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歴史で分からないとこがあるので教えてください<(_ _)>

満州事変のとこなんですけど、
なぜ軍部が政治的な力を持つようになったんですか?

gooドクター

A 回答 (3件)

軍は武力によって守り・攻撃する機能しかなく、歴史から言えることは有事の際にどのような政治勢力につくか?だけで、政治の専門家ではないと考えます。



今の自分の立場で、満州事変勃発時の日本に自分を置いて想像してみます。条件は、今のようなインターネットはなく、得られる情報は新聞やラジオ放送だけです。

満州鉄道が中国人のテロによって爆破されたので軍が自衛のために武力開始した。納得しますね。そしたら、あれよあれよという間に満州国が建設され、大規模な農業移民政策がスタートする。当時は、昭和恐慌からなかなか抜け出せなくてもがいていた時期なので、私なんか大絶賛したのではないかと思います。

農業移民政策の実態は、中国人の土地を二束三文で買い取り移民に与えていたようです。しかも、移民は満州国籍ではなく日本国籍のままで、日本人独自の社会を築いていたようです。

なお、満州国の面積は約155万k㎡で、現在の日本本土の面積は約38万k㎡です。
この広大さは私の想像を超えてました。
満州国って、とっても広かったんだ、と驚きました。
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軍隊というのは元々政治的なことを行う能力があります。

現在の世界を見渡してても軍隊が政治を行っている国はたくさんあります。そのような国の最高指導者は将軍になるわけです。
 過去にもたとえば沖縄占領をしてたのは米国ではなく米軍で、これを軍政と呼びました。

じゃあ、なぜ軍隊は政治能力をもっているかというと「軍隊とは自国の法律や制度を他国に持ち込んで自立的に活動するものだから」なのです。
 つまりある国が別の国に侵入して「俺の国の領土にしちゃうぞ」とやるときは、その軍隊は「俺の国なんだから占領したこの土地も俺たちの国の法律で運用する」と主張するわけです。とはいえ、軍隊ですから民主政府とは少し異なるのですが、それでも軍隊には警察(ミリタリーポリス)も裁判所もあるので、軍隊自体が一つの国として機能するようになっているのです。

だからその組織を使って「この場所を占領したから自国のやりかたでやる」となると軍政になり、満州国はさらにそこに、中華民国成立で日本公使館でかくまっていた清国皇帝愛新覚羅溥儀を満州国に連れてきて、満州国皇帝にして満州国政府の体裁を整えたのです。でも実態は軍部の傀儡政権でした。
 ちなみに清皇帝の祖先は、満州付近に住んでいた騎馬民族の女真族(満州族)なので、溥儀が満州国の皇帝になるのは問題なかったわけです。

というわけで、満州国を日本軍が作れたのは「元々軍隊というのには政府を作る能力があるから」です。それを抑え込んでいるのが文民統制で、その文民統制に不満がでて、軍隊が思いあがって暴発したのが226事件と515事件だったわけです。
ちなみに、226事件の時、昭和天皇は激怒し「立憲君主制を危うくするものを処罰せよ!」と強く命令を出したと言われています。当時の日本は議会制民主主義が定着した国だったからです。
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1932年、日本政府は満州の問題を、中国との話し合いで解決しようとしていた。

首相の犬養毅いぬかい つよしは、満州国の承認には反対していた。しかし1932年の5月15日、日本海軍の一部の青年将校しょうこうらが総理官邸に乱入して、犬養を殺す事件をおこした。この事件を 五・一五事件ご・いちご じけん という。

犯人の軍人たちは、法律で処罰されることになった。だが、当時は政党の評判がわるかったので、世論では刑を軽くするべきだという意見が強く、犯人の軍人への刑罰を軽くした。このような決定のせいで、のちに、軍人による、政治に圧力をくわえるための殺人事件がふえていくことになる。

次の首相は斉藤実さいとう まこと(海軍出身)に決まった。そして斉藤内閣は、満州国を承認した。

その後も軍人や官僚出身の首相がつづき、第二次世界大戦のおわりまで政党出身の首相は出なくなった。このような理由もあり、五・一五事件で政党政治が終わったと言われることが多い。
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