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私は20代前半です。
私が小学生の時に両親が離婚し
母1人で私と兄を育ててくれました。
人一倍努力し頑張り、とても優しい母が去年亡くなってしまいました。
放心状態、虚無感、絶望…言葉に表せない程の感情でした。
それでも生きなきゃいけないんだと
ただ生きてきましたが
兄が精神的に身体にきてしまって、又、ストレスも相当で働けなくなるかもしれません。
私の給料では自分1人で生きていくのも
厳しいです。生活が出来ません。
転職しなければいけないなと思っていますが、先が見えなく真っ暗すぎて不安で押し潰されそうです。
母が亡くなって半年たちますが
まだ毎日思い出しては泣いてしまい、消えたくなります。
私が存在しているだけで兄に迷惑かけているのも申し訳なく思います。
私がいなければ…と。
精神的に辛くて苦しいです。
文章がめちゃくちゃになってしまいましたが
両親亡くされた方はどう乗り越えて
前向きに頑張ろうと思えるようになったのか教えて頂きたいです。
今のままでは生きていけなくなってしまうんじゃないかとさえ思ってしまいます。

A 回答 (7件)

49歳男性です。


経験は少ないけど。
いろいろ本よんで、体験からのアドバイス。
正解でも、間違いでもないかな。貴男が「選択」してください。
今、49歳です。14歳(中2)になる、2ケ月前に母他界。
41歳ころに、鬱体験。自殺実行する決心したけど、運よく今、健在です。

>私が存在しているだけで兄に迷惑かけているのも申し訳なく

あなたの思い込みですよ。
理屈に聞こえるかもですが、無理だと思うと無理はしなくなりますよ。

>文章がめちゃくちゃになってしまいましたが

そんなことないです。
十分、伝わりました。

母の他界に思ったことですが、事実です。今、思えば、強かったと思いますが。。。
母というものは、自分が生まれた瞬間に「命」が別になるのだということです。

鬱の時、電車に飛び込んで自殺しようとして、職場のお酒飲んだ後の上司と駅で出逢い
なぜか今では、???ですが止められました。翌日、出勤して、ちょっとした「騒ぎ」に
なってました。退社するときに、原因の人やその時の上長や職場の産業医に死の予告メールしたからです。

その時に、「生かされている」って思いました。
ありきたりですよ。今後も、いろいろあると思いますが、生きてくださいね。生そのものでも、誰かの助けに
なりますよ。その兄もそうでじゃないですか?私の実父も介護状態。寝たきりではないし、介護もしてないけど
存在そのものが、安心感です。周囲にはそういう人いっぱいいると思います。

 あなたの「母」をよく知っているのは、「あなただけ」。
そんな、あなたを「母」は良く、思っているでしょうか?
あなたも、「母」見習って、「親」になるべきだと思いますよ。
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肉親の別れによる哀しみと、今後の人生に対する不安。


両方が相まって余計に辛い状況かと存じます。
しかし二つをごっちゃにしてはいけません。
お母さんが存命であったとしても、あなたは自立する運命だったのです。
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愛していた人、愛されていた人を失うのは本当に辛い事だよね。



以前、両親を早くに亡くした親友が私に「母を亡くした時は本当に辛かった。貴方はこれからその悲しみを経験するんだと思うと可哀想に思う」言っていました。

貴方は若くしてその経験してしまい悲しみ戸惑い、さぞかし辛いことでしょう。

今は心がしゃがみ、うずまって、泣いて…
それで良いと思います。
無理に立ち上がろうとしても
何の光が見えていなければ一歩踏み出す事も出来ないでしょう?
幸い貴方は一人じゃなくお兄さんがいるでしょう?
今は自分の出来る事をして
お兄さんに頼るのではなく支え合ってしばらくの時を過ごそうと考えてね。
必ず小さな光が見えてくる時がくるから
その時に立ち上がれば良いんだよ。
大丈夫だよ時間が解決してくれるよ!
お母さんもきっと兄弟支え合って生きて欲しいときっと思っていると思う。
しゃがんでいてても決してお尻を着いちゃダメだよ。
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はじめまして。

カウンセラーの熊山と申します。

大切な人を亡くした後に経験する、「悲嘆の五段階」というプロセスがあります。
これは・・・
①否認 ②怒り ③取引 ④抑うつ ⑤受容 です。

すべての人がこの五段階を全部通過するわけでもなければ、予定通りの順番で通過するわけでもありません。

あなたは現在、「抑うつ」の段階を経験しているのだと思います。
この「抑うつ的な段階」は永遠に続くもののように感じられます。しかし、この抑うつは決して精神的疾患の徴候ではないということを理解して下さい。
それは大きな喪失に対する適切な反応なのです。人生から引きこもり、深い悲しみの霧の中に取り残されてさまよう。そして、ひとりで生きていくことに意味があるのかと自問する。いったいこれ以上、なぜ生きなければならないのか? と。

愛する人を失ったことは極めて抑うつ的なものであり、抑うつは正常かつ適切な反応です。むしろ、愛する人を失った後に抑うつを経験しないことこそが不自然であり、異常なのです。悲嘆のさなかにあるときの抑うつは、実は神経系を遮断することによって当事者の身を守り、手におえないと感じていることに適応させるための自然の配慮なのです。

アドバイスとしては・・・
抑うつの居場所をつくってあげて下さい。逃げ出す出口を探すのではなく、抑うつという客を招き入れ、椅子を持ってきて、そこに座らせて下さい。そして悲しみと虚しさが心の痛みを洗い清め、その助けによって喪失をそっくりそのまま味わい尽くすことに身を委ねて下さい。抑うつを経験することに身を委ねて初めて、抑うつは悲嘆にくれるあなたに従えるという目的を果たしたのちに、あなたのもとを去ってくれます。あなたが強くなっていく過程で、抑うつは時々立ち戻ってくるかもしれませんが、悲嘆はそもそも、そのような仕組みで働くようにできているのです。

涙は悲しみを和らげるためにある大切な方法のひとつです。つまり、私たちに備わっている素晴らしい治癒システムのひとつです。
短時間でも涙を抑制することが一番よくありません。流されなかった涙は悲しみの井戸に戻され、井戸の水かさを増やしていきます。30分間泣きたいときは、20分で泣き止まずに、30分間泣けばいいのです。身も世もなく泣くのが一番いいのです。そうすれば涙は自然に涸れます。涙の最後の一滴を流せば、解放感を感じることができるでしょう。涙という素晴らしい治癒の贈り物を堂々と利用して下さい。

治癒が生じるにつれて、私たちは亡き人との新しい関係が始まります。亡き人と共に生きることを学習します。失われたものを取り返すことは不可能ですが、愛する人との新しい絆、新たな意味を持つ関係、かつてなかった相互依存関係をつくることは可能です。受容とは、人生経験のプロセスのひとつであり、最終目標でもなければ、最終段階でもありません。

受容の発見とは、苦しみの日々よりも楽しみの日々に生きることを意味しているとも言えます。生きる喜びを否定することなく、自分の真の欲求に耳を傾けて一歩を踏み出し、変化し、成長し、進化して下さい。再び他者との交友範囲を広げ、他者の人生に積極的に関わって下さい。友情を育み、自分自身との関係を深めていって下さい。そして、再び生きはじめて下さい。
ただそれは、悲しみを充分に味わってはじめてできることなのです。

悲嘆というものは、残された私たちに与えられた贈り物です。
悲嘆を経験しない限り、私たちは感情のわだかまりから生じる苦しみを味わうことになります。

ご参考になれば幸いです。
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お二人共成人されていて就職されているのですよね。

立派な大人でしょう。子供の時に両親を亡くされた人のことを考えてみてください。随分違うと思いませんか。
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お母さんが一生懸命働いて育てて下さいました。


天国のお母さんを安心させる為にも、踏ん張って踏ん張って、今を乗り越えて、幸せに生活している姿をお母様に見せてあげてください。
愛されて育ったんだから、大丈夫!!
お母様も天国で心配してますよ、私は大丈夫!強く生きるからと、安心させましょ!!

まだ、若いんだし、辛いです、辛くて辛くて、死んだほうが楽だろうと考える気持ちも分かります。

でも、、、


負けないでーー!
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