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快と不快はバランスをとらないような気がするのですが
どうなのでしょうか?

A 回答 (5件)

快と不快でバランスをとっているのではなく、不快そのものが生存していくためのバランス機能なのではないでしょうか。


ある事象を不快と感じることは肉体を健康に、精神を正常に保つための防衛反応です。
足をぶつけて痛いのは「足元に注意」の警告で、頭が痛いのは何かの病気の危険信号で、意地悪な人に不快感を持つのは「こいつとつきあうと自分が危険だから避けろ」という警告です。
あまりに不快なことが多すぎる場合は、これも自分の中の何かが間違っているという警告です。
自己防衛として必要な免疫が過剰に働くとアレルギー疾患となるのと同じです。 

一方「快」も生きていくために必要なものですが、「不快」とバランスをとりあって作用するものではないと思います。
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この回答へのお礼

そうなんですよ。
恒常性だと思うんですよ。
それは生物的に存在するので認められんですよ。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/04 21:49

鋭い洞察ですね。

#2さんが既に回答されているのですが、私の感想を少し書き込ませてください。

#2さんの言われる通り、現時点では快不快に対する頭の中の回路は独立しているのではないかということが言われています。両方とも前頭葉を含むんですがその場所が全然別みたいなんです。突然天敵が現れたとしても、おいしいものを食べていたから快不快がちょうど中和されてしまっては天敵にやられてしまう可能性大です。バランスとっている余裕はないというところでしょうか。

不快回路におけるバランスというのはありそうです。不快の連続という場合には、これはこれでエネルギーが必要で不快を中和させる一種の防衛反応みたいなものが必要なのだろうと私は思っていますが、例えば、ストレス緩和機構がこれにあたると思います。ここで注意すべきは不快が快によって中和されるのではなく、不快を沈めるという形で働くというところでしょうか。ストレス防止にリラクゼーションって、効きそうですけどやっている最中とりたてて面白いものではなさそうな気がします。

かといって、快と不快はいつも独立しているかというとそうばかりでないので複雑です。例えばケーキバイキングに行って、1個目は、快回路が働いてるようですが、3個も食べればもうたくさんで、元取ろうと無理して食べると今度は不快回路が働き始めます。この場合はバランスがとれている(バランス機構が働いている)と言っていいのではないでしょうか。ただ、実際にどこかにバランス機構があるのか、独立した2機構がたまたまバランスとっているように見えるのか、どうなんでしょう?

この回答への補足

>実際にどこかにバランス機構があるのか、独立した2機構がたまたまバランスとっているように見えるのか、どうなんでしょう?

そうなんですよ、判らないですよね、恒常性が働くというのは判るんですよ、しかし恒常性機構なら快不快は関係ないんじゃないかなと思って、恒常性のための行動なら判るんですけど快不快は関係ないんじゃないかと思うんですよ。

補足日時:2007/03/04 21:37
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2007/03/04 21:44

こんにちは



"快と不快"を楽と苦に置き換えた場合、バランスはなりたつものと考えます。つまり、例えば、味覚、これの刺激の強いものを好むひとは、うまい、美味しいものに敏感となり、逆にまずい、うまくないものにも敏感になるものと。
逆に、味覚にとらわれが、なく、うまい、美味しいものには頓着しないと、逆にまずい、美味しくないものにも、頓着しなくなる。
私はこういうふうに、考えます。
波のの例え、又は交流の電気の例えで、いうともっとわかりやすいと思うのですが、つまり、"+"の山の波形(快)が、あれば、同様に"-"の谷(不快)の波形が、生起します。

ですから、私はバランスが、とれているものと考えるのです。
なお、趣旨と違ったら、ごめんなさい。
以上
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/10 22:27

人間の体には「恒常性」という身体全体を体の「+」と体の「-」を身体を「0」にするように中性にする様に出来ています。


それが狂うと交感神経と副交換神経の切り替えがスムーズにおこなえず精神的か身体的かに異常がくるか両方がくるって病気の原因となります「快と不快はバランス」があるはずですが現代の社会はストレスとか生活習慣で狂ってきていますからバランスが崩れやすいです。
「快い」の方が体にはベターでそうなれば体の恒常性は「0」になりやすいです。
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この回答へのお礼

ごかいとうありがとうございました。

お礼日時:2007/03/10 22:26

人間の心的装置は内在する興奮の量をできるかぎり低く,あるいは


少なくとも恒常に保つように努めているというフロイトの恒常原則
の仮説に立てば、バランスを取ろうとする機能があるのでしょう。
これは一種の経済原則であるとされています。
もし、この保存(保持)機能がバランスを失うとすればそれは健康
的な状態とは言いがたいでしょう。ある種の脅迫神経症のような
人間で世の中はあふれかえっているのではないでしょうか。
現実、そのような人間が少ないことからして、やはりバランスという
ものが機能として働いていると思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/03/10 22:28

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