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ず~っと気になっていました。タイトル通りです。人なら「参る」というのは分かるんですが。

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A 回答 (9件)

「寒くなってまいりました」「私が父を案内いたします」


これらは補語を高めない謙譲語の例です。丁寧な言葉遣いにより話している相手を高めるということですね。このあたりが丁重語というものです。よって、謙譲語が人に限らなければならないというのは勘違いです。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1881976
古典文学にも現れるれっきとした日本語です。


※これ以上は議論になりそうです...
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この回答へのお礼

再度のご回答、ありがとうございます。

結局は、謙譲語でも丁寧語でもある、という日本語にありがちなパターンなのかぁ。うーん、残念。

お礼日時:2006/07/03 10:42

人が運転してるからいいんじゃないですかね?



物の中でも、そう言った謙譲表現が使われるのって
乗り物ですし、
乗り物はたいてい人が運転してるじゃないですか。
私の思いつく限り、
乗り物以外の物体で謙譲語使う例って
思い浮かばないですし。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

でもですね「電車が入線します」、「電車が到着します」と言っていた記憶があるんですが、なぜだか今はほとんど「参ります」ですよね。

いったいいつからなんだろう。何かありそうな、なっそうな…

お礼日時:2006/07/03 10:40

 「電車が参ります」


 私は違和感を感じません。「参る」は自分側のものなら人に限らず使えると思ってましたが……。しかしよく考えると、「お送りした小包は今日参りますので」とは普通言いませんね。確かに不思議です。

 では人以外の動物などならどうか?
 例えば「今うちのワンちゃんが参りますから」「象が参りますのでお気をつけください」
 使用する場面があるかはともかく、私にとっては「アリ」な気がします。

 で、充分な検証をしていないので単なる仮説ですが、「参る」の主語に、人だけでなく動物、あるいはそれに準じた物も立てる用法がある、という考え方はどうでしょうか。「動物に準じた物」の範囲がいまだ曖昧ですが、私が貧困な発想で考えた限りにおいては、単に「動く物・移り変わる物」とほぼ一致しています(乗り物、ロボット、季節、天候、日時など)。
 そして、この用法を正しい日本語として認めるか否か、というのがここでの問題なのだと思います。

 言語学は専門外なので少々不確かですが、言語は一般的に経済化の方向に向かうとされているようです。例えば古典文法と現代文法を比較した場合、動詞活用の種類・助動詞の数などは大幅に減り、一方で各単語の意味・用法などは拡張される傾向にあります。例を挙げれば、本来助詞であった「より」の副詞用法、肯定表現に付く「とても」、「です」を形容詞終止形に付ける用法など、いくらでもあります。今回の話も、その流れの一つなのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

「参る」を謙譲語とするなら「参る」の主体は人であるべきと考えています。なぜなら「へりくだる」のが物(間接的に人を指す場合はあるかもしれない)ではおかしいと思うからです。その意味で「参る」は丁寧語でもあるというのは文法的には理解はできますが、納得はできません。

もし「参る」が丁寧語でもあるとするなら、何度も言っていますが、敬語表現における尊敬、謙譲後、丁寧語という立派な体系が崩れるのではないか、将来、これらがごっちゃになってしまい、体系を失い、単に敬語表現というだけになってしまうのではないか、と危惧しているのです。

お礼日時:2006/07/01 17:14

「(私どもがサービスを提供しております)電車が(もうじきお待ちのホームに)参ります」という謙譲表現ではないでしょうか。

「担当者がすぐに参ります」「お車が参りました」と同じだと思います。

丁寧語か謙譲語かというやり取りの部分はよく理解できないのですが、謙譲表現として機能しています。

主語が人でなくても自然な表現だと感じます。平身低頭しなくても、参上するという意味合いは共通でしょう。

偉い人を迎えるための「お車が参りました」は私にとって自然だと感じますが、ご質問者の言語感覚では駄目でしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

そういえば電車も少し(?)前まで「電車が到着します」といっていたようなかすかな記憶があるようなないような。

もう少し引っ張ってみようかと思います。だんだん私の気持ちが整理されてきたような気がするので。

某有名ブログでは「ゆで卵」は正しくなくて正確には「煮卵」なのではないか、という主張がされています。料理用語に敬語表現ほどちゃんとした体系があるのかどうかは知りませんが、これに関しては私は言語の「ぶれ」の範疇に思え、違和感はありません。

先ほどの補足で言いたかったのは、尊敬、謙譲、丁寧というように日本語の敬語表現はちゃんと体系化されているのに、「電車が参る」がそれをぶち壊しているような気がしてならないのです。

お礼日時:2006/06/30 23:37

#1です。



>「参る」というのは謙譲語で、謙譲語だったら主語は人でなければおかしいと考えていたのですが、これってどこが間違いなのでしょう?

電車でも春でも便りでも期日でも、人ならざるものが大昔から主語になってきたという事実の集積をたった一人で否定なさろうというのは心得違いもはなはだしいと申すほかありません。

古人も言うごとく、理屈と膏薬はどこにでも付きます。事実はたった一つでも理屈をひっくり返すことが多々あります。

逆に言えば、理屈が幅を利かすのは多くの事実を摂取し説明するがゆえです。よくこのカテゴリで「ご連絡いたします」や「のちほどお電話いたします」の「ご連絡」や「お電話」は間違いじゃないか、という質問が飽きもせず多発します(いったい日本はどうなってるんだろう?)。

連絡するのは自分だから、「ご」や「お」をつけたらいかんだろうという鼻先思案を繰り返し蒔き返し寄せてくるわけで、まっこと閉口です。問題は自分の動作じゃない、よしんば無生物の作用であろうとも、とにかくそれが相手へ及ぶという事実を日本語なる判断主体は見落とさないだけなんですけどね。

さよう、これはご質問の「参る」と同様に動作などが目指す対象に敬意を表すための言い方です。日本語の敬語というのは、論理的に、こう出来ているのです。こういうことを大切にしているのです。

辞書を作る人たちもあなたが思うほど愚かではない。単に過去の用例に拠るばかりで断案しているはずもありません。

この回答への補足

あまりこういう議論はしたくなかったので軽いノリでかいたんですが、逆効果だったかな。

日本語の敬語として尊敬語や謙譲語、あるいは丁寧な表現ってのがあるってことは、過去に若干勉強したこともあり、理解しているつもりです。ご指摘の「ご」や「お」に関しても全く不自然とは思いません。特に謙譲語は日本語のユニークな特徴だとさえ思っています。

だからこそ謙譲語でありかつ丁寧語というのが許せない。これこそが敬語をややこしくしている元凶なのではないか、そもそもは誤用なのではないか、と思う次第なのです。まあ日本語ってのはそういう曖昧な言語だと言ってしまえばそれまでなのですが。

出来る事なら、辞書にあるから、過去に用法があるとか、皆が使っているから、というのではない「理論」のようなものをもしご存知であれば、教えていただければと思います。

補足日時:2006/06/30 15:53
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本当は、電車が来ます、或いは到着しますでしょ。


間違って永く使っていれば、まっ!いいか、しょうがないなーと使っているのが現状です。辞書に載っているから正しいのでは無く、載せざるを得ないのです。
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この回答へのお礼

おお、同志(失礼)!!

ですよね、ですよね。感謝。

お礼日時:2006/06/30 13:16

電車を低めることによりお客様を相対的に高めるという謙譲語ですからいいのです。


ちなみに「参る」には「来る」及び「行く」の二つの意味がありますんで出発にも到着にも使えます。
京王線新宿駅では発車も到着もどちらも
「電車が参ります」
のアナウンスですよ。
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この回答へのお礼

うーんやっぱり謙譲語だから、という説明は無理がありますよね。

駅でアナウンスされるからいつも気になってしまいます。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/06/30 12:55

「参る」は「謙譲語」であると同時に「丁重語」であるからです。



http://library.tuins.ac.jp/kiyou/2003jinbun-PDF/ …

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=975045

この回答への補足

そうそうお礼を書いていたらすこし私のもやもやが何なのか少しハッキリしてきました。という訳で変則的な補足を。

「過去の用法があったから、現代でもそれは正しい」という論法がある訳ですが、もし過去に、「間違った」とされるような使い方を多くの人がした結果、そういう用法が結果的に生まれた、という可能性だってある訳ですよね?もちろん文法は普遍的ではないという信念があってのことですが。だとしたら、今の「間違った」用法だって未来に正しいという解釈になってもおかしくない、ということにはなりませんか?

そういう意味で、日本語の正しさを示すのに過去を云々するのはおかしいと思うのです。

補足日時:2006/06/30 13:06
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この回答へのお礼

URL とても参考になりました。ありがとうございます。

なるほど、丁寧語でもある、という訳ですか。辞書を引いたら「春らしくなって参りました」という用法が載っていたので、ありゃ、と思っていたところです。

でも、なんか釈然としないなぁ。過去に用法があったという根拠は、裁判の判例みたいで、それを拠り所にしてしまうのもどうかなーと疑問に思ったり。PDF の方は、私は門外漢なので、背景とか全く分かっていないのですが、見方を替えれば、そうではないと言っている人たちもいるように思えたり。

お礼日時:2006/06/30 13:02

正しい日本語です。

どんな辞書にも書いてありますよ。
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この回答へのお礼

あれ、本当だ。うーん、理解不能。

「参る」というのは謙譲語で、謙譲語だったら主語は人でなければおかしいと考えていたのですが、これってどこが間違いなのでしょう?

お礼日時:2006/06/29 23:51

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Qなぜ謙譲語である「申す」と尊敬語である「おはす」は同時に使えるのでしょうか

 私は中国人で日本語を勉強しています。古典文法についての本を読んでいますが、理解できない例文があるので、質問させてください。

 「がくや姫と申す人ぞおはすらむ。」と言ふ。(『竹取物語』)(「がくや姫と申し上げる人がいらっしゃるのだろう。」と言う。)

 『竹取物語』を読んだことがないので、上記の例文の敬語の使い方が分からなくて困っています。なぜ謙譲語である「申す」と尊敬語である「おはす」は同時に使えるのでしょうか。話し手と、聞き手と、がくや姫との三人の上下関係を説明していただけないでしょうか。

 よろしければ質問文の不自然な部分の添削もお願い致します。

Aベストアンサー

日本語教師です。質問文が正確な日本語であることや古文にも関心を持っていることから、あなたが相当優秀な学習者であることがうかがえます。
ただ「がくや姫」ではなくて、「かぐや姫」です。「輝く」と関係がある名前だと言われています。
この部分を調べてみると、月からの使いが翁にかぐや姫の隠し場所を尋ねる場面でした。月からの使者にかぐや姫を渡すまいとして、翁は使者の問いにとぼけて、「(あなたは)短期間とおっしゃいましたが、私はかぐや姫を20年以上育てています。よそにも同じ名前のかぐや姫という人がいらっしゃるんじゃないですか?」と答えた場面です。本文の使い方からみると、
かぐや>翁
使者>翁
という上下関係です。
(翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること廿余年に成りぬ。かた時とのたまふにあやしくなり侍りぬ。また、異所に、かぐや姫と申す人ぞおはすらむ」と言ふ。)
この場面で話している相手が月からの使者という目上の人なので、「申す」という謙譲語を使っているんだと思います。3の方と同意見です。
謙譲語には2種類あって、
A対者尊敬(「お伝えする・参る」のように相手へ向かう行為)
B丁重語(「寒くなって参りました」のように自分がへりくだるだけの表現)
ここはBの謙譲語だと思います。Aは相手への尊敬と自分のへりくだりを表現しますが、Bは相手に関係ない動詞(ここでは「言う」)で使い、へりくだりのみを表します。Bと丁寧語の違いは、自分がへりくだっているかどうかで、ほとんど同じです。
ご指摘の通り、現代語なら「という人」または「とおっしゃる人」が適当ですね。
「竹取」は大人が読んでも面白いので、挑戦してみて下さい。

日本語教師です。質問文が正確な日本語であることや古文にも関心を持っていることから、あなたが相当優秀な学習者であることがうかがえます。
ただ「がくや姫」ではなくて、「かぐや姫」です。「輝く」と関係がある名前だと言われています。
この部分を調べてみると、月からの使いが翁にかぐや姫の隠し場所を尋ねる場面でした。月からの使者にかぐや姫を渡すまいとして、翁は使者の問いにとぼけて、「(あなたは)短期間とおっしゃいましたが、私はかぐや姫を20年以上育てています。よそにも同じ名前のかぐや姫...続きを読む

Q「お伝えします」と「申し伝えます」

敬語についての質問です。
以下のような状況において

● 電話で「Aさんからの伝言をBさんがCさんに伝える」

例)
A:では、Cさんに明日3時に伺うとお伝えください。
B:わかりました。そのように(Cに)〔    ★     〕。

★の部分は「お伝えします」ではなく「申し伝えます」が正しいと感じるのですが、その理由を説明できず困っています。どちらも謙譲語だと思うのですが。

どなたか明確に説明ができる方がいらっしゃいましたらどうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「お~になる」の尊敬語と混同されやすいですが、「お~する」は謙譲語です。ここでポイントになるのは、この表現は「話す相手」ではなく「~する相手」に対して敬意を表している、という点かと思います。
つまり、BがAに対して「Cにお伝えします」といった場合、敬意はB→Cの方向になります。Aに対しては「ます。」という丁寧語でしか敬意が表されていません。

しかしこの場面では、AにとってCはBの身内であるため、CがBに敬意を表することはマナー違反になります。CがBの上司でも同じです。
ですからここで「お伝えします」とBが言うのは間違いです。


対して「申し伝えます」とは、伝える人間(B)と伝えられる人間(C)の双方をAより下においた表現です。身内同士で使えるのはこちらです。ですから、この場合は「申し伝えます」が適切であると考えられます。

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html

Qこの参りましたの使い方(敬語)あっていますか?

実感がわいて参りました。
この参りましたの使い方(敬語)あっていますか?

Aベストアンサー

「参る」には【行く】【来る】【負ける】【当惑する】【疲れきって】【心を奪われる】などの意味があります。

「そちらに参ります」は「そちらに行きます」になりますが、
特に「私は参りました」は「私は行きました」にも「私は負けました」にも「私は来ました」にも、その他、上記の意味のすべて(困りました、疲れました、心を奪われましたなど)に当てはまってしまいます。

ですから、例文「実感がわいて参りました」は、【実感がわいてきました」の意味として正しい使い方になります。

Q「お伺いします」は正しい?

行く の 謙譲語は 伺う ですが、伺いますという謙譲語にさらに接頭語を付ける形になる「お伺いします」は二重敬語のような気がするのですがどうなんでしょうか?

同じ理由で、「お伺いいたします」は三重敬語ではないでしょうか?

Aベストアンサー

「お伺いいたします」は二重敬語です。「ます」は丁寧語で、「行く」の敬語ではありません。よって、これは数えません。「行きます」の「行き」の部分を「お伺いいたし」と敬語にしているわけです。もとの形「行きます」は別に重複表現ではありませんよね。

以下、>>~●●は、先日(二月二日)に文化審議会から答申された「敬語の指針」からの引用です(多少、改行しました。)。文化庁HPからのコピーです。全文は参考URLでご覧ください。

「敬語の指針」では、二重敬語について、次のように定義しています。

>>「二重敬語」とその適否
一つの語について,同じ種類の敬語を二重に使ったものを「二重敬語」という。
例えば,「お読みになられる」は,「読む」を「お読みになる」と尊敬語にした上で,更に尊敬語の「……れる」を加えたもので,二重敬語である。
「二重敬語」は,一般に適切ではないとされている。ただし,語によっては,習慣として定着しているものもある。
【習慣として定着している二重敬語の例】
・(尊敬語) お召し上がりになる,お見えになる
・(謙譲語I)お伺いする,お伺いいたす,お伺い申し上げる●●

要するに、普通の言い方(敬語にする前の言い方)に直した(戻した)とき、一つの語になるものは二重敬語、ということです。上の例でいえば、「読む」という一語に「お~になる」と「れる」という二つの尊敬語が用いられている(=「お読みになられる」は「聞く」一語に還元される)ので、二重敬語なのです。(「~ますです。」は、丁寧語の二重敬語ですが、さすがにこれを使う人はいない(少ない)でしょう。)
また「敬語の指針」にはそういう記述がありませんが、二重敬語とは結果として(現象として)同じ敬語の種類において現れる、ということが敬語の研究書(「敬語」菊地康人 講談社学術文庫)に書かれています。「お伺いいたし(ます)」で言えば「伺う」「お~する」という謙譲語が、「お読みになられる」であれば「お~になる」と「れる」という尊敬語が、それぞれ重複しているのです。上に「結果的(現象的)」と書きましたが、それは、一語の敬語化において現れるのが二重敬語ですから、別種の敬語がそれにおいて現れるはずがない、ということです。なお、別種の敬語の複数使用を「敬語の指針」は「敬語連結」と呼んでおり、それについては下記で少し触れます。 

さらに、「敬語の指針」では、「お伺いいたし(ます)」を二重敬語であるが、習慣として定着している=使用が許容されている例(あくまで例外的な少数の例の一つ)、として上げています。それがまあ、国の現在の見解、ということでしょう。いきなり「習慣」といわれると、理屈っぽい私は文句を言いたくなりますが、敬語が数多くの慣習や例外的使用によって成り立っていることを思えば、また、それを拒否する明確な理論を私自身持っていないことでもあり、一応、国の言うことももっともであると首肯せざるをえないかな、と思います。

なお、「ご案内させていただき(ます)」は、「案内させて」「もらう」の二語からなっており、それぞれが「案内させて→ご案内させて」「もらう→いただく」というように、謙譲語になっています。また「いたしております」は、「して」と「いる」の謙譲語化ですね。これらは二重敬語ではありません。
このような使い方を、「敬語の指針」では「敬語連結」と呼んでいます。以下をどうぞ。

>>「敬語連結」とその適否
二つ(以上)の語をそれぞれ敬語にして,接続助詞「て」でつなげたものは,上で言う「二重敬語」ではない。このようなものを,ここでは「敬語連結」と呼ぶことにする。
例えば,「お読みになっていらっしゃる」は,「読んでいる」の「読む」を「お読みになる」に,「いる」を「いらっしゃる」にしてつなげたものである。つまり,「読む」「いる」という二つの語をそれぞれ別々に敬語(この場合は尊敬語)にしてつなげたものなので,「二重敬語」には当たらず,「敬語連結」に当たる。
「敬語連結」は,多少の冗長感が生じる場合もあるが,個々の敬語の使い方が適切であり,かつ敬語同士の結び付きに意味的な不合理がない限りは,基本的に許容されるものである。
【許容される敬語連結の例】
・お読みになっていらっしゃる
(上述。「読んでいる」の「読む」「いる」をそれぞれ別々に尊敬語にしたもの。)
・お読みになってくださる
(「読んでくれる」の「読む」「くれる」をそれぞれ別々に尊敬語にしたもの。)
・お読みになっていただく
(「読んでもらう」の「読む」を尊敬語に,「もらう」を謙譲語Iにしたもの。尊敬語と謙譲語Iの連結であるが,立てる対象が一致しているので,意味的に不合理はなく,許容される。●●

以上です。

「お伺いいたします」は二重敬語です。「ます」は丁寧語で、「行く」の敬語ではありません。よって、これは数えません。「行きます」の「行き」の部分を「お伺いいたし」と敬語にしているわけです。もとの形「行きます」は別に重複表現ではありませんよね。

以下、>>~●●は、先日(二月二日)に文化審議会から答申された「敬語の指針」からの引用です(多少、改行しました。)。文化庁HPからのコピーです。全文は参考URLでご覧ください。

「敬語の指針」では、二重敬語について、次のように定義して...続きを読む

Qなぜ助詞の「は」は"wa"、「へ」は"e"と発音するのか

以前、留学生の同級生になぜ助詞の「は」は"wa"、「へ」は"e"と発音するのかということを聞かれました。
勉強の足りない私にはその時はそういう物なのだとしか説明ができませんでした。

「は」は"ha"と"wa"、「へ」は"he"と"e"の2通りの読み方があるのかとも聞かれましたがそれは違うような気がするとしか答えられませんでした。

あまりに当たり前すぎて疑問にも思わなかったのですが、どうかこの質問に「そういうルールなのだ」とか「伝統的にそう決まっている」とかではない、合理的な回答をお願いします。

Aベストアンサー

ハ行音は、ひらがなが成立した平安初期には、文節の頭でも、文節中でも
  ファ、フィ、フ、フェ、フォ
と発音されていました。

後に、文節中のハ行音がワ行音に発音されるという現象が起こります。この現象は「ハ行転呼(てんこ)」と呼ばれ、11世紀頃一般化したといわれています。この段階では、例えば
  「腹は(はらは)」は、「ファラワ」
  「人へ」(ひとへ)」は「フィトウェ」
  「あはれ」は「アワレ」
と発音されていたわけです。

さらに鎌倉時代初期までには、ワ行音が変化して、
  ワ、イ、ウ、イェ、ヲ
になりますが、それにつれて文節中のハ行音は、「ハ行転呼」を起こして、
  ワ、イ、ウ、イェ、ヲ
発音されるようになります。

元禄時代(江戸時代)頃になると、文節の頭のハ行音は現代と同じく、
  ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ
になったようです。

18世紀中頃になると、ワ行音が、
  ワ、イ、ウ、エ、オ
に変化しますから、文節中のハ行音は、やはり「ハ行転呼」を起こして、
  ワ、イ、ウ、エ、オ
と発音されるようになりました。助詞の「は」「へ」を[wa][e]と発音する事にはこんな背景があります。

ハ行音は、ひらがなが成立した平安初期には、文節の頭でも、文節中でも
  ファ、フィ、フ、フェ、フォ
と発音されていました。

後に、文節中のハ行音がワ行音に発音されるという現象が起こります。この現象は「ハ行転呼(てんこ)」と呼ばれ、11世紀頃一般化したといわれています。この段階では、例えば
  「腹は(はらは)」は、「ファラワ」
  「人へ」(ひとへ)」は「フィトウェ」
  「あはれ」は「アワレ」
と発音されていたわけです。

さらに鎌倉時代初期までには、ワ行音が変化して...続きを読む

Q「確かめる」or「確める」

「確かめる」or「確める」のどちらが正しいのですか?
パソコンでは「確かめる」と出てきます。けれども昔習ったうろ覚えの知識では、「送りがなは活用語尾をおくる」とあったようなので、「確める」だと思うのですが…?

Aベストアンサー

内閣告示によれば、本則として、活用のある語は活用語尾を送る、というのがありますが、
「活用語尾の前に「か」、「やか」、「らか」を含む形容動詞は、その音節から送る」
などの例外があります。
したがって、「確かめる」が正解です。
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/hikkei_yoji_furoku1.html

参考URL:http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/hikkei_yoji_furoku1.html

Q「教えていただければ幸いですが。」と「教えていただければ幸いです。」

いつもお世話になっており、ありがとうございます。

「教えていただければ幸いですが。」と「教えていただければ幸いです。」の区別は何でしょうか。「語尾」のところの微妙な「が」はどうも理解できません。具体的な会話の場面を挙げていただけないでしょうか。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

awayuki_chさん、こんにちは。
いつも一生懸命、勉強頑張っておられますね。

>「教えていただければ幸いですが。」と「教えていただければ幸いです。」の区別は何でしょうか。「語尾」のところの微妙な「が」はどうも理解できません。

日本語って、語尾に含める意味合いとか、難しいだろうと思います。

「教えていただければ幸いですが」の「が」には、
「(もし、ご都合よろしければ)教えていただければ幸いですが・・(教えていただけなくても、仕方がないですが、教えていただけるならばうれしいです)」
・・・のような、ちょっと相手の都合とかを気にした、遠慮も入った、そんな意味が含まれていると思います。

それに対して
「教えていただければ幸いです」
というのは、できれば教えてください。教えていただければうれしいです、
ということをストレートに表現していると思います。

>具体的な会話の場面を挙げていただけないでしょうか。

(例1)
いつも忙しそうにしているAさんと、どうしても分からないことを教えてもらいたいBさんがいるとします。

Bさん「Aさん、すみません。どうしてもここが分からないのです。
    お忙しいとは存じますが、教えていただければ幸いです」
    (教えてもらったら、うれしいです)

Bさん「Aさん、すみません。どうしてもここが分からないのです。
    お忙しいとは存じますが、教えていただければ幸いですが・・・」
    (お忙しいようですので、無理でしたらよろしいのですが、もしできれば教えていただきたいです・・・)

といった感じでしょうか。
しかし、上の例の場合はあまり差はないと思ってもいいでしょう。

(例2)
息子の帰りを心配している母親に、近所の奥さんが話をしている。

近所の奥さん「息子さん、すぐに帰ってきますよ」
母親「そうだといいんですが・・・」
   (そうだといいんだけれども、そうじゃなかったら、どうしよう)
   といった、心配な気持ちが「が・・」に表れています。

このように、文末の「が」には、いろいろな意味があると思います。
ご参考になればうれしいです。

(これも、ご参考になればうれしいのですが、とかの言い方もありますよね)
ご参考になればうれしいのですが、だと、参考になればうれしいけれども、
もしも参考にならなかったらごめんなさいね、というちょっと遠慮した気持ちを表せます。

awayuki_chさん、こんにちは。
いつも一生懸命、勉強頑張っておられますね。

>「教えていただければ幸いですが。」と「教えていただければ幸いです。」の区別は何でしょうか。「語尾」のところの微妙な「が」はどうも理解できません。

日本語って、語尾に含める意味合いとか、難しいだろうと思います。

「教えていただければ幸いですが」の「が」には、
「(もし、ご都合よろしければ)教えていただければ幸いですが・・(教えていただけなくても、仕方がないですが、教えていただけるならばうれしい...続きを読む

Q敬語「ご存じですか」は正しい?

「存ずる」は「知る」や「思う」の謙譲語ですよね。
ということは、「ご存じですか?」は尊敬語として
間違っているような気がするのですが、
正しい敬語なんでしょうか?

Aベストアンサー

たしかに「存ずる(存じる)」は、「知る」の謙譲語なのですが、「知る」の尊敬語として適当な表現がないことから、現在では「ご存じですか」という言い方は許容されています。

参考URL デイリーコンサイス国語辞典で「ぞんじ」を引くと「ごぞんじ」の項目が出てきます。

参考URL:http://www.sanseido.net/

Q「~のほど」の正しい使い方を教えてください

お世話になります。

お客様にメールを出すのですが、
「ご連絡の程、お待ちしております」というのは、
正式な日本語として正しいのでしょうか。
上記は他人の書き方で、私としては
「ご連絡のほど、よろしくお願い申し上げます」
と書きたいところなんですが、
どちらが正しいのでしょうか。
もしくは両方間違っている場合、
何が正しいのでしょうか。

もう一つお願いします。
~の程、の漢字は合っていますか?
こういった場合に使う「程」なのでしょうか?

ご存知の方(一般常識かもしれませんが)、
アドバイスいただけますでしょうか。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

(1)「程」に「お待ちしております」をつけてよいかの問題

 「程」に「お待ちしております」をつけるのは違和感があります。「程」はぼかした言い方で、連絡に必要な準備や配慮を含めたものごとの一式を意味すると思います。

 したがって、「よろしくお願いします」というあいまいな文句と相性が良いと思います。
「お待ちしております」では具体的な「連絡そのもの」を待っているのですから、「程」は余計な言葉になります。

 ただし、「…の程、お待ちしております」がまちがいだと断定はできません。

(2)「程」は漢字か平仮名か
 「ご理解の程」「ご了承の程」「ご了解の程」「ご利用の程」などで検索すると、漢字派と平仮名派の勢力はほぼ拮抗しているようです。おおむね平仮名がやや多いようですが、これは、「程」に名詞としての明確な意味がないと感じるためだと思います。面白いのは、「ご了解の程」では漢字が多数であることで、これは言い訳をするときは漢字を使いたくなる(=わかりやすく書きたくない)心理かもしれないと思いました。

(3)辞書による説明
 「程」をいくつかの辞書で引いてみましたが、それらの意味の説明は大きく異なります。辞書編纂者も手を焼く言葉のようです。

(1)「程」に「お待ちしております」をつけてよいかの問題

 「程」に「お待ちしております」をつけるのは違和感があります。「程」はぼかした言い方で、連絡に必要な準備や配慮を含めたものごとの一式を意味すると思います。

 したがって、「よろしくお願いします」というあいまいな文句と相性が良いと思います。
「お待ちしております」では具体的な「連絡そのもの」を待っているのですから、「程」は余計な言葉になります。

 ただし、「…の程、お待ちしております」がまちがいだと断定はできません...続きを読む


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