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ニュートン力学の運動の三法則は余りに有名でしょう。自分流に表現すると、
Ⅰ:慣性の法則 物体は力が加わらない限り、等速度運動する
Ⅱ:力F、物体の質量ⅿ、加速度a (F、aはそれぞれベクトル)とすると、F=maとなる。
Ⅲ:作用反作用の法則
これらの内、ⅠとⅡは同じ事を少々異なった表現で表しているのではないか、つまり、実質、一つの法則としてもよいのではないかと考えているのです。つまり、Ⅰは力Fが物体に加わることで加速度運動する、言い換えれば力Fを加速度運動によって定義しているわけで、つまりは力Fと加速度aが関係していることになると思います。その関係がⅡの主張するところの関係式、F=maと表されるとすれば、ⅠとⅡを一緒にしてもよいのではないか、という考えです。とすると、なぜ二つをわざわざ分ける必要があるのか?という疑問が出てくるのです。

A 回答 (3件)

>Fを定義するのにmを定義する必要があり、と二重三重に絡み合ってしまうために、二つの法則に分かれているのではないか、<



●できないものを2つに分けてもどうにもなりません。
述べたように、できないとあきらめた方が楽です。
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私も普通は分ける必要はないと思いますが、そもそも、ニュートンはどう言ったのかは知っておくべきでしょう。

ニュートンの3法則については、”FNの高校物理”に極めて詳しい説明があります。< http://fnorio.com/0159Principia/Principia.html > “楕円軌道の発見と万有引力の法則(「プリンキピア」の説明)”
そこに引用されているニュートンの3法則は次の文章で著されていて、第II法則がF= m αと表されてた訳ではないのです。
法則I: すべて物体は、その静止の状態を、あるいは直線上の一様な運動の状態を、外力によってその状態を変えられないかぎり、そのまま続ける。
法則II: 運動の変化は、及ぼされる起動力に比例し、その力が及ぼされる直線の方向に行われる。
法則III: 作用に対し反作用は常に逆向きで相等しいこと。あるいは、二物体の相互の作用は常に相等しく逆向きであること。

彼がこの法則を著した「プリンキピア」は、ユークリッドの「幾何学原論」にならって、数学の定義, 公理の用い方に倣って厳密な体系を構築しようとしてます。その最大の目的はケプラーの法則を合理的に説明することにあったようです。
もっとも、物理では質量や力を数学のように単純に定義できないので、色んな議論が発生します。第1法則と第2法則の間の関係もその一つであると思います。ニュートンの時代にあっては、彼の現した表現は妥当のように思います。
ニュートンが活動した17世紀には、力は運動を引き起こすものと認識されていたが、質量は”惑星の密度と体積の積”の意味でニュートンが使い始めた段階でした。エネルギーや仕事という概念も無かったそうです。古典力学が今日の形にオイラーやラグランジェによって体系化されたのは19世紀の後半なのです。

ニュートンの意図した力学体系の真の意味とその限界は、アインシュタインの特殊相対性理論の出現によって初めて明白になりました。17世紀のニュートンが"慣性系うんぬん..."と考えたことはないでしょう。今さらニュートンの記したプリンキピアの文面を細かく議論することもないと思います。基本的な考え方さえしっかりしておれば、かなりの自由度をもって色んな解釈が許されるのが物理学であると思います。
もっとも、ニュートン力学と特殊相対性理論との違いや、ニュートンの3法則をもたらす機構は何なのかという議論をする際には、これら法則それぞれの意味を改めてより精緻に吟味する必要があるのだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ちなみに、御存知かもしれませんが、Newtonが力Fを最初に定義しようとしたときは、質量ⅿと速度vをもって、F=mvと考えてみたそうですが、色々と不都合な点があり、最終的に加速度aを用いて、F=maとしたというエピソードがあるそうです。

お礼日時:2022/12/08 20:49

これは難しい問題です。

というのは、ニュートン以来の超絶の頭脳
達がすべて避けている事柄だからです(マッハは少し踏み込んだ)。

まず、力学はすべての物理の原初です。そして、アリストテレスの
言「いかなる論理的学問も論証不可能の原理から出発しなければな
らない」を理解する必要があります。

つまり、ニュートンの3つの法則は論証不可能であって、定義不可
能な「慣性系、質量、力」の間の関係を述べているに過ぎないの
です(定義できないけど、しょうがない)。

そして、第2法則は慣性系で成り立つとしているので、その前に
慣性系の性質を述べる必要があった。ただ、それだけで、法則が
分離されています。

第一法則は、よく「慣性系の定義とか慣性系の存在を保証する」
とか有名学者が述べていますが(多分、海外有名学者の受け売り)、
とんでもない勘違いです。

これと似た勘違いは他にもあります。
・電荷保存則はマクスウェルの式からの定理。
・光以外、光速度以上が無いのはローレンツ変換からの定理。
・光速度不変は電磁気学からの定理。
などです。

繰り返すと、
「どんな運動方程式であろうと、第一法則を満たす必要がある」
「どんな電磁方程式であろうと電荷保存を満たさねばならない」
です。

まあ、使う分にはどっちでもよいが・・・理論構成として。

ニュートンがどのように理解していたか、とても興味がありま
す。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。今だから推論できることですが、恐らく、第Ⅰ法則は、力Fを先験的に或いは直感的にわかっている作用として用いているのではないでしょうか。物体を押したり引いたりするだけで、ともかく運動状態を変えられるのですから。しかし、いざ、運動方程式のパラメータとして計算しようとすると、Fを定義せねばならなかった。それも、質量mというこれまた定義せねばならない量が表れ、ところがmを定義するのに力Fを定義せねばならず、Fを定義するのにmを定義する必要があり、と二重三重に絡み合ってしまうために、二つの法則に分かれているのではないか、と推理しています。

お礼日時:2022/12/08 21:00

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