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江戸時代下級藩士などはいろいろ内職をしてたようですがそうした中で寺子屋の師匠をするのはダメだったのですか?あれは浪人でないとやはりまずかったのですか?無役の侍なら師匠もする時間取れそうですけど。

A 回答 (2件)

藩によっても違うでしょうが、私塾を開いていてとがめられたということはあまりきかないので寺子屋が禁止というわけではないでしょうが下級武士が寺子屋を開くには大きなネックがありました。


寺子屋で教えるのは主に読み書きソロバンですが、ソロバンのほうは勘定方でもないかぎりだめですし、読み書きのほうも自分ができるかどうかという程度がほとんどで、下手をすると自分が習いたいというくらいでしたので寺子屋の師匠はちょつと無理でした。(勘定方や右筆ならば可能でしょうが、こちらはそんな内職の必要はありませんでした。)
浪人でもひとかどの武士でしかも教育熱心な家の出身でなければ幕末近くまではほとんどちゃんとした教育はうけていないというのが普通でしたからそう簡単にはできませんでした。
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この回答へのお礼

禁止と言うわけではないですか、ソロバンの方は普通の武士ではと言うのも納得、武士が全体的に教養あるかのようにとらえられてるのはと言うのも納得です。ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/18 14:58

こんばんは。


寺子屋の師匠を江戸に限って見てみると、
武士47%、平民46%、その他(僧侶・神官・医者)7%、
女性18%。
これが地方になると、武士の割合が減り、僧侶の割合が増えます。
ですから、寺子屋の師匠はダメということはようですね。
しかし、禄の少ない侍達の内職と言えば、
植物の販売や、出店用のお面作りが結構盛んだったみたいです。
以前NHKのお江戸番組で言ってました。

参考URL:http://www.kato-naohiko.com/terakoya.html
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この回答へのお礼

データや参考サイトありがとうございました。

お礼日時:2006/06/18 15:00

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