痔になりやすい生活習慣とは?

宮沢賢治の永訣の朝という詩で、
みぞれと雪の対比的な使い分けは、なぜ、どのように、どこから、何を表現するためになされてるか、また同じような対比は他にどのようなものがあるか。
という問題一つでもいいのでわかる方いらっしゃいませんか?

A 回答 (1件)

「わかる」必要はなく、あなたはどのようにとらえたか、ということが大事です。



何度も繰り返して読んでみて、情景を思い浮かべ、思いをはせてください。
「詩を味わう」って、そういうことですから。
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Q宮澤賢治「永訣の朝」の解釈

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二」を使っているのか?
4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 御影石材が踏み石や飛び石のことならば、あぶなくはないので、これは別のものと考えるべきなのか。
 水のたまるような形状をした庭石のことでしょうか?
4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 これは霙じゃなく雪ですよね。松の枝に霙はたまりませんから。
 みぞれがたまっているのは「みかげせきざい」の上。
 みぞれは、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。」広辞苑
 半分溶けた雪のことを「あめゆじゅ」というのか?
 それとも、とし子はみぞれを所望したが、賢治は気を利かせて雪をとってきたのか。
 あるいは、雪ではなく、松の枝から滴り落ちる水を陶椀で受けたのか?
 「たべもの」「アイスクリーム」という表現があるので雪と思いますが。
5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 「おら、おらで、一人、逝くも」と解釈しますが、どうしてローマ字表記なのか?
 「おらおらでしとりえぐも」では通じないと考えたのか、現代的感覚を読者に訴えたかったのか。


けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二...続きを読む

Aベストアンサー

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという願いにも読み取れます。

3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 「2」が繰り返されるのは私と妹の「二人」を暗喩する数字でしょう。
 「2」から「1」になるという事を際立たせています。

4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 濡れた御影石の表面は滑りやすいので、アブナク、です。

4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 「あめゆじゅ」は雨と雪。賢治が採ったのは松の枝に積もったみぞれ交じりの雪。

5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 草稿では平仮名だったそうですね。
 妹の今際の言葉として、文字の意味ではなく「音として記録」した、という解釈ができるでしょう。


~~~
言葉の美しさを愛した詩人で、「永久の未完成これ完成である」なんて言葉が残されてますが、完成した作品に何度も手を入れていたような方です。改稿も本人にとっては「そうしたほうが好ましい文章になった」というだけのことで、作品は彼のフィーリングがその一時結晶化した結果に過ぎない。作品を売って金にしたわけでもなし、彼の念を文書に表せればそれで十分、「解釈」なぞは後の人が勝手にすればいいというのが彼のスタンスではなかったでしょうか。

彼の作品は各人が思い思いに韻を楽しみ、言葉に酔えばいいのでしょう。

参考URL:http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/13616/1/16_p175-191.pdf

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという...続きを読む

Q詩:永訣の朝で・・・

こんばんわ 先日の国語の授業で永訣の朝をやったんですが少し読み取れない部分が2点ほどあったんです。
1つ目は 「びちょびちょふってくる」を「みぞれはびちょびちょ沈んでくる」という表現に変えた理由
2つ目は 「おまへとみんなと」と最後から3行目に書かれているんですが、「おまへ」は「とし子」をさしているとして、「みんな」とは誰を指しているんでしょうか?
お分かりになる方 気軽に教えてください。回答よろしくお願いします。
                 

Aベストアンサー

> 1つ目は 「びちょびちょふってくる」を「みぞれはびちょびちょ沈んでくる」という表現に変えた理由

6行目では
みぞれはびちよびちよふつてくる
と言っていますね。目線は水平か上にありますが
"わたし"が実際、外に出てみると
みぞれが足元で沈むように降っていて
今度は目線は下になっています。
おそらくそこには、"わたし"の悲しみの深さや、
若くして逝ってしまう運命となった妹への無念の気持ちが、「沈んでくる」という表現になって
投影されているのではないでしょうか。

> 2つ目は 「おまへとみんなと」と最後から3行目に書かれているんですが、「おまへ」は「とし子」をさしているとして、「みんな」とは誰を指しているんでしょうか?

(生まれ変わったら、今度は自分のことで苦しまないように生まれてくる)と言っていますよね?
兄も妹も深い信仰心を持っていたと思われますので、
これは、生まれ変わったら、自分ではなく人のために身を呈したい、と思っていることの
表れだと思います。
取ってきたみぞれが、天上のアイスクリームのようになって、
妹だけではなく、他の、同じような状況で天上の人となったみんなにも
聖い潤いをもたらすごちそうになって、
苦しまず安らかに永眠して欲しい、と思ったのではないでしょうか。


全くの私見ですが、気軽に書いてみました。

> 1つ目は 「びちょびちょふってくる」を「みぞれはびちょびちょ沈んでくる」という表現に変えた理由

6行目では
みぞれはびちよびちよふつてくる
と言っていますね。目線は水平か上にありますが
"わたし"が実際、外に出てみると
みぞれが足元で沈むように降っていて
今度は目線は下になっています。
おそらくそこには、"わたし"の悲しみの深さや、
若くして逝ってしまう運命となった妹への無念の気持ちが、「沈んでくる」という表現になって
投影されているのではないでしょうか。

> 2つ目は 「お...続きを読む

Q永訣の朝

どなたかよろしくお願いします。
宮沢賢治の「永訣の朝」の「ふたつのかけた陶椀」(9行目)が象徴するものを教えてください。
問題の選択肢に次のようにあったのですが、答えがないのでどれを選べばよいのか分かりません。
よろしくお願いします。
1 家族の中で取り残された兄妹のいらだちとやるせなさ
2 家族愛を知らないまま生きてきた兄妹の将来への不安
3 兄妹の精神的なつながりが断たれることへの不安
4 兄妹の精神的なつながりが永遠に続くことへの祈り

Aベストアンサー

ここでの「かけた陶椀」の「かけた」は
「兄妹の精神的なつながりが断たれることへの不安」
ではなく、文中の
「わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもようにも」
というフレーズにもあるように、貧しい暮らしの中で
ふたりが使い古した(かけた)茶碗、という意味でしょう。
物理的なつながりはたたれても、精神的なつながりは
たたれることがないと思われます。
ここではひとつではなく「ふたつの」陶椀であることに
意味があるものと考えます。

Q永訣の朝の訳

宮沢賢治の永訣の朝について質問させてください。

その一文に、「あめじゆとてちてけんじや」というものがあったと思います。
※記憶があいまいなので、多少違うかもしれません。

当時、高校で習った時、先生が意訳を「雨露を取ってきてください」だと言っていました。
しかし、それは「あめじゆとてちて」までではないですか?
最後の「けんじや」とは、作者の賢治に対する呼びかけで、僕なりの解釈では、「雨露を取ってきてください、賢治さん」みたいな意味になると思うのです。

この場合、「けんじや」とは、どういう意味になるのか、教えてください。

Aベストアンサー

http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-686.html

で紹介されている、山本太郎氏の「賢治兄さん」説は、私も、とても魅力のある説だと思います。

 「あめゆきを取ってきて、賢治兄さん」と、名前で呼びかけられることは、「永訣の朝」と同じ時に作られた「松の針」という詩に、

   ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
   ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
   わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
   泣いてわたくしにさう言つてくれ

と書いた賢治にとって、どうしても妹のために、何をおいても、他ならぬ自分がせねばならないことになるからです。
 「あめゆきを取ってきてください」と一般的な言い方で頼まれるより、どんなにか痛切な響きをもつはずです。

〈参考〉
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1058_15403.html
http://blog.hix05.com/blog/2010/02/post-1304.html



 しかし、他の方の回答にもあったように、(残念ながら)「けんじゃ」は岩手県花巻地方で一般的に使われる言い方のようです。


「あめゆじゅとてちてけんじゃ」って、言葉として今でも通用しますか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q108166145


という質問に対する「ベストアンサー」をご覧になってみてください。


 私はネットでこの回答を見ただけで、きちんと裏付けになるような調査をしたわけではありませんが、

> 花巻出身の人(50代:かなりなまってます)に聞いたら
> 「花巻弁だども、いまどぎ、そんなこどばは、ずさまどが、ばさますか、つかわねでば」

と、知り合いの方の発言を引用するベストアンサーの回答は、信頼してよいだろうと判断しています。

http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-686.html

で紹介されている、山本太郎氏の「賢治兄さん」説は、私も、とても魅力のある説だと思います。

 「あめゆきを取ってきて、賢治兄さん」と、名前で呼びかけられることは、「永訣の朝」と同じ時に作られた「松の針」という詩に、

   ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
   ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
   わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
   泣いてわたくしにさう言つてくれ

と書いた賢治にとって、どうしても...続きを読む

Q夏目漱石の『こころ』の問題です。

これは高校時代、期末テストに出た問題なのですが、
答え合わせの時ちょうど病気で入院してて、未だに正解がわからないままなんですよ。(笑)
それで半分は諦めて忘れていたのですが、このことを思い出し、ネットの時代でみなさんに聞ける時代になったので質問してみます!。

場面は、Kが「覚悟」という言葉を発したあたりからです。
問題:「新しい光りで覚悟の二字を眺め返してみた私は・・・」
この“覚悟”の、以前と以後の解釈は、どういうものか?
という問題でした。
その時に回答したのは、
◆<以前>
Kがお嬢さんに対して進んでいくという事。
◆<以後>
Kが、お嬢さんへの恋をあきらめ、今まで通りの道へ進んで行くということ。
この2つです。
もちろん、2つともはずれてしまったのですが笑(^_^;)・・・
10数年ぶりに解決出来ると思うので!笑、どうぞよろしくお願いします!。

Aベストアンサー

こんばんは。
わたしの思うところを書きますと、
質問者さんの書かれた解答は、
ちょうど逆だったのではないかなあと思います。

先生の
「君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。
一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
という言葉に対して
Kは
「覚悟ならない事もない」
と答えています。

そしてあとになって「新しい光で覚悟の二字を眺め返してみた」先生は
「Kがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。
果断に富んだ彼の性格が、
恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと
一図に思い込んでしまったのです。」
とあります。
そして先生はあせって「奥さん、お嬢さんを私に下さい」
の行動に出ました。

ですから、質問者さんの答えはちょうど逆だったのではないかなあ
と思います。

でもその時Kが言った「覚悟」の意味は
そのどちらでもなかったわけですよね・・・・・

Q「黒い光」とはどういうもの?

授業で夏目漱石のこころを読みました。
その中で、「黒い光が照らした」という文があったのですが、
黒い光というのはどんなものですか?
イメージできません。

友達に聞くとスポットライトの明るいとこと暗いとこの
逆バージョンみたいなもんだと言われましたが、
黒いのなら陰だと思うんですけど…。

もしかして、虹のように光には黒もあるのですか??

Aベストアンサー

これは、主人公である「先生」が友人Kの自殺を発見した時の感想ですね。
「もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄く照らしました。」という前後の文脈を含めると解釈しやすいと思います。

つまり未来を照らす光です。
よく「明るい未来」とかいいますが、未来に色が付いているわけではありません。
ここでいう「光」は、未来に対する「見通し」という意味で使われているように思われます。
そういう観点から考えると、「黒い光」という言葉は「未来の見通しが全く立たない」という絶望感の比喩として表現されれているような気がします。

Q進研模試でネタバレを使って後悔しています。

先日受けた進研模試で友人からもらった答えを見て受験しました。
手を抜いたと思ったはずが全県でも100番以内に入ってしまいとても後悔しています。
偏差値も30以上上がってしまい絶対にありえない点を取ってしまいました。
先生や皆を裏切ってしまった気持ちでいっぱいです。
先生からの目がとても不安で、とても学校に行ける気がしません。
家に帰ってずっとすみませんでしたと呟いています。
急に上がりすぎたらやはり疑われるのでしょうか?
先生からの信頼が無くなるのがすごく不安で、生きていくのもツラいぐらいです。
先生や親に本当のことを言うべきでしょうか?
本当に後悔しています。次は本気で受けるつもりです。

何か行動しないと悪いとは思っていますが、私自身そこまで頭が良くなく絶対にあのような点は取ることができないと思ってます・・・
どうか私に声をおかけ下さい・・・本当に死にそうな思いです。

Aベストアンサー

ネタバレって言うと柔らかい表現になってしまうけど、要するに不正行為だよね。
>急に上がりすぎたらやはり疑われるのでしょうか?
すごく前向きに捉える人だったら、「今までの努力が実ったんだよ!」ってなるかもしれないけど、普通は言葉では疑わなくても心の中では「おいおい、何があったんだよ。カンニングでもしたか?」って思うよ。
だって偏差値で一気に30ってすごいよ。

>先生からの信頼が無くなるのがすごく不安で、生きていくのもツラいぐらいです。
>先生や親に本当のことを言うべきでしょうか?
絶対に言うべきだよ。
そして謝るべきだよ。
言わないで黙っている方が信用なくすよ。
実際に君は生きていくのが辛いって思うほどストレスを感じてるじゃん。
黙っていたら一生その負い目を背負っていくんだよ。
高校入試や大学入試の本番で不正をして合格したってんなら、罪悪感が消えなくてもず~~っと黙っていれば良い。
だけどたかだか模試ごときで不正をしちゃったんだから、それは何の得にもならないんだから、謝って自分の心を少しでも軽くして、これからちゃんと前向きに勉強に励むべきだよ。


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