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江戸時代、幕府は二大悪所を定めていたそうです。それらに対しては、必要悪であり、規制していたそうですね。
一つは、遊郭だそうですが、これは現代でも程度の差はあれ、規制されています。
他方は、歌舞伎小屋だそうですが、これは、現代では“悪”という評価はされていません。
質問は、なぜ、歌舞伎小屋は、悪所として規制されていたのですか?

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A 回答 (4件)

現在の常識では考えられないかもしれませんが


当時の歌舞伎というのは
武士の世界では、士農工商でいうところの
それよりもはずれた
世間はずれの庶民の娯楽ととられていました

庶民にはまったくの娯楽でしたが
(それでも入場料は今でいうと一人10万円くらいです)
武士には必要なものではなかったのです

まったく見なかったわけではなく
評判の芝居を
屋敷内に舞台を作ってみることもありましたが
外で見ることは常識はずれでした

それが見つかり、江戸を追われた人もいました

武士たるもの、大変な緊張感を持った身分で
映画やドラマのように
普段、遊んで暮らしていたわけではありません

それくらい当時は
身分や制度、日常態度には厳しい世界だったようです

切腹の制度があるくらいですからね

当然、庶民の記録では
歌舞伎の面白さが残っていますが
武士の世界での記録では、悪所となるわけです

当時の武士が書いた歌舞伎についての記録は
ないのではないでしょうか

武士の書いた、歌舞伎についての噂の記録
くらいは残っていますね
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
武士は、
<身分や制度、日常態度には厳しい世界>
だったのですね。彼らの倫理観は、武士道のようなものを、実践しなければならなかったわけですね。したがって、芝居なぞは、嫌悪すべき、唾棄すべきものだったのですね

お礼日時:2016/10/05 11:30

江戸時代は農本主義です。


農民が田圃や畑を耕し、その収穫物で生活し、武士はそれらの人々を守る代わりに年貢をもらう、というのが「農本主義」です。

ここにお金や経済が入ってくると、農民は田圃を耕さずに商売に励む人もでてくるようになります。そして商売は土地が無くても何倍も儲けることができますので、そうなると農地を基本とした生活スタイルがどんどん崩れています。

そうならないようにするのが武士の勤めであり、だから商売はあまり派手にやってほしくないし(儲けすぎてもらいたくない)し、刀や包丁、茶碗などの道具をつくる職人たちもあまりとっぴな発明品は作って欲しくないのです。

ですから、武士が行なう経済政策は徳政令と倹約令なのです。経済が過熱し、いわゆるバブルになってくると、農民も浮き足立つし、商人が借金のカタに田圃などの土地を奪っていくので、それを禁止し農民に返す徳政令と華美に経済が過熱しないようにする倹約令が重要だったからです。

歌舞伎は今で言えば映画・テレビ・ユーチューブに相当する影響力の大きい娯楽となります。歌舞伎から流行する服装などがたくさんあったため、華美になって経済が過熱するのを幕府などは問題視したのです。吉原などの遊郭も流行の発信地であったため、同様に取締りを行いました。

また歌舞伎などのメディアは同時にプロパガンダも人々に伝えます。ですから政府として困る内容の芝居をされるのは人心が動揺する、ということでこれも取り締まりの対象であったといえます。

しかし、娯楽のない都市は魅力がないし、都市に人が集まらないと幕府の役人がご飯を食べることができなくなり、トイレの処理もできなくなります。ですから、その頃合を見て取締りを行なったのです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<江戸時代は農本主義>
ですね。これに働き、揺るがすることは、規制されるのですね。歌舞伎や吉原も
<影響力の大きい娯楽>
なのですね。これらにより
<華美になって経済が過熱するのを幕府などは問題視したのです。>
そのため
<倹約令>
などが発動されたのですね。

お礼日時:2016/10/05 13:22

現在でも、賭博・カジノ・ギャンブルは禁止されていますが、そのくせ、競馬、競輪、競艇、サッカーくじ、宝くじなどは「公営ギャンブル」として監督官庁が利権を独占しています。

(競馬は農林水産省、競輪は経済産業省、競艇は国土交通省、サッカーくじは文部科学省、宝くじは自治省・・・)
 パチンコは規制されながらも民営で存在しています。韓国のように禁止している国もあります。

 つまり、昔も今も、こういった「金のなる木」には利権や人が群がるので、規制しないと無制限に広まってしまうのです。そして、それらは人間の「本性」に根ざしている(金儲け、快楽)だけに、人間を堕落させ破滅させる負の側面を持っています。それは社会不安の要因となります。
 「麻薬、ドラッグ」も同じです。
 そういったものを規制するのは、統治者・行政としては、ある意味「必須」のことなのです。

 ただし、それを全面禁止にすると、社会的不満が政治に向いたり、統治の手が及ばない「裏社会」がはびこるので、それも避けたいのが統治者・行政の本音でしょう。

 その「禁止したいが、残さざるを得ない」というバランス上に「必要悪」が存在します。本来は原則禁止だが、強い規制をかけた上で存在を認める、というバランス。
 戦時中の「従軍慰安婦」などもその延長線上にあります。

 当時の歌舞伎も、そういうものとみなされていたのでしょうね。
 現在でも、公園などで「デモ・集会」を開くには届け出が必要です。人が集まる、集まった人々を扇動する、集団が示威行動を起こす、という可能性や、集団心理の怖さを、統治者・政治権力としては非常に警戒したのでしょう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<「金のなる木」には利権や人が群がるので、規制しないと無制限に広まってしまう>
歌舞伎(吉原や河岸にも)は1日千両が落ちる、そうですね。
<人間を堕落させ破滅させる負の側面を持っています。>
<それらは人間の「本性」に根ざしている(金儲け、快楽)だけに、>
舵取りは難しかったのでしょうね。

お礼日時:2016/10/05 13:08

元は幕府の財政難が原因ですが、庶民の贅沢を禁止して質素倹約を目指す政策があったことですね。


質素倹約の政策は天保の改革の前にも何度かありました。

天保の改革で水野忠邦は、経済運営が質素倹約でなんとかなると考えたようですが、江戸後期の時代に適合していなかったです。
その改革では、庶民の娯楽を贅沢とみなして、歌舞伎や落語はその標的にされてしまいました。武士は適用外なので反発が多かったといいます。
歌舞伎は色々と前から幕府と揉めている演目(仮名手本忠臣蔵)があったりして、目を付けられやすかったのもあると思います。

遠山の金さんは、水野忠邦の天保の改革で庶民の娯楽まで締め付ける政策には反対していて、嘆願したり抜け道を考えたりしていますね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<庶民の贅沢を禁止して質素倹約を目指す政策>
なのですね。以下私の考えですが、節約させ、その分の支出を健全な産業に誘い、そこから税収を増やそう、という魂胆なのかな、と考えています。
また、体制を批判する演目(芸能や文芸などには付きものですが)が、目立ったのですね。

お礼日時:2016/10/05 10:45

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