
0. みっつのことを挙げます。
§ 1 まづ さとりのついての前提として 情報公開が大事だという点が来ます。
情報が不足していたり間違っていたりすれば さとりの知恵も出にくいというものです。
確かにさとりは 存在の全体としての――既知と未知とをあるいは無知をもふくめての――境地です。生身の人間としては必ずしも全体を隅々までひとつ残らず知っているということではないはずです。
そのときそのつど知恵を発揮するには 関連することがらについての必要で十分なただしい資料や情報がなくてはならないと思われます。
生活日常でのことや社会一般のことそして世界のこととしても 情報公開が前提になると考えます。
§ 2 次には ひとりの人の主観内面にかかわったことがらとしての情報の獲得になると思います。
あのとき A さんはわたしにひどいことを言った なぜかを聞きそびれてしまって時も経った。と思っていたとき ふとヒラメキが得られる。ということがあると思います。‐--あぁ なるほどあれは しかじかかくかくの事情があってのことだったか。・・・というような心の問題としての情報の獲得です。
つまりは そういった過去のことがらだけではなく いま現在の人間関係におけるわだかまりや諍いなどなどについても あの人の心はこれこれこういうふうであるのかと知り得れば ずいぶんと互いのコミュニケーションは なめらかに行くのではないか。
孤独とその不安といった《わたくしごと》を明らめ 劣等感や優越感といった人間関係としての《わたくしごと》を明らかにして知る。
これは さとりの問題だと思います。三人よれば文殊の知恵と言いますが 互いに自由な自己表現が出来るようにお互いが心を開きつつ臨む。
特に心の問題を互いに解決し続けること。あの人この人などなど世間との和解を得つづけること。なかんづくわたし自身との和解を得ること。心がやわらがしめられてあること。こころのまどが明けられていることが よいのではないでしょうか。
§ 3 三つ目は 聖書から引きます。長いです。
◆ 悪霊に取りつかれたゲラサの人をいやす ~~~~~~~
――ルカによる福音書 8:26-39 ――
26 一行は、ガリラヤの向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。
27 イエスが陸に上がられると、この町の者で、悪霊に取りつかれている男がやって来た。この男は長い間、衣服を身に着けず、家に住まないで墓場を住まいとしていた。
28 イエスを見ると、わめきながらひれ伏し、大声で言った。
――「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。
頼むから苦しめないでほしい。」
29 イエスが、汚れた霊に男から出るように命じられたからである。この人は何回も汚れた霊に取りつかれたので、鎖でつながれ、足枷をはめられて監視されていたが、それを引きちぎっては、悪霊によって荒れ野へと駆り立てられていた。
30 イエスが、「名は何というか」とお尋ねになると、「レギオン」と言った。たくさんの悪霊がこの男に入っていたからである。
31 そして悪霊どもは、底なしの淵へ行けという命令を自分たちに出さないようにと、イエスに願った。
32 ところで、その辺りの山で、たくさんの豚の群れがえさをあさっていた。悪霊どもが豚の中に入る許しを願うと、イエスはお許しになった。
33 悪霊どもはその人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れは崖を下って湖になだれ込み、おぼれ死んだ。
34 この出来事を見た豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。
35 そこで、人々はその出来事を見ようとしてやって来た。彼らはイエスのところに来ると、悪霊どもを追い出してもらった人が、服を着、正気になってイエスの足もとに座っているのを見て、恐ろしくなった。
36 成り行きを見ていた人たちは、悪霊に取りつかれていた人の救われた次第を人々に知らせた。
37 そこで、ゲラサ地方の人々は皆、自分たちのところから出て行ってもらいたいと、イエスに願った。彼らはすっかり恐れに取りつかれていたのである。そこで、イエスは舟に乗って帰ろうとされた。
38 悪霊どもを追い出してもらった人が、お供したいとしきりに願ったが、イエスはこう言ってお帰しになった。
39 ――「自分の家に帰りなさい。
そして、神があなたになさったことを
ことごとく話して聞かせなさい。」
その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとく町中に言い広めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ すなわちイエスなる男は このゲラサの人の心の中の状態が分かった。それは この人がイエスを見て 自分の心を――無言のうちに――開いたからである。イエスは その心のさまを無言のうちに知った。というに過ぎないと思う。実際に起こったことは である。
たとえばこのようにして 世間との・そしておのれみづからとの和解を得るということ。
それは 必ずしもほかの人に依存するのではなく 自分自身を自分自身のこととしてたもちつづける。おのれにとって固有のおのれみづからのとき(時)を見つめ守る。そうすれば より高い境地の人に出会ったなら おのづとわが心が開かれる。窓は全開。すでに日本晴れとなり わが心はやわらぎとやすらぎを得る。
☆ これが 《さとり》――という動態――だと考えます。
この《さとり革命》をとおして おのおの内発的にわれらが社会の――ひいては世界の――衣替えが成るのではないでしょうか? ご見解をお寄せください。
A 回答 (5件)
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No.6
- 回答日時:
その法華経の方便品で、五千の上慢が席を立ちました、何故でしょうか
その一人が貴方ではないと思いますが。
知恵第一と言われたシャーリプトラさえ法華経は分からなかったのです、何故でしょうか。ご存知のように、貴方より少し頭の良い方です。
それとは対照的に7歳の女の子(竜如)が一瞬で悟ったのです、何故でしょうか。貴方が、7歳の子供に劣るとは言っていません。
シャーリプトラさえ最後は信ずる事により、悟りを開いたのです
すなわち
信じ、行じ、学んでこそ、結果(悟り)が分かるのです。
象牙の塔にこもり、思索しかできない人には永久に理解不能なのです、
例えば
薬の効能書きを、いくら読んで学んで議論しても、
薬そのもを飲んだ人の意見が正しいのです、たとえ7歳の子供でも
プラトンの喩え話にあったような気がするが
洞窟から一歩外に出れば、一瞬ですべてを理解するのです、が。
先入観、思い込み、習いそこないの学者の偏見に影響され、色眼鏡を掛けていて、さとりさとり、と乱発するのが、滑稽です。
十九世紀の思想の山脈に聳そびえ立つ思想の″巨人″
ニーチェを批判できるとは、別の意味で、滑稽です。
★ その法華経の方便品で、五千の上慢が席を立ちました、何故でしょうか
その一人が貴方ではないと思いますが。
☆ いえ。シャーリプトラです。訊いているのですから。
しかるに 誰も答えがないと見越して すでに確定したと見るかたちでものを言ってはいますが。
★ 知恵第一と言われたシャーリプトラさえ法華経は分からなかったのです、何故でしょうか。ご存知のように、貴方より少し頭の良い方です。
☆ そしてそれより以前に ゴータマ氏にも分かっていなかったのです。
★ それとは対照的に7歳の女の子(竜如)が一瞬で悟ったのです、何故でしょうか。貴方が、7歳の子供に劣るとは言っていません。
☆ なぜか? それこそ わたしの名づけた《ゴータマ・マジック》の所為であり そのマジックの行使そのことだと言いたい。
いいですか。確か漢訳では 《仏と仏とのみよく知る》とか何とかという説明が添えられています。これが ゴータマ・マジックなんです。
《この上なくとうとい智慧のさとり》を《得た》と宣言したもの勝ちになるという手品。子どもがさちょりを得たと 言葉で言ってしまっておけば 何とかなるという寸法が この奥の手なのです。
だって その中身は 何も言っていない。知らん顔で その場をやり過ごす。二千何百年ものあいだ この催眠術がなおまだ 有力だったとは!!
★ シャーリプトラさえ最後は信ずる事により、悟りを開いたのです
☆ 《・・・とさ》で終わらせ得たと思うのですか? あといちさんともあろう頭脳の人が。
★ すなわち
信じ、行じ、学んでこそ、結果(悟り)が分かるのです。
・・・
★ プラトンの喩え話にあったような気がするが
・・・
★ 先入観、思い込み、習いそこないの学者の偏見に影響され
・・・
☆ ついぞ 玉ねぎの皮むきは 絶えないのです。
★ 十九世紀の思想の山脈に聳そびえ立つ思想の″巨人″
ニーチェを批判できるとは、別の意味で、滑稽です。
☆ いちばんの欠点は ディオニュソス神が 復讐についてそれは相当の理由があると言って擁護したところ(『バッカスの信女』)を顕揚したことです。
【Q:ニーチェの《信仰 / 根本確信》!?】
【Q:《猛禽と仔羊》:ニーチェの道徳観】
【Q:ℚ1: 《神は死んだ》って言うけれど いつ・どのように死んだの?・・・】
No.5
- 回答日時:
「悟り」は仏教の究極だ。
仏教に比べ浅い低い狭い小さい非現実的な、
キリスト教をもって語るのは、
笑い。おお笑い。滑稽。
哲学者 ニーチェ
仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です。
仏教は歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを
考える宗教と言っていいでしょう。
ご回答をありがとうございます。
★ 「悟り」は仏教の究極だ。
仏教に比べ浅い低い狭い小さい非現実的な、
キリスト教をもって語るのは、
笑い。おお笑い。滑稽。
☆ その心は?
★ 哲学者 ニーチェ
仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です。
仏教は歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを
考える宗教と言っていいでしょう。
☆ 阿呆のフリッツくんは 論外とします。(その批判は いやというほど成して来ています)。
さて 結論をみちびいた理由は:
★ 現実性と論理性
☆ でしょうか?
そうですね。手短かに反批判します。
① ゴータマ・ブッダは 法華経・方便品で弟子のシャーリプトラから さとりについて定義し説明して欲しいと懇願されたとき それは大衆の心を乱れさせるからと言って拒みました。ついに死ぬまで明かさなかった。
☆ 論理性にも現実性にも乏しいと言わざるを得ません。
② けっきょく明らかにしたのは 四諦八正道でしょう。
ところが この命題は あくまでさとりを得るための方法(その形式)でしかありません。
路線は敷いたが その中身は まだなんです。①にかかわっているのでしょう。
③ たとえば さとりについて説かれていることとしては 次のようでしかないでしょう。
さとりは さとりを妨げる無明から解脱することである。
無明とは さとりを妨げる煩悩のことである。
解脱とは さとりの智慧を得ることである。
智慧とは 真理である。
真理とは ブッダとしてさとった者が得る智慧である。
とにかく 苦(ドゥッカ:思うようにならないこと)から解脱すること。
解脱には 苦をしっかり見つめてそれを知ること
苦からの解脱は ブッダのオシへに従うこと
ブッダが説くには さとりの智慧によって苦から解脱すること
解脱とは さとりである。
・・・
☆ すなわち 外形的な路線の枠組みを延々と述べている。たまねぎの皮を剥くようにすすむこと 請け合いである。
また みづからが自分のオシへは 《大化城》であり 人びとに さとれる者(ブッダ)の雰囲気を醸し出してあたかもさとりに導いているかのようなマボロシを見させているのだと言っていましょう。
これが 論理に満ちた現実的な思想なのでしょうか?

No.3
- 回答日時:
質問の趣旨からして 無意味です。
」←質問が無意味だから・・では?イエスは奇跡を伝える為に来たのでも無いし 処刑される為にキリストだと名乗った訳でもありません・・
悟りを開きたい訳でもありませんでした・
なのに あなたは イエスの本当の目的を 知ろうともしない・・
★ 質問が無意味だから・・では?
☆ もし次の書き込みが その理由だとするならば 応答しておきます。
★ イエスは奇跡を伝える為に来たのでも無いし
☆ はい。
★ 処刑される為にキリストだと名乗った訳でもありません・・
☆ 微妙です。《世を去る》かたちは どうでもよいとまでは言えなかったと思われる。
▲ (ヨハネ福音 3:14 )
そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げた(☆ 民数記 21:5-9 )ように、人の子もまた上げられなければならない。
☆ 青銅の蛇をモーセが揚げていたように イエスがその蛇のごとく揚げられなければならないといった意味合いです。これは 形式ですが。
★ 悟りを開きたい訳でもありませんでした・
☆ 質問の趣旨は 世に言う《さとり》をイエスキリストは ふくみ持っているとの意味です。
★ なのに あなたは イエスの本当の目的を 知ろうともしない・・
☆ いくつもの質問でその主題を取り上げてみなさんと対話(情報交換)して来ています。
① その目的を いま述べればいいぢゃないですか。
② たとえ副次的な目的であっても いま取り上げているさとりについて あなたの 《本当の目的》からすれば これこれこういったふうに批判できるなどのように いま明らかにすればよい。
③ その目的について説明しているサイトを 紹介すればよい。
☆ なお:
☆☆ 家庭連合の考え方についてのわたしからの批判に応じるのでなければ 応対しません
☆ という表明も 同時に活きています。
☆☆ 独り善がりのタコツボ地獄
☆ この指摘も活きています。きちんと対話の結末にまでやり取りしたためしがない。
ゲラサの人は 心がひらかれていた。つまり 心の内で自己を・その思想(≒生活態度)をつねに省みていた。外見が タコツボのごとくであっても。

No.2
- 回答日時:
家庭連合の考え方についてのわたしからの批判に応じるのでなければ 応対しません」←だって・・
(笑)
イエスの時の・・と 言うか 実際は聖書に書かれてあるものを 持ち出すのだから・・
イエスは そんな事を伝えに わざわざ試練を乗り越えて キリストに なったのかな?
33歳までの イエスが聖書に書かれていないのは イエスが苦悶してキリストの道を歩む事を決意するまでに掛かった年月・・
イエスの悟りは 聖書には載ってません・・
其処を知る事こそが 悟りに繋がる・・・
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