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アメリカのシャイボ事件をみて「尊厳死」というのがあると知りました。そこで、皆さんは尊厳死についてどう思っていうのか疑問に思い投稿しました。尊厳死に反対・賛成どんなことでもいいので、その理由を教えてください。お願いします。

A 回答 (7件)

こんにちは。


私の「尊厳死」の認識、というか、こういう物で会って欲しいという希望?ですが、本人の意志が尊重される事です。

ただ、私の考える「本人の意志」は社会一般では、ちょっと常軌を逸しているかもしれません。

つまり「死ぬ権利も認めろ」と言いたいです。

健康な人でも死にたければ自殺する権利を認めろという事ですので、これをテーマにスレッドを作ったらきっと袋叩きに会うでしょう。(笑)

ただ、「生きる」という事は「死ぬ」という事の裏返しですから、「死ぬ権利」が保障されない世界で「生きる権利」が保障されているとは言えないような気がします。

何より、この社会が生きてて悦びを感じられる社会なら「死ぬ権利」を行使する人が続出するような事はないはずです。
続出する人が出るなら、この社会その物が大変病んでいるという証しであり、為政者はその現実を直視せざるを得なくなるでしょう。

今、ネットで知り合った集団自殺が相継いでますが、この意見を主張してるように思えてなりません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。こんなに早く返事がくるとは思ってなかったのでとても嬉しいです!!
私の考えてもみなかった意見を聞くことができて、勉強になりました。確かに、この社会が生きてて悦びを感じられる社会なら「死ぬ権利」を行使する人が出ないと思います。最近「尊厳死」などが注目されると言うことは生きていて悦びを見つけられない人が多くなったと言うことですよね。みんなが幸せになると言うのは難しいかもしれませんが、1人でも多くの人が生きてて悦びを感じれる社会になればいいなと思います☆
貴重な意見ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/15 18:17

尊厳死とは、医療機器などの助けがなければ生命活動が維持できない状態にある人を、一切の延命治療をやめることで、自然死させることとして、安楽死と分けて考えることを前提として。



以前は、尊厳死に、無条件に賛成でした。「人間が機械に生かされている」という状態が、どうにも不自然で、本来いきものが在るべき姿ではない、という気持ちが強かったからです。治療を受けている本人も、無理やり命をつなぎとめるようなことを望まないことのほうが多いだろうと思いましたし。

でも、自分のごく身近で、大切な者が死に瀕した時、たとえ本人が望まなくても、一分一秒でも長く生きていてほしいと思いました。その時は、尊厳死が問題になるケースではなかったし、そんなことを考える余裕もなく彼女を看取ったのですが、それ以降、考えが少し変わりました。私自身は、延命治療など望みませんが、家族や周囲の人が望むなら、機械につながれても構わない。どうせ助からない命なら、自分の意思よりも家族の意思を尊重したいです。もし私が、将来自分の尊厳死を望まなくなったとしても、家族が無駄な治療なんてしなくていいと思うのなら、尊厳死を選んでほしいと思います。

日本では、本人はもとより、家族の意思が尊重される傾向が、欧米より強いと聞きます。シャイボ事件では、その家族の意向が対立したわけですが、個人的には、ご両親の意思を汲んであげてほしかったと思っています。

私は、延命治療は、家族が、患者の死を受け入れるまでの準備期間の役割を持っていると考えています。本人の意思はどうでもいいとは思いませんが、本人が望んでも、家族が受け入れられないというときは、本人の尊厳よりも家族の心情を優先させて欲しいのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
私はずっと本人のことばかり考えていました。自分中心ではなく周りの家族の中心で考えてみることも大切だとbloomingbooさんの意見を聞いて分かりました。
貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/20 19:23

尊厳死、安楽死、いろいろな呼び方がありますが年寄りの延命治療などはまさに無駄、死に金だと思います。

90過ぎた爺婆に手術だ経管栄養だのやって生かして何になるのでしょう??若者の負担は増えるばかりで 医療費、社会保障費は膨れ上がり国は破産寸前です。平均寿命をすぎたら公的な補助、医療は一切対象外にするべきだと思います。そうすればわざわざ安楽死させなくても勝手に死んでくれるのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
今までで聞いたことのない意見だったので、新鮮でした。
確かに医療の発展や医療費負担と共に平均寿命が延びてきたように思います。なので今は「病気になったらどうするか」ではなく、「どうしたら病気にならないか」というのを考えているようです。
貴重なご意見ありがとうございました。大変参考になりました。

お礼日時:2005/05/18 21:21

自殺は個人の自由権の講師ですから.本人の自由である。


尊厳死は.場合にょっては殺人の手段として使われます。
過去の質問を捜せばわかる通り.米国では医療費がやたら高い。そこで.家族を殺して臓器を売り家計の足しにする。
あるては.医療費を払った結果破産するから.治療しないで放置し死ぬのを末。
これが米国で大多数を占める下層階級で行われている尊厳死の実際です。

医者のカモとして金を巻き上げられることを嫌った人々の病人の殺し方です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
まだまだ調べ始めたばかりなので、尊厳死に対する過去の質問をすべて読んでません・・・・。アメリカでの実態を今聞き、とてもショックです。ショックすぎてこれ以上何を書いたらいいのか・・・・。現実を教えてくださってありがとうございます。

お礼日時:2005/05/16 16:53

安楽死や尊厳死の問題を取り扱うには大きく分けて2つの側面が


あると思うんです。

医学的な知識を中心とする生と死に関連する問題と、親族などの
精神的な被害を被りかねない方々への「死への考え方」の2つです。

学生時代に自殺とともに議論したのですが、学生が次々に疲弊・憔悴
してしまって大変でした。

私はどちらかというと、賛成派ですね。

理由はなんでしょう…自分の母親が病で苦しんだ経験が一番強い
原因なんでしょうね。

正直な話、これ以上普通に生きられないなら、早く死んで楽に
なってくれ、と思いました。
まさか自分が家族に心底「死んで楽になって欲しい」と思うとは
思いませんでしたが。

食べられない・飲めない・激痛が止まない・呼吸が困難で…
その状態を考えると夜は寝られませんでしたし。

手塚治虫の「ブラックジャック」の影響もあるかもしれないですね。
ドクター・キリコという人物の発言に注目すると尊厳死について
色々思うところが増えるようになると思います。

長々とすみませんでした。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やはり、自分の身近な人の死と言うのを経験してるのとしてないのでは人の心に訴えるものは違いますね。。。。
ブラック・ジャックは読んだことがないので、これを機会に読んでみようとおもいます!!

お礼日時:2005/05/16 16:49

こんにちは。

また来ました。m(__)m
あまりにオイシイご質問?だったので、自分の主張とゴタクを並べてしまい、ご質問の本来である、臨床での尊厳死について全く触れるのを忘れてしまいました。(爆)

さて、これを見る場合、日本と西洋、というか、東洋と西洋と言った方が近いかな?でのもうすぐ死ぬ人(死者ではないですから)の扱いの違いがあると思います。

欧米では個人がとても大切にされ、本人の意志が明確である場合、医師も無理矢理治療を継続する事は許されません。
家族などが意見をさし挟めるのも本人の意志の確認が取れてない場合です。

これに対し、日本を始め、東洋の世界では、今生きている家族に主権が移る傾向があるようです。
つまり、意識不明となったら、本人の意志よりも家族の意志が優先されます。
その瞬間から、家族の所有物になるって感じでしょうか。

近頃は、本人の意志も少しは大事にしよう考えるようになり、No2さんのおっしゃる「尊厳死協会」なども活動しています。

意識がしっかりしているうちに、自分がそういう状態になったらどうして欲しいかを第三者立ち合いの元で、書面にしたものを「リビングウィル」といいますが、これのお手伝い、執行時の援助などをしてくれる所です。

現在では日本の法体系自体が、こういう週間に適応しておらず、修正の論議が今やられているようです。

先の回答であげた生きる悦びですが、これは時代や状況によって随分変化します。

普通の人なら、不治の病で寝たきりで動くこともできず、喋ることもできず・・・となれば、死を臨んでも全然おかしくないでしょう。
でも、ホーキンズ博士という方を御存じでしょうか?
この方は、全身不随で目と舌を使って学術論文を書き、本を出し、理論物理学の世界的権威となっています。
電動車いすを口で操縦し(だったと思いました)、目でパソコンをあやつり・・・まあ偉い人だからこういう物が提供されるのでしょうけど、本当に脳味噌だけしか生きてないに近い状況でもこれだけ大活躍してる博士は死を臨んではいません。

日本はこういう社会環境が全くなく、そういう状況で死ぬ権利を臨むので、どうしても暗い話になってしまう気がします。
今後、高齢化社会に向けて、日本もそういう人の為の機材や活躍できるような環境が整えばこの議論はまた全然違う事になるでしょう。

今はまだ過渡期以前の段階、例えて言えば、やっと石器を使いはじめた人類の中で原子力発電所の話をするような状況なのではないかと思います。

ちなみに、私は、子供の頃から医学にあこがれて、その道を目指し、努力し勉強してきました。
なので、本当に身動きできずベッドで寝てるだけの状況になったら、新しい手術のテストなり、薬のテストなり、治療法のテストに体を使ってくれる事が一番望みです。
でも、これは今の法体系では、どんなに強い意志を記録に残しても無理でしょうね。
せいぜい、死んでから、解剖実習に提供して医師の卵を育てるのに使ってもらえるかどうか・・・でも大抵家族が許してくれません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
やはり東洋と西洋での考え方は違うんですね。私は今、学生で福祉の勉強をしているんですが、卒研でこの「尊厳死」について調べたいと思ってます。なので、色々な意見を聞くことができ嬉しいです。「どういう死に方を望むのか」と言うのが重要になってきたように思います。
貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/16 16:37

あっても良いと考える一人です。

1%以下でも可能性があり、本人が望むのであればどれほど過酷で高額な治療を施してもそれはその方の「希望」なのでかまわないと思いますが、本人に意思を伝えることができない場合は周囲がどう判断するかが問題です。
あくまでも本人の意思、そして生前にそれを周囲の人間が同意をするかどうかがポイントだと思います。
シャイボさんのケースはご主人が延命中止を求めていますが、その体を世に送り出したご両親が少しでも……と望んでいました。微妙で難しい問題と思います。ご両親からすればどうせ他人となるでしょうし。
祖父母、義両親を見送っている身として、そのうちでも二人の祖母の最後の違いが際だって印象に残ります。
心臓発作と認知症併発の植物状態で3年以上病床にあったのち他界した祖母。二人とも美人でおしゃれな人たちでした。長く生きていて欲しい気持ちともし自分で選べるならどうだったろう?という疑問が残ります。
自分は脳死の時の臓器提供カードを保持しています。実家の両親は↓にあげた尊厳死協会に登録しました。
自分の人生の終わりはどうありたいか、を生きて無事な毎日を送れている間に考えることはとても大切だと思います。

参考URL:http://www.songenshi-kyokai.com/
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この回答へのお礼

ありがとうございました。早い回答嬉しいです。
尊厳死協会というものが日本にある事がはじめて分かりました。今からじっくりとHPを見てみたいと思います。
貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/15 18:22

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