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こんにちは。
私は嫁いできた者で、
何の権利もないと思いますが、
家の宗教・宗派に関して、色々な疑問を持っています。
元々、本家や代々続いた家ではないので、
菩提寺が無く、家族の葬儀の際、バタバタな状況で、
主人の家の親戚が「○○宗だった」との事で、
葬儀屋さんの紹介で、その宗派のお坊さんに来て頂きました。
(ところが、後日、○○宗ではない事がわかったのですが・・・(メチャクチャです))
その後、何度か法要の度に、
葬儀の際お世話になったお坊さんに自宅に来て頂いているのですが、
来る度に、3-4時間は世間話をして下さるのですが、
そのお話の内容は、日々の愚痴や我が家の悪い点などです。
(これが説教(説法?)と言う事で、お坊さんのお役目なのでしょうか?
でも正直言うと、うれしくありません。)
やはり、家族を亡くした私としては、供養が大事で、
また亡くなった家族やあの世の事が気になります。
しかし、私にはまだ仏世界の知識がないですし、
故人を思うと、悲しくて、空しくなりますし・・・
お坊さんには、何か安心できるお話などして頂いた方が有難いのですが、
来る度に、我が家の悪口など言われると、
申し訳ないですが、あまりお坊さんを信用できません。
実は、親戚の宗派も違っていましたし・・・
いくつかお寺を訪ねてみましたが、
申し訳ないのですが、「何を信じて良いか?」
わからなくなっています。
今、私は、仏教もキリスト教も何教も
納得して受け入れられるものがありません。
それなのに、「宗教宗派を持たなくてはいけないのか?」
ということに疑問を感じるようになりました。
また、「お経が読めないと供養できない」とか
誰に言われた訳でもないのに、強迫観念の様になってしまい、辛く、
無宗教で良いのではないかと思うようになりました。
そこで質問なのですが、
檀家ではないのですが、
お坊さん(現在のお坊さんはお寺がありませんので、そこにお墓があるというわけではありません。)を変える事や、
宗教や宗派を変える事は、可能な事なのでしょうか?
そのことは、亡くなった家族(御先祖様)に影響しますか?
お経を読まなくては成仏できないのでしょうか?
それであれば、無宗教にした場合、成仏できないと言う事でしょうか?
宜しくお願い致します。
A 回答 (8件)
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No.8
- 回答日時:
>宗教や宗派を変える事は、可能な事なのでしょうか?
法然も、親鸞も、日蓮も、道元も、…
比叡山で修行しながら、それに満足できず、自分の納得する宗派を立ち上げられたわけですから、
(比叡山の側から言えば、脱落なのかもしれませんが)
周りの決め事に流されず、納得できるものを探すのは、お寺としては好ましい状況であるはずです。
(それをケシカランと言うなら、宗祖を非難することになる)
No.7
- 回答日時:
補足です。
質問文の中に気になった一文があったので質問します。
「現在のお坊さんはお寺がありませんので、そこにお墓があるというわけではありません。」とありますが、ひょっとするとそれは派遣の僧侶ではないでしょうか?寺を持っていないで派遣会社?にいる僧侶がおりまして、程度が低く問題になっております。
まともな僧侶なら寺院に所属しているはずです。参考URLに派遣の僧侶の行動が記されていますので参考にしてください。この文章をかかれているのは浄土真宗のプロの僧侶の方で、自分のお寺をお持ちです。
プロから見ると怪しい僧侶がいるのですよ。
だとすれば、その僧侶とは縁を切るべきかもしれません。
分からないことがあったら質問してください。分かる範囲内で
回答します。
参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~posteios/PROJ_E_A058 …
No.6
- 回答日時:
>そのことは、亡くなった家族(御先祖様)に影響しますか?
>お経を読まなくては成仏できないのでしょうか?
>それであれば、無宗教にした場合、成仏できないと言う事でしょうか?
亡くなった方を供養しないとたたりがあるというのは、無知なマスコミが煽っている迷信で仏教ではありません。
「死んだら仏になる」という考え方も日本独特の誤解に過ぎず、根拠はありません。ただ先祖供養は悪いことではないので簡略にやりましょうというのが本来の仏教です。
供養は最終的には質問者の方のお気持ちが済むようにすれば良いだけのことで、坊主が嫌なら断ってかまわないと思います。法事の時だけ坊主を呼んで嫌な気持ちになるのであれば、毎日質問者さんが供養をして、坊主に渡しているお金をユニセフにでも寄付したほうが仏教的には正しいのではないかと思います。恵まれない人に寄付するのは布施(ふせ)といって大変功徳になります。
参考URLで専門のお坊さん(スリランカの根本仏教の長老で、日本で禅も修められた専門家です)が回答されていますが、お経はあげずともよいのですね。「この功徳は私の先祖に回向します。先祖が幸福でありますように。」と、三回唱えるだけでも良いとされています。
お経を読むというのは仏教のひとつの実践に過ぎません。昔から日本でも「仕事に励むことも仏教である」「みんなにやさしく接することも功徳である」といわれております。
参考URL:http://www.j-theravada.net/qa/qahp13.html
No.5
- 回答日時:
檀家というのは、江戸時代に「キリシタン弾圧」のためにお寺を利用した制度であって、さらに明治時代の「家」制度が縛りになっているのですが、
いまの時代にそういうことに縛られる必要はありません。
仏教でお経を読むのは、読んでいる「本人」のためであり、
読まなくては成仏しないで悪霊になる…などというのは「カルト」の言うことです。
「葬儀屋の契約」のお坊さんの場合、
本来の宗旨の前に「葬儀屋の利益」が優先される状況があります。
たとえば、「位牌や提灯を使わない」浄土真宗でも、
「売りつけないと儲けにならない」ので、(自らすすめるようではもってのほかだけど)葬儀屋の営業に口を出せない。
「悪口を言う」(他の宗派の悪口も含め)が、カルトに繋がるのだと思います。
参考URL:http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/sinkousyuukyou.html
No.4
- 回答日時:
もし興味があったら日本テーラワーダ仏教協会を調べることをオススメします。
論理的・道徳的・理性的です。他の宗教のように押し付けもありません、「解らないことがあれば聞きなさい、そして自分で確かめなさい」がもともとの仏教の教えです。
多分気に入ると思いますよ。
No.3
- 回答日時:
こんばんは。
。仏事関連の業者で働いています。(地方の零細業者の雇われ人として厄介になってます。)
すでに充分なご回答が挙がっていると思いますが、お邪魔します。
お寺さんを変わることは可能です。
業者の紹介で、寺院を持っていないお寺さんということであれば、今お世話になっているお寺さんは、お断りすれば関係を絶つことができると思います。
世間話や貴家への悪口は、意地の悪い言い方をすれば「営業トーク」の可能性があります。チクチクと痛いところと突いて不安がらせて信者・檀家を獲得しようという魂胆かもしれません。(どういう方なのかご質問文面の情報のみなので、なんとも言えませんが・・・)
すでにお寺を何軒か訪ねておられるということですが、もしもお世話になるお寺を変更するという方向となれば、
「受け入れを希望しても受けていただけるかどうかわからない」
「受け入れていただけるお寺があった場合、費用が必要になる場合がある」
という2点は考慮いただければと思います。
個人的にはお寺さんを変更したからといって、それが旅立った方へ影響するとは思っていないです。
業者が紹介するお寺はともかく、普通のお寺に紹介・仲介等の手立てなしにいきなり「お世話になりたい」とお願いしても、受けていただけない場合の方が多いのではないかと思います。
なにぶん「縁」のものですし、地域等の違いもあるかと思いますが、ホイホイと新しい檀家さんを受け入れていただけるお寺さんは少ないかと。(自分の関わる仕事の中でも、依頼者の希望する宗派のお寺さんに受け入れをお願いすることは、「骨の折れる」部類に入る仕事です。)
また、お寺さんによっては「入檀料」というような名目で檀家に入れていただく当座に費用負担を求められる場合があります。お寺は檀家さん共用の持ち物であるので、新しく入る方にも応分の負担をという形になります。入檀料は設定のあるお寺とないお寺があり、いろいろです。
ご参考程度にですが、ご留意いただければと思います。
無宗教を選択した場合ですが、結論から申し上げれば、皆様がそれで良いようであれば問題ないと思っています。
お経を読む読まない、成仏するしないというのは、「仏教徒」とくに「日本の仏式祭祀者」にとって重要な事柄であって、無宗教を選択した場合、まるでまったく関わりない事柄となります。
個人的な見解になりますが、日本で言う「無宗教」というのは、厳密な意味合いでの無宗教ではなく、「無宗教」と表明する方のいくらかには「日本古来の祖霊尊崇意識に従う」という意味合いになっている場合があります。(ある種の仏教流入以前の「先祖返り」現象かと。)
日本古来の祖霊尊崇意識にいろいろと「手段・方法・理論」を提供していたのが仏教であり、外来宗教である仏教の流入によって体系化されることになった神道だろうと思うわけで、その手段・方法・理論からフリーになる日本式無宗教(?)は、平たく言えば「やりたいように」「お気持ち次第」でOKとなります。
「無宗教で成仏するか否か」というのは、ご質問者さんのみならず、気にされる方はあるかと思いますし、その想いに無理からぬものがあると思いますが・・・キツい言い方をすれば、ある意味ナンセンスな問いになるのかな、と感じています。
旅立たれた方を畏敬・尊崇し、見守られる視線を感じつつ恥じない生き方をして、その想い・行いを後世に伝えていくというのが「良い子孫」なのだろうと思いますし、どのような形であれ、そのように努めることが「日本式無宗教のお祀り」かと考えています。それが実現できれば、「成仏」云々を気にする必要はないと思います。
無宗教形式でお祀りされる方には、自分は「想い出の祭壇」を作ることを提案しています。サイドボードの上等、任意の場所に写真や遺品などを飾り、故人様の好物をなんでもお供えするものです。仏壇という程に形式を問わない、本尊様等も祀らない形の祭壇です。折衷様のような感じですが、既存宗教の祀りをすることにも、何もなしにも抵抗がある場合有用かと思います。
読経・成仏をするしないを気にされるというのは、「何かしたい」「何かしなければ」という想いの表れだと思います。その想いそれ自体は貴いもので尊重されるべきものと思いますし、祭祀や葬祭に関わる宗教教義というのは、そういう想いに応えるものとして編み出されたという側面を少なからず持つものかと思います。
ただ(残念ながら)宗教や宗教に関係する者はそういう人々の想いを「喰い物」にしてきたという批判(あるいは実態?)もまたあるもので・・・葬祭に関わる者として心しないといけないと思っています。
長々と失礼しました。では。
No.2
- 回答日時:
曹洞宗の僧侶です。
宗教・宗旨、お世話になるお寺さんを変える事は何も問題ありません。
その事が亡くなった方、ご先祖さまに影響するという事はありません。
お経を読まなくては成仏できないということも、一概には言えません。
先祖祭祀の主体はあくまでも家族縁者、子孫の方々であって、お寺さんをはじめとする宗教者は、宗教的な儀礼についてお手伝いをする立場に過ぎません。
もし、現在の宗旨なり、お寺さん個人に安心して手伝いを任せる事ができないとお考えであれば、他のご縁を探されて一向にかまいません。
疑問を持ちながらお付き合いしても、この先、ご先祖さまのお祀りを安心して続けられそうもないのであれば、そのように今のお寺さんにお話してお付き合いを解消して頂いて良いと思います。
それから本当に任せられると思えるお寺さんなり、宗教者を探されても遅くはないと思います。
仏教徒として仏式でお祀りをしていかれるのであれば、お経は読めるようになった方が断然よいと思いますが、それも新たにご縁を頂くお寺さんが決まってから、おうかがいして日常、在家の方が読むべきお経を教えて頂けば良いと思います。
どうしても子孫がお経を読まなければ、ご先祖さまが成仏できないというものではありません。あまりご心配には及びません。
No.1
- 回答日時:
こんにちは。
東京の葬儀社に勤める者です。
>檀家ではないのですが、
お坊さん(現在のお坊さんはお寺がありませんので、そこにお墓があるというわけではありません。)を変える事や、
宗教や宗派を変える事は、可能な事なのでしょうか?
できますよ。
お墓がお寺にある場合は少々ややこしい話になりますが、葬儀社の紹介のお寺さんでしたら(ましてや有り難くもないお寺さんなら)いつでも好きなときに縁を切れます。(もう連絡しなければ良いのです。)
ただ、今まで一応お世話になったということで「この度改宗(宗教を変えること)(嘘も方便です)しましたので、今後はもうお願いすることはありませんが、今までありがとうございました」とせめて電話くらいはされたほうがいいでしょう。
日本では憲法で「宗教の自由」が認められていますから、宗教・宗派を変えることも当然自由です。
>そのことは、亡くなった家族(御先祖様)に影響しますか?
これについては何ともいえません。
私個人はまったく問題ないと考えていますが、考え方は人それぞれということで。
>お経を読まなくては成仏できないのでしょうか?
そもそも何をもって成仏と捉えるかは人それぞれですし、第一、確認の取りようがないですよね。
>無宗教にした場合、成仏できないと言う事でしょうか?
こんな仕事をしていますが、実は私は無宗教です。
でも、亡くなった方へのご供養を思う気持ちはあるつもりです。
ただ供養の形にこだわらないだけ…ということです。
大切なのは「やり方」ではなく、「どれだけの気持ちが込められているか」だと思っていますので。
将来、自分のお骨をお墓に入れて欲しいとも思いません。
そうですね~。南の海に散骨、というのが今現在の希望です。
話が脱線してしまいましたが、相談者さんとご家族が亡くなった方のことをいつまでも忘れずに、みんなで幸せになるように(亡くなった方に心配をかけないように)生きていれば、それだけで立派なご供養だと思いますので、お経を読まなかろうが、お寺さんがいなかろうが、関係ないと私は思いますよ!
命日にはみんなで揃って美味しい食事を取りながら、故人の思い出話で盛り上がられたら、それも立派なご供養です(*^_^*)
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