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人間が知りうることは人間が知覚した範囲内で。本等を読んでも考えてみても

自分の想念の範囲を出ません。

だから自分が死んだら世界も終わるという人達がいます

でも実際どうでしょうか 他人が死んでも世界はあるし自分も居るし ただ残念とか、哀悼が残るのみで。

世界が終わるわけではありません。 この唯心論 我思うが故に我ありを根拠にするような考えが

世界を把握し切れてないのではないでしょうか?

みなさん僕が死んだら世界が消えると思いますか? 思いませんよねえ?

哲学の思考が行き詰まっているのは、この唯心論ではないでしょうか

何とかして唯物論と唯心論を結び付けられませんかねえ?

僕の考えを晒すなら 物質の持ってる「性質」が脳で色んな繋がりや概念や認識を作っている

という事だと思います。性質が心を成しているのではと思います。

この性質というのはエネルギーの状態によって発生するのですが 真理に従って発生します。

唯心論と唯物論の融合 宗教の融合 学問の融合 科学と文学の融合?サイエンス・リアル

が実現しなければ 人間はまた自国ファーストだとかコロナでも経済優先だとか言って

一番大切な「人間存在」を粗末にしてしまうのではないでしょうか?

A 回答 (5件)

想念の範囲?脳の範囲?いいえ、脳も身体の1部です。

身体で動植物鉱物も含めた他者たちと間で共振共鳴共感する範囲でしょう。一人想念、一人脳で完結したモデルで考えることに、無理があります。音、物質、エネルギーの交換代謝を生態系内で行い、ましてヒト同士なら非言語を含めた言語の交換共有しつつ、身体で共鳴共感共振し、常にネットワークを造り、判断決定活動する物心両面の巨大ネットワークを生態系内で、ヒトや生物は、運営していると思います。
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この回答へのお礼

Thank you

それはその通りだと思えます。

万物の霊長である人間が、原始的な自然のマネをして 死ぬ程働き、過剰競争で他はお留守では

一体何のために自分はこの仕事をやってるんだろうと疑問に思うこともあるんじゃないでしょうか?

私は義務感でこういう書き込みを行っているので

脳も身体の一部だけど精神は別にあると言われてもびくともしない考えを紹介しています。

その想念も心の内でしょうね。

精神と心は同じ様な意味だと電子辞書には書いてありますが、少し意味合いが違うような気がしますねえ

精神病、心の病と言うのは心が病んでるんじゃなくて脳の反応がおかしくなっている 幻聴が聞こえたり

妄想が包む。でも心は特別どうということじゃない。神経病です。

脳の病です。

心は昔から繋がって来ていてただの病気だと分かります。

しかし現代、日本の精神が少し病んでいる。オレオレ特殊詐欺とか

陰湿ないじめとか、子供達の心は破裂しそうに成っています。

そこへこのコロナで家にいると家族でストレスが溜まると・・・

その点僕の考えた「心は性質で出来てる」の考えは外見や能力では人を差別しない

存在することに意義がある 存在することに価値が在る とトランプさんに言ってやりたいですけどねえ。

私も一人の個人に区切ってしまうとは言いません 尊敬する人、友情を持つ人、愛する人すべて

環境も自身も心も全て繋がっています。だから唯心論と現実が繋がっていないと困るのです。

哲学はそこからあまり前進してないんじゃないかなと思います。

お礼日時:2020/04/24 13:26

☆ 唯心論と唯物論とは 単なる兄弟姉妹です。

と論じます。


1. わたしの顔は モノを素材として丸いかたちをしています。

2. 素材たるモノは 五感の対象なる内容( matter; contents )であり かたち
は 形式( form )です。

3. 形式と内容は 互いに分けて認識しえますが わたしの顔として一体です。



4. そこをなお二つの要素を分離して取り出したい。そこで形式を 形相( form )
とし 内容を質料( matter )としてそれぞれの概念を設定した。

5. そうすると たとえば顔をもう少し長くしたいと思えば 髪の毛をふさふさに
してかたちをととのえればよい。

6. 髪という素材も長いというかたちも 質料と形相として取り扱うならば 思考
において言わば自由自在に扱い得て あらたな何かをつくることが出来る。

6-1. 概念は 思考や想像のちからにかかれば――じっさいの事物から離れた観
念として――その質料と形相とをこねくり回して使えば あらゆるものごとや世界す
らが 可塑的である。



7. 質料とは 唯物論というときの物質( matter; hyle )の現われである。形相
とは 唯心論の心( idea; eidos )の仮象である。

8. 言いかえると 質料を究極にまで窮めて行ってさらにそこから 超経験の場へ
飛躍して捉えたのが 物質である。形相の究極のさらに飛躍が 心・精神・観念とし
てのイデアである。


9. つまり 唯心論も唯物論もどちらも――究極のすがたとして考えられる宇宙の
法則(摂理?)だとかまた万物の根源だとかをも超えて――超経験の場〔を想定した
ところ〕へ飛躍して捉えた何かを言っている。


10.さらに別様に言いかえるなら――すでにはっきりとしたと思われるように――
どちらも神を想定しており その神を別の概念で代理させているのだ。

11. 一方は モノの系統で物質〔なる神〕そして他方は 形相のみなもととして
の心でもあるイデア〔なる神〕。


12. 両者に違いがあるとすれば この経験世界にかんして唯物論は 物質なる神
の自己運動としてモノが成ったと言い(モノの自己運動のほかは すべて仮象だと言
い) 唯心論は イデアなる世界精神の自己顕現としてモノをふくむ世界があると言
うところである。
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この回答へのお礼

Thank you

分かり安い説明だと思うのですが

>可塑的である

ってなんて読むんでしたっけ?

それと神がついて回りますが どうしてでしょうか?

ご自身の信仰でしょうか?それとも様々な「神」を信じる?人達への配慮でしょうか。

唯物論と唯心論が兄弟として分かり合えればいいと思いませんか?

お礼日時:2020/04/25 22:43

唯心論なんて人間がつくりだした幻想ですよ。



現代脳科学の教えるところによると心は脳内神経細胞のネットワークにより生み出したことがはっきりしています。脳のどの部分を刺激したら怒りやおそれの感情がわきでるかわかっています。またどのような脳内ホルモンがでたら幸福感を感じるのかさえわかっています。

そんな物質的な物に依拠した「心」が唯一絶対のものであるはずがありません。
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この回答へのお礼

ありがとう

成る程 脳科学から言えば、心は脳内神経細胞のネットワークによって生み出されており

怒りや感情を刺激する場所やホルモンの働きも分かっている というのですね。

私も障害者ですから精神や心を色々と抑えたり開放したりする薬を飲んでいます

唯心論を言うのは「我思う故に我あり」という言葉から哲学を導く人が多いからです

唯心論を言う人は多いですけどねえ。

心が絶対とは言いませんが 人間は心ですよ。五体は入れ物みたいなものです。五感もありますが。

お礼日時:2020/04/24 18:36

人間存在を、一番大切、と言ってる時点で既に論外です


人間が大切と言ってるのは人間だけ
唯心論と唯物論の融合に意味も価値もありません
両社は全く違う単語
融合の対象ではない
そういう事を言う人が
「神はいる」
とか言い出すのです
神はいるの「いる」という単語は、精神イコール心の世界の「いる」と、物質イコールエネルギーの世界での「いる」というのと全く違う意味
文字発音が同じ「いる」だというだけの事
これを混同させ人心を惑わす輩が多い
特に宗教家はそうですね
主教イコール哲学だの如き発言を平気でする
バカは死ななきゃ治らない
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この回答へのお礼

ありがとう

私は宗教じゃなくて思想なので 自分の考えを書いたところです。

オウム真理教みたいだと思われたら 全くの天と地の違いがあります

私は口匠ににじり寄ったりはしません ただ何処が間違っているか質問をしてるのです。

宗教じゃない証拠に こうしたらいいとか拝めばいいとかあなたは何とかの生まれ変わりですとか

言いません。神仏も出てきません。敵も味方もありません。誰が偉いとも言いません。

過去の事に拘りません。私を突如警戒しないでください YOUTUBE作っただけですから。

「神がいる」ってそんなに違う居るなんですか??

お礼日時:2020/04/24 12:55

〇〇論に正しいも正しくないもない。

論なのだからね。
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この回答へのお礼

ありがとう

成る程 論や説が正しいとか分からないですねえ。

論うのであって 正しいと思うだけかもしれません。

ありがとうです。

お礼日時:2020/04/24 12:38

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