dポイントプレゼントキャンペーン実施中!

下記サイトに、
「彼女達の出身地が長崎県島原地方と熊本県天草郡であったことはよく知られている。天草はその貧しい土地柄ゆえに、「農業もだめ、水産業もだめ、工業もだめとすれば、結局近世以来続けてきた島外出稼ぎ以外には、この窮地を脱する道はない」(『人身売買』森克己著188ページ)という追い込まれた選択肢しか残されていなかったのである」
http://indonesia.blog12.fc2.com/blog-entry-2091. …

とあります。
島原と天草を旅行したことがあるのですが、周囲にくらべて土地が痩せているという印象は受けませんでした。
また農業はともかくも、水産業はだめ、というのはどういうことでしょうか。
豊かな海があったはずです。
からゆきさんの悲劇性を高めるための虚構でしょうか?

よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

 いささか、「関連事項」的な回答になりますが、「島原の乱」ってのがありましたよね。

一般的には「キリスト教徒」の反乱みたいな話になっていますが、昔、「そうじゃない」という本を読んだことがあります。

 あそこは基本的にまずしかったのに、領主がまともな税をとるために、例えば囲炉裏を造ると囲炉裏税、墓を造ると墓税、竈をつくると竈税ってな具合に、すさまじい口実をつけては収奪したので、近くの非キリスト教徒(数はこちらのほうが多い)も一緒になって立ち上がったのが実体だ。宗教戦争じゃない。

 というような内容でした。「真偽不明」ということで読み捨ててましたけど、頭の片隅には残っていたようで、思い出しました。

 貧しいかどうかは知りませんが、少なくても江戸幕府草創期には裕福でなかった土地柄のようですね。
    • good
    • 0

唐行きさんとは約100年前の海外出稼ぎ組のひとつの形態でしょう。


当時の日本は現在から想像できないほど貧しく、沖縄、九州、中国地方を中心にたくさんの農民がハワイ、ブラジル、ペルー、メキシコ、アルゼンチンなどに出稼ぎ(結果として移民)に行っています。

海外へ行かない人は国内の繊維工場、炭鉱などで厳しい条件下で酷使されていました。また農村から多くの若い娘が性産業に売られていた時代です。当時の貧しさはテレビ映画「おしん」や小説「女工哀史」で知ることも出来ます。

唐行きさんについて研究したわけではありませんが、唐行きとは当時は「海外行き」のイメージで市場は東南アジアでした。市場に近い九州、特に天草・島原出身者が多かったということでしょう。唐行きさんは当時の日本の貧しさを語るひとつの例として捉えるべきだと思います。
『人身売買』の著者の視点が偏っているような気がしますがブログの引用をもとに云々しても仕方がないでしょう。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!