痔になりやすい生活習慣とは?

 タイトルそのものズバリです。

 蝉丸の頃は「逢坂」
 秀吉のときは「大坂」
 そして今は「大阪」

 どのよーな理由があって、このように変遷したのでしょうか?

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A 回答 (7件)

誤解があります。


蝉丸の歌にある「逢坂の関」は、現在の滋賀県で、全く別の土地です。
読みも「大坂」が「おほさか」であるのに対し「逢坂」は「あふさか」です。大坂は、もと「小坂」と呼ばれていたのを「大坂」と改称しています。

明治に入って「大阪」となったのは、明治初期に士族の反乱が相次いだため「坂」が「士」「反」と読めて縁起が悪い、ということで「大阪」にした、という拙がありますが、どうもこれは違っていて、江戸時代から「大阪」「大坂」は併用されていたみたいですね。

参考URL:http://www.eonet.ne.jp/~pilehead/osaka_word/text …
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この回答へのお礼

 ありゃ?逢阪って滋賀なんですか?失礼しました。

 たしかに坂って「士」「反」ですね、そりゃ縁起でもない。
 改名だ、改名。

 リンク、すげぇ参考になりました♪

 ご回答ありがとーございます(≧▽≦)

お礼日時:2006/03/18 02:46

皆さんの言う通りです。

     古くは小阪、尾坂、御坂と書かれてており、こさか、をざかと呼ばれていましたが、何時から大坂になったかは不明です。    ただ蓮如上人の書面に大坂となっています。     これが大阪になった時期もまた不明です。     文化五年(1809)に大阪人の書いた本には、大阪と大坂が併用されて、当時から使われていました。     理由は多分No.3さんのいうあたりでしょう。    明治元年正式に大阪と決めたが、十年位まで併用されていたそうです。   日本地名ルーツ辞典に拠りました。
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因みにこの「坂」は上町臺地から西にかけての坂です。



参考URL:http://boss2000.fc2web.com/b-5051.htm
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スレ違いですが、四国徳島の脇町に行くと逢坂という名字が


たくさんありますよ。
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この回答へのお礼

 質問と全く関係ないですが、オモシロ情報ありがとーございます。
 キライじゃないですよ、そーゆーノリ♪

お礼日時:2006/03/18 02:39

大阪は元々は字が一定ではなく、「をさか」「小坂」などと書かれていたようです。

しかし秀吉が「小」の字を嫌ったために「大坂」(一部では「大阪」)と書かれるようになりました。
なぜ字が二種類あるかといえば、両方とも同じ字なので通用したため、藩や幕府によって異なっている場合があるためです。

廃藩置県の際、正式な漢字として「大阪」が採用されました。おそらく薩摩藩で用いられていた字がこちらだったから、という理由だと思いますが、自信はありません。単に歴史的な偶然であろうとおもいます。

ただ#1の方や#2の方の紹介した
> 明治に入って「大阪」となったのは、明治初期に士族の反乱が相次いだため「坂」が「士」「反」と読めて縁起が悪い、ということで「大阪」にした
は明らかな間違いです。
これは、大きな士族反乱がおこる前に「大阪」の字が決められていることからも、またこの字を当てることを決めたのがやはり士族の側であったことからも明らかです。
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この回答へのお礼

 ご回答ありがとーございます。

 しかし、「坂」は「士」が「反」なので縁起悪いってのはNo1さんがリンク貼ってくれた関電のHPにも載ってたからそーなんだと思いましたが、ガセビア?
 こざとへんには栄える意味がある(ウラ取れてません)があるから「大阪」ってのにも納得しちゃいましたが、単に薩摩な日常の問題?

 ココに来て問題は迷宮入りですかΣ( ̄ロ ̄lll)
 個人的にはインターネットにまで掲載してる関電の良心を信じたいですが…。

お礼日時:2006/03/18 03:02

大坂の地名は蓮如がよんだ和歌から付きました。


大坂から大阪に変わったのは坂が『土』つちに『反』かえるという縁起の悪いものだったので『?』こざとをつけるようになりました。(『?』には栄えるという意味もあるそうです)

確か大阪学という本に出ていたと思います。
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この回答へのお礼

 「こざとへん」には栄える意味があるんですかΣ( ̄ロ ̄lll)
 それだけで80へぇは優に超えます!

 「坂」が縁起悪いのも前述でいただいたので、恐らく正解だと思います。
 ご回答ありがとーございました。

お礼日時:2006/03/18 02:55

蝉丸の逢坂の関は、京都と滋賀県の県境で、(国道1号線沿いです)他の二つとは違います。



なお大阪が大坂からかわったのは明治維新の時に「「大坂県」では「土」が「反り返る」から縁起が悪いから「大阪」にしようということになった」という話らしいですが、この部分は自信なしです。
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この回答へのお礼

 再度のご指摘ありがとーございます。
 「百人一首」って小学生の頃やったきりなので…。

 「坂」は「士」「反」で縁起悪い感じしますよ。

 ご回答ありがとーございました。

お礼日時:2006/03/18 02:50

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Q大坂から、なぜ大阪になったのですか?

大坂は、明治以降からは大阪と表記するようになったことは分かった。
でも、なぜ「大阪」に変えたのだろう?
また、大阪と京都だけ「府」がついた理由とは、何だろう?
疑問に思ったので、ご存じの方がいらっしゃいましたら、教えてください。

Aベストアンサー

はじめまして。
私も以前、社会の勉強をしていた時に気になって
調べたことがあります。

(1)大坂→大阪について

一般的には「坂」の文字は「土に返る」
=死を連想させる!ということから縁起が悪いため、廃藩置県の際に「大阪」と改められたと言われて
います。

(2)何故「府」がつくか

徳川幕府時代には「奉行支配地」と「郡代支配地」
がありました。「奉行支配地」は主要都市などの
重要地。

「奉行支配地」→「府」と「郡代支配地」→「県」に
なった!と基本的には考えてよいでしょう。

しかし明治政府にとっての重要度と徳川幕府にとっての重要度は違うので、初期には「京都・箱館・大阪・長崎・東京(江戸)・越後(新潟)・神奈川・奈良・甲斐」と、9つの府があったそうです。

その後廃藩置県の時に明治政府にとって特に重要な東京・大阪・京都だけを「府」とし、他は「県」に統一したようですよ。

今では法的な差異は全く無くなって、名前だけの違いにすぎません(^_^;)

Q歴史の教科書での「大阪」という表記について

東京と大阪は、江戸時代以前の地名はそれぞれ、「江戸」、「大坂」です。
しかし、現在の小学校や中学校の歴史の教科書では、東京については正しく「江戸」になっているのに、大阪のほうは江戸時代以前でも、明治以後の「大阪」の表記になっています。

なぜ教科書では、江戸時代以前でも「大阪」で、つちへんの「坂」ではなくこざとへんの「阪」が使われているのでしょうか?

Aベストアンサー

Wikipediaにこんなことが書いてありました。

○漢字の表記は当初「大坂」が一般的であったが、大坂の「坂」の字を分解すると「土に反る」と読めてしまい縁起が悪いということから、江戸時代のころから「大阪」とも書くようになり、明治時代には大阪の字が定着する。一説に「坂」から「阪」への変更は、明治新政府が「坂」が「士が反する」、すなわち武士が叛く(士族の反乱)と読めることから「坂」の字を嫌ったとも、単に、役人の書き間違いから定着したともいう。

江戸時代でも「大阪」と書いていたことがあるようですね。

小中学校の場合は判り易さを重視して記述されています。
都道府県名や市町村名は歴史的に頻繁に替わります。
(つい最近も市町村合併で大きく変わりました)
これを一々時代ごとに使い分けていたのでは小中学生は混乱するだけです。

蛇足
「東京については正しく「江戸」になっているのに」とお書きになれれていますが。江戸の範囲を御存知でしょうか。
現在の東京とは異なります。

三多摩という地名呼称を御存知ですか、現在の23区以西の地域を表します。おそらく70歳代以上の下町育ちの人達は今でも日常的に使います。(東京とは区別して意識されておられます。)

Wikipediaにこんなことが書いてありました。

○漢字の表記は当初「大坂」が一般的であったが、大坂の「坂」の字を分解すると「土に反る」と読めてしまい縁起が悪いということから、江戸時代のころから「大阪」とも書くようになり、明治時代には大阪の字が定着する。一説に「坂」から「阪」への変更は、明治新政府が「坂」が「士が反する」、すなわち武士が叛く(士族の反乱)と読めることから「坂」の字を嫌ったとも、単に、役人の書き間違いから定着したともいう。

江戸時代でも「大阪」と書いていたことがある...続きを読む

Q「云う」と「言う」の違いは?

小説で多分作家さんによってだと思いますが、
「~と云った」「~と言った」と使い分けられていますが、
これってどう違うんですか??

「聞く」が「訊く」となっているのも気になって
調べてみるとちゃんと意味があるみたいですが、
こっちはわかりませんでした。

Aベストアンサー

はじめまして。

1.「いう」は以下のような、使用区別があります。

言う:
(1)心に思うことを言葉で表します。
(2)「~と呼ぶ」「~と名づける」の意味で使います。
(3)物が音を立てる(戸ががたがた言う)時などに使います。
例:Aが~だと言った。

云う:
(1)「伝える」が語源です
(2)人から聞いたことを「云う」
(4)伝承・伝説として伝わることを指して「~と云われている」
例:昔から~だと云われてきた。

謂う:
(1)「謂」は「理由、わけ、事情」という意味があります。
(2)「謂れ」=「因縁」「由緒」と考えるとわかり易いです。
例:この家の謂れは~


2.「きく」は以下のような、使用区別があります。

聞く:
物音や人の話を耳でとらえます。
例:人の話を聞く。

聴く:
「(限定的に)身を入れて聴くこと」を言います。
例:音楽を聴く。国民の話を聴く。

訊く:
(1)「訊ねる=問いただす」から来ています。
(2)意味は「尋ねる」ということです。
例:道を訊く。詳細を訊く。

以上ご参考までに。

はじめまして。

1.「いう」は以下のような、使用区別があります。

言う:
(1)心に思うことを言葉で表します。
(2)「~と呼ぶ」「~と名づける」の意味で使います。
(3)物が音を立てる(戸ががたがた言う)時などに使います。
例:Aが~だと言った。

云う:
(1)「伝える」が語源です
(2)人から聞いたことを「云う」
(4)伝承・伝説として伝わることを指して「~と云われている」
例:昔から~だと云われてきた。

謂う:
(1)「謂」は「理由、わけ、事情」という意味があ...続きを読む

Q大阪は、いつから大阪?

大阪と書きますが、昔は大坂と書いたようです。商人の町で土がつくのを嫌ったため現在の大阪になったと聞きますが、一体いつ頃からでしょうか。江戸時代にはすでに商人の町として確立していたと思いますし、それ以前。歴史本には大坂城になってるものが大半のようにも思いますがいつ頃大坂は大阪になったのでしょうか?もうひとつ関係ありませんが教えてgooは有料でしょうか?

Aベストアンサー

>商人の町で土がつくのを嫌ったため現在の大阪になったと聞きますが

その説も、巷ではありますね。

が、多くは(他にも回答がありましたが)「大坂では、転げ落ちる」事を嫌がった大坂市民の要望らしいですね。
明治維新で、江戸は東の京都(東京)になりました。
天皇も、関東地域以東に対して「権力者・支配者が変わった事を市民に見せる目的」で行幸を行います。
京都市民・大坂市民は「行幸だから、また戻ってくる」と思っていた様です。
ところが、天皇は旧江戸城を皇城と定めました。
(今でも、京都市民の一部は「天皇さんは、必ずお戻りになる」と信じていますよ)

焦ったのは大坂商人です。
これでは、大坂は「字の如く、徐々に政治・経済的地位を転げていく」
そこで、商人は「新政府に対して、大坂を大阪に改める様に要望」しています。
財政難の明治政府としても、大坂商人の要望を無視できず「人民掌握・財源確保」の立場から、改称を認めたようです。
幕末までの地図(図会)にも、大坂との記述があります。

>歴史本には大坂城になってるものが大半のようにも思いますがいつ頃大坂は大阪になったのでしょうか?

これは、作家自身の考え方次第なのです。
いつ頃からという年代は、意味がありません。
先に書いた様に、幕末までの絵図には「大坂」が公式的な名称でした。
信長公記・太閤記・三河物語・播州赤穂浪士なども、大坂です。

明治以降の戯曲・小説は、歴史者の場合は「固有名詞の大坂城」を用いる作家が多い様ですね。
維新までは、「大阪」は明治以降の名称です。
歴史公証を考慮した戯曲・小説・解説書では、常識的に「大坂」です。

>商人の町で土がつくのを嫌ったため現在の大阪になったと聞きますが

その説も、巷ではありますね。

が、多くは(他にも回答がありましたが)「大坂では、転げ落ちる」事を嫌がった大坂市民の要望らしいですね。
明治維新で、江戸は東の京都(東京)になりました。
天皇も、関東地域以東に対して「権力者・支配者が変わった事を市民に見せる目的」で行幸を行います。
京都市民・大坂市民は「行幸だから、また戻ってくる」と思っていた様です。
ところが、天皇は旧江戸城を皇城と定めました。
(今でも、京都市民...続きを読む


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