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小説やキリスト教関係の本を読んでいると、ユダヤ人が伝統的に割礼をするという場面がでてきますが、どのような宗教的意味があるのでしょうか?

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A 回答 (2件)

私が読んだ本では宗教的な意味ではなく、保健的な意味合いのものだとありました。


割礼が始まった当初は産まれてきた子供が男子なら産まれてから10日程で割礼していたそうです。その他大人になってからの割礼は結婚する相手の女性の父親にしてもらうのが慣わしだということです。
そうすることで包茎になるのを防ぎ、性行為が不潔になったり、病気になったりするのを防いでいたそうです。
その割礼をユダヤの人達はとても大切に(伝統的に)するのには理由があります。ユダヤ人というのは人類文学的には人種ではなく(簡単に言えばユダヤ教信者の団体)、何も区別するものがないので「私はユダヤ人です」というのがないらしく、割礼をユダヤの証みたいにしていたらしいです。
色々な国で割礼ってあるみたいですが、ユダヤ人が1番最初らしいです。

私が読んだ本はとても古い本だったので、もし違っていたらごめんなさい。
それでは(@†∇†@)
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この回答へのお礼

回答を頂きありがとうございました。宗教的な意味以外に保健的な意味もあったのですね。又、割礼をすることで、ユダヤ人の証にしていた。というのはとても興味深く感じました。

お礼日時:2002/04/11 09:47

 


  参考URLに、一応ユダヤ教での「宗教的意味」を説明したページを挙げて置きます。このページで述べられているように、「割礼」は、ユダヤ教における「基本的戒律」で、律法での「神との契約」の証であるとされます。典拠は、参考URLは『レヴィ紀』を挙げていますが、この書物は「律法概説書」で、細かい律法規定が細かく記されています。レヴィというのは、レヴィ=ストロースなどの「レヴィ」ですが、これはイスラエルの十二支族のなかで、「祭儀」を扱う支族で、レヴィ人というのは、世襲の下級祭司のことです。レヴィ人に関係する規定というのは、律法規定のことになるのです。
 
  ところで、この「割礼」の話は、『創世記』において、アブラハムが、神の命令に従って旅を初めて、ある所で、神の聖なる領域に近寄った時、神がアブラハムを殺そうとしたので、妻サライが、彼の「前の皮」を取って、これを神に示した所、神は満足してアブラハムを殺さなかったというような挿話が入っています。この話は、『レヴィ紀』が成文化される前の話で、当然、ユダヤ人のこの古い習慣を、彼らの大いなる「父祖」であるアブラハムに根拠付けようと言う話なのです。アブラハムは、知らなかったということになります。しかし、妻が機転をきかして、彼に割礼を施し、神に示したので、神は「契約」を結ぶことをアブラハムが確かに確認したという意味で、アブラハムに害せず、これを認めたのだとも云えます。
 
  こうして「割礼」は、ユダヤ人にとっては、神聖な神との「契約」の意味を持ちますが、『新約聖書』においてパウロは(「ローマ人」か「コリント人」か、またはどれかの書翰のなかです)、「割礼を受けた者(ユダヤ人)も、受けていない者(異邦人)も、キリストは分け隔てなく救ってくださる」と宣言しています。ここでキリスト教がユダヤ教から明白に分離したのだとも云えます。「割礼の契約」を「旧約(旧い契約)」として、「キリストとの霊の交わり=洗礼」を新しい契約=「新約」として、キリスト教の独自性を主張していることになります。
 
  とはいえ、割礼は、宗教的にユダヤ教では、契約と関連付けて理解されますが、衛生的目的の合理性や、成人男子として女性と結婚して性交するのは、「包茎」状態では困るので、「成人式」のなかの儀式として本来あった可能性があります。アブラハムは現に、幼児割礼を受けていないのです。「律法」の色々な煩瑣な規定は、その時代と状況の文化で考えると、衛生上や健康上、病気などの問題において、十分合理的な根拠があったものがあります。例えば、「血を食べてはならない」と『レヴィ紀』などに記されていますが、これは、生の血は消化に悪いとか、砂漠地帯では、腐敗しやすいということがあります。豚肉を食べてはならないはイスラム教の戒律ですが、『レヴィ紀』にも同じ規定があったはずです。この理由も、砂漠地帯では、豚肉は腐敗し易いので、食べない方が健康を害しないという合理的理由があったのでしょう。
 
  割礼は、衛生状態や実用的な合理性があり、成人式と関連していた他に、世界中の文化にある「男根崇拝」というものとも関係があるはずです。日本やインドなどで、この崇拝はあり、神社の神が、男根の形をした石であるなどということがあります。ギリシアでもローマでも、中近東でもインドでも日本でも、こういう崇拝はあった訳で、それは「生殖力」のシンボルであるとすると、ユダヤ教の神が(『旧約聖書・創世記』のなかで)言った、「生めよ増えよ」という言葉は、生物や人間に対する祝福の言葉であって、「生殖力」を祝ったのだとも考えられ、「割礼」は、生殖力ある成人となって、神との契約を結ぶというのが、基本の意味としてあったとも云えます。
 
  ギリシアやローマのプリアポス(男根神)崇拝とか、古典ギリシアの大理石彫刻の成人男性像やアポローンなど男性神のファロスが、少年の形で表現される(つまり、包茎状態で、アポローンの像などは刻まれています)ということは、どういう意味なのか、色々とシンボルや古代の宗教概念などが関係して来て、非常に広い文化横断的な意味があるのですが、とりあえず、ユダヤ人の「割礼」については、宗教的な意味と、それに隠れた、実用的合理的意味があったということです。
  
  >ユダヤ人について(3)
  >http://village.infoweb.ne.jp/~fwgj9369/mystery/J …(3).htm
  

参考URL:http://village.infoweb.ne.jp/~fwgj9369/mystery/J …(3).htm
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この回答へのお礼

くわしい回答をありがとうございました。割礼とはキリスト教の洗礼のような位置ずけのものなんだ。と理解しました。参考URLも読みましたが、”割礼をしていないユダヤ教徒はユダヤ人として認められない”というくだりで、ユダヤ教にとって割礼とはいかに重要な儀式なのかもわかりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2002/04/11 09:41

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