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江戸時代まで、将軍様に飯食わすために納税していたのは誰ですか?また働いていない者は処刑されましたか?

質問者からの補足コメント

  • 大店の商人の息子や娘が商人より怠けていても処刑されたせんでしたか?納税して搾取されていたのは農民だけで、商人は納税義務がなかったというのは本当ですか?

      補足日時:2021/11/17 15:56

A 回答 (6件)

将軍に年貢を納めていたのは将軍直轄地の農民。


諸藩の領地の農民は自分の藩に年貢を納めるが、将軍に収める義務はなかった。
藩とは現代で言う「独立国」だからである。

もっとも直轄地の年貢は諸藩に比べて概して軽かった。
諸藩が五公五民なら直轄地は四公六民、という具合にである。
このため直轄地の農民は藩領の農民よりおおむね生活は楽だった。
「将軍直々の領民」という誇りもある。
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武士の納税は無かったようです。

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農民は年貢(米)を収めていました。


商人は米は収めていませんよ。

年貢(米)なんで
長持ちしない。
自分で食べる訳にはいけないので
インフラにつぎ込んでいたんじゃないかな。

今でもお金じゃなく
米だと貯える術を知らないから
いい政治ができるかも。(私見)ww
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将軍から旗本たちのために年貢を納めていたのは、天領の農民達。


大商人は、取引の権利を得るための上納金を取られるように。
家族単位で考えてましたから、その中に働いていない者がいても、家族がカバーしてれば問題なし。
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私が習った知識より


年貢は税金ごは違うものです。
年貢は、領主が農民に土地を貸した賃料として契約の米を納めるものです。
税金は、公共施設(橋や道路、港や役場など)の維持のため町人の福祉目的の為の費用を負担して貰うために徴収している。
日本は富裕層が寄付する文化が無く(ごく一部の豪商の事例は有る)、税金によりまかなっている。

将軍様は、自分の領地の賃料により生活していたわけで、搾取していた訳でない。

士農工商の意味は、貧しい順番と言われる。
侍は決められた石高では生活出来ないため、謝金だらけ。
農民は食べることは困らないが、謝金は有る。
職人は、金に困らない稼ぎはあるが、蓄え無し。
商人は、侍や農民に金を貸して設けて蔵が建つ。

一つの話しに、江戸努め極小藩の家臣が家族でお参りに蕎麦屋にて、天ぷら蕎麦を食べたことが藩主に知られ、お家取り潰しになった。藩主より贅沢をする家臣はいらないという理由です。
藩主でも質素な生活していた。
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江戸時代の税は、大きく年貢(=本年貢、本途物成)と諸役(小物成・高掛物・夫役・国役など)に分かれます。



人口の85%を占める農民が主な納税者(米を現物納付)で、町人は「国や地域のために労働」することが税金代わりになっていた一面もあります。
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この回答へのお礼

武士は、納税してたの?

お礼日時:2021/11/17 16:05

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