イスラエルとパレスチナは、なぜ戦争をするのでしょうか?

いろいろ調べてみたのですが、釈然としません。
歴史や宗教が複雑に絡み合っているようですが、そこを何とか分かりやすく説明して頂けると、嬉しいです。

よろしくお願い致します。

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A 回答 (3件)

簡単に言えば兄弟ゲンカです。


理由は、パレスチナの大半はイスラム教を信仰しているはずです。ユダヤは言うまでもなくユダヤ教。
 イスラム教のコーランは、旧約聖書に出てくるアブラハムまでは聖人と見なしています。
 で、聖書をひもとけば(かなりはしょっています。詳しいことは聖書に書いてあります)、以前アブラハムには、イサクとイシマエルと言う二人の子どもがいました。
 はじめに子どものできなかったアブラハムは、はじめにつかえ女から子どもを得ました。それがイシマエル。
 しかし本来の妻も相当後になって子供が産まれました。それがイサク。本命が生まれたんですから、正妻はイシマエルとその母を追い出そうとしました。
 しかし、神はその母子を助けて、生きながらえさせました(聖書はここまで)。その子孫がアラブ人・イスラム教であると言われています。
 おわかりだとお思いですが、イサクからユダヤ民族が生まれています。
 ということで、数千年前に追い出された恨みが、今爆発してるんでしょう。
 これが心情的バックボーン。
 事情的にはイギリスのいい加減さですね。
 要するに、(これもはしょっています)その頃のパレスチナの統治者は大英帝国でした。第2次世界大戦時、豊富な経済力とコネクションを誇るユダヤ民族に、助けを乞おうとしたイギリスは、「必ず約束の地(今のイスラエルです)を与えるから」と言う約束をしたんです。
 一方でそこに住んでいるパレスチナ人にも、適当な口約束と言う2枚舌を使ってパレスチナ人を納得させました。 さて、終戦後。約束通り全世界からユダヤ人が集まってきました。最初はイギリスが上手くコントロールしていたんですが、あまりにも多く、また在住のパレスチナ人との衝突も頻発し、ついに、イギリスは匙を投げてしまいました。(責任放棄して本国へ撤兵した)
 こうして2000年になっても尽きることのないパレスチナ問題が発生したのでした。 
 詳しいことは高校世界史の資料集にその時の条約など載っているので参考にしてください。 

この回答への補足

丁寧なご説明、ありがとうございます。
実は、私は高校時代日本史専攻で、世界史はほとんど知らず中学レベル、さらに、もともと歴史嫌いということで、世界の宗教史や民族史には、かなり疎いものがあります。
sawachannさんの宗教的・事情的背景のご説明は、よく分かったのですが、更に私が知りたいのは、より詳しい事情的背景です。
ウル覚えで間違ってたらすいませんが、イスラム・ユダヤの聖地が同じところにあるとか、先日もユダヤの大臣?がイスラムの聖地に訪問して問題になったとか、第2時世界大戦中もしくは戦後の処理に問題があったとか、そのあたりについて、なにかご説明をいただけるとうれしいです。
ケンカ両成敗でどちらが悪い訳でもないのかもしれないですし、日本人の多くが宗教的意識が低いことなども、この問題が分かりにくいことなのかもしれませんが、何かご説明頂けると、幸いです。
よろしくお願い致します。

補足日時:2000/12/19 10:24
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ユダヤとアラブがなぜ同じ場所に聖地をもつか?


という質問の答えとして
「もともとは同じ宗教だから」と言えると思います。
キリスト教がユダヤ教から「分離独立」したというのは
よく知られるところですが、イスラム教も同じなのです。
だから聖地も同じなのです。
実際にはユダヤ、キリスト、イスラムの聖地は微妙に違う建物です。

仲が悪い理由としては、戦後西側諸国がイスラエルを対ソビエトの
防波堤として冷戦時代ずっと肩入れしてきたことにアラブ側に不満があるのでしょう。
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sawachanさん以上にはしょった回答をしてみます。



ユーちゃんはある事情で、生まれた家を離れなければなりませんでした。あちこち引っ越しを繰り返しましたが、やっぱり生まれた家が懐かしくて、戻ってきてまた住むことに決めました。でもその家には、もうイッちゃんが住んでいたのです。長い年月が経っていて、イッちゃんもその家で生まれた子です。自分が生まれた家に住みたいという気持ちは同じですから、無理やり母屋に住み込んだユーちゃんと追い出されて庭先の離れに仮住まいしているイッちゃんは、いつもケンカばかりしているのです。

この回答への補足

なかなか、面白い説明でした。
ユーちゃんがユダヤ教徒、イッちゃんがイスラム教徒ですね。
ところで、ユーちゃんは、なぜ家を離れたり、引っ越したりしなければならなかったのですか?

補足日時:2000/12/19 10:32
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Q「パレスチナ自治区」にある「イスラエル入植地」のことで

「パレスチナ自治区」の中に、「イスラエル入植地」というのが結構あるようですが、

◎ そういう入植地というのはどのぐらいあって、
面積、人口などでは、どのぐらいの割合を占めているんでしょうか?

◎ そういう入植地は、
「パレスチナ自治政府」の統治からは、完全に外れているんでしょうか ?
 

Aベストアンサー

イスラエル人入植地の数や面積は不明です。
と言いますのは、正式に国が設立した入植地もありますが、イスラエル人達が勝手にパレスチナ人を追い出して造った入植地もあり、入植地が拡大されたり放棄されたりしているからです。
放棄されるのは、大抵中小の入植地が大規模な入植地に統合・整理される事によります。
(イスラエル軍も中小の入植地まで手がまわらない)

最近では、ガザ地区の入植地は完全撤去され、その人達の多くはヨルダン川西岸地区に移動しました。
これにより、イスラエルは、ガザ地区を完全に隔離しても、イスラエル人には一切の問題が生じない状況になっています。
ヨルダン川西岸地区では、主要な入植地をパレスチナ側からの進入を阻止するための隔離壁が建設されています。
これは、イスラエル側の都合に良い場所に壁を造っているため、パレスチナ人の村を分断したり、壁の中に囲い込んで外部との接触ができないような場所もあります。
これらの壁の内側には、パレスチナ自治政府の権限は全く及びません。
また、壁の外になる場所では、中小の入植地が廃棄され、大きな入植地に統合されつつあります。
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(親や本人が苦労して開拓した土地から離れるのを嫌い、抵抗運動をしているものでした)

イスラエル人入植地の数や面積は不明です。
と言いますのは、正式に国が設立した入植地もありますが、イスラエル人達が勝手にパレスチナ人を追い出して造った入植地もあり、入植地が拡大されたり放棄されたりしているからです。
放棄されるのは、大抵中小の入植地が大規模な入植地に統合・整理される事によります。
(イスラエル軍も中小の入植地まで手がまわらない)

最近では、ガザ地区の入植地は完全撤去され、その人達の多くはヨルダン川西岸地区に移動しました。
これにより、イスラエルは、ガザ地区...続きを読む

Qイスラエルとパレスチナの戦争

イスラエルとパレスチナは何で戦争してるんですか?またアメリカはイスラエルを援護してたそうですが、なぜ援護したのでしょうか?

Aベストアンサー

イスラエルとパレスチナは、戦争をしているわけではありません。

イスラエルが、パレスチナ人民の土地を取り上げたり、虐待を繰り返しているため、それに対してパレスチナ人が、レジスタンス活動を行っているにすぎません。
但しパレスチナ側では、レジスタンス活動を行えば、よりイスラエルの報復を招くので、イスラエルの言いなりななってガマンしようとするパレスチナ自治政府もあります。

パレスチナ自治政府の高官は、大抵アメリカやイスラエルから利益供与を受けているため、人民がどうなってもかまわないと思っていますが。

パレスチナ過激派と言われるハマスは、本来過激派ではなく、戦災パレスチナ人を救護する組織でした。
(武力闘争は、パレスチナ解放戦線が担当)
しかし、パレスチナ解放戦線は、自分達の利益のためにイスラエルと和解し、パレスチナ自治政府を設立し、イスラエルのパレスチナ人への迫害を容認したため、自治政府を見限った人達が、ハマスに集結し、イスラエルへのレジスタンス活動を行っているのです。

当初は、ハマスが直接レジスタンス活動に参加する事は無かったのですが、ハマスの支援を受けた戦災パレスチナ人が、レジスタンス活動に多数加わったため、イスラエルは、「ハマスがテロを支援している」として、ハマス壊滅作戦を行ったため、ハマスとしては、直接イスラエルと対峙せざるを得ない状況になり、前面にでるようになりました。

イスラエルとパレスチナは、戦争をしているわけではありません。

イスラエルが、パレスチナ人民の土地を取り上げたり、虐待を繰り返しているため、それに対してパレスチナ人が、レジスタンス活動を行っているにすぎません。
但しパレスチナ側では、レジスタンス活動を行えば、よりイスラエルの報復を招くので、イスラエルの言いなりななってガマンしようとするパレスチナ自治政府もあります。

パレスチナ自治政府の高官は、大抵アメリカやイスラエルから利益供与を受けているため、人民がどうなってもかま...続きを読む

Qパレスチナ・イスラエルについて

大学のレポートでパレスチナ。イスラエル紛争について書かなければなりません。インターネットなどで調べてみたものの、私には難しすぎてわかりませんでした。どなたかわかる方、簡単に説明できる方、良いサイトを知っているかたなどはぜひ教えてください。お願い致します。

Aベストアンサー

直接の回答でなくて恐縮ですが、思いっきり噛み砕いた説明がほしい場合、No.1さんの「週刊こどもニュース」の他にこちらのような子供向けポータルサイトから検索すると良いです。
私も結構利用します(^^;

キッズgoo
http://kids.goo.ne.jp/
Yahoo!きっず
http://kids.yahoo.co.jp/


あと子供向けの説明に振りがなを振ったサイトを想定して、
「パレスチナ問題 ぱれすちなもんだい」
なんかのキーワードで検索するのも良いかも。

--
ただ、kamegorouさんがどの程度分かるのか、何がわからないかってのが回答する側には分かりませんので、特定のサイトを薦めるってのは出来ないです。
「読んだけど分かりません」なんて書かれるのも、サイトを作っている方に失礼な気もしますし。

具体的に、
○○と○○の関係が分からない。
○○が○○したのが何故なのかが分からない。
などの質問ならば、回答のしようもある気がしますが。

参考URL:http://kids.goo.ne.jp/

直接の回答でなくて恐縮ですが、思いっきり噛み砕いた説明がほしい場合、No.1さんの「週刊こどもニュース」の他にこちらのような子供向けポータルサイトから検索すると良いです。
私も結構利用します(^^;

キッズgoo
http://kids.goo.ne.jp/
Yahoo!きっず
http://kids.yahoo.co.jp/


あと子供向けの説明に振りがなを振ったサイトを想定して、
「パレスチナ問題 ぱれすちなもんだい」
なんかのキーワードで検索するのも良いかも。

--
ただ、kamegorouさんがどの程度分かるのか、何がわからない...続きを読む

Qイスラエルとパレスチナの事について教えてください

1978年に行われた「キャンプ・デービッド合意」
これはアメリカのワシントンの近くの「キャンプデービッド」という所で
行われたイスラエルとパレスチナの平和のための話合いと解釈していいんでしょうか?
またその話し合いの中でどんな内容のことが話し合われたんですか??

そして1993年の「オスロ合意」ですが
これはパレスチナが暫定的にヨルダン川流域を自治することを決めた話し合いですか??

そして2003年の「ロードマップ」
これは一体なんなんでしょうか??

わかる人教えてください・・・・・・。

Aベストアンサー

 こんばんは。No.1さんの御指摘も御尤もですが、ここは敢えて...
 
 1978年3月26日、合衆国大統領の別荘地キャンプデーヴィッドで行われた会談の内容は、シナイ半島を占領されたエジプトとイスラエルの間に於ける和平についてです。イスラエルのメナハム・ベギン首相、エジプトのアンワル・サダト大統領、合衆国のジミー・カーター大統領が会談しました。六日間戦争こと第三次中東戦争に際してイスラエルは、南北東面に破竹の勢いで進軍し、シナイ半島を占領していました。このシナイ半島の返還や、イスラエルとエジプトの国交正常化等が主な目的でした。キャンプデーヴィッド合意後の翌年1979年3月26日、両国間でイスラエル・エジプト平和条約が締結されています。
 
 続いて1993年9月13日のオスロ合意です。イスラエルとパレスティナ解放機構(PLO)は中東和平の行き詰まりから、直接交渉するしかないと判断し、ノルウェーの仲介で秘密裏に交渉を行いました。その結果、パレスティナ人による自治が暫定ながら5年間、認められました。自治区はガザ地区及びヨルダン川西岸地区のイェリコでした。
 
 1994年5月4日にはカイロ協定(ガザ・イェリコ先行自治協定)が結ばれ、イスラエル軍は設定されたパレスティナ自治区から撤収、ヤセル・アラファト議長はチュニジアからガザに帰還し、大歓迎を受けました。とはいえ、イスラエル軍は社会基盤ごと撤収したので、ガザの生活は混乱したようです。
 
 1995年9月28日にはオスロ合意IIがなされました。これはパレスティナ自治区を拡大する為の合意です。この合意で西岸地区の各町や村を重要度によりABCのランクに分け、Aエリアの町からはイスラエルが完全撤収します。Bエリアの町は行政はパレスティナ自治政府に移管するのですが、治安維持は共同で担当することになりました。Cエリアは行政も治安もイスラエルが担当することになりました。この合意で西岸地区の中にあるヘブロンという町についてはどうしても決着がつきませんでした。この町にはユダヤ教の聖地があるのです。その為、取り敢えずこの問題は先送りし、どうにか合意に至った次第です。
 
 最後にロードマップです。ロードマップとは、2000年にオスロ合意が破綻したことを受けて、2003年4月に米国のブッシュ大統領が中心になって提案したイスラエル-パレスティナの和平案である“中東和平構想”のニックネームです。これはパレスティナ人国家成立へ向けた四段階にわたる構想です。詳細は長くなりますので、関連サイトをリンクさせておきますので、そちらを参照願います。
 
在日合衆国大使館>政策関連文書>中東和平構想「ロードマップ」:http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20030528d1.html
 
>>

 こんばんは。No.1さんの御指摘も御尤もですが、ここは敢えて...
 
 1978年3月26日、合衆国大統領の別荘地キャンプデーヴィッドで行われた会談の内容は、シナイ半島を占領されたエジプトとイスラエルの間に於ける和平についてです。イスラエルのメナハム・ベギン首相、エジプトのアンワル・サダト大統領、合衆国のジミー・カーター大統領が会談しました。六日間戦争こと第三次中東戦争に際してイスラエルは、南北東面に破竹の勢いで進軍し、シナイ半島を占領していました。このシナイ半島の返...続きを読む

Qアメリカ、イスラエル、パレスチナ

一般的なアメリカ人は、パレスチナ問題のことを知っていますか?

Aベストアンサー

どこまで一般的かの定義によりますが、一般的なアメリカ人は当然知っています。
自分たちが戦争の当事者であり、イランを嫌う人が87%
見事にプロパガンダに誘導されています。

一方で自国の首都さえニューヨークとかロンドンとか答えてしまう人も大勢います。
ハイスクールも出てないと分数の計算もできないので、知らなくても不思議はないでしょう。


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