性格いい人が優勝

自分のしたことが理解できずに苦しんでいます。

今まで何一つ、悩みのなかった人生。
就活も順調に行き、行きたかった会社の内定も貰いました。
しかし、そこで留学の話が飛びこみ、
「自分の一生がレールに乗ってしまう」というかすかな危機感のあった私は、ほとんど咄嗟に留学を理由に内定を辞退してしまいました。

後で、冷静に考えれば、留学をしたかった訳ではなく、ただ自分の人生があまりにも真面目なのに不安を感じただけ。
あの会社の内定を断る理由は
「このままじゃだめだ!」という自分の直感的な不安以外、
どこにもなく、自分のしたことに呆然としています。
自分が内定をもらった時点で「人生」にもう一つアクセントが欲しかったのも事実ですが、
それにしては大きすぎる犠牲...

今はその業種で働きたいと強く思い、
就活のリスクを冒してまで留学する意思はないので、
休学してまた来年就活すると思いますが、
今年辞退した会社以上の会社はおそらくないでしょう。
(逃したものは永遠に完璧に見えそう...
でも実際、その業界では一番、職場環境の素晴らしい会社です。)

思い返すたびに、自分のしたことが理解できず、今は
学業に大きく差し支えています。

この一年は失ったもの以上のもの(精神的な充実)を得たいのですが、なかなか気持ちの切り替えができません。
旅にでも出ようと思うのですが...

皆様のなかで、過去に自分のしたことを激しく後悔し、
今は立ち直っている方がおられましたら、
私を励ましていただけませんでしょうか?

A 回答 (5件)

今まで何一つ悩みもなく現在に至っていたことが、逆にあだとなって現れたという感じですね。



今まで悩み苦しむ・乗り越えてきたという経験がないから、今回の件が精神的に大きな落胆となり、なかなか乗り越えられない・気持ちの切り替えが出来ない、で苦しんでいるのではないですか。

「自分の一生がレールに乗ってしまう」という危機感があったようですが、貴方はもうすでに誰かの引いたレールに乗って現在にまで至っていたのでしょう。

時間がかかるのかもしれませんが、今回の件は一つの経験として捉え、これからは自分で自分のレールを切り開き、進んでいって下さい。

励ましになっていなくて申し訳ないのですが、貴方に必要なのは、こういった失敗・落胆に耐えるべく精神力だと思います。
失敗は誰にでもあります。それ自体にいつまでもくよくよしないことです。
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この回答へのお礼

informer_jpnさんありがとうございます。

ホントにご指摘通りです。
誰かの敷いたレール、というか、
何も考えずにいい高校、いい大学、大学院と進んできました。でも、一応やりたいことをやってきたし、
振り返って全く後悔はしていないのですが。

今までは「自分の生きる通りに考え」てきました。
これからは「自分の考える通りに生き」たい。
実際は多くの困難があることと思いますが、
そうなれば幸せだと思います。

お礼日時:2004/07/17 10:40

fuku1980さんこんにちわ。



わたしは「何もできなかった」ことの方を後悔しています。萎縮してしまってどうしたらいいかわからず、見て見ぬふりをしてました。アクションをとって何も変わらなかったにせよ、何かすべきだったと思っています。
fuku1980さんは後悔はしていますが、アクションをとったことでご自身に変化を与えていますよね。それも人生に記録される立派な経験です。わたしの場合は、何もしなかったから何も記録に残っていません。

でも、この後悔をバネにして、いまから挽回しようと思っています。転んでもただひとり起きるだけではなくて、こんどは転んだ人に手を差し伸べられるようにしようと思ってます。
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この回答へのお礼

pouralgernonさん、ありがとうございます。

たしかに自分に変化を与えてしまったのですが、
ただの自爆のような気もして...

今はまだ人に手を差し伸べる余裕はないですが、
いつかそんな日を夢見ています。

お礼日時:2004/07/18 15:48

これは、禅を勉強すると良いと思います。



禅というのは執着を無くして、無我になるという教えと、それを実際に座禅によって体験するという宗教です。(私には宗教的な感覚はありませんが)

全ての悩みの根本は、おしゃる通りに「こだわり」にあるんです。
右か左か、白か黒か、留学か就職か、他人か自分か、勝ちか負けか、生きるか死ぬか・・・・。です。

この二元的な対立に終止符を打つには、どうすれば良いか?
を追求したのが禅だと思います。
で、答えは「超えてしまえ」です。
二元的対立地獄から超えてしまえば良いんです。


で、私が一番、衝撃を受けたのは、私達の本性は「無」だという考えです。
「心」というのは、全て、縁から引き起こされている現象にすぎないということです(縁起)
つまり、縁がなければ、私達は本来「無」であるということになります。

「他人」がいるから「私」がいます。
「あれ」があるから「これ」が成立します。
全て「縁」があって起こっていることなんです。

ですが、もし、宇宙に一人っきりで、全ての縁が途絶えてしまうとします。
それを突き詰めていくと、全ての二元的対立も、心の活動もなくなってしまうんです。つまり私達は、そもそも「無心」「無我」なんです。
「縁」によって引き起こされているものを「自分」だとか「苦悩」だとか、錯覚しているにすぎないんです。

無心の私が留学しようと、就職しようと、そんなことは痛くも痒くもないんです。
無心であるんですから、なんのこだわり・執着・煩悩もありませんから、「どうでも良い」ということになります。つまり二元的な対立を「超えてしまう」になるんです。

・・・と、上手に説明できていないと思いますが、このお釈迦様の「縁起」の考えが分かると、こだわりとは何か? も見えてくるかも知れませんし、これを体感的に実習する座禅は、生理学的にもセロトニン神経強化にもなりますので、脳を鍛える、作り変えることが出来るのだそうですから、是非、「禅」をお勧めします。(私のHNをクリックしてもらえれば、呼吸法をご紹介します)
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この回答へのお礼

Syo-yaさんありがとうございます。

私も煩悩がなかったら、どんなに楽だろうにと思うことが時々あります。

禅...呼吸法ためしてみます。

無我になりたい、それは私も最近、強く思っているものです。今まで、学歴や世間体、他人の意見などに「こだわり」と持ちすぎていました。
あと、「縁」というのもそうですね。
最近、自分の「決断」以上に、人生の多くが偶然、あるいは「縁」によって左右されている気がします。
あの「縁」がなければ、なかった苦悩...

沢山の「縁」を自分でつくるような一年にして、その時々、決断の余地が生まれたときに、今度こそは冷静に道を歩んでいきたいです。

お礼日時:2004/07/17 10:34

#1の方がおっしゃっているように、会社なんて実際どうなのかは入ってみなければわからないと思います。


fukuさんに似ているのですが、私も平凡な人生を送ってきたと思います。このままでいいのか、と思うよりは違う道を選ばざるを得なかったたことで人生を棒に振ってしまったんじゃないかと悩みました。
4年以上勤めていた会社を辞めて、次の仕事を見つけるまで結構落ち込んだりやる気が出なかったりしました。そのうち「仕事して、誰かに必要とされたい!」って気持ちが強くなって、自分の今のスキルで出来る仕事を探しました。実際始めたのはやったことのない仕事でしたが、なかなか楽しくて人間関係の居心地もいいです。(最初は全員企業戦士に見えてどうなるかと思いました)
新しく仕事して思ったのですが、学生→新入社員→中途と居場所が変わるにつれて視野が段々広くなっています。世の中にはほんとにいろんな仕事があって、いろんなスゴイ人がいて、自分の無知さと考えの偏りに毎日反省して勉強して。今は仕事を変えたことは正解だったと思えますが、それでも2年以上経ってからやっとそう思えたくらいなので、「こうするのがベスト」というのはその時は本当にわからないものだと思います。

旅に出るのも私は賛成です。今のままの状態でも前向きに考えるのは難しいかもしれないし、思い切ったこと(心配をかけない程度に)をするのは悪いことじゃないと思います。実際に留学や放浪してた友達なんかはちょっと変わっていますが、面白くて考え方が素敵な人が多いです。たくさんの人に会って、たくさん勉強して、魅力的になる努力をする人には仕事はまわってくると思いますよ。
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この回答へのお礼

riona77さんありがとうございます。
今でこそ、逃した仕事が自分のやりたかったものであったと強く思いますが、
あのまま就職していても、将来的に
「自分には違う生き方があったのではないか?」
と思っていたかもしれません。
そのためにはいい機会だったのかな?
今の状態ではなかなか前向きになれないので、
とりあえず行動(旅?)ですね。
精神的に成長して仕事を始めたいです。

お礼日時:2004/07/17 10:21

今までの人生があまりにも真面目で、一般的なレール(小・中・大学→就職)に乗っているだけだったので、何かアクセントが欲しかった・・そのアクセントのために、就職のチャンスを逃してしまって、今はとても後悔している・・まとめるとこういうことですよね!



今年辞退した会社以上の会社はない、とおっしゃっていますが、どうしてそのように考えるのでしょうか?
その会社で働いたことはまだ一度もないのに、本当に自分にとって一番素晴らしい適した会社だったかどうかなんて分からないですよ。。
世の中には、多くの人間、多くの会社がたくさんあります。その辞退した会社は、多くの会社の中のたった一つにすぎないです。fuku1980さんには見えていないだけで、他にも、素晴らしい会社はたくさんあると思いますよ。
いつまでも、辞退した会社のことを考えても、先へは進みません。考えれば、考えるほど、未練が残って、あんなに素晴らしい会社は他にはない、という風な「思いこみ」が強くなってしまうと思います。
これ以上素晴らしい会社はないなんて、どうして分かるのですか。まだ、レールの人生を歩み続けたからこそ、まだ世の中の広さのこを知らないだけだと思います。
私は、逆に今、fuku1980さんが、人生の中の大きな転機となるチャンスの中にいると思います。
レールにのっただけの人生で本当にいいのですか。
レールから下り、それとは違った自分の意志で選んだ道、自分の夢に向かって、壁を乗り越え突き進んで行く、そういう人生だってあるのですよ。
今また、同じ業種の職業に就きたいと思うなら、休学の間の時間を使って、今よりももっと経験豊かな、幅広い視野をもった人間になって、それから初めて、その業種に就いてみてはいかかでしょうか。
一年、自分に磨きをかけることで、その業種に対して、今以上の貢献ができるようになると思います。
世の中には、まだ自分の知らない多くのことがたくさんあります。

「星の王子さま」という物語をご存じですか。
この中で、「心で見なくちゃものごとはよく見えないってことさ。肝心なことは目には見えないんだよ」とキツネが王子様に言うのですが、fuku1980さんにとって一番大切なことは目には見えないんだよ、ということを忘れないでください。

今は、自分のとった行動にとても後悔しているみたいですが、これを機に、もう一度、自分の意志を確認し、自分が進むべき本当の道がどこにあるのか、よく考えてみることが大切です。
目の前のことしか見ないのではなく、それこそ旅でもして、いろいろな人に出会い、様々な経験をしていくことが、素晴らしい人生につながっていくと思います。

就職を辞退したことが、逆に、何か自分を見つめ直すいいチャンスになっているのではないでしょうか。それこそ、このチャンスを逃してはいけないです。

今後、fuku1980さんが、新しい道を見つけられることを、祈っています。
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この回答へのお礼

lutowinnさん、ありがとうございます。
「星の王子さま」は私も好きな本だったのですが、
最近、忘れていました。もう一度読み返してみます。

今回の辞退は最終的には自分の決断なのですが、いろいろと運良くも悪くも運命的なタイミングが重なり、必然だったのかもとも思います。

今は目の前のことしか見えていないので、lutowinnさんのアドバイス通り、積極的に新たな出会いを求めるような旅をして、何年後かには
「あのとき、あの決断をして良かった!」
と思えるようになりたいです。

お礼日時:2004/07/17 10:14

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