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閲覧ありがとうございます。

いま世の中では様々な教育システムに対する批判がされていますよね。
そんな中、あくまで「例えば」ですが、自分の子どもを学校ではなく家庭教育で小中学校レベルないしは高校レベルの「算数・数学」の教育を行う場合、おすすめの教材や書籍などございましたら教えて頂きたいです。

ちなみにお断りさせて頂いておきますが、僕は健康な子どもを学校に行かせないつもりのヤバい親ではありません!家庭教育については、あくまで「例えば」です!まだ結婚だってしていませんっ!

ではなぜ、このような質問をさせて頂いたのかといいますと、「算数・数学はアートだ」(ポール・ロックハート著 吉田新一郎 訳)という本をチラッと読んだからです。
この本では既存の教育システム(数学カリキュラム)により、生徒たちから「本当の」数学的素質や才能を摘み、エキサイティングで素晴らしい冒険の機会を取り上げているというのです。ざっくり言うとですよ。
この本には非常に感銘を受けまして。

それじゃあ、本質的で素敵で楽しい芸術的な「算数・数学」を学ぶには、どうすればいいのか。
そして、今回は小中学校、そして高校あたりまでのレベルの範囲を、本質的で素敵で楽しい芸術的な方法(ルート)で学ぶには、どんな教材、書籍などを用いるとよいか?ということに興味が湧いたので質問させて頂きました。

A 回答 (4件)

その本は読んでいませんが、個人的な意見としては基本的な数学の知識や表現方法があってこそ冒険ができるのだと思います。


既存の教育システムというのは公式の出し方や解き方を教える授業と想像しましたが、確かに素晴らしい冒険の機会を奪っているのかもしれません。
ですが、すべてを冒険させてたら時間がいくらあっても足りないと思います。(何百年、何千年と知識を積み上げてきた学問ですから・・・)

それに既存の知識を得たあとでも冒険はできるのではないでしょうか?

質問者にお勧めしたい書籍を紹介しますね。たぶん、楽しめると思います。

直感でわかる数学/畑村洋太郎(岩波書店)
高校数学の教科書/芳沢光雄(ブルーバックス)
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本質的で素敵で楽しい芸術的な「体操」をするには、何が必要でしょうか?


体操の基礎技術、基礎能力、それも高いレベルの、ですよね。
内村航平が本質的で素敵で楽しい芸術的な「体操」と言うのは自由ですが、そんなことができるのは、体操教室に通う上位一握りの小学生でしょう。
昔、ピーター・フランクルさんと和田秀樹さんがそんな対談をしたようですが。
数学ができる、体操ができる、それももの凄くできる、偏差値にすればもの凄い高偏差値、つまりは平均からかけ離れた変わり者、異常人、天才、この人が、
  『 自 分 の 尺 度 で 』
楽しい数学だの何だの言うわけですが、それは一般人に当てはまるでしょうか?
体操だろうが野球だろうが数学だろうが音楽だろうが、この手の話は気をつけた方が良いのですが。
たまたま、それがこなせる高い基礎能力があれば、良いだろうと思います。
でも、あるんですか、無いんですか、って事です。
99%の人には、そんな能力はありません。
鵜呑みにすることではありませんよ。

勿論、トップレベルの異常人からすると、既存の教育は、足かせでしかありません。
トップレベルで無くても、上位1割レベルですら、小中学校の勉強は、実際にとろ過ぎて困っているはずです。
小中学校で、最低3年間くらいは無駄になっているのです。トップの奴だと6年間かもしれません。
55歳で総理大臣になる人は、本来なら49歳で同じキャリアを積めたかもしれません。
各トップの人が、年齢的にもう6年間トップのポジションにいられたかもしれません。
既存の教育は、トップの異常人に合わせて作られているわけでは無い、凡人や凡人以下の連中をどうするかと作られているのです。
そのあたり前の視点を欠いてそういう話が毎度毎度繰り返されるのは、そういう異常人が、
  『 人 間 を 知 ら な い 』
  『 真 の 教 養 が 足 り て な い 』
ことが原因です。
大学の教員なんてのは大体そうです。
それとも、高橋尚子あたりに合わせた、酸素運搬能力自体異常値を示す彼女に合わせた、長距離走の体育教育を、広く小中学校ですべきだと思いますか?
あなたは彼女の酸素運搬能力ベースの走り方で何kmか走れますか?死人が出ますよ。
その代わり、高橋尚子は、あんなに遅咲きでは無かったかもしれません。
もっと若いうちから、千葉か高橋か、と競り合っていたかもしれません。
その数学者やピーターさんが言うのは、つまりはそういうことです。
トップは伸びますが、数学の学力死者は数倍に増えるでしょう。
第一、特に小学校に、そんなことを教えられる人は、殆ど居ません。
むしろ、人間を知らず真の教養が足りない人に、小学生を任せることの方が、問題が大きいでしょう。

日本の特に公教育の特徴は、エリート養成にあるのでは無く、底辺近い層の引き上げにあります。
そもそも江戸時代の識字率からして、諸外国を引き離していたわけで、その辺りがベースになっているはずです。
上級階層しか文字を知らないような諸外国とは違うのです。
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私は、その本を読んだことがありませんが、読まなくても、今書かれている内容でわかります。

私は、現在59歳で教育者ではありませんし、大学入学時に高校の教科書を捨てましたので、自分のは、ありませんが、約35年くらいぶりに、子供の大学入試の為に、子供の数3の教科書を少し勉強しましたところ 統計以外殆どの内容を思い出しました。(大学1年も!) これは、きっと、当時 私の高校が荒れていて、先生の授業の声が聞けずに、独学したお陰かなと思います。ですから、その勉強方法は、我流ですが、教科書とそのガイドで 授業よりも早く勉強して、基本問題を解き、授業が始まるまでには、終えていたようでした。ですから、基本は、勿論、教科書の理解と基本問題を解くことで、知識を定着させることです。それからは、応用問題を読んで、どんな内容や公式の組み合わせや表現力をマスターしました。今、感銘を受けられたようなことを自分でやっていたように思います。ですから、数学が楽しかったです。ですから、今でも、きっと、その教科書の内容が頭に入っているのでしょう!
私は、暗記が出来ませんので、数学でも公式は覚えられませんでしたので、基本概念から
一から、公式を組み直す所からやりましたから、公式の証明は大切です。
殆どが、高校以上の数学を前提に書いていますが、いろんな考え方で、駿台の問題集を約3-5種類くらいの解き方で解いてみるといいですね!良問ですから!あとは、大学への数学(月刊誌)なども興味深い内容が記載してあります。あとは、テーマ別、例えば、因数分解のみとかの本なども面白いでしょう!ですから、私の数学は、学校教育に犯されていませんので
自由な発想が出来ることかな!と思います。中学はあまり面白くないですが、それでも
方程式(は、行列や行列式で解いたり)を使わないで 鶴亀算や旅人算で解いたり、平方完成で解いたり、また、三角形の面積を積分で解いたり、また、数列を、差分・和分や差分方程式で解いたりして解けると本当に楽しいです。ですから、私だけじゃなく、他の数学の出来る方の解法をこのサイトを読み返してみるのも面白くて為になります。
あと、BS放送の始めての………シリーズが高校レベルなので、繰り返しみるといいですよ!勿論、インターネットwebサイトの情報もgood!です。
現在も当時の独学の経験でエクセルのプログラミングも独学してオリジナルソフト作り楽しいですよ!
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その本の内容は知りません。


貴方が「チラッと読んで非常に感銘を受けた」のはわかりました。
ですが、貴方のざっくり説明で同意には至りませんでした。

既存のシステムの「何が」素質や才能を摘んでいるのか、質問ではその具体的要因に触れていません。
問題の対象がボンヤリしているので、否定することもできないのですね。
また、エキサイティングだとか冒険など、聞こえは良いのですが、そのステージに立つには一般的教育レベルありきのハナシです。
基礎能力が欠如した状態で冒険したところで事故を起こすか、あるいは近所ウロウロ的なタカが知れている程度の冒険しかできません。

本質的・素敵・楽しい・芸術的?な数学は、絶対的に基礎能力の上に成り立つものですから、既存のシステム(問題のある部分?は是正)で学びながら、その出現を促すような本来のルートとは別の複線を用意すれば良いのだと感じます。
「本質的で素敵で楽しい芸術的な数学」を学ぶのに、「本質的で素敵で楽しい芸術的な方法(ルート)」を用意してしまうと、もはやそれを冒険とは言えないのではないでしょうかね。
受動的な体制のままでは、教える側の自己満足で終わる予感がします。

そもそも現状で貴方の考えに同意できていないため想像となりますが、別の複線があるとすれば、それはパズル的なものであったり、工作の部類などといったものかもしれません。
能動的に、その個人の中から何かを生じやすくさせるよう促すのが良いでしょうね。

ただ確実に言えるのは、とにかくソロバン(特に暗算)は有効だという事実です。
頭の中で計算が速くできる能力は、生きる上で非常~に有利に作用します。
数学のテストでは計算問題が早いぶん他人より応用問題に時間を費やせるし、応用の中の複雑な計算も瞬時なので、多彩なパターンを検証できます。
数学以外の教科でさえ、選択肢から「統計的手法」を用いて高い確率で正答を導くことも可能です。
単にスーパーやコンビニで小銭ピッタリ出せるだけでなく、予算計画・資産運用から衛星軌道などまで、いろんなことが素早くイメージできるのですね。つまりそれだけ可能性は拡がるということです。
人間の能力としての土台を盛っているので、他の人からすれば反則的に感じる要素と考えます。
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