社会人&学生におすすめする色彩検定の勉強術

京都の治安を守るのが目的だった新撰組。
しかし
テロリズム;一定の政治目的を実現するために暗殺・暴行などの手段を行使することを認める      主義、およびそれに基づく暴力の行使。テロ。

テロリスト ;テロルに訴えて自分の政治目的を実現させようとする者。

テロル   ;〔恐怖の意〕あらゆる暴力的手段を行使し、またその脅威に訴えることによって、政治的に対立するものを威嚇すること。

暗 殺   ;(主に政治的な理由で要人を)ひそかにねらって殺すこと。

という定義から言うと新撰組はテロ組織だったといえるのかもしれません。が、新撰組がそうであるというのはあまり聞きません。(たまにサイトで見かけるくらいです…)。もしかしたら体制派の行為はテロ行為とは言わないとか、他に理由があるからなのか。

と一寸疑問に思ったので歴史に詳しい方教えていただけないでしょうか。?

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A 回答 (7件)

結論から申し上げます。


体制派が行使する一定の政治目的を実現するための暗殺・暴行などの手段はテロ以外の何者でもないです。ただ、体制派が行う場合にはまた違った呼び方が古来からあります。
そもそも1870年代にロシアで横行し発生したため、白色、赤色という分類が可能に思えますが、明らかに唯物史観にたった史観のため現代や共産主義思想が伝達されていない時代や地域(幕末も充当)に当てはめるには無理があります。
中大兄皇子は正にテロルと言えます。従来クーデターという呼び方をされますがテロリズムの定義にぴったり当てはまります。それ以前に蘇我氏がしいた政治もテロル政治でしょう。聖徳太子の多くの親族が犠牲になっております。
公暁を送り込んだのは北条氏が絡んでいたといえます。これも体制(執権)が行使したテロルです。こう見てきますとテロルと政変は紙一重と言えます。テロルという言葉がない時代、大掛かりなものはクーデター、逆は暗殺という言葉で片付けられていました。世界史にも多々の例がありますが、膨大なため省きます。
幕末に話を戻しましょう。
まず、強調したいことは幕府=京都守護職(松平容保)は微妙に違うということです。もちろん幕末も末期(1866~67)になると新撰組幹部は旗本に採りたてられるのですが、この身分には幕府300年が培ってきた身分の重みはありませんでした。政権として成り立っていた幕府であるならば農民上がりの、しかも譜代のお抱えを旗本に取り立てるなどありえないのです。今日と守護職のお抱えということで幕府の意向も激変した政治状況には正しく伝わらなかった事もあります(大政奉還想定期の土佐藩士へのテロル行為)。
以上から幕府(=政権)による警察行為とはいえません。
また一部の京の民衆から人気があったことも事実ですが、これは小説や演劇の影響が大きいと思われます。史書に印象的に残っている事実は「壬生狼」という言葉です。水戸派が粛清され(この一点を見てもテロ集団ですね)武州派が実権を握った後にもこの言葉が見え隠れします。また池田屋が禁門の変(京都の町を応仁の乱以来焼いた)を引き起こしたこともあり、京の民衆から治安維持で人気があったとはいえません。確かに尊王・攘夷・倒幕派浪士が嫌われていたことは確かですが、新撰組も同じように嫌われていたのです。京都に1度でも住めばわかりますよ。「よそ者」気質が京都人には現代でも根強いです。「一見さん」などの文化にも見て取れます。
また脱線してしまいましたが、テロ行為は体制・反体制 問わずテロです。テロと呼ばない理由に現代に生じている事象との兼ね合いがあると思われます。
ex.イスラエル政府の自治区に対する近代兵器の行使
ex.ラビン暗殺
ex.アメリカによるリビア空爆
ex.イランアメリカ大使館員人質事件
ex.イスラエル空軍のイラク原発空爆
私はこれらは全てテロいえると思うのですが、組織が動くとテロと認識しない人々が増えるようです。それはその組織へ対する様々な遠慮や兼ね合い、高度な政治的判断が行われているのではないでしょうか。2・26をクーデターとはいってもテロルとはあまり聞きません。5・15はそうでもないのですが。ここらに解答があるように思えます。
テロ=悪ではないという意見がございますが、イスラエル軍のミサイルにより、今もパレスチナ民間人の女性や子供が焼かれ死んでいくことを善とは思えません。悪でないとも思えません。
総論として新撰組がテロ集団とあまり言われない理由は、
1.日本人特有の判官びいき。さらに演劇や小説などで史実を超えて紹介されすぎているため、一般人の史実の直視が不完全。(ある脚本家が新撰組はテロ集団を取り締まる正義の集団と電波で、おっしゃっていたがテロの定義を知らぬための誤解)
2.テロは個人、あるいは中小の集団が行うものであって組織化された部隊が行う行為はテロとは言わないという誤解。(歴史的にわれわれが刷り込まれた矛盾。)狭義であるのかもしれぬが、広義に考えるとユダヤ人殺戮、原爆投下、日本軍のアジア人虐殺もテロリズムであるといえる。
3.公の権力がテロリズムを前面に押し出した集団を組織した例が歴史上あまりなかった。国史上では室町後期のらっぱすっぱ集団や江戸期の公儀隠密、アラブではアサシン集団など表舞台に上がるものも数少ない。幕末では尊皇派には岡田、河上、田中など名だたるテロリストからなる集団と新撰組、京都見廻り組など公儀の下にあたる組織が結成した組織化したテロリズム集団の珍しき対決であった。
また新撰組には捕縛者に対する司法の思想が全くなかったこともテロリズム集団と裏付ける要因と言えるだろう。
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この回答へのお礼

いろいろと具体例などを出して説明していただきありがとうございました。

詳しい書き込みが大変参考になりました。

そうですね、ぼくもそのようにかんがえています。

ありがとうございました。

お礼日時:2004/11/10 14:36

幕末に新撰組が登場した当時は、攘夷の名の下に土佐・長州系の下級武士・浪人による要人暗殺が盛んでした。


また攘夷の名を借りた富家への押し込み強盗も多く、治安悪化は町奉行の手に負える範囲ではなくなっていました。

明治維新は成功しましたが、維新側の人々の発想に市民生活の保護はなく政権の奪取のためにはなんでもやりました。
京都焼き討ちの計画や、横浜異人館への襲撃、江戸での押し込み強盗による治安悪化などなど、現在のアルカイダに近い無差別テロの典型的な行動をしています。

新撰組に関して言えば、当時テロリストと言う言葉はありませんが、幕府が指定したテロ団体=長州藩やその系列の浪人の捕縛・反抗した場合の斬殺を担っていたわけです。

基本的に一般市民への迫害や暴行が組織として否定されている点が、新撰組がテロと言われない理由の最大ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

テロの定義とか考え方は難しいですね。
renyさんの意見やいろいろ本を読んでみて
自分の中で掘り下げていこうと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/11/10 14:38

要するに白色テロです。

恐怖によって倒幕派を押さえようとした面は疑いようがないでしょう。

でも当時の政権は必要としたのですし、政権がお墨付きを与えたのですから、その政権下においては正義です。

テロ=悪という認識は誤りです。政権がお墨付きを与えたのが正義です。
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この回答へのお礼

白色テロ、そうですね。白赤で考えるとわかりやすいです。
新撰組の行為が定義的にはテロでも白色テロというとすっきりします。テロ行為なんですよ。

話を現在にしてみるとテロは国際法では罪ですが、
赤色テロは罪という事になるのでしょうね。
(善悪は簡単にはいえないので)
いや一応白色も罪かな?調べてみます。

ありがとうございました。

お礼日時:2004/10/19 01:17

水戸派の芹沢局長らが新撰組初期に起こした、力士との喧嘩等を除けば、一般市民が京都市民に危害を加える事は無く、逆に、長州や土佐の浪士は、討幕に協力しない(要は金銭をせびって断られた)と言う理由で大店の主人を殺して川原に晒し天誅と称したり、まるで面白がるように競って開国派や佐幕派の要人を暗殺したりしていたエセ勤皇浪士を一気に黙らせ、京都では一躍ヒーロー集団の新撰組、街中で突然剣戟を起こす事もありましたが、それらは隊士を見て突然逃げ出したり、切りかかって来たりした浮浪浪士を取り締まる為でした、またこれらの剣戟から引き上げて来る隊士には、町の衆から、まるで歌舞伎役者に対するような掛け声が掛かり、(例えば、沖田の場合は、「よっ!菊一文字!」等)拍手の中を屯所に帰る光景も見られたそうです。

この事からも当時の京都でいかに治安維持の為に、新撰組が貢献したか、市民から支持を得ていたかが判ります。新撰組のスタンスは、勤皇佐幕(開国)で、対して浪士は、攘夷討幕(勤皇ではありません、本人達は勤皇と称していましたが、天皇の信頼する側近を暗殺する等した為、天皇はえらく彼らを嫌っていました)しかも”攘夷”ですよ世界情勢が判ってないのも甚だしい、まさにその勘違いな所がテロリスト、それらを制圧したMPの役どころが新撰組だったと思います。
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この回答へのお礼

白色テロになるのでしょうね。
司馬遼太郎さんが世に出る以前はどのような扱いはし知りませんけど……

ありがとうございました。

お礼日時:2004/10/19 01:21

歴史の流れを見ればわかると思いますが、新撰組が池田屋事件が起きていたころはまだ、政権は幕府が握っており、その管轄にあり京都の治安を守るのが役目の新撰組の行為は今の日本の警察や自衛隊と同様の役目を持っているといえるでしょう。

これをテロとは呼ばないでしょう。

最近の事例でたとえるなら、大儀とか思想がない?だけでホンとに幕末の日本におもえたイラク戦争です。米軍が薩長でフセイン政権が幕府といった感じでしょうか。
イラク戦争において、イラクの国民はフセイン政権をテロリストと認知していたでしょうか。
むしろ、米軍をテロリストと認知していたように思えます。

余談ですが、最も当時の日本の歴史を見る限り、薩長もテロリストには当てはまらないとおもいます。
テロリストというと悪いイメージですが、似た意味でレジスタンスという言葉があります。

薩長は当時の日本にとってレジスタンスだったのではないかと。悪政に立ち向かい、民衆の支持を受けてた薩長はテロリストとはいわずにレジスタンスとよぶにふさわしいでしょう。

この回答への補足

お答えありがとうございます。
参考になります。
しかし、今回この質問をしたのは、定義にはどこにも
体制派の行為はテロ行為にはならないとはどこにも欠いてはいません。(成文化されていないだけで本当はそういいたいのではないか、とは思っていますが…)

そのあたりを明確にしたいという思いがこの質問をしたのです。そうまさにアメリカとイラクの件もokozyoさん同様私もそう思います。

いっそ、はっきり体制派の行為はテロではないという約束(?)があれば、納得するのですけど…

補足日時:2004/10/19 00:41
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新選組は、時の公的政府である幕府(京都守護職)より、れっきとした警察権を与えられています。


長州のなどの不逞浪士たちを取り締まれ、という法的な命令を受けています。
仰るとおり、体制派の行為ですから、基本的にテロと呼ぶことはないでしょう。

むしろ、薩摩や長州たちがおこした戊辰戦争などが、テロに近いかも知れませんが、こちらもテロとはまず呼びません。
それは薩長たちが勝ったから、でしょうね。

勝てば官軍、とはよく言ったものです。

この回答への補足

お答えありがとうございます。
参考になります。
しかし、今回この質問をしたのは、定義にはどこにも
体制派の行為はテロ行為にはならないとはどこにも欠いてはいません。(成文化されていないだけで本当はそういいたいのではないか、とは思っていますが…)

いっそはっきり体制派の行為はテロとは言わないと
いう約束(?)があればすっきりするのですけどね。

補足日時:2004/10/19 00:41
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警官が銃を持っていて正当な理由があれば使用してよいように、新撰組も京都の治安を守るために剣を振るうことはテロといわないのでは?

この回答への補足

お答えありがとうございます。
参考になります。
しかし、今回この質問をしたのは、定義にはどこにも
体制派の行為はテロ行為にはならないとはどこにも欠いてはいません。(成文化されていないだけで本当はそういいたいのではないか、とは思っていますが…)

いっそはっきり体制派の行為はテロとは言わないと
いう約束(?)があればすっきりするのですけどね。

補足日時:2004/10/19 00:42
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