昨日見た夢を教えて下さい

ロッキード事件というのはつまり、

田中角栄政権がアメリカの頭越しに日中国交正常化したり、独自の石油貿易外交を展開しようとしたのがアメリカの気に触ったから、
アメリカから仕組まれた事件だったんですよね?たぶんキッシンジャーが操作してたんですよね?

A 回答 (5件)

はい、大体その通りです。

 キッシンジャーが田中の外交を嫌悪していた証拠文書も多数残されています。 詳細は、以下の「現代ビジネス」のサイトの記事(2020.11.15)を参照してください。

田中角栄はアメリカにハメられた…今明かされる「ロッキード事件」の真相
黒幕は、とあるアメリカ高官だった…

1976年7月27日、アメリカの航空機メーカー、ロッキード社から違法な政治献金を受け取ったとして、田中角栄前首相が逮捕された。「戦後最大の汚職事件」とも言われるロッキード事件である。しかし逮捕の決め手となった証拠は、角栄の外交政策に批判的だったあるアメリカ高官が、意図的に日本側へ流したものだった。田中角栄は誰にハメられたのか? 新刊『ロッキード疑獄』から紹介する。

ロッキード事件は「復讐劇」か
どんな陰謀も「動機」なしに企むことはない。動機があるから企みを実行する。動機はしばしば、「怒り」から生じる。怒りは突発的なものであり、時とともに鎮まって、忘れてしまえば、雲散霧消することもあり得る。

だが、怒りは度重なると「憎しみ」となり、さらに「復讐」の動機を生む。復讐のための陰謀を企むと、「純粋性」を失い、さまざまな計略を考える。哲学者の三木清は、そんな人間の業を教えてくれる。

ロッキード事件をめぐって、数々の陰謀論が流布している。しかし、これまでに浮上したどの陰謀説も、動機を立証できていない。

『ロッキード疑獄』は第一部で、田中角栄を葬った実行行為を特定し、法執行機関による捜査、刑事的決着までを描いた。

だが、田中角栄はなぜ葬られたのか。ここでその理由を解明しなければならない。

長年にわたる取材で、実は田中角栄は、日中国交正常化以後、首相在任中の外交課題で繰り返しキッシンジャーらの激しい怒りの対象になっていたことが分かった。怒りは雲散霧消することなく、憎しみに深化していったとみられる。

キッシンジャーが、田中の外交に復讐していたことも分かった。その事実は、今に至るも、日本の外務省にもまったく知られていない。

アメリカ国務長官の恐ろしい謀略
ロッキード事件は、国際政治スキャンダルでもあった。英語ではこの事件は「スキャンダル」とも呼ばれている。ここでは、「事件」と「スキャンダル」を分けて考えてみたい。「事件」の方の動機、例えば贈賄の動機は立証済みであり、ここでは追及しない。

ここで探るのは、政治家としての田中を葬った、国際的な「スキャンダル」の動機である。田中が“被害者”となったスキャンダルに、殺人事件の捜査手法を当てはめてみたい。

殺人事件の捜査なら、(1)殺害の凶器、(2)殺害の方法、(3)動機について、証拠を認定することが必要不可欠となる。

(1)田中を葬った凶器とは、「Tanaka」もしくは「PM(首相)」などと明記した証拠文書である。

(2)方法とは、その文書を日本側に引き渡し、刑事捜査を可能にした手続き。つまり、「キッシンジャー意見書」と日米司法当局間の文書引き渡し協定だ。文書は、意見書に基づき、米証券取引委員会(SEC)に渡され、日米協定に従い、最終的に東京地検に渡った。

その結果、東京地検による贈収賄罪事件の捜査が可能になった。キッシンジャーはその際、自ら実行行為に参画したわけではなく、補助的な役割を演じただけだった。

しかし、スキャンダルも、(3)動機が証拠付けられなければ成り立たない。その動機は、刑事事件の動機ではなく、田中を政治的に葬るという動機である。

既述の通り、(1)を含む文書を(2)が示す方向で、最終的に東京地検に届くよう導く役割を演じたキーマンは、事件発覚時の米国務長官ヘンリー・キッシンジャーだった。

残された課題は、キッシンジャーにどんな「動機」があったのか、なかったのかを確認することである。

「田中外交」への嫌悪感
私とほぼ同じ時期に、米国政府文書を取材していた朝日新聞の奥山俊宏も、キッシンジャーが田中に対して「痛烈な皮肉の言葉を浴びせた」ことを文書で読んでいた。

しかし、発見した文書の数が少なかったせいか、キッシンジャーが田中を嫌った真の理由には到達しなかったようだ。「キッシンジャーの田中への軽蔑の念が少なからず影響した」あるいは「キッシンジャーは、政策ではなく、その人格の側面から田中を蛇蝎のごとく嫌って……」などと、個人的な感情の問題に帰してしまっている。

確かに、キッシンジャー発言には感情的な言葉が多々見られる。しかし、2人は公人同士であり、政策や外交戦略に絡む対立が出発点で、それに個人的葛藤が付随したのだ。

田中を葬ることにつながる、キッシンジャーの「動機」を示す文書記録は多数残されていた。対立は「日中国交正常化」から、日本の「中東政策」、「日ソ関係」などの外交分野に広がっていた。

眠っていた極秘資料
筆者は、ロッキード事件の取材を15年前、まさに「動機」を突き止める作業から始めた。

ある刺激的な秘密文書の存在を、長年の畏友が教えてくれたのがきっかけだった。

「国家安全保障文書館(ナシヨナル・セキユリテイ・アーカイブ)」という、民間調査機関の上級アナリストを務めるウィリアム・バー。2005年10月のことだ。

その前年に、彼のドキュメンタリーがABCテレビ番組「機密解除・ニクソンの中国訪問」で放映され、エミー賞ニュース・ドキュメンタリー調査部門賞を受賞していた。

彼が日本を訪れ、赤坂で食事をした際に、「驚くべき文書を発見した」と明かしてくれた。

その機密文書は翌2006年5月、国家安全保障文書館のホームページにアップされた。テーマは「ニクソン―フォード政権時代の秘密外交を詳述する2100件のキッシンジャー『会談録』文書」の一つだった。今も、ネット上の同じページに掲載されている。

筆者をロッキード事件取材に駆り立てたこの文書は、1972年8月31日付で、「トップシークレット/センシティブ/特定アイズオンリー」と指定された「会談録」だ。「アイズオンリー」とは、配布後に回収される文書で、機密度が非常に高い。

キッシンジャーの激しい「怒り」
キッシンジャー大統領補佐官は、その中で、田中角栄とみられる日本人らを烈火の如く「ジャップは上前をはねやがった」と罵っている。

キッシンジャーはなぜ、そんなに怒っていたのか。「上前をはねた」とは、一体どういう意味なのか。疑問が募った。

この文書こそ、まさにキッシンジャーの激しい「怒り」を示した文書だったのだ。しかも、田中による日中国交正常化を厳しく非難した言葉だった。

この文書からスタートして、米国立公文書館やニクソン大統領図書館、フォード大統領図書館などで、田中首相在任中の米国の文書を渉猟した。長年の取材で分かったのは、キッシンジャーとニクソン大統領が、政治家田中の外交政策を嫌悪していたことだった。

「日中国交正常化」だけではなかった。第四次中東戦争に伴う石油ショックで、田中は日本外交の軸を「アラブ寄り」に転換し、さらに独自の日ソ外交を進めた。日ソ外交で、田中は今も知られていない復讐をされていた。

興味深いのは、田中自身を含めて、日本政府側は当時も今も、こうした米側の思考と外交をほとんど認識していないことだ。

ただ、日本の「アラブ寄り外交」への転換について、田中とキッシンジャーは激論を闘わせており、田中も米側の意向を十分理解したに違いない。

三木清ではないが、キッシンジャーの怒りは度重なり、「復讐心」を持つほどのレベルに達していったのである。
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この回答へのお礼

大変詳しく教えていただき、ありがとうございます!みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2024/08/28 08:53

その通りです。

実は、何故か昔からアメリカの利益を損ねようとする政治家は、東京地検に逮捕されるという偶然?があります。つまり、アメリカは東京地検を動かせるという事です。ロッキードはアメリカの会社ですから、ロッキードから賄賂をつかませ東京地検が逮捕するという筋書きで、確実に田中角栄ははめられたと思います。アメリカとしたら、ソ連、中国、日本が組んでアメリカに向かって来たら滅びますからね。そりゃあ、絶対阻止するでしょう。
また、現在公安調査庁は中国のスパイが牛耳っています。だから、戦後今でも日本は独立国家ではないのです。(笑)
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当たらずと雖も遠からずです

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そのような説もある、可能性もある、ということで真相は藪の中です。


いや、藪ではなく闇の中です。

日本のキングメーカーはアメリカという説は根強いです。
アメリカが気に入らない政権は潰される。
民主党政権も原発事故がいい口実になったという説もあります。

今度の総裁選もアメリカの意向が働くのでしょうか?
日本は主権在民ではなく、主権在米なのかな?
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そうですね。


つまり「アメリカという虎の尾を踏んだ」ため、アメリカの怒りを買い填められたのだと私は思います。
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