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日本がもしアメリカからのハルノートの条件を受け入れて、中国から全面撤退をしていたとすれば、現在の日本は、どうなっていたと思いますか?

A 回答 (7件)

日本政府がハルノートを受け入れて中国からの全面撤退をさせようとしたら、暴動やクーデターが起こって大変なことになるところまでは確実。


そこから先はその混乱がどのように収拾されるかによるので、どうなるかは判らない。

日本では日露戦争の講和条件に抗議して大規模暴動が起こっている。
ハルノートが提示されていたころに日本が占領していた中国の領域は非常に広くそこでの権益も得ていたわけで、米国にいわれてそれらを放棄するのであらば日露戦争講和時とは比べ物にならない規模の暴動に発展することが考えられる。

戦前の日本には統帥権干犯問題という大欠陥があるので、政府が撤退を命じても軍はそう簡単にそれに従わない。
天皇大権を用いて撤退を命じたとしても、それは天皇の本意ではないとして「君側の奸を除く」という大義名分でクーデターに発展する可能性が高い。

そういった日本国内の混乱の収拾は軍が行うことになるだろうが、その結果として政府における軍の発言力が強化され、中国からの撤退を反故にされる可能性すらある。
(クーデターが成功していれば軍の意向=日本政府の意思となるのだから、軍が嫌がっている中国からの撤退は確実に反故となる)
もしそんなことになっていけば、日本は史実より酷い状況で対米戦争を戦うことになっていただろう。

そういう大混乱の果ての日本がどうなるかは不明。
冗談抜きで、やってみなければ判らない。
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それでも、結局戦争になっていたと


思います。

だから、今と大差ありません。


当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、国民の1/4が
失業し、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
はっきりしません。

これに加えて、当時は社会主義運動が盛んに
なりつつありました。
うかうかしていると、体制すら崩壊しかねません。

また、米国は英国フランスなどにも大量の資金を
貸し付けており、彼等が敗戦になれば、貸し金が焦げ付く
可能性がありました。

それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
それでハルノートなどをつきつけたり
ABCD包囲網を敷いたりして、日本を追い込み
戦争に持ち込んだのです。

戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きずり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。
ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。

マッカーサーは戦後、あの戦争は日本の自衛戦争であったと
米国議会で証言しています。

ハルノートのハルは、真珠湾攻撃を耳にして躍り上がって
喜んだ、という側近の証言が残っています。
「これで戦争ができる」
また、パル判事は、あのような要求を突きつけられたら
モナコのような小国でも銃を持って立ち上がっただろう
と述べています。

●では、日本が米国に屈してハルノートを受け入れれば、
戦争を避けられた
でしょうか。

私はそうは思いません。イラク戦争を見て下さい。
ありもしない大量破壊兵器を口実に戦争を始めたのは
米国です。
その後、英国BBCは、911以前から米国はイラク、
アフガン戦争を計画していたことを暴露しました。

米国は何か罠を仕掛けて、戦争に持って行ったと思います。



1898年 2/15 ハバナ湾で、米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しました。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり、あの米西戦争が始まっています。
後になって米国政府は、事故だと発表していますが
陰謀ではないか、という説が強いです。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

・ 1989年パナマ侵攻 名目はアメリカに麻薬を密輸するパナマのノリエガ将軍の逮捕であったが、明らかに国際法違反で、国連総会で非難された。真の目的は、第2パナマ運河の権益がアメリカ以外の国に渡ることを防ぐことだったと言う説がある。なお、パナマ侵攻後に、麻薬の対米密輸は減るどころか2倍以上に増えているという。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと
考える所以です。
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ボクシングの試合でいえば最後まで戦わずに負けを認めた


それよりも酷い負け方

最初に手を出しておいて、負けましたと
日本の大将である東條英機や天皇を「死刑にしても良いです」
と差し出す

戦後、日本を世界はどう見るかな?

ウクライナ戦争でも言えることですが
ゼレンスキーは徹底抗戦を指示しています
国民の半数が戦死しないと講和は受け入れられないでしょう
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日本を中心とするアジア連合国家と、アメリカの間で冷戦がおきていたと思います。



ナチスドイツとイタリアは負け、ソ連は弱体化して植民地のような扱いでしょう。
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ロシアのスパイ、ハリーホワイトが書いたと言われているので、正当な権益として確保した全てを放棄する以外に、北海道までロシアの領土になっていた事でしょう。

到底、受け入れられない条件でした。無理に受け入れていれば、日本の今日はなく、アジアの弱体国日本でしたネ
東京裁判でインドのパール判事は日本は戦争をせざるを得なかったと言っています。その通りです。
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現在の台湾のような状況かと



軍部主導の政権運営で海外との交流も成約され
経済成長も果たせずに低迷
やがて世界情勢の変化に伴って軍部主導は終わりを告げて
遅ればせながら民主化して行く

経済建設は海外からの支援も必須でしたでしょう
戦後復興は起こらず経済規模もインドネシアよりはマシかな?程度
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途中経過は多少違ったかも知れませんが結局はアメリカの操り人形になっていたかと思います。

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