ご存知の方、教えてください。

知人と「ケンカ」の話をしている際に、
「でも、クジラじゃなくてよかったよね~」と相手が言いました。
(私たちがケンカしていたわけではありません。)

クジラって、鯨以外に何か意味があるのでしょうか。ツバメのような・・・。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

>クジラって、鯨以外に何か意味があるのでしょうか。



⇒ツバメのような、別の意味は特にないと思います。固有名詞とかは除けばですが。

ひょっとして、「でも、○○○じゃなくてよかったよね~」の○○○が「クジラ」と聞こえただけの可能性が高いと思います。俺達・私たちの意の「うちら」とか。それ以外の何かかもしれませんが・・・。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございます。それで納得することにします。笑
ネットで調べても出てこない言葉なんて・・・ありえませんよね。
きっと、聞き違いです。・・・何の?と追究したくはなりますが。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/07/01 18:25
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。こちらは拝見致しておりました。

ツバメの場合は、別の意味の記載がありましたが、クジラはないんですよね・・・。

私が聞き間違えたのかと思えてきました。

お礼日時:2008/06/30 22:37

このQ&Aに関連する人気のQ&A

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q書けるわけではない 書けるわけがない 違いがありますか?

書けるわけではない

書けるわけがない

違いがありますか?

Aベストアンサー

書けるわけがない
書く実力・能力がないことを指摘しています。全く書けないということを主張していますね。

字も習っていないのに、漢字を書けるわけがない

それに対して、
書けるわけではない
書く実力や能力があることは認めていますが、何かが不足していることを知っているため書けないと言っています。

文字を書けるからといって、小説を書けるわけではない

Q【日本語】「鯨道」ってどういう意味ですか? くじらみち?

【日本語】「鯨道」ってどういう意味ですか?


くじらみち?

Aベストアンサー

1.地名としての「鯨道」(くじらみち)は、くずれみちがなまったものだそうです。
http://baba72885.exblog.jp/9464731/

2.ヤクザの抗争や博徒の小説で有名な正延哲士の「鯨道」(くじらみち)は、任侠・やくざ・極道の精神的な「道」をそのように言っているのではと考えます。

Q【五十鈴】ってなんですか? 50個の鈴が何かの伝記に登場していて神の何かですか?

【五十鈴】ってなんですか?

50個の鈴が何かの伝記に登場していて神の何かですか?

Aベストアンサー

五十鈴(いすず)とは、色々あるのですが有名なのは、伊勢神宮の近くを流れる川の名前ですね。

五十鈴の語源は色々あるのですが、天照大神が天の岩戸でお隠れになった時に、天鈿女命(アメノウズメノミコト)が、岩戸の前で舞を踊られた時に使われた神代鈴のことを指しているという説もあります(古事記・日本書紀にこの逸話が載っていたかと思います)。鈴には、聖なるものという意味があり、「い」には沢山という意味があるので、沢山の聖なるものという意味ですね。場所によっては、伊鈴と表現したりするところもある様です。

また、五十鈴川は、倭姫命が御裳のすその汚れを濯いだという伝説があり、御裳濯川とも呼ばれているそうですが、その濯ぎが転じて五十鈴になったという説もある様です。

正確な由来はわかりませんが、今も伊勢神宮では御手洗場を五十鈴川にもうけ、身を清めてから参拝する様に案内されています。

余談ですが、いすゞ自動車は、五十鈴川にちなんで社名を制定されたそうですよ。
http://www.isuzu.co.jp/inquiry/acompany.html

Q「私たちは、結婚することになりました。」いう文章で、「結婚します。」に「なる」を付け加える意味は?

結婚式の招待状をよく頂く季節になりました。
その中に、次のような文章が、よく見受けられます。
「私たちは、結婚することになりました。」
ところで、「私たちは、結婚します。」で充分理解できます。その上に、「なる」を付け加えるのは、どのような意味を持ってもらいたい、と言っているのでしょうか?

Aベストアンサー

ウーン。
 ちょっと誤解がある気がします。「なる」を加えることによるニュアンスの違いを考えるなら、比較するべきは、「私たちは、結婚することにしました。」でしょう。
 質問は2段階(厳密には【変化2】もあるので3段階)の変化後を比較しているので、話が混沌としているような……。
 まあ、いきなり「〜になる」には持ち込めないので、しかたがない面をありますが……。

【原文】
私たちは、結婚します。

【変化1】+することにする
私たちは、結婚することにします。

【変化2】過去形(正確にはタ形)に
私たちは、結婚することにしました。

【変化3】+〜になる
私たちは、結婚することになりました。

 パッと見た印象だと、【変化1】の段階でもったいつけた感じがあります。しかもこの形は「試しに……」の印象があります(「〜してみる」に近い?)。
【変化2】によってどのような違いがあるのかは、よくわかりません。この場合「〜ことにします」でも決定事項扱いなので、その段階で過去のニュアンスがあるはずです。理由はわかりませんが、【変化1】にあった「試しに……」の印象が消えてるような……。もうひとつ考える必要がありそうなのは、タ形には「過去ではなく婉曲化による配慮の表現」があるという発想でしょうか(真偽は不明です)。
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12027666100.html

 さて、本題は【変化2】と【変化3】の違いですよね。
 これは、かの有名な「コーヒーになります」に近い部分があります。
「です」「でございます」にできないので、大きく違う気もしますが。

「コーヒーになります」に関しては、下記をご参照ください。
190【「~になります」考】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1201.html

 長文なので、関係しそうな箇所を抜粋します。
==============引用開始
「になります」という表現自体は昔からある。用法は、(1)「何かから何かになる」という変化や帰結の意味、「例. 春になる、医者になる、二十歳になる」(2)元の意味を失ってほとんど「です」と同義のものである。
==============引用終了
※ただし、今回の質問の場合は「することにしました」でも変化のニュアンスがあるので、ちょっと違いかもしれない。

==============引用開始
「~になります」はどんな場面でも使える接客表現というわけではありません。「なる」には〈新しい状況の出現〉、〈非人為的〉という意味があることを理解して、それにふさわしい場面で使うことが必要です。
==============引用終了
※〈非人為的〉は先行コメントにある「成り行き」に近い。「結婚」という決断にこういう言い回しを使うのはどうなんだろう。

==============引用開始
 もっと別の勘違いがあるのかもしれない。
 尊敬語にひとつに「お/ご~になる」というのがある。これの丁寧語が「お/ご~になります」。
「~になります」が好まれるのは、この「お/ご~になります」の影響で尊敬語のような印象があるからでは。
 だとすると、単なる勘違いだろう。
「~になります」は「~になる」の丁寧語だから、敬度は「~です」と大差がない(はず)。
 おそらく「~でございます」よりは敬度が低い。
「お/ご~になります」は尊敬語の丁寧語だから相当敬度は高いけど、それは別の話だよ。「お/ご~になります」の「~」に入るのは動詞。「~になります」の「~」に入るのは名詞だろう。
==============引用終了
※個人的はこれが「コーヒーになります」の類いが蔓延したイチバンの理由と考えている。今回の質問の場合も、〈「〜になりました」のほうが丁寧〉という誤解があるような。元々は誤解だけど、ここまで広まってしまうと定説化しているかも。
 もちろん、自分たちが「〜することにした」だけではなく、周囲の人たちの意見や事情もくんだので、「〜することになりました」という言い回しを選んだのかもしれないけど。
 個人的には「私たちは、結婚いたします」がイチバン素直な気がします。

ウーン。
 ちょっと誤解がある気がします。「なる」を加えることによるニュアンスの違いを考えるなら、比較するべきは、「私たちは、結婚することにしました。」でしょう。
 質問は2段階(厳密には【変化2】もあるので3段階)の変化後を比較しているので、話が混沌としているような……。
 まあ、いきなり「〜になる」には持ち込めないので、しかたがない面をありますが……。

【原文】
私たちは、結婚します。

【変化1】+することにする
私たちは、結婚することにします。

【変化2】過去形(正確...続きを読む

Q」~ない(否定形)+というわけではない」は変な文書ですか。

日本語の作文を練習するときに、こういう文書を書きました。
「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、そう表れていない社員は内面も消極的でないというわけではない。」は自然ですか。ちょっとくどいかなと思っています。
それとも、「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、そう表れていない社員は内面も積極的というわけではない。」の方が自然ですか。
作文はあまり得意でありませんから、ご指導ほどよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、そう表れていない社員は内面も消極的でないというわけではない。」

二重否定としては全く問題のない構文です。
むしろ、二重否定にすべきです。
「消極的な姿勢が表れている社員⇒内面も消極的である」
と最初に述べているのだから、読者としては、
「消極的な姿勢が表れていない社員⇒内面も消極的ではない」
という予測をする可能性が高い。
しかし、その『内面も消極的ではない』という推測は違いますよ、という意味で、
「『内面も消極的でない』というわけではない」のような二重否定にするほうが妥当なわけです。

しかし、他の点では不自然さが残ります。
自然な文になる例をいくつか挙げます。
a.「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、そうでない社員が内面も消極的でないというわけではない。」
b.「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、それが表れていない社員が内面も消極的でないというわけではない。」
c.「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、消極的な姿勢が表れていない社員が内面も消極的でないというわけではない。」

このようにすれば自然な文になります。
他にもあるかもしれませんが、「そう表われて」という表現は使わない。また、「社員は」ではなく「社員が」とする点は必須です。
個人的には、対応関係がわかりやすく、すっきりしている点で、c がお勧めです。

「消極的な姿勢が表れている社員は内面も消極的である。しかし、そう表れていない社員は内面も消極的でないというわけではない。」

二重否定としては全く問題のない構文です。
むしろ、二重否定にすべきです。
「消極的な姿勢が表れている社員⇒内面も消極的である」
と最初に述べているのだから、読者としては、
「消極的な姿勢が表れていない社員⇒内面も消極的ではない」
という予測をする可能性が高い。
しかし、その『内面も消極的ではない』という推測は違いますよ、という意味で、
「『内面も消極的でない...続きを読む

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード


人気Q&Aランキング

おすすめ情報