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「遺伝子検査を行い、才能に見合った教育を」とは何ぞや?

====日本国の最新の教育方針らしい記事:
「就学時に遺伝子検査を行い、才能に見合った教育をしていくべき。無能は教育するだけ無駄」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1794990 …
====

私の大好きな姉貴は以下のような感想を述べていた。

『適正があろうとなかろうと、サッカーが【好きで夢中になってる、それ自体が人が生きている意味】なのに、これじゃ死んだ目をした子供を量産するだけ。天才だって出てこられなそう』

「遺伝子検査を行い、才能に見合った教育を」とは何ぞや?

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A 回答 (6件)

OtamaFJWR様、こんばんは。




親権とか、「教育権」?といった用語もあるよう、なんですけど、
なんてったって、本人、ですからね。

「「(放置が、)本人の将来にとって、取り返しが付かない結果を生じる」という場合にのみ、
介入も可能」という、判断も、あるんです。


あー、それから「教育を受ける権利」というのも、ありますね。
「無能は教育するだけ無駄」とは、暴論です。


>「「遺伝子検査を行い、才能に見合った教育を」とは何ぞや?」

つまり、「効率」ということ、なんでしょう。
「経済学者って、サイテー!」と思うことがあるんですが、
そういう感じでしょう。
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 その発言自体に納得はしませんが、だからといって「何バカなこと言ってるんだ」と批判するだけではあまりにも無知なきもしますけどね。



 この発言のポイントは、「自分の子供にはもしかしたら才能があるかもしれないけど、全部を試すことはできないのだから何に才能があるか遺伝子診断で調べてみたらキッカケになるかも知れない」ということです。優生学は「特定の優秀な人間を積極的に作り出すこと」なんですが、この場合はあくまで「生まれてきた子の可能性を潰さないために、遺伝子で可能性を調べる」ということなんですよね。逆に言えば、べつに遺伝子でそうでたからといって実際に有能かどうかは別で、あくまで 「可能性を判断する一つの方法」という点において、遺伝学的なものをつかうというのはどうなのか?ということになります。

 単純に「遺伝子を調べる」というと嫌悪感を抱く方が多いでしょうが、たとえば「背がたかかったからバレーボールをやらせてエースになった」とすると、かりに背が低かったらやらなかったことになります。つまり「背が高い」ということをキッカケにそれを活かせるような教育的機会を子供に与えてやったから成長したわけです。これがもし、「芸術的な描写に優れる可能性がある」とか「数的処理能力に必要な部分の発達が期待できる変異」をもっているとするならば、これはあるいみ「背が高い」という一つの特徴と類似したものに過ぎないかもしれません。その結果そういう機会をあたえてやることで成長するというのであれば、どのような親だって自分の子供が得意とする(潜在的可能性)に近い部分を生かしてやりたいとおもうのは現代社会でも行われていることの延長にあるに過ぎないのです。

 もちろん、こうした考えはともすると「才能がない子への差別」だったり「才能が期待される子への過度な期待や逆差別」を生む可能性さえあり、慎重になる必要があります。ただ、考えてほしいのはべつに「背が高い」だけで誰もがバスケット選手やバーレボール選手になれるとは思いませんよね。それと同じで「芸術的な描写能力が期待できる遺伝的背景」だからといってそもそもそれが100%芸術家に繋がるとかってに考えること自体が遺伝学や医学にたいする誤解によるものとさえ言えますよ。重要なのは「優生学的な選別をしたい」のではなくて「無数の可能性から、よりあったものを探すために科学を用いる」という視点なのですから、その基本的概念自体は現代の英才教育と対して違いはないです。ナチスがやったような優秀なDNAをかけ合わせて天才を生み出そうというような優生学とは少し違う点が、いいようなきもするし、じつは大きな問題をはらんでいるようにも思えるということです。

 逆にいうと、いまはダウン症がわかると中絶が可能です。近い将来的には自閉症や発達障害とされる原因遺伝子の変異が出生前遺伝子診断とかでわかったらそれも中絶可能になるかもしれませんよ。人が生まれるのに重要な遺伝子の致命的な変異の場合、子は生まれることができません。一方ダウン症や自閉症ってのは致死にはならないのですから、自然淘汰を考えると彼らが”障害者だ”ということは本当は完全に人間の社会的都合に過ぎないといえるのです。そういう意味でとるなら、遺伝子診断によって生死の選別をおこなっている、ことのほうが倫理的には問題をはらんでいるとさえ言えるかもわからんですが、実際は出生前診断による中絶を批判する声ってのは多分上のものにくらべてかなり低いんじゃないかなあ。でも、「才能に見合った教育」っていう表現は国の政策のように聞こえますので問題ですが、個人がかってに遺伝子診断して、子供に英才教育するってのは近い将来やる人がでてくることは避けられないでしょう。そういう将来にたいして、これまでわからなかったポテンシャルを見られるようになって良いとするか、ちょっとさすがにやりすぎとするかは、個人の自由として個々人かってにやっていいかどうかも踏まえて議論されるべきともおもいますけどね。

 単純な話に見えて、実際結構難しい問題なんですよ遺伝子情報のあり方というのは。一部の”例”に出した中絶のこと自体で不快になる方がいたらべつにそういう意図はないので御許しくださいね。
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遺伝子検査自体、専門家からは疑問が呈されています。



http://smc-japan.org/?p=489

>しかしこの種のサービス(回答者注 : 遺伝子診断による教育サービスの事)は、科学における妥当性は不確かで、また倫理的問題もあることから、現在も研究者が議論を重ねつつ、規制も視野に入れた早急な社会の制度設計を訴えているものです。
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 >「遺伝子検査を行い、才能に見合った教育を」とは何ぞや?



 遺伝子検査をして、平均を下回る遺伝子を保持している子供達には、その分のお金と手間とヒマをかけよう、という教育。

 江崎玲於奈は「無能は教育するだけ無駄」とは言っていない。
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☆「遺伝子検査を行い、才能に見合った教育を」とは何ぞや?


◇国家・社会などにとって役に立たないような人間は死ね!!
ということ。
すこし形を変えた《優生学》のリバイバル!!

優生学は、ナチスのユダヤ人絶滅政策の理論的根拠の一つ。
ユダヤ人は、あまりに邪悪すぎて、いかなる教育などを施そうと、改良・改善の見込みがない。そこで、《最終的解決》の手段として、絶滅政策が行われた。

日本ですと、優生保護法!!
ハンセン病や遺伝性疾患、精神病、精神薄弱を日本から駆逐するために、これらの人々は(強制的に)《断種》させられた、《断種》を強いられた。
のちに、《母体保護法》と条文と法律の名称の変更がなされ、今日に残る。
ダウン症の胎児などを人工中絶できるのは、この法律があるから。
「母性の生命健康を保護する」を拡大解釈する形で行われる。


人間の選別・産み分けにもつながる危険性を有しているので、
結構、おっかないのであった、こうした考え方は。


優生学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F% …
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親、若しくは支配者の都合。



例として適しているか難しいが、性同一障害の人間に、「男に生まれたから、女に生まれたから」ルールに従って生きろと言っている様なもの。

まぁ、真面目に議論するレベルではないので、余興として・・・
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