いま、学校で第二次世界大戦のことについてしらべているのですが、
なかなか良い資料が見つからないもので・・・・。
早速質問させてもらいます。

第二次世界大戦の、出征者数や、出征者の持ち物。
当時の出征者の生活などを教えてほしいのです。
第二次世界大戦の出征者関係ならなんでもいいです。

よろしくおねがいします。

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A 回答 (3件)

貴方がもし都内にお住まいならば、千鳥が淵戦没者墓苑と靖国神社の資料館に


行かれるとよいですよ。資料だけでは実感できませんからね。共に地下鉄九段下駅から行かれます。
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 下記URLを、参照してください。



参考URL:http://www.s.soka.ac.jp/~ahayashi/experience/tex …
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出征者の持ち物の資料探索のアドバイスだけですが。



以下の検索エンジンを利用し、「奉公袋」で検索してください。
http://www.google.com/search

これはヒットした中の一例です。
http://www.city.suwa.nagano.jp/scm/kikaku/war200 …


あと、「第二次世界大戦」ということですが、1941年12月からという解釈ですか?
でも、それ以前から(いわゆる15年戦争)、大陸には兵士がいっていたので、太平洋戦争のみの人数を分けるのは、少し難しいかもしれないと思うのですが。。。徴兵人数ならつかめるかも。。。
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Q第二次世界大戦の原因

第二次世界大戦の原因

第一次世界大戦でこりたにもかかわらず、どうして短期間のうちに第二次世界大戦が起こったのでしょうか。

第二次世界大戦の根本原因を教えてください。

また、どのような原因と結果の積み重ねで第二次大戦が起こったのか、その「原因と結果の流れ」を教えてください。

Aベストアンサー

第二次大戦は規模が大きかったから目立つだけで、歴史的にはむしろよくあるパターンが再度繰り返されたように見えます。

つまり経済的に貧しい国が、富国強兵・富国強兵で軍備を増強して富裕国へ攻め込むというパターン。第二次大戦ではこのパターンの国がドイツと日本の2国あったので規模が大きくなりましたが、世界史的にはゲルマン人のローマ帝国侵略とか、突厥の中国蚕食とか、中世の十字軍も広い意味でいえばそうであるし、日本史でも武田軍の信濃侵攻とか、島津軍の九州北上みたいなもの。これらの場合、侵略には略奪がセットになっているので、貧しい国にとっては戦争は半分経済活動でもあった訳です。

そう考えると、第二次大戦の根本要因は貧富の差だといえます。
で、貧富の差は現在むしろ大きくなっているので、第二次対戦で懲りたどころか、同じようなものは再度おこってもおかしくないと考えるべきです。一例を挙げればイラクとリビアと北朝鮮みたいな国、これが同時に暴発して、中国あたりが援助すれば用意に第三次大戦にはなり得るでしょう。
その抑止力があるとすれば核でしょうか。つまり、今度大戦をやったら勝者はいないという意識が辛うじてそのような事態を食い止めているのかもしれません。

第二次大戦は規模が大きかったから目立つだけで、歴史的にはむしろよくあるパターンが再度繰り返されたように見えます。

つまり経済的に貧しい国が、富国強兵・富国強兵で軍備を増強して富裕国へ攻め込むというパターン。第二次大戦ではこのパターンの国がドイツと日本の2国あったので規模が大きくなりましたが、世界史的にはゲルマン人のローマ帝国侵略とか、突厥の中国蚕食とか、中世の十字軍も広い意味でいえばそうであるし、日本史でも武田軍の信濃侵攻とか、島津軍の九州北上みたいなもの。これらの場合...続きを読む

Q第二次世界大戦当時の人種差別について

先日、ラルフ・タウンゼントの『暗黒大陸中国の真実』という本を読みました。
著者のタウンゼントは本の中で日本が太平洋戦争を始めた背景にアメリカ人(白人)の偏狭的な反日感情が背景にあった、と言っていました。

現在でも、有色人種というだけで人種差別がおこなわれている現実があると思いますが、半世紀前はもっと強い人種差別が行われていたことだと思います。
個人が行う日常風景にある差別、というのはイメージできるのですが、当時の白人が持っていた有色人種の国や民族に対する差別意識というのはどのようなものだったのか知りたいです。

中でも白人が黒人に対して行った人種差別は書物や映画等を通じてある程度知っているつもりですが、白人が黄色人種(特にアジア人)への人種差別をエピソードや思想的な背景について教えていただけないでしょうか。
できたら参考文献やこのテーマを扱った映画などもあれば教えていただけないでしょうか?
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

黄禍(こうか;yellow peril)という言葉をご存知ですか。
黄色人種の勃興によって白色人種にもたらされるわざわいという意味です。

黄禍論の背景には13~14世紀のモンゴル帝国によるヨーロッパ蹂躙の記憶があるとも言われますが,
近代においては日清戦争における日本の勝利の後にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世によって唱えられた黄禍論が有名です。

このような思想と言うか,気分のようなものが
日本や中国からの移民が急増していた20世紀初頭の米国にも蔓延し,
#2さんが紹介なさっているような差別的な立法が正当化されたのです。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~VR3K-KKH/japamerican/ja2prolog/japame2prologue.htm#yellowperil

Q今卒業論文を書いていますが、第二次世界大戦中の日本が行なったファシズムについて書こうと思っています。

今卒業論文を書いていますが、第二次世界大戦中の日本が行なったファシズムについて書こうと思っています。
参考になれる本や資料について教えてください。

また、そもそも日本は第二次世界大戦中にファシズム政治を行っているいるのか教えてください。

Aベストアンサー

俗説を盲信しているようですが、日本にはヒトラーのドイツや、ムッソリーニのイタリアのようなファシズムはありませんでした。 日本にファシズムが存在したと言う話をでっち上げたのは、アメリカ、イギリス、ソ連を始めとする当時の連合国側であり、第二次世界大戦は彼らによって「ファシズムと民主主義の戦争」だと規定され、後者の当然な勝利によって終結したと説明され、理論づけられたものです。 日本にファシズムがなかったことは、林房雄氏の著書『大東亜戦争肯定論』(夏目書房)を読めば良く解ります。

Q靖国神社に祀られている戦死者は第二次世界大戦のみでしょうか?。

家族で戦争の話になり、上記の疑問を長男から受けました。
はっきりと答えられなかったのですが、ご存じの方教えて下さい。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

公式HPを見ると、ペリー来航以降の死者も入ってるようですね。
最新の合祀者数が出てますので見てください。

参考URL:http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html

Q第二次世界大戦時の日本の軍事力は現在の北朝鮮と比べてどうですか?

第二次世界大戦では歴史に名を残すような戦闘機や戦艦がありましたよね?
今の北朝鮮と当時(昭和前半)の日本が戦争してたら
どっちが勝つでしょうか?(核兵器なし)

また、何故第二次世界大戦では民間人を多く殺したのですか?
最近の戦争(イラク攻撃)など見ていると、民間人を避けて軍事施設などを中心に攻撃してますよね。
しかし第二次世界大戦では、連合軍は日本の軍事施設だけでは無く、都会を中心に無差別爆撃してますよね?原爆なんか特に軍事施設を狙った訳でもなく、明らかに民間人を狙ってますよね。

日本もそうですが、何故あの時代の戦争は民間人をも大量虐殺したのですか?

Aベストアンサー

非現実的な質問ですが、できるだけ現実的に回答しましょう。

先ず、昔の日本軍と現在の北朝鮮軍との戦いの勝者は、疑いなく北朝鮮軍です。
戦いにおいては、力の強いほうが勝ちます。力とは、第一に火力です。昔の日本軍の火力は貧弱で、当時のソ連軍にも劣り、なすすべもなく撃滅されました(ノモンハン事件)。北朝鮮軍はそのソ連軍の直系の子孫であり、もちろん、その火力は当時のソ連軍の数十倍です。北朝鮮の海軍は小規模ですが、それでもゼロ戦や戦艦大和などのオモチャが通用するほど弱い軍隊ではありません。昔の日本軍が勝利する可能性はゼロです。

次に、攻撃目標についてです。100年前の第一次世界大戦終了後、従来、漠然とした不文律として存在していた戦時における民間人の保護が「陸戦の法規及び慣例に関する条約(別名:ハーグ条約)」により明文化されました。その後、このルールは少しずつ整備され、現在では「軍事目標主義」という戦争における重要なルールとして確立されています。
しかしこのルール、常に違反が絶えないように見えます。これには理由があります。

軍人は、民間人を殺傷してはいけないことは熟知しています。しかし、軍事目標と民間施設が近接している場合、軍事目標を攻撃することによって周辺の民間施設に被害が及ぶことは避けられません。軍事目標は、当然、攻撃を受ける(攻撃してよい)のですから、その近傍の民間人を保護するのは政府の責任です。
また、戦場において軍事目標(敵)と民間人・施設を瞬時に、かつ、確実に区別することは、現在の軍事科学技術を駆使しても不可能であり、両者の間には常にグレーゾーンが存在します。このようなグレーゾーンに対する攻撃は、事前に、戦場において実行可能な偵察・調査を尽くしたうえで攻撃することが認められています。軍事施設の可能性が高い、と判断して攻撃したが、実は民間施設であった場合、民間人の犠牲が発生しますが、上記のような偵察・調査を実施した上でのものであれば、戦争に伴うやむを得ない犠牲ということになります(攻撃は合法)。
第二次大戦中の米軍による本土爆撃は、ハーグ条約の防守都市に対する攻撃として行われており、当時の戦時国際法を前提としても合法・違法の意見が分かれるものです(個人的には違法と考えます。しかし、合法論も根強く、例えば、昭和天皇は合法と考えていました)。ただし、戦時国際法が厳格化した現在、同じことをやれば、確実に違法とされます。

現在の日本人は、戦争についてあまりにも無知です。No.5あたりも、根本的なルールを知らず、そしてそれに対する自己の無知を知らず、枝葉末節の事実に幻惑されています。殺す、殺されるなどということは、誤解を恐れず言えば、戦争においてはどうでもいいことです。なぜなら、戦争のルールを守って殺せばいいのですから。大切なことは、ルールを知り、それを可能な限り遵守することなのです。ルールの枠内で行なわれる殺傷行為は合法・正当、これが国際社会の一般常識なのです。

非現実的な質問ですが、できるだけ現実的に回答しましょう。

先ず、昔の日本軍と現在の北朝鮮軍との戦いの勝者は、疑いなく北朝鮮軍です。
戦いにおいては、力の強いほうが勝ちます。力とは、第一に火力です。昔の日本軍の火力は貧弱で、当時のソ連軍にも劣り、なすすべもなく撃滅されました(ノモンハン事件)。北朝鮮軍はそのソ連軍の直系の子孫であり、もちろん、その火力は当時のソ連軍の数十倍です。北朝鮮の海軍は小規模ですが、それでもゼロ戦や戦艦大和などのオモチャが通用するほど弱い軍隊ではあり...続きを読む

Q第二次世界大戦の時

当時、欲しがりません勝つまでは、などの国民の戦意高揚?するための言葉が沢山あると思いますが。もしご存知の方がいらっしゃれば色々教えてください。例えば、鬼畜米英。とか一億玉砕(・・・よくわかりません)宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

関連したサイト、いくつかご紹介します。ご覧になってみてください。

「太平洋戦争傑作プロパガンダ集」(PDFファイルです)
http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/~maesaka/030603_sennjisuro-gann.pdf

「戦意高揚・歌で標語で」
http://www.jrt.co.jp/tv/ohayo/20C/24slogan/

愛国百人一首
http://web.sfc.keio.ac.jp/~takano/aikoku.html

愛国イロハカルタ
http://64.233.161.104/search?q=cache:I9O4NkzNv_YJ:www.maboroshi-ch.com/cha/sae_28.htm+%E6%84%9B%E5%9B%BD%E3%80%80%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%BF&hl=en

Q太平洋戦争や、第二次世界大戦を起こしたのは、本当に日本なんですか?

太平洋戦争や、第二次世界大戦を起こしたのは、本当に日本なんですか?

Aベストアンサー

第二次大戦のヨーロッパ戦線はすでにドイツにより
開始されているので、おいておくとして、
太平洋戦争(対米英戦争)は、日本が米英に攻撃開始し、宣戦布告しているので、
日本が起こしたのは間違いない。
日本が米英を攻撃し、宣戦布告するように仕向けたのは米国だとの評価がありますが、
そうだとしても、日本が攻撃開始し宣戦布告した事実はなくならないため、日本が起こしたのでよいはず。
英米が起こすよう仕向けたとして、仕向けたことをもって起こしたと表現することがあってもいいかもしれないですが、その場合でも、日本が起こしていないというのは不正確だと思います。

Q第二次世界大戦について

何度かこちらで第二次世界大戦について質問させて頂きました。にもかかわらず恥ずかしい話、良く理解できません。日本、ドイツ、イタリア対アメリカやソ連などの連合軍と戦ったのはわかります。それぞれの国が別々の国で戦ったのでしょうか?1941年から1945年の間に太平洋戦争もありましたがそれは第二次世界大戦の中で起きた戦争なのでしょうか?宜しくお願いします。

Aベストアンサー

日独伊の3国が枢軸国、米・英・仏等が連合国で戦争を行いました。
まず、ヨーロッパ戦線と太平洋(大東亜)戦線に分けることができます。
ヨーロッパ戦線では、ドイツ・イタリア対オランダ・フランス・ロシア・イギリス・アメリカ等が戦いましたが、中盤でイタリアはドイツ・日本を裏切りアメリカ側につきました。
太平洋戦線(大東亜戦争)では、主に日本対アメリカの戦争でした。
このことがら分かるかもしれませんが、ヨーロッパで起きた戦争と太平洋で起きた戦争は『第2次世界大戦』の一種と言えます。
しかしながら、『第2次世界大戦』と太平洋(大東亜)戦争に関しては別物だと言う歴史家もいることがたまにいますので注意が必要ですが、大方の人間は『第2次世界大戦』の中にヨーロッパ戦線と太平洋(大東亜)戦線があると言う風に捉えられているでしょう。

Q【歴史・日本史】日本の休日が日曜日になったのは、アメリカに負けて第二次世界大戦後のアメリカ占領下の時

【歴史・日本史】日本の休日が日曜日になったのは、アメリカに負けて第二次世界大戦後のアメリカ占領下の時にキリスト教の教えである日曜日を祝日にアメリカ指導の元に日本も導入されたのでしょうか。

第二次世界大戦前は日本人は日曜日ぬ休みという感覚はなく1週間ずっと働いていた?

日本はいつから日曜日が休日になったのでしょうか。

室町時代とかでも庶民も日曜日は休んで仕事をしていなかったのか教えてください。

Aベストアンサー

過去何度も同じ質問がされていますが、一番良さそうな回答を以下に貼ります。 江戸時代は、商家には5節句、盆以外に大坂では「もん日」といわれた6斎日、江戸では1日、15日、28日を休みとしている例もありました。また、農村でも農閑期を中心として、大小の休日があり、50日前後の記録があります。



No.2ベストアンサー

回答者: Eivis
回答日時:2002/09/30 12:16
.
1876(明治9年) 一・六の休日を廃し、日曜日を休日とする(1月6日)、

http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/somu/zenkokuhy … ・・・全国教育略年表 明治・大正・昭和19年以前 

http://www.sc.itc.keio.ac.jp/anatomy/kokikawa/hi … ・・・日本近代史(年表)


http://nnh.to/03/12.html ・・・3月12日(記念日)

これによると次のように書いてあるので、実施されたのは(1876)、明治9年3月12日ということが分ります。

1)1876(明治9)年、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施されました。

2)それまでは、1868(明治元)年9月の太政官布告により、31日を除く1と6のつく日を休日としていました。

3)しかし、欧米との交易等で不便があったため、欧米と同じ仕組みに改めることとしました。

参考URL:http://nnh.to/03/12.html

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過去何度も同じ質問がされていますが、一番良さそうな回答を以下に貼ります。 江戸時代は、商家には5節句、盆以外に大坂では「もん日」といわれた6斎日、江戸では1日、15日、28日を休みとしている例もありました。また、農村でも農閑期を中心として、大小の休日があり、50日前後の記録があります。



No.2ベストアンサー

回答者: Eivis
回答日時:2002/09/30 12:16
.
1876(明治9年) 一・六の休日を廃し、日曜日を休日とする(1月6日)、

http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/so...続きを読む

Q第二次世界大戦での激戦地

第二次世界大戦で激戦地と思う戦場をランク付けして1-5位
まで教えて下さい。
(帝国日本軍が戦ってない戦場でも構いません。例;ナチス軍VSアメリカ軍)

また、詳細も知りたいのでどのようなところが激戦地だったかも教えてくだされば幸いです。またここで定義する激戦地とは、両軍ともに大きな損害を出した戦場地のこととします。

Aベストアンサー

> ここで定義する激戦地とは、両軍ともに大きな損害を出した戦場地のこととします。

となると、一般的なイメージとは少し違ってくるかもしれません。
ざっと調べた感じでは...

1. スターリングラード
枢軸国側損害約60万
ソ連側損害約50万 + 民間人犠牲者約4万
独ソ戦における形勢を逆転させた激戦地

2. モスクワ近郊
枢軸国側損害約25万~40万
ソ連側損害約65万~100万
ソ連における首都攻防戦

3. レニングラード
枢軸国側損害不明
ソ連側損害約30万 + 民間人犠牲者約100万
900日間に及ぶ包囲戦。民間人犠牲者は戦争全体を通しての日本人民間人犠牲者の合計(東京大空襲、原爆を含む)を上回る。

4. 満州
枢軸国側損害約68万
連合国側損害約3万
戦争末期のソ連対日戦

5. フィリピン
枢軸国側損害約35万
連合国側損害約6.2万
捷一号作戦

といったところでしょうか。
満州とフィリピンというのはちょっと範囲が広い気もしますが、とりあえずこうしておきます。
総じていえることは、独ソ戦が最大の(質問者さんの定義するところの)激戦だったということです。

> ここで定義する激戦地とは、両軍ともに大きな損害を出した戦場地のこととします。

となると、一般的なイメージとは少し違ってくるかもしれません。
ざっと調べた感じでは...

1. スターリングラード
枢軸国側損害約60万
ソ連側損害約50万 + 民間人犠牲者約4万
独ソ戦における形勢を逆転させた激戦地

2. モスクワ近郊
枢軸国側損害約25万~40万
ソ連側損害約65万~100万
ソ連における首都攻防戦

3. レニングラード
枢軸国側損害不明
ソ連側損害約30万 + 民間人犠牲者約100万
900日間に及ぶ...続きを読む


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