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タヌキとキツネは頭に葉っぱを乗せるのは何故ですか?

A 回答 (10件)

追記…



私の叔父と叔母は子供の頃狸に化かされた経験があり??

子供の頃、その話を叔父と叔母が熱く語り、興味津々で、聞いた思い出があります。
今だに覚えてますよ…
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昔から、狸と狐は化けて人をだますと言われてきて、もちろん迷信ですが(今で言う都市伝説??)



良く枯れ葉に化けてたという話がありますから、イメージ的に葉っぱを頭に載せたものが多いよだと思います。
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化けるときですね



おもしろいですね
江戸時代の浮世絵や絵草子などでも
葉っぱをのせている絵というのは
見たことがないですね

ということは
案外近代ー明治、大正、昭和のどこかで
そのような絵を描いた人がいて
(または、お芝居などで)
それから定着したのかもしれませんね

江戸時代の人でも
「幽霊なんかいるもんか。おおかたキツネかタヌキだろう」という
幽霊は信じないけど、キツネとタヌキは信じていたという文章が残っています

そのうち、どこかで見かけたらまた報告します
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乗せません。

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おしゃれ

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変身できると信じているのであります。



しかし変身は出来ないのであります。

こんな事で変身ができるのであれば私もいろんなことを試したいのであります。
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漫画の表現から。

ダンがウルトラセブンになるときのウルトラアイのような変身アイテム。
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頭隠して尻隠さずですね、自分では敵から隠れているつもり。

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ドロンする

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化ける時に必要なもの?みたいな

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Q狐が化ける時に頭の上に乗せる葉っぱの種類は何ですか

絵本などで、狐が人間などに化けるときに、
頭に必ず葉っぱを乗せています。
網状脈の大きな葉っぱだと思うのですが、
種類は決まっているのでしょうか。
決まっているとしたら、何の葉っぱなのでしょう。
誰かご存知のかたがいたら、教えてください。

Aベストアンサー

自称“妖怪研究家”です。

 唐代の随筆『酉陽雑俎』では、狐が変化するには髑髏を載せ北斗星を拝して、これが落ちなければ人に化けることができるとあります。この思想は日本にも伝えられます。
 さて、嘉永2年(1849)に描かれた『狐草紙絵巻』では、正体を見破られ逃げ出す場面で、狐は頭に髑髏を載せています。しかし同時に髑髏以外のものを身に付けている狐もいます。
http://www.wul.waseda.ac.jp/TENJI/virtual/ikimono1/41a.jpg
 民俗学者、小松和彦教授はこの絵巻の解説で、美女に化けるには美女の髑髏を、小道具はそれにかかわる者に化けるために身に付けている(例えば料理人に化けるには調理器具のように)のではないかと、推測しています。

 かのように本来は髑髏でしたが、日本では髑髏以外の道具も化けるために用いられました。それは「藻(=水草)」です。藻をかぶると女性の髪のようですね。地方によっては「池の藻(睡蓮)」をかぶって美女に化け、それから別のものに化けるとあります。
 またなぜ藻であるかというと、正体は天竺・凍土を荒らし回った九尾の狐だったという美女。その名が玉藻前(たまものまえ)であったところから、妖狐と藻が結びついたのではという考察もなされています(ちなみに隠密が水草をかぶって水中に隠れることを「狐隠れ」といいます。狐が藻をかぶるという伝承からの命名ですね)。

 で、藻をかぶるという伝承がいつごろからか、ただの木の葉となり、今では葉っぱ一枚を頭にのせて…というように変わりました。木の葉に変わった理由としては、人形浄瑠璃『蘆屋道満大内鑑』・歌舞伎『葛葉』で有名な、狐「葛の葉」の物語もかかわっているかもしれません。

<あらすじ>
 摂津国阿倍野に住む安倍保名が、和泉国信太で一匹の狐を助けたが、その際にケガをした。その後、葛の葉と名乗る女性が介抱し、いつしか二人は結ばれ子供を授かる。しかし、その子が5歳の時に葛の葉の正体が狐と分かり「恋しくばたずね来てみよ和泉なる 信太の森のうらみ葛の葉」と一首残して去ってしまった。その子が後の安倍清明である。

※ちなみに「うらみ」とは葛の古名である裏見草と、“恨み”(ここでは分かれることが悲しいという意味)が掛詞になっています。

自称“妖怪研究家”です。

 唐代の随筆『酉陽雑俎』では、狐が変化するには髑髏を載せ北斗星を拝して、これが落ちなければ人に化けることができるとあります。この思想は日本にも伝えられます。
 さて、嘉永2年(1849)に描かれた『狐草紙絵巻』では、正体を見破られ逃げ出す場面で、狐は頭に髑髏を載せています。しかし同時に髑髏以外のものを身に付けている狐もいます。
http://www.wul.waseda.ac.jp/TENJI/virtual/ikimono1/41a.jpg
 民俗学者、小松和彦教授はこの絵巻の解説で、美女に化けるには美女...続きを読む

Qキツネとたぬきはなぜ化ける?

キツネとたぬきはなぜ化けるんですか?

Aベストアンサー

それだけ人間の周りにたくさんいたのでしょうね。でも、夜にしか姿を見せない。どこからともなく出てくる。じゃあ、昼間は何しているんだろう。
 あいつは夜になるとあまり姿を見ないけど、あのたぬき、あいつに似てない? そういえば、あいつ、昼間はなんか言動が怪しい。昼間だけ人間の姿になっているのでは?

 昼間、ぬぼ~っとしてるあいつは、夜になるとたぬきかな。ボケっとしていて、憎めない。
 昼間、妙にハイで、目立って、ずる賢いあいつは、夜になるとキツネかな。目がきついし。

 イヌやネコも周りにたくさんいるけど、こいつらは昼間も人間と同居しているから、化けてはいないな。

Q狐や狸が人を化かす動物の代名詞になった歴史的背景

日本では人を化かす動物として狐狸の類が熟語になるくらいまで浸透していますが、その理由はなんなのでしょうか。
実際のところ狐狸が極端に知能の高い動物というわけでもありませんし、そこには生物学的な裏づけはなさそうです。
狐の場合やはり古代中国の九尾の狐の伝説などの有名な伝承の影響によるものではないかと考えていますが狸の場合はその手の伝承をきいたことがありません。狸に化かされた、という昔話はいくつも知っていますが、その大元になりそうな話は知りません。
狸の場合、擬死などの行動が猟師を化かすという風に変化していったのかな、とも思いましたが特殊な行動によって天敵から逃げる動物はほかにもいろいろいます。
ネコとか蛇なんかが人を化かす昔話もありますが狐や狸ほどメジャーではないですね。
知名度という観点で考えると狐狸は昔はそんなに珍しい動物ではなかったと思うので麒麟や竜のように伝承を膨らませすぎた、なんてことも考えにくいと思います。

狐や狸が人を化かす存在だと広まった歴史的な背景について教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

猫や蛇が人を騙す昔話をご存知ということは、すでに既知の情報かもしれませんが・・・・
キツネについては日本の歴史上では、822年に書かれた書物「日本霊異記」のなかにすでに、キツネに化かされる話があり、それが文献として確認できる最初ではないかと思います。その内容は唐の仏教説話集「冥報記」に影響を受けていると言われているので、起源は国内の民俗伝承ではないと思います。

Q昔話に出てくる化け狸について…

『日本昔話』に狸ってよく出てきますけど、
彼らは頭に葉っぱを乗せてドロンと化けますよね
・葉(かその元となったもの)の名前、
・なぜ狸は化ける(かもしれない)とされていたのか、
どちらかだけでも構わないので、分かる方お願いします

Aベストアンサー

基本的に、日本の古くからの「精神世界」観には、「化ける」という要素が根底にあります。
「化ける」と聞くとまず日本の妖怪やオバケ等をイメージするかもしれませんが、実は動物も「別の何か」に化けますし、人間も化けます。神様も化けます。人間や動物や妖怪は、神様にもなりますし妖怪にもなりますし、動物や人間になってしまうこともあります。神様も人間のような存在や動物や妖怪になったりします。つまり、日本の精神世界ではこれらの境は非常にあいまいで流動的です。「全ての自然に神がやどる」という神道の考えに基づくと、こういった流れになるのは必然なのかもしれませんが。
そこが「神は一人(一柱)」「モンスターは生まれながらに死ぬまでモンスター」という西洋の考え方との大きな違いです。

こういったことからも、「狸だけが化ける」というのではなく、全てが化けるという前提がある中で「狸や狐だけが、化けるイメージが強調された」ということはあるかもしれません。
各地に多く残る「化け猫伝説」からもわかるように、猫も「化け」というイメージを強く持たれる動物の1つです。その神秘的な容姿、そして人間に近いからこそ「人間の情や念を、猫に投影され易かった」結果とも言えますが、ただ前の方も指摘している通り逆に猫は人間社会にあまりに身近が故に「化けない普通の猫」のイメージも強いのかもしれません。
しかしながら野生の動物は、生態や現れるきっかけなんてものは謎で、当時の人々にしてみれば殆ど神秘です。その中でも、狸、狐、カワウソといった日本の野生動物の中でもポピュラーなものが、色々なネタになり易かったのかもしれません。(猿が「化け」のイメージと結びつきにくかった理由はわかりませんが・・・あまりに人間的で神秘性に欠けていたのかも?)

で、葉の名前についてですが。
日本は、非常に多くの民話・昔話・民間伝承が残る、世界的にもかなり珍しい国のようです。日本の昔話が好きな北欧の方が「自分の国にはそういったものは無いから」と言い切っていましたが、少なくともそういった民話・民間伝承の存在感は日本よりははるかに薄いようです。ヨーロッパには書として伝えられてきた古い神話がありますが、これらはその性質上、日本の民話・昔話とはかなり別物です。日本の昔話は基本的に庶民の間で広まった民間伝承であり、日本神話がルーツにあるものやオカルトのみならず、庶民の日常のこぼれ話や笑い話や教訓など、その内容や用途は多岐にわたります。
そうなった理由として、日本国内の情報伝達・交換力(主に民間伝承、つまり口コミですね)や識字率や庶民レベルでの文化意識の高さ等が古くから発達していたことが挙げられると思います。これも当時の世界的には非常に珍しいことだと思います。
そういったことから、日本各地に多く残る似ているor似ていない伝承については、未だに専門家でも把握出来ていないことは多いです。どんなに有名な昔話でも、それがどの地方がルーツなのか誰が作ったのか何も判明していないなんてこともざらなのです。多くが民間伝承なので記録として残っていないので研究しにくいというのもあると思います。

基本的に、日本の古くからの「精神世界」観には、「化ける」という要素が根底にあります。
「化ける」と聞くとまず日本の妖怪やオバケ等をイメージするかもしれませんが、実は動物も「別の何か」に化けますし、人間も化けます。神様も化けます。人間や動物や妖怪は、神様にもなりますし妖怪にもなりますし、動物や人間になってしまうこともあります。神様も人間のような存在や動物や妖怪になったりします。つまり、日本の精神世界ではこれらの境は非常にあいまいで流動的です。「全ての自然に神がやどる」という神...続きを読む


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