出産前後の痔にはご注意!

戦時下に非国民扱いされた人というのは、
当時の決まりごとを守ろうとしなかった自己中心的なわがままな人達
という解釈でいいのでしょうか。

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A 回答 (8件)

違いますよ。


先の大戦に限れば、長いものに巻かれたり、風見鶏のように主体性のない人ではなく、勇気を持って自身叉は正論を貫いた人がそうよばれたのです。
異常者が大多数がを占めれば、ままともな人が『非常識な人』になってしまう危険性はいつでもどこにでもあります。
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北朝鮮で「キンさんのおかげ」と思わない人はいきなり消息不明になります。

 非国民にさえなれずに消え去るわけですから非国民は存在しません。 日本の戦時下で「非国民」は「悪役」となって大衆不満の捌け口、見せしめにされてしまった不可欠分子です。
「世のためお国のため」と考えても「偉いさん」が容認しなければ非国民ですから共産主義者は非国民でした。 共産主義者だからといって皆が「監獄にいた」わけではありません。 宮○○二さんは「犯罪者」だから監獄から出れなかったのです。 戦後の北朝鮮であれば即行方不明でだ~れも記憶が無い人になります。
GHQ指導下でアホウの嘘吐きが、戦後の「自己中心的なわがままな人達」の無自覚者を大量生産した結果、現在の常識敵な人達の過半数多数を作りました。
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>当時の決まりごとを守ろうとしなかった自己中心的なわがままな人達



単純に前段と後段とに分けて考えればいいんですよ。つまり「当時の決まり事を守ろうとしなかった」「自己中心的なわがままな人達」ですね。
(1)前段について
あくまでも「当時の」決まりごとですね
(2)後段について
「当時の風潮・価値観から考えて」というのを付け加えてみてください。
この範囲では#1さんの「非常識な人」という表現は非常にわかり易いものでしょう。

そして、当時の常識が現代に通じるかというと、それは全くの別問題ですよね。当時の「戦争万歳。逆らう奴は国賊だ」という常識がいいと思うか悪いと思うかは質問者さんしだいです。
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人と人との付き合いの中で、自己中心的であるとか、わがままというのではなく、


「戦争がよいことである、国民はみんな喜んで戦争に協力しなければならない・・」という軍の統治下において反戦を明確にした人、日本以外の国に協力しようとした人が非国民と呼ばれました。

自分の子供や恋人が戦争にいくのに「万歳!」と言って送り出さず、「行かないで」と泣けば、それは非国民でした。軍が日本はどこの戦地でも大勝を続けているという「大本営発表」(途中からは虚偽の発表になる)を行っていた間「この国は負ける」といえばそれは非国民でした。

与謝野晶子の有名な詩に「君死にたまふことなかれ」というものがあります。弟が出征したときにそれを嘆いたものです。
彼女はこの詩を書いて、非国民と批判を浴びましたが、
「本当の心を歌うのが歌人であり、後世の人に笑われないよう、本当の心を歌った。親兄弟が無事で帰れと願うのはしごく当然なことだ」と反論したそうです。

非国民が、単純に自己中心的でわがまま・・とはいえないと思うのですが、伝わりますでしょうか?
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当時の国(政府・軍部)に対して都合の悪い人々のことです。



非国民とは、戦時中では戦争反対の意見を持ち、政府や軍部の行いに疑問を持った人や、共産主義者などの人々といえるでしょう。
一度非国民と後ろ指を差されてしまえば村八分にされかねません。

政府はそのような情報操作で国民を都合よく破滅に導いていきました。

イラクで誘拐された人達に対する政府の仕打ちを見ても分かるとおり、現在もそう変わっていないような気がするのは私だけですかね…。
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こんにちは。

私も戦争を全く知らない年代ですが、知るうえでは 戦時下、国民は“お国のために”をスローガンにしてたようで徴兵されたのに逃げ出した健康な男子や、贅沢は人民の敵と言われた時代ですから贅沢をしていた人などが「非国民」だったのではないでしょうか?祖父、祖母に聞いたような知識なので正確かどうか分かりませんが参考になれば幸いです。
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決まりごとを守らない=自己中心的・わがままというのも乱暴かと思いますが。

 (決まりを作った人にとっては そうでしょうけど)

私は 当時の風潮や決まりごとに 疑問を抱いた人と解釈しています。 
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日本国民なら当然こうするべき


というセオリーと違うことをした、
もしくはセオリーを否定した人を
日本国民に非ず(あらず)、と
侮蔑した言葉ですから、現代風に
言えば「非常識な人」でしょうか。
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質問内容はタイトルの通りなんですが。
最近、終戦60周年ということもありテレビなどで戦中のことを報道する番組を多く見かけます。
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しかし・・・。
どうも私は納得がいかないのです。
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Aベストアンサー

私は、石橋湛山が最初に思い浮かびました。
詳細は、下記を参照していただければ判りますが、戦争中、戦争反対を言ってのけ、しかも言論封鎖を絶妙に避けた手腕と先見性は、勇気ある良識としか言いようがありません。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%A9%8B%E6%B9%9B%E5%B1%B1

Q戦争中、普段通りの生活をしていた人の話を聞きたい

戦争中、普段通りの生活をしていた人の話を聞きたい

戦争体験としてよく語られるのは、原爆や空襲などの攻撃によって肉親が死んだり、家が焼かれたりというものが中心ですよね。
戦後世代の人は、戦時中は1億人の国民全員がこのような辛酸をなめ、苦しい生活を送っていたと信じ込んでいます。
戦時中を過ごした1億人の国民全員が苦労人で、戦後の日本があるのはその人たちのお陰で、その人たちに感謝しなくてはならないという論調が多く見られます。

でも、これってちょっとおかしいですよね?確かに戦争で軍人、民間人合わせて310万人の人が死亡し、都市面積の30%が消失したと言われています。
しかし、310万人の死者は一見多いように見えますが、1億人の人口から見たら3%で、97%の国民は生き残っているわけです。
また、国土が焼け野原になったと言われますが、都市面積の70%は無傷だったわけです。

これらのことから見ても、当時の国民で、肉親や親戚に死亡した人がおらず、空襲も受けなかった人はかなりの数がいるはずです。
その中でも、農村部に住んでいる人であれば、食料にも不自由せず、普段通りの生活をしていた人も多くいたと推測されます。
もちろん時代が時代ですから、派手なパーティーをやったり、観光旅行にでかけたりということはできなかったでしょう。
しかし、戦後世代の人が教わったような、日本中が地獄絵と化したというのはちょっと大げさなのではないでしょうか。

当時は情報も統制され、日本がどんどんやられているというような情報は入って来なかったでしょうから、いずれ自分たちも攻撃を受けるというような危機感もなかったと思われます。
当時の国民の、少なくない数の人たちが、実は普段通りの平和な生活を送っていたと推測されます。
戦時中、実際にこのような普段通りの平和な生活を送っていた方の体験談を聞かせていただけませんか。
また、そのようなことを紹介したサイトなどがあれば教えて下さい。

なお、私が聞きたいのは「戦争中、普段通りの生活をしていた人の話」であって、「そんな人はいない」とか、「そのような質問は不謹慎だ」というような回答はお断りします。
質問の趣旨を理解した上で回答をお願いします。

戦争中、普段通りの生活をしていた人の話を聞きたい

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Aベストアンサー

 母は田舎にすんでいたので、まったく戦争の影響はなかったそうです。
確かに統制品は手に入りにくかったらしいですが、食べるのにはまったく困らなかったそうですよ。
 よく、都会から食べ物を分けてくれって人が来たらしいです。

 父は逆で都会で生活していたので疎開をしました。
疎開には、集団疎開と縁故疎開ってのがあるんです。
中でも悲惨なのが集団疎開です。学校の力関係が24時間中です。いじめっ子はずっといじめ、いじめられっこはそれこそ現代で言うイジメなんかと比較できないほど酷かったらしいです。

 また、縁故疎開っていうのも、ようするに都会のこじゃれたガキが、自分の親戚をたよって田舎に疎開するんです。すると、もちろんその子のキャラにもよりますが、めちゃ人気者になった人もいたみたいです。


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