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源氏物語の若紫の本文の読み仮名が、知りたいです
期末テストが、あるので。

A 回答 (1件)

>本文の読み仮名


漢字の読みですか?それなら、その漢字を書き出してくださいな。
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    • 2
この回答へのお礼

なるほど!
具体的に書くべきでした…
ありがとうございます!
漢字の読み仮名ではなくて、
給ふ→給う などの読み方が知りたいんです‼︎

お礼日時:2017/11/26 14:34

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Q古典について教えてください。源氏物語 若紫

本文

尼君、髪をかきなでつつ、尼君『けづることをうるさがり給へど、をかしの(1)御髪や。いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。
(2)かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。
故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。
ただ今おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。』とて、(3)いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。
幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやと(4)めでたう見ゆ。
A(5)生ひ立たむありかも知らぬ
若草をおくらす露ぞ消えむそらなき
B初草の生ひゆく末も知らぬ間に
いかでか露の消えむとすらむ

と聞こゆるほどに、僧都あなたより来て、僧都『こなたはあらはにや侍らむ。今日しも端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将のわらは病みまじなひに(6)ものし給ひけるを、ただ今なむ(7)聞きつけ侍る。いまじう忍び給ひければ、知り侍らながら御とぶらひにもまうでざりける。』とのたまへば、尼君『あないみじや。いとあやしきさまを人や見つらむ。』とて、簾下ろしつ
またゐたる大人、げにとうち泣きて、


1、
本文中の(1)の『御髪』の読みを現代仮名遣いで答えてください

2、
(2)の『かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを』の意味として当てはまるものを1つ選んでください
1、これほどの年になればもっと髪の長くきれいな人もいるのに
2、これほどの年であれば、ひどく幼くふるまう人もいるのに
3、これほどの年であれば、たいそう和歌の上手な人もいるのに
4、これほどの年になれば、とてもしっかりした人もいるのに

3、
(3)の『いみじう』、(4)の『めでたう』は音便になっている。それぞれの元の形を答えてください。

よろしくお願いします

本文

尼君、髪をかきなでつつ、尼君『けづることをうるさがり給へど、をかしの(1)御髪や。いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。
(2)かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。
故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。
ただ今おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。』とて、(3)いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。
幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやと(4)めで...続きを読む

Aベストアンサー

1、
本文中の(1)の『御髪』の読みを現代仮名遣いで答えてください
A=みぐし
2、
(2)の『かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを』の意味として当てはまるものを1つ選んでください
1、これほどの年になればもっと髪の長くきれいな人もいるのに
2、これほどの年であれば、ひどく幼くふるまう人もいるのに
3、これほどの年であれば、たいそう和歌の上手な人もいるのに
4、これほどの年になれば、とてもしっかりした人もいるのに
A=4
*「故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。」の部分がヒントです。答えやヒントは前後の1~3行ほどの部分にあることが多いです。
3、
(3)の『いみじう』、(4)の『めでたう』は音便になっている。それぞれの元の形を答えてください。
A=『いみじう』=いみじく
  『めでたう』=めでたく
*音便は、動詞・形容詞・形容動詞(以上用言)に起こります。それも、イ音便・ウ音便・促音便は、語尾が連用形の時に起こります。撥音便はラ変動詞・形容詞補助活用・ナリ活用形容動詞の場合には語尾が連体形の場合になります。ただし、バ行四段・マ行四段・ラ行四段・ナ変の場合には語尾が連用形の場合に撥音便になります。(以上が音便の原則ですが、上記の条件の中にある語で、全て音便が起こるわけではありません)
ウ音便と形容詞の関係ですが、形容詞の連用形の下に、助詞の「て」・「して」、用言が来る場合、語尾の「く」の部分(形容詞の正活用の連用形の語尾は「く」・「しく」)が「う」に変わるだけです。ですから、「う」を「く」変えればいいので簡単です。
「めでたう見ゆ」の場合、「見ゆ」はヤ行下二段活用の動詞=用言なので、「めでたう」の「う」はウ音便という事になります。ですから、「めでたう」の「う」を「く」に変えればいいのです。なお、「いみじく泣く」と本文は答えに変えています。本文を打つのも大変だったと思います。

1、
本文中の(1)の『御髪』の読みを現代仮名遣いで答えてください
A=みぐし
2、
(2)の『かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを』の意味として当てはまるものを1つ選んでください
1、これほどの年になればもっと髪の長くきれいな人もいるのに
2、これほどの年であれば、ひどく幼くふるまう人もいるのに
3、これほどの年であれば、たいそう和歌の上手な人もいるのに
4、これほどの年になれば、とてもしっかりした人もいるのに
A=4
*「故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうも...続きを読む

Q夏目漱石の『こころ』テスト問題

こんどの期末試験で夏目漱石の「こころ」がでます。
そこで、インターネット上でどのような問題が出やすいのかなど検索してみたのですがいい結果が得られません。
どなたかよいページを知っているかたいらっしゃったら教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ネットで出そうな問題を検索して
山かけしようなんて駄目ですよ。

そうやって探すより
ノートを見直して授業内容を確認したり
副教材を解いた方が余程テストに対応できます。
そもそも、教科書を読んで、ノートを確認して……という作業は
ネットを探しまわるよりはるかに労力のいらない仕事で
点数に結びつきますよ。

あと、「テストにでそうな問題」が載っているサイトなんて
そう滅多にあるものではありません。
勿論、「こころ」についての論評を載せているサイトや
授業実践を載せているサイトはあります。
そういうサイトを参考にするのも一つの手ですが、
これもおすすめしたい方法ではありません。
なるべくなら、自分の手で勉強するのが一番よいのです。
国語のテスト勉強は他の教科に比べて時間もかかりませんし。

Q古典について教えてください。光源氏の誕生

本文

いづれの御時にか、女御・更衣あまた(1)候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。
はじめより(2)我はと思ひあがりたまへる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。
同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。
朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし恨みを負ふ積もりにやありけむ、(3)いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、(4)いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。
(5)上達部・上人なども、あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の(6)御おぼえなり。
唐土にも、かかることの起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて交じらひたまふ。

1、
次の言葉の読みを現代仮名遣いで書いてください。

1、際
2、下﨟
3、例
4、上達部
5、唐土

2、
本文中の(1)の『候ひ』の敬語の種類を答えてください

3、

(2)の『我は』のあとに省略されている言葉を、次の中から一つ選んでください
1、最も位が上である
2、帝の寵愛を受けよう
3、さらに権力を握りたい
4、名声を得たい

4、
(3)の『いとあつしくなりゆき』とあるが、この原因を作者はどのように推量しているか。それを述べている部分を十五字以内で抜き出してください

よろしくお願いします

本文

いづれの御時にか、女御・更衣あまた(1)候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。
はじめより(2)我はと思ひあがりたまへる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。
同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。
朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし恨みを負ふ積もりにやありけむ、(3)いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、(4)いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせ給はず、世のためしにもなり...続きを読む

Aベストアンサー

1、
次の言葉の読みを現代仮名遣いで書いてください。

1、際=きわ(きは)
2、下﨟=げろう(げらふ⇒げらう⇒げろ~⇒げろう)
3、例=ためし
4、上達部=かんだちめ(かむだちめ)
5、唐土=もろこし
*教科書などに歴史仮名遣いで読み方がのっています。多くは、語頭以外の「は・ひ・ふ・へ・ほ」か「む」の変化です。2は、げらふ」の「ふ」が語頭以外の「ふ」なので「う」に変化し、「げらう」になります。「げらう」の「らう(rau)」は「au(アウ)」の長音を含むので、「ro~(o~)」に変化し、「げろ~」になります。その「~」が「う」になり「げろう」となります。
2、
本文中の(1)の『候ひ』の敬語の種類を答えてください
A=謙譲語
*終止形を考えましょう。動詞は一般に、語尾の行(ここでは「ひ」が語尾で、「ハ行」)のウ段(ここでは「(候)ふ」)であることが多いです。そして、辞書にあたりましょう。
3、

(2)の『我は』のあとに省略されている言葉を、次の中から一つ選んでください
1、最も位が上である
2、帝の寵愛を受けよう
3、さらに権力を握りたい
4、名声を得たい
A=2
*「女御・更衣あまた(1)候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。」の部分がヒントです。古文に限らず現代文、英語などでも、前後の1~3行は要チェックです。
4、
(3)の『いとあつしくなりゆき』とあるが、この原因を作者はどのように推量しているか。それを述べている部分を十五字以内で抜き出してください
A=恨みを負ふ積もりにやありけむ
*これも3と同じです。答えは近くにあります。

1、
次の言葉の読みを現代仮名遣いで書いてください。

1、際=きわ(きは)
2、下﨟=げろう(げらふ⇒げらう⇒げろ~⇒げろう)
3、例=ためし
4、上達部=かんだちめ(かむだちめ)
5、唐土=もろこし
*教科書などに歴史仮名遣いで読み方がのっています。多くは、語頭以外の「は・ひ・ふ・へ・ほ」か「む」の変化です。2は、げらふ」の「ふ」が語頭以外の「ふ」なので「う」に変化し、「げらう」になります。「げらう」の「らう(rau)」は「au(アウ)」の長音を含むので、「ro~(o~)」に変化...続きを読む

Q夏目漱石の『こころ』の問題です。

これは高校時代、期末テストに出た問題なのですが、
答え合わせの時ちょうど病気で入院してて、未だに正解がわからないままなんですよ。(笑)
それで半分は諦めて忘れていたのですが、このことを思い出し、ネットの時代でみなさんに聞ける時代になったので質問してみます!。

場面は、Kが「覚悟」という言葉を発したあたりからです。
問題:「新しい光りで覚悟の二字を眺め返してみた私は・・・」
この“覚悟”の、以前と以後の解釈は、どういうものか?
という問題でした。
その時に回答したのは、
◆<以前>
Kがお嬢さんに対して進んでいくという事。
◆<以後>
Kが、お嬢さんへの恋をあきらめ、今まで通りの道へ進んで行くということ。
この2つです。
もちろん、2つともはずれてしまったのですが笑(^_^;)・・・
10数年ぶりに解決出来ると思うので!笑、どうぞよろしくお願いします!。

Aベストアンサー

こんばんは。
わたしの思うところを書きますと、
質問者さんの書かれた解答は、
ちょうど逆だったのではないかなあと思います。

先生の
「君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。
一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
という言葉に対して
Kは
「覚悟ならない事もない」
と答えています。

そしてあとになって「新しい光で覚悟の二字を眺め返してみた」先生は
「Kがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。
果断に富んだ彼の性格が、
恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと
一図に思い込んでしまったのです。」
とあります。
そして先生はあせって「奥さん、お嬢さんを私に下さい」
の行動に出ました。

ですから、質問者さんの答えはちょうど逆だったのではないかなあ
と思います。

でもその時Kが言った「覚悟」の意味は
そのどちらでもなかったわけですよね・・・・・

Q夏目漱石「こころ」で「先生」が自殺する原因は?

夏目漱石「こころ」で「先生」が自殺する原因は?
昔、「こころ」をドキドキしながら読んだ記憶があります。
あんなに小説に引き込まれたのは初めてですが、結論に納得出来ないものを感じます。
結局、「先生」は友人を裏切った良心の呵責に耐えかねて自殺しただけなんでしょうか?
将来に対する明るいメッセージはないのでしょうか?

Aベストアンサー

思うに、高校の教科書のいずれもが、「先生と遺書」中の先生がKを出し抜いてお嬢さんと婚約し、その後Kが自殺するという箇所を採用してきたがために、多くの読者も、

>結局、「先生」は友人を裏切った良心の呵責に耐えかねて自殺しただけなんでしょうか?

という疑問に囚われざるを得なくなるのではないでしょうか。
そして、いつまでたっても、どこか「結論に納得出来ないものを感じます」という違和感を持ち続けざるを得ないのではないでしょうか。

でも、虚心坦懐に「こころ」全体を読んでみれば、この小説には、質問者さんがおっしゃるように、まさに「将来に対する明るいメッセージ」に満ちていることが浮き彫りになってくるはず、と私には思われてなりません。

思うに、この小説の最大の謎は、先生が、妻にも明かせない、自分の最重要な内奥の秘密を綴った《遺書》を、ほかでもなく、田舎出の、世間知らずで、勝手に先生に魅了され、勝手に先生宅に押しかけ、勝手に先生を師と仰ぐ、やや青臭さく、思慮の浅い、しかし理想家肌の一青年に託そうとしたのはなぜか?という点にあるのではないでしょうか。

で、その前に「「先生」が自殺する原因は?」となると、先生がKを出し抜く形でお嬢さんと婚約したことは、大正以降の日本人の常識的な倫理規範に照らして、特に恥ずべき行為ではないにせよ、「明治の精神」(封建道徳)に照らす限り、許すべからざる行為であったが故に、乃木将軍が明治天皇に殉死したことに触発され、「明治の精神」に殉ずる形で自殺することを選んだと解しうるのではないでしょうか。

ただし、漱石自身となると、「明治の精神」を単純に賛美していたわけでも、時代遅れの旧道徳と蔑んでいたわけでもないことは、「現代日本の開化」からして明らかでしょうね。
「明治の精神」には、封建道徳だけではなく、文明開化と同時に流入してきた個人主義思想も含まれていたはずですが、かつて信頼していた叔父によって父親の遺産を横領され、その後自分を信頼してくれていたKを裏切るという経験をした先生としては、西洋近代思想である個人主義をとても手放しでは容認できなかったはずです。
となると、この自らのエゴイズムを罰するには、やはり「明治の精神」に殉じるという方法しかなかったのではないでしょうか。

その上で、先生が自殺に至るまでの生き様や経緯を告白した遺書を、主人公の「私」に宛てた動機や理由を考えてみますと、主人公がまだ思慮が浅くとも、理想家肌の青年であることからして、先生はこの青年に、自分の精神上の息子として、自分に代わって新しい時代を生きてくれることを期待したのではないでしょうか。
その意味では、先生の遺書には、大正という新時代を生きる青年の指針、成長の糧となって欲しい、という先生の切なる祈念が込められていると言えるのではないでしょうか。

また、「こころ」という小説を、より主人公中心の視点、観点から眺めてみると、主人公が来るべき新時代を自立(自律)して生きていくための、一種の父親殺し(旧思想切り捨て)に通じるモチーフが潜在していると評することもできるかもしれませんね。
さらには、同じような意味で、「こころ」は「三四郎」と同様、主人公の人間的成長過程をテーマにした、一種のBildungsroman(教養小説)に通底する基本性格を持っていると評することもできます。

もし、「こころ」に以上のような解釈の可能性が内在しているとすれば、やはり、漱石の「将来に対する明るいメッセージ」が潜んでいると解してもあながち間違いではないと思います。

思うに、高校の教科書のいずれもが、「先生と遺書」中の先生がKを出し抜いてお嬢さんと婚約し、その後Kが自殺するという箇所を採用してきたがために、多くの読者も、

>結局、「先生」は友人を裏切った良心の呵責に耐えかねて自殺しただけなんでしょうか?

という疑問に囚われざるを得なくなるのではないでしょうか。
そして、いつまでたっても、どこか「結論に納得出来ないものを感じます」という違和感を持ち続けざるを得ないのではないでしょうか。

でも、虚心坦懐に「こころ」全体を読んでみれば、この小説...続きを読む

Q宮澤賢治「永訣の朝」の解釈

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二」を使っているのか?
4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 御影石材が踏み石や飛び石のことならば、あぶなくはないので、これは別のものと考えるべきなのか。
 水のたまるような形状をした庭石のことでしょうか?
4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 これは霙じゃなく雪ですよね。松の枝に霙はたまりませんから。
 みぞれがたまっているのは「みかげせきざい」の上。
 みぞれは、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。」広辞苑
 半分溶けた雪のことを「あめゆじゅ」というのか?
 それとも、とし子はみぞれを所望したが、賢治は気を利かせて雪をとってきたのか。
 あるいは、雪ではなく、松の枝から滴り落ちる水を陶椀で受けたのか?
 「たべもの」「アイスクリーム」という表現があるので雪と思いますが。
5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 「おら、おらで、一人、逝くも」と解釈しますが、どうしてローマ字表記なのか?
 「おらおらでしとりえぐも」では通じないと考えたのか、現代的感覚を読者に訴えたかったのか。


けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二...続きを読む

Aベストアンサー

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという願いにも読み取れます。

3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 「2」が繰り返されるのは私と妹の「二人」を暗喩する数字でしょう。
 「2」から「1」になるという事を際立たせています。

4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 濡れた御影石の表面は滑りやすいので、アブナク、です。

4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 「あめゆじゅ」は雨と雪。賢治が採ったのは松の枝に積もったみぞれ交じりの雪。

5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 草稿では平仮名だったそうですね。
 妹の今際の言葉として、文字の意味ではなく「音として記録」した、という解釈ができるでしょう。


~~~
言葉の美しさを愛した詩人で、「永久の未完成これ完成である」なんて言葉が残されてますが、完成した作品に何度も手を入れていたような方です。改稿も本人にとっては「そうしたほうが好ましい文章になった」というだけのことで、作品は彼のフィーリングがその一時結晶化した結果に過ぎない。作品を売って金にしたわけでもなし、彼の念を文書に表せればそれで十分、「解釈」なぞは後の人が勝手にすればいいというのが彼のスタンスではなかったでしょうか。

彼の作品は各人が思い思いに韻を楽しみ、言葉に酔えばいいのでしょう。

参考URL:http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/13616/1/16_p175-191.pdf

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという...続きを読む


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