建造中の数)
1・米国…戦艦17(10)・空母6(5)・巡洋艦及び補助艦が多い
2・英国…戦艦13(2)・空母7(3)・巡洋艦及び補助艦が多い
3・日本…戦艦10(3)・空母8(10)
4・イタリア…戦艦6(2)・空母(2)
5・ドイツ…戦艦2(1)・装甲艦2・旧式戦艦2・空母(1)・潜水艦多数
6・ソ連…戦艦3(4)・潜水艦多数
番外・フランス…戦艦5(1)・空母1(降伏したため評価不能)

44年7月になると
   陸軍
1・米国…工業力で車両・航空機がダントツ
2・ソ連…兵員の数と車両は多い
3・ドイツ…総動員体制に突入したため生産力が急上昇
4・英国…米国の援助で戦力が回復
5・日本…歩兵と航空機は多いが、車両が不足
番外…フランス(亡命政府)・イタリア(停戦後の再編成中)
   海軍
1・米国…戦力がダントツ
2・英国…ドイツ軍の潜水艦攻撃は収まり制海権を回復
3・日本…なんとか戦力を維持している状態
4・ドイツ…風前の灯
5・トルコ・アルゼンチン・ブラジル・チリ…戦争していない
番外…フランス(亡命政府)・イタリア(停戦)・ソ連(壊滅)

付け足しです。1941年6月に関してはこうなるかと思います。
   陸軍
1・ドイツ(保有師団数・車両・航空機・経験で圧倒)
2・ソ連(保有師団数・車両・航空機はダントツ)
3・日本(動員中兵力と航空力が優れる。車両面では遅れ気味)
4・米国(保有兵力は少ないが、航空力は優れる)
5・英国(植民地大国の強み、兵力と車両保有数が優れる)
6・イタリア(兵力こそ多いが士気及び弾薬が枯渇)
番外・フランス(降伏したため植民地軍しかない)・中国(組織だっていない)
   海軍(カ...続きを読む

Q小学生でもわかる第二次世界大戦の流れ

小学生と、知的障害がある中学生に第二次世界大戦のことについて
説明してほしいと頼まれましたが、しゃべった内容が難しかったのか
ぽかーんとされてしまいました。自分が完ぺきに理解しているというわけでもないので
説明しながら自分でもわからなくなってしまいました。

そこで、子どもにも簡単に説明できるような第二次世界大戦の
開戦きのっかけ、流れ、終戦、状況などをとても簡単に教えてください。
お願いします。
一時間以内で話せたらいいかなあと思っています。

Aベストアンサー

 こういうのでどうでしょうか?

(1) 世界は3つのグループがあった。
 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。
  Cグループの弱い国を支配していた。

 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。
  AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。

 C)AグループやBグループに支配されていじめられて
  いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。

(2) 開戦

 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。
  中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメリカ
  やイギリスが邪魔をしたのでそれら強国との大戦争に
  なった。
 ・ドイツも同じく周りの国々を軍隊の力で支配し、
  アメリカやイギリスと大戦争になった。
 ・強国に支配されていた国々は日本やドイツのやりかた
  が酷かったので日本やドイツと戦いを始めた。

(3) 流れ

 ・日本とドイツの戦争のしかたは奇襲といって相手が
  油断しているときに突然襲う戦い。だから初めは
  勝つけれど、より強いAグループが本気を出すと
  日本・ドイツは負けていく。そして支配の仕方が
  酷いので支配された国の人から恨みをかい日本と
  ドイツは大敗する。

(4) 終戦
 ・負けることがわかっても日本だけ戦いつづけた。
  理由は天皇を守るためということだった。
  戦いが続く中、アメリカは原爆という大きな爆弾を
  日本の広島と長崎に落として日本は降参した。

(5) 状況

 ・この大戦争は初めは強国どうしのよその国を奪い合う
  喧嘩だった。けれど日本やドイツが少人数の偉い人の
  命令をみんなは文句を言わず聞け、一人一人の事より
  国=偉い人のほうが大事なんだという考え方と、一人
  一人の事を大切にする考え方に賛成する国々との戦い
  となり、最後は日本と80の国々との戦いとなった。

 ごめんなさい。やはり難しいですね。でもこれを下敷きに

もっとお話し的に変えたらどうでしょう?

 

 こういうのでどうでしょうか?

(1) 世界は3つのグループがあった。
 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。
  Cグループの弱い国を支配していた。

 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。
  AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。

 C)AグループやBグループに支配されていじめられて
  いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。

(2) 開戦

 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。
  中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメ...続きを読む

Q第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は?

先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭...続きを読む

Qドイツがソ連に参戦しなければ戦争に勝っていましたか?

第二次世界大戦でドイツ軍が敗北したのは、ソ連に参戦をしかけ戦域を広げたためだと思います。
もしそれがなければ戦争に勝利する確率はどれくらいありましたか?
あるいはアメリカが参戦した時点で勝てる見込みがなくなっていましたか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

そもそもナチスドイツの目的は、ソ連を倒し、東方に勢力圏を広げる事でした。
フランスとの戦いは、ソ連と戦っている時に、後ろから攻撃されないようにする事が目的でした。

(ベルサイユ条約への反感も有りましたが。)

そのため、ドイツとソ連が戦わないという事は、想定しにくいのですが、ヒトラーが、ソ連との戦いを延期し、イギリスを無力化る事を、最優先に考えたのなら、勝つ事は、可能だったと思います。

そのためには、スペインを何としても同盟に引き込み、最悪スベインに攻め込む位の気構えが必要でした。

スペインから、ジブラルタルを攻撃し、占領。
その後モロッコに軍を派遣し、モロッコの防備を固めます。
一方、リビアのアフリカ軍団を増強し、スエズ運河占領。
さらに、インド洋にUボートを派遣して、通商破壊を行えば、イギリスの占領はできなくても、ほとんどイギリスの無力化ができます。

多分、ジブラルタルかスエズが占領された時点で、チャーチルは、辞任に追い込まれるでしょう。
この時点で、アメリカが参戦していなければ、イギリスとの講和が可能です。

ただ、実際の赤軍は、この時ほとんどスターリンにより無能化されていましたが、この作戦中、ソ連軍がドイツに攻め込む可能性が予想された場合、ドイツがこの作戦を行う事には、危険がともなったでしょう。

ドイツが勝つか負けるかは、スペインを同盟に引き込めるかどうかにかかっていたと思います。
スペインで、足を取られたら、ソ連に漬け込まれる可能性が有りました。

そもそもナチスドイツの目的は、ソ連を倒し、東方に勢力圏を広げる事でした。
フランスとの戦いは、ソ連と戦っている時に、後ろから攻撃されないようにする事が目的でした。

(ベルサイユ条約への反感も有りましたが。)

そのため、ドイツとソ連が戦わないという事は、想定しにくいのですが、ヒトラーが、ソ連との戦いを延期し、イギリスを無力化る事を、最優先に考えたのなら、勝つ事は、可能だったと思います。

そのためには、スペインを何としても同盟に引き込み、最悪スベインに攻め込む位の気構え...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q敗戦国イタリアは,なぜ非難されないの?

第二次世界大戦の敗戦国である日本やドイツは,
戦後70年たっても,いまだに非難されています。

イタリアに関しては,そういった非難を聞かないのはなぜでしょうか?

また,敗戦国が被害を与えた国に対して謝り続けなければいけないのは
あと何年くらいですか?

戦争の当事者が皆いなくなっても,続きますか?

Aベストアンサー

1:>イタリアに関しては,そういった非難を聞かないのはなぜでしょうか?
2:>また,敗戦国が被害を与えた国に対して謝り続けなければいけないのはあと何年くらいですか?
3:戦争の当事者が皆いなくなっても,続きますか?


回答1:最初に降伏して、連合国側についた為と思われます。
(あまりの弱さに敵として認識されていなかったのかもしれません)

イタリアですが、戦争中にクーデターが起って南北に分裂し、その後南王国は連合国に加盟しています。

1:南部の南王国(国王・パドリオ政権)
2:北部のイタリア社会共和国(RSI・ムッソリーニ)


回答2:もともとそのような義務はありません。
回答3:回答2と同じ。更に戦争は国家の行為であり、元々個人としての「当事者」など存在しません。(理由は後述)

謝罪を執拗に要求するのは、日本の周囲の特定の国々だけです。
また、「敗戦国」という理由で謝罪の必要が発生するなら、勝ちさえすれば何をしても良い事になります。
それでは「国際法」の意味などありません。

質問者様は、「戦争」という行為について誤解しているように思います。
無知な人は、戦争=悪→謝罪 と思い込みますが、
戦争とは、国際法で認められている交戦権の行使であり、相手国に自国の要求を武力で承認させる行為です。
外交とは手段が異なりますが、同じ国益を追求する為の行為であり、政治の一手段に過ぎません。

これも誤解されていますが、主権の存在により、国家には自分より上位の法的権限を持つ存在はありません。
戦争が国家の行為である以上、裁判の対象にすることはできず、戦争指導者であっても、個人に責任は発生しません。(動画も参照)
(国連は、憲章に合意した加盟国間の調停機関に過ぎません)

これもよく誤解されていますが、軍事裁判は「戦時に行われた国際法違反の行為」である「戦争犯罪」を裁くものに過ぎず、「戦争そのもの」は対象にできません。
そして、戦争犯罪は戦勝国や敗戦国の区別なく裁かれます。(少なくともWW1までは)



「戦争そのもの」の処理についてですが、
まともな国家間での戦後処理は、何らかの条約(多くは講和条約)を結ぶことで戦争状態は解消され、国交締結へと続きます。

そして、「条約」とは国家間の契約や義務を定めるもので、相手の非を晒し上げたり、責任を押し付けあうものではなく、終戦時の力関係で払うものを払って手打ちにするという約束です。

国家が裁けない以上、この方法以外での終戦と戦後処理はできません。

責任や謝罪という、片方が納得しなければ永遠に認められない曖昧な抽象概念を、終戦や講和の条件に含めた場合、両国の関係や国民間で怨恨が残り、その後に悪影響が出ます。
少なくとも、日本の周囲の特定の隣国以外はそう思っています。

実際、ドイツは戦争については、国家の権利という見解から謝罪はしていません。
よく、無知か故意に誤解を広めたい一部の人達は「謝罪したドイツを見習うべきだ」という主張をしています。
しかし、ドイツが謝罪したのはユダヤ人へのホロコーストのみです。
それも「ナチス」という党の行為であり、国家としてのドイツの責任ではないという見解です。


日本の戦後処理については、各国と講和条約を結んでいるので終了しています。
実は、多くのアジア諸国は「アレは侵略ではないので賠償はいらない」と連合国が認めた賠償請求権を放棄してくれています。
(タイなどは、更に日本が戦費として借りたものまでタダ同然にしてくれています。)
日本はそれらの国に対しても「準賠償」という名目で経済援助をしています。

【日本が支払った戦争賠償金】
http://www.youtube.com/watch?v=euNuLLDSWTI


あの隣国達についですが、
韓国については、終戦まで日本の一部であり、戦場になったこともなく被害もなかった為に連合国は戦勝国とは認めていません。
そして、国交を結ぶ時の条約で、「過去の問題はすべて解決済みとする」という合意ができているので、謝罪する必要はありません。
併合時の統治も謝罪や賠償が必要なことはしていません。
北の方については、条約の締結時に、南が「自分達が半島の唯一の正統な国家である」と主張しているので、彼等の問題になります。


中国についてですが、
今の政権はサンフランシスコ平和条約の調印国ではありません。
日本との国交回復は、1972年に締結された日中平和友好条約によるものです。
中国はそのとき、【中国は日本に対する戦争賠償の請求を放棄する】ことを宣言しています。
これについては、以下のような事情があります。

終戦時に、日本は満州国に膨大な資産とインフラを残しており、これに対する中国への補償請求の権利は戦争と関係なく残っています。
それらを金額的に両者を比較すると、

【日本が残した資産への補償】>>【中国の戦争賠償の請求額】

となり、うっかり請求すると薮蛇になってしまうので、中国側は、請求権の放棄と言う「寛大な配慮」を装って誤魔化しているだけです。
(インフラについては韓国や台湾も同様でしたが、連合国の意向に拠って日本は請求権を放棄させられています)

謝罪については、
以前、旧社会党が訪中し「日本は戦争により中国に多大な迷惑をおかけしました」と謝ったことがありました。
これに対して、毛沢東は「なにも謝ることはない。日本軍は我々に大きな利益をもたらした。日本軍のおかげで中国共産党は中国を手に入れることができた」
と応えています。

http://www.youtube.com/watch?v=sDTJVZheUwo

1:>イタリアに関しては,そういった非難を聞かないのはなぜでしょうか?
2:>また,敗戦国が被害を与えた国に対して謝り続けなければいけないのはあと何年くらいですか?
3:戦争の当事者が皆いなくなっても,続きますか?


回答1:最初に降伏して、連合国側についた為と思われます。
(あまりの弱さに敵として認識されていなかったのかもしれません)

イタリアですが、戦争中にクーデターが起って南北に分裂し、その後南王国は連合国に加盟しています。

1:南部の南王国(国王・パドリオ政権)
2:北...続きを読む

Q日本軍、最後の大勝利

ドイツ軍ならドデカネス諸島の戦いが最後みたいですが、
日本軍は何でしょうか?
小さい海戦での勝利はいくつかありますが
「コロンバンガラ島沖海戦」「礼号作戦」など。
ドイツ軍のような大きな日本軍の勝利は、どれになりますか?

また、ミッドウェー海戦後にアメリカ軍を撃退して島・地区などを、
取り返した事とかありますか?

宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

ネットの時代になってミリタリーの分野も色々と変わったなと思います。ネットが普及する前はシモ・ヘイヘって知られていませんでしたからね。ドデカネス諸島の戦いも、最近のミリタリーオタクの間での扱いは知りませんが、書籍でそういう資料をあさっていた世代にはほとんど知られていない戦いだと思います。Wikiには「ドイツ軍最後の大きな勝利」とあるけど、個人的にはそりゃいいすぎだと思いますね。元々地中海方面の戦いはまともな日本語の資料もとても少ないですからね。

ドデカネス諸島の戦いの勝利の定義づけを「枢軸側が積極的に攻勢をして戦術的な勝利を得た」とするならば、日本軍のそれは大陸打通作戦でいいと思います。質問者さんは戦局への影響が小さいと指摘していますが、ドデカネス諸島の戦いのほうがよっぽど戦局になんの影響も与えていないですよ。だからマイナーなのだと思います。英軍もモロに手抜きですしね。ここでドイツ軍が勝利をしたからベルリン陥落が遅れたという影響は皆無だと思います。
大陸打通作戦は、それによって中国大陸から日本本土への爆撃作戦というのが不可能になったわけですから、戦局に対する影響はそれなりにあったと思います。

おそらく、質問者さんの考えとしては「大戦後半に日本軍がアメリカ軍を相手にして攻勢作戦に出て戦術的勝利を得た」というものだと思いますが、うーん、ルンガ沖夜戦かなあ。
南太平洋海戦に対しても「苦い戦術的勝利に過ぎない」と分析されていますから、その基準で考えると「そういう戦いは、ない」ということになろうかと思いますよ。アメリカ軍というのはそんな間抜けな軍隊ではないですし、地上戦力でいえば日本軍の1個師団とアメリカ陸軍の1個師団では火力(砲兵力)がもう圧倒的に違いますから、なんともならんですね。しかもアメリカ陸軍師団は単独で行動することは少なく、多くが軍団規模で、しかも軍団には軍団直轄の砲兵戦力があってこいつがすさまじいほどの火力を有していますからね。この砲兵火力に関していえば、あのドイツ軍も圧倒されるほどです。

ネットの時代になってミリタリーの分野も色々と変わったなと思います。ネットが普及する前はシモ・ヘイヘって知られていませんでしたからね。ドデカネス諸島の戦いも、最近のミリタリーオタクの間での扱いは知りませんが、書籍でそういう資料をあさっていた世代にはほとんど知られていない戦いだと思います。Wikiには「ドイツ軍最後の大きな勝利」とあるけど、個人的にはそりゃいいすぎだと思いますね。元々地中海方面の戦いはまともな日本語の資料もとても少ないですからね。

ドデカネス諸島の戦いの勝利の定義...続きを読む

Q日本の軍事力は第一次大戦時どのくらいだったのでしょう

1914-1918年当時日本の陸軍軍事力というのは各国と比べてどのくらいだったのでしょう。どの国と同じくらいかという意味で。欧州列強にはとても並べないでしょうが、イタリアぐらいとは並んでいたのでしょうか。また海軍だけとればどうなのでしょう。

Aベストアンサー

イギリスは、第2次までずっと主力艦の数では郡を抜いて多いです。性能も第1次大戦時最高クラスでした。海軍力で1位はイギリスなのは確定です。
ドイツも同様です。ただしイギリスよりは艦船数が劣るため2位です。
アメリカは、南北戦争以降ほとんど戦争に関与しなかったという国家です。そのため、欧州やその影響の強い日本海軍とは別の進化をしていた海軍です。ただ、国力の面で圧倒的なので、保有数は多いです。3位は確定ですね。

日本なのですが、とりあえず日露戦争で勝利したものの、いまだ欧米と比べると見劣りします。国力の面では言わずもがななのですが、技術力でもかなり背伸びの感があります。
金剛なのですが、イギリスで建造されたものですね。技術会得の要因もありますが、いまだ最新鋭となると「海外発注」という状態です。当時それをおこなっていたのはトルコなんかが代表ですね。
特に鋼材技術は大きくいびつであり、金剛のドリルは有名ですね。イギリス製の金剛の装甲に日本製のドリルを使ったらドリルが欠けたというものです。これって案外深刻な話です。
比叡以降は日本で作ったものですね。4隻そろえば一応世界最強の巡洋艦隊とはなるのですが、戦争は1艦隊でするものではないです。

艦船の数で上回っていても技術の面で欧州には及ばないため、肩を並べるのはかなり厳しいかと思います。イギリスを仮想敵国扱いして技術を磨いていたフランスと、そのフランスを敵対視していたイタリアよりも下かとは思いますがいわゆる陸軍国のオーストリアとなら・・・ロシアは日露戦争の大敗北で新型艦建造に大きく出遅れているため、論外かと。

陸軍に関してですが、これは第1次大戦で、大きく様変わりします。日本は欧州戦域でいわゆる「近代戦」を行っていません。アメリカは一応行ってはいるのですが・・・この差は大きいです。第2次大戦で大きく響くことになります。
第1次大戦までは、陸軍力というのはある意味国家動員力とイコールでした。とにかく人を送り込めるほうが強いというのが大前提だったのですが、機械化が進んだため、大きく力関係が変わったのです。
よって、第1次大戦中であっても、近代戦による改変を行わなかった日本軍は大きく遅れをとっています。

航空技術力では、やはり欧州には大きく遅れをとっています。技術力のタッチアップは特に深刻で、第2次大戦まで尾を引く状態となります。

イギリスは、第2次までずっと主力艦の数では郡を抜いて多いです。性能も第1次大戦時最高クラスでした。海軍力で1位はイギリスなのは確定です。
ドイツも同様です。ただしイギリスよりは艦船数が劣るため2位です。
アメリカは、南北戦争以降ほとんど戦争に関与しなかったという国家です。そのため、欧州やその影響の強い日本海軍とは別の進化をしていた海軍です。ただ、国力の面で圧倒的なので、保有数は多いです。3位は確定ですね。

日本なのですが、とりあえず日露戦争で勝利したものの、いまだ欧米と...続きを読む

Qなぜ日本は植民地にされなかったのですか?

19世紀、他のアジア諸国は欧米列強の植民地にされたのに
なぜ日本は植民地にされなかったのですか?
日本の教育水準が高かったからですか?
それとも単に運がよかったからですか?

Aベストアンサー

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。今もそう呼ばれてます。伊豆代官江川が引き継いで、青銅砲でない鋼鉄砲をつくる高熱の製鉄炉(反射炉)をつくろうとしたり(大砲、兵学などはなんとかヨーロッパの技術においつこうというカンジ)、日本人は形式・格式でガチガチのバカな武士社会の中でも一部の有能な、志ある人たちに助けられてなんとか西洋とわたりあえる学術・軍事・文化・行政制度をもっていたのです。
(ほとんどの藩はド貧乏、借金まみれ。一部の外様大名とかだけです。意識あったのは)

ペリーが来航した時も(一年前くるっていったのに来ないと思って内緒にしちゃったバカな幕府上層部のせいで大慌てしたが)、一年後返事をもらいにくる、といったあと年明け10ヶ月にきた時には、無防備だった江戸湾に砲台島を築かせて防衛体制つくった(江川が指揮)
これが砲台場、今の「お台場」です。
これにはペリーも驚いた。
あと吉田松陰みたいに単身(2人だったけど)黒船に乗り込んで
「我アメリカに行かんと欲す」と叫びまくって返ってきた若者とか。
こんな人他のアジアの国にはいなかった。

日本は天文、数学、測量でもヨーロッパの文献研究したり、和算でも微分積分できたらしい。水準高かったンですよ。富豪商人は学問する人たちが多いとか、そういうこともあったらしいし、町民文化も小説、演劇、レベル高かったです。

アメリカと国土交渉する際もペリーが小笠原はアメリカ人住んでる、国際的に通じる文書で証明しない限りアメリカ国土だ、といった時、フランス語版・林子平著三国通覧図説をだして、出版年からも日本領土だと証明。
松平定信が迫害した林子平の著作が、大黒屋光太夫一行のうちロシア日本語学校教師にのこった一人とドイツ人言語学者の手で訳されて、小笠原諸島をまもったわけですね^^

ま、そんなこんなで、日本は他のアジアの国より運がよかった。
・一応、統一国家でまとまってた。いくつか勢力が争ってるとかじゃなかった
・文化水準がヨーロッパと同程度だった(これは不思議なものである)
・一部の蘭学者のおかげで、外国の情勢なども在る程度はつかんでいた?!ジョン万次郎がいたといなかったじゃ、また違ったろうなぁ
江川さんがいなかったら大変だったと思うよ
・穏健バランス派の阿部が老中(筆頭?)だったのもよかった。水野忠邦だったらボロボロだったんじゃないかなぁ
最後は大分大胆に物事運んだけど。
・武士階級、常時帯刀武装してる階級が行政してる、というのはなかなかすごいかも^^
・シーボルトが日本の文化レベルを紹介する書物を発表してくれていた
(ペリーもちゃんと読んでた)→日本は交渉するレベルの国だと思ってもらえた。おそらく礼砲をちゃんと返せる国なんてアジアで日本ぐらいだったでしょう。

兵力でいえば、この前NHKでもやってましたが薩摩とイギリスの争い、中国のイギリス艦隊きた時は薩摩ボロ負けですよ。海戦は特に。
最初、不平等条約だったのもしゃーない。
しかし、交渉のテーブルがある、というのは在る程度、相手を認めてのことだし、全面開戦しなかった、というのはお互いのメリット、リスクも含めて必然だったのかも。
まぁ頑張りましたね、当時の日本^^

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。...続きを読む


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