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津軽(弘前)藩の参勤交代は、江戸に到着するまで何日間必要としたのか?また、いくらぐらいの費用を必要としたのか?

A 回答 (2件)

日数は


→碇ヶ関→つづれこ→盛岡→湊→かりかわ→湯沢→金山→尾花沢→山形→湯の原→郡→本宮→須加川→芦野→宇治江→小山→糟ヶ部→江戸
で、18日目に江戸に到着します。

人員は当初5万石、高直しで10万石ですから250人ほどの移動になるかと。
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質問のお役にたてるかどうか分かりませんが参考URLを載せておきます。



参考URL:http://216.239.63.104/search?ie=EUC-JP&lr=lang_j …
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Q参勤交代の道順(コース)

参勤交代を行う時に、各藩のコースは決まっていたのでしょうか。もし、決まって居たのなら、そのコースを外れるときには、何か届けを出したのでしょうか。あるいは、自由にコースを変えることができたのでしょうか。

Aベストアンサー

大体決まっています。
年により参勤の時期は変わりますが、大名毎に決まった月に「参勤伺い」を提出し、決まった日に将軍に挨拶をしてから旅立ちます。

http://s-mizoe.hp.infoseek.co.jp/m036.html

↑こちらに大名毎の指定月が出てます。

参勤交代する大名は将軍に挨拶してから旅立ちますが、出きれば他藩の行列とぶつからないように調整します。
各下の大名は各上の大名の行列とぶつかると道を譲る必要がありますし、宿場の手配も必要です。
他領を通過する時は使者を送って礼を述べ、通過される大名も街道の整備をして迎えましたから、いきなりということはありません。
日程は川が増水したりで前後しますが、基本的には城下町を通過後は、かなりの速度で移動し、旅費の節約に努めていたようです。

Q江戸時代、藩がどう分布していたかがわかりやすい日本地図を探しています。

たとえば、
今の山口県のあたりには長州藩があり、藩主は毛利家
ということが見てわかりやすい日本地図を探しています。
そのような地図がおいてあるサイトをご存知の方はいらっしゃいますか?

Aベストアンサー

江戸時代初期は大名の取り潰しが多かったので、いつの時代が必要なのか難しいですが、一応300藩と言うことで参考URLをご覧ください。
地方ごとに分かれています。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~me4k-skri/han/hantop.html


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