プロが教えるわが家の防犯対策術!

・見た人が不快になるから・社会に受け入れられないから
・人道的に/宗教的に
・痛いから
・不健康だから
・甘えているから

いずれの答えも私を絶望させ、より自傷に駆り立てるものばかりです。

納得できたのは
・労働力が不足するから
だけ。しかし今の世の中、求職者ばかりです。
私ひとり分不足しても構わないのでは?

誰か私に自傷はいけないことだと納得させてください。

A 回答 (22件中1~10件)

考え方をもっとシンプルに。


単純にデキルコトとデキナイコト。
たった一度の自分が主役の人生なのだから、
一般論なんて物差しにならないよ。
生きてる間に出来る事と死んでしまってから出来る事、
どちらが多いですか?
死んで小指一本動かせなくなったら、
ちっぽけな僕やあなたに何ができますか?

悩む事や傷つく事、寂しく悔しく思う事、
たくさんあると思うし、
それはとってもひどい事だと思うよ。
だけど自傷行為を含めて、
今、どれだけ苦しいと感じる事でも、
どれだけ空虚で寂しいと思っても、
生きていれば道は続いて状況は少しずつ変わっていきます。

自分の為にそう思えないなら、
ここで見知らぬあなたをこれだけ心配している、
僕らのためにそう信じてみてください。
とっても勇気がいることだけど、
信じて生きていれば人は変われます。

僕は13年間引き篭もってました。
だからといってあなたの気持ちが分かるなんて言わないけれど、
毎日死にたいと思っていたし自傷も何度もしました。
そして今でもその後遺症が残っています。
「誰からも愛されてない、理解されてない、
普通じゃない、こんな自分には価値がない。」
親からも異常だと、作るじゃなかったと言われ、
自分でもそう思いながら、
涙も寂しさも孤独も何も感じなくなった先で、それでも生き延びて、
今は社会復帰して生きています。

誰かに分かってほしい事があるのなら、
どこに向けてでもいいから、あなたの声を聞かせてください。
誰にも言いたくないのならそれでもいい。
だけど、あなただけじゃない。
あなたを思うみんなにとって、
それはとっても大事なことだと、
どうか信じて下さい。

僕はあなたに自傷をやめてほしいし、死んでほしくないです。
それはあなたの今の経験が、必ず自分や誰かの幸せにつながる事を、
信じて確信しているからです。
あなたには愛される価値がある。
応援しています。
生きて下さい。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
泣きそうなくらい嬉しいです。
感謝の言葉もありません。本当にありがとうございます。

お礼日時:2009/01/12 09:30

No.20です。


私はこのカテで回答していると、回答と称しながら自分の話になってしまう事がよくあります。

――相談なのだから、自分の話をし過ぎるのは良くないな。
相談者さん達は不愉快かも?本題からそれてるかも?
自分だけの話ならまだしも、身内のことまで書いてしまうのはどうなんだろう? 自分なら書かれたら怒るな。――

などと色々なことを考えながら書いています。
実際失敗することもあります。身内のことまで書いてしまったときは更に落ち込みます。自分のことをホントに馬鹿だなと思います。

ですから、今回は質問者さんのお礼を見るのは正直怖かったんです。
でも、心のこもったお礼を頂けて今すごく嬉しいです。
私がここで書いたことは無駄にはならなかったんですね。
こちらこそ、ありがとうございます。

お母さんに告白出来たのは良かったですね。
そして、お母さんから素敵な言葉も返ってきました。
お母さんは本当のことが聞けて、ほっとしたことでしょう。
あなたの苦しみが解らないのはお母さんにとっても苦しみだったと思います。
母親なら、自分が出来ることなら我が子の苦しみを取り除いてあげたいと願うものですよ。
それは、お父さんも同じです。


ここで、お母さんとのことを報告するのは勇気が要ることだったと思います。
そんな大切なお話を聞かせてくれてありがとう。
素直な優しい気持ちを忘れないでくださいね。
その気持ちを忘れなければきっと止めることが出来ますよ。
辛くなったら、ここでみんなと話し合ったことを思い出してください。
応援しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/01/15 06:44

こんにちは。



傷は一生消えませんし、その傷を背負って生きていくのも自分自身。
自傷はいけないことだとは思いませんが、推薦できるものでもありません。
自傷は人に言われて止まるものではなく、自分で気付いて止まるものです。
いけないことだとは思わない方がいいと思います。
”いけない”と思っている時点で自分を責めているからです。

私は自傷が止まるのには10年要しました。
自分で「止めたい」と思っているのであれば、必ず止められます。
ただ、あまり意識せず、自分を許してあげて下さい。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

十年かかって…でも、直るのですね。

希望が見えてきました。

ありがとうございます。

お礼日時:2009/01/13 08:17

No.15です。

ツバメは本当は王子にこそ幸せになって欲しかったんですよ。

お説教は嫌でしょうが、私は親なのでお説教になってしまいます。
人に助けて貰ったことのある人は、自傷なんて出来ません。
生かして貰っている、自分の命はいろんな人の小さな親切の積み重ねでここまで続いてきたんだと実感できたら、感謝の気持ちがあったら出来ません。
だから、そう言う気持ちのある人は
「自傷してはいけない」と言うんですよ。


私は19歳のとき、不本意に死にかけたことがあります。
健康管理が出来ていなかったからです。

小6のときも19のときも、30過ぎても手術しました。
残念ながら私はあまり体が丈夫ではないようです。
限界まで頑張れる力が欲しいけれど、悔しいことに先に体が壊れます。

手術はどれも痛かったけれど、小6で初めて受けた手術は辛かったです。
手術なんて拷問と同じです。
局所麻酔があまりきかず、腰にメスを入れられたときの感触も、切開部を広げられて、お腹の皮がよじれた感覚も今でも残っています。
大きな傷が残るのも嫌だったけれど、地獄の痛みに耐えるのは本当に辛かったです。
あまりの痛みに耐えかねて、頭上にあるベッドの柵を握りしめながら涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていたら、看護婦さんが手をしっかり握ってくれました。看護婦さんは目に涙を一杯溜めていました。
病気になんかなりたくないのに病気になる自分が嫌だったし、切られるのも嫌だったけれど、看護婦さんが一緒に泣いてくれたので、私は手術の痛みに耐えることが出来たし、弱い自分の体や病気を恨まずに済みました。

19の夏は二ヶ月入院しました。
病名そのものは何の迫力もありませんが、あのまま夏風邪をこじらしたと思い込み、家で一人で寝ていたら衰弱死したと思います。
何しろ食事はほとんど咽を通らず、40度の熱が続き、白血球は白血病を疑うほど増え、血液の量が通常の半分しかないと医者に言われるど酷い状態だったからです。親に養って貰っていたから助かったものの、独り暮らしだったら病院にも行けず死んでいたと思います。

二ヶ月の入院生活の間に病院も五つ掛かりました。最初の1ヶ月は原因が分からず検査の繰り返しでした。まだ十代の女なのに嫌な検査もありましたし、検査前は絶食の繰り返しです。拷問と同じです。
後から入院した人が次々退院していくと取り残されたようで気が滅入りました。今なら大袈裟だけれど原因不明で死ぬのかも?と思ったりしました。
内科から外科へ転院もしました。

19の時の手術で腰だけではなくお腹にも大きな傷が残りました。
浪人して夏に二ヶ月も入院して、お腹まで切って、親にも迷惑を掛けて(今で言うならニートだし)いったい何をやっているんだろうと情けなく思いました。傷痕が尚更自分を惨めにしました。

でも、父親が私に言いました。
「○○はみんなに感謝しないといけないな。昔に生まれていたら死んでいたんだから。」
本当にそうです。誰の協力が欠けても死んでいたと思います。
難産だったのだから、そもそも生まれてすら来なかったかもしれません。

この世に送り出して貰ったときも、そして死にかけたときも親と医療には凄くお世話になりました。その親だって医者だって看護婦さんだって、みんな家族や親、友人、恩師、誰かに支えられてここまで来たんです。
そんな人達が集まって私を助けてくれたんです。


質問者さんも誰かに助けて貰った実感が湧けば、感謝の気持ちを大切に出来れば、自傷は出来なくなると思います。助けてあげたい人がいても同じです。
私は今は二児の親です。親なら子供が自傷するのはとても辛いことです。
子供の傷を見て心を痛めない親はいないと思います。


追伸、
質問者さんが自分を罰することは親を罰しているのと変わらないんですよ。
自分も他人も許す心があれば、罰する必要なんかなくなると思います。
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この回答へのお礼

おつらい体験まで話していただいて、ありがとうございます。

昨日母に話しました。
「私は母にいつ見捨てられるのかと怖くて、だから自傷してどのくらいまでなら見捨てられないのか試している」と。
母は聞き返してきました。「それで私はあなたを見捨てた?」

私の自傷が親を罰しているという言葉が身に突き刺さりました。私はいい両親に恵まれた幸せな子供です。そのことを忘れないようにしようと思います。

お礼日時:2009/01/13 08:13

お礼ありがとうございました。

そうですね。辛いのですね。自分でも辞めたいと思っているのに辞められないのですね。心中お察し申し上げます。

回答No.17様の格闘技を始める、というのは大変健康的な方向転換だと思います。格闘技だけでなく、簡単な運動でも良いと思います。一定の課題を課して、それを目指すのです。マラソン等。
アスリートは自分の身体を極限までいじめて、結果を出します。ある意味ストイックに追い込まなくてはなりません。私は、自分に甘いので(ああ、でも仕事ではストイックになるわ)無理です。

どうでしょう。自傷行為を辞めて、ストイックに運動を始めてみるのです。
まずは、マラソンから。体力が落ちていれば、2000mも走れば、辛くなるはずです。
いけそう、と思ったら自分で、3000m、4000mと増やして行きましょう。次の日は、筋肉痛で動けなくなり、自傷行為どころではなくなるでしょう。
次は、タイムを競いましょう。

・・・と課題を課していけば、延々と自分を追い込む事になれます。私が言いたいのは、

「その性格も、まんざら捨てたものでは無いよ」

ということです。性格を変える事は大変です。向かうベクトルの方向を少し変えてみてはいかがでしょう?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
マラソン…苦手ですが好きでもあります。
考えのひとつに加えてみます。ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/12 18:40

>ふとした拍子に「私は悪い人間だ! 私は私を罰しなければいけない!」と


>強迫迫観念に襲われるのです。

心を沈めて、強迫迫観念に襲われ自傷をしようとしている自分自身を、頭に思い浮かべてください。
思い浮かびましたか?

その時の「あなた」は今のあなたから見て、どうですか?
必死で頑張っていませんか?
一生懸命生きようとしていませんか?

頑張っているあなたを後ろからそっと、抱きしめてあげてください。
そして、声をかけてあげてください。
自分の友人になったつもりで。

友人だったらなんと声をかけますか?想像して、声をかけて、
いっぱい抱きしめてあげてください。

そして、生きていいんだよ。あなたは生きていていいの。
一生懸命生きているの。それでいいの。そのままでいいの。
いっぱいいっぱい肯定してあげてください。

そして、自傷は止めようね・・・
約束だよ。友人のあなたと、約束してください。

どうしても自傷したくなったとき、友人になって、自分を抱きしめて、
約束を思い出して!って言ってみてください。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。おっしゃる方法、やってみます。ありがとうございました。

お礼日時:2009/01/12 18:37

回答ありがとうございました。

私も回答させてください。

つらいときに自傷すると、痛いのに気がいって、つらさを一瞬忘れられます。イライラするときに自傷すると、気分が落ち着きます。不安なときに自傷すると、安心します。自分が生きているのかどうかわからなくなったとき、自傷して痛いと、自分は生きているんだ、と安心します。
逆に質問です。どうして自傷しないでいられるんですか?
>これは一部わかります。私も若い時、どうしようもなくイライラしたり、自分が何をしているか分からなくなったとき、ある意味自傷はしました。確かに痛みで悩みを忘れますし、死に近づく事で逆に生きている事を実感できる。ただ、私はその時格闘技をしていたので、自傷といってもすね(弁慶の泣き所)をビール瓶で叩いて神経を麻痺させるとか、拳の皮がずりむけて出血する位ミットを叩く。これ以上蹴ると心臓が止まるという位ミットを蹴るという自傷でした。今も拳の皮膚の色は違いますし、前歯は義歯、すねも変色しています。けれどそれは私の誇りでも有ります。

自傷するのは「絶対」にいけないとは思いません。ただ既に回答がありますが、
(1)両親から健康的な体を授かったのに、それを目的もなく傷つける。健康な体を授からなかった人も沢山居るのです。
(2)目的が「自殺」でないのであれば、自殺の可能性のある手首はマズイ
(3)手首に傷があると既に回答者さん自身が経験した様な、不利益が生じる。人前に見せられない。
(4)一時的な逃避の手段であって、解決策にならない。
(5)内臓の病気等で生きたくても生きられない人達が居ます。その人達にその傷を胸を張ってみせられますか?

従って私の提案は、
(1)苦しい、痛い思いをしたいのであれば、格闘技でも始めて下さい。死を感じる体験を幾らでも出来ます。あと痛みと苦しみもです。体中傷だらけに出来ます。肋骨も折れますし、歯も折れます。試合の数日前は怖くて寝れませんが、その時は悩みを忘れられます。けどそれは自分の宝になります。
(2)自傷したい原因を考えてください。自傷したい原因は人それぞれですがら、その原因を取り除いて下さい。自傷は一時的な逃げに過ぎないと思います。
(3)一回海外ボランティア等で途上国へ行ってみて下さい。生きようとしているのに、生きられない子供達が沢山居ます。何か世界観が変わると思います。

私はうつ病も経験しています。手首を切るなどという発想もできず、ただ薬ずけで眠る日々を1年以上過ごしました。道路で何度も「あの車に飛び込めば楽になるんだろうな」とも考えました。けれどしませんでした。その度胸はありませんでしたし気力もありませんでした。それを救ってくれたのは、自分で何でもいいから「希望(やりたい事)を見つけ、それに向かって努力し前進した」からです。

貴方も自傷なんてしたく無いから質問をされたんでしょう。けど残念ですが、質問者さんを誰も助けてあげられないんです。医師も、家族も、友人もです。ただ薬やちょっとした親切が、心に少し余裕をくれます。その余裕を使って自分で前に進むしかありません。

何か「希望」をみつけらる事をお祈りします。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
具体的なアドバイスまで下さって、御礼の言いようもありません。

格闘技…考えてみます。少しでも「希望」が見えるように頑張ります。

お礼日時:2009/01/12 09:50

「いけない」=「禁止」とするならば、究極的にはおっしゃるとおり、宗教的・人道的な議論しかないと思います。


個人的には、「いけない」ことだとは思っておりません。
なので、どうしてもしたいなら好きになさったら? という過激なお答えになってしまいます。

ただ、自傷にいたるお考えのほうが問題かと思います。
「禁止されていないこと」イコール「してもいいこと」ではありますが、「しなければならない」とは違います。
仮に、自傷を禁止されていなくても、「してもいいし、しなくてもいい」はずのものです。なのに、「しなければならない!」と感嘆符つきで結論が出てしまうとすれば、そのプロセスに飛躍はないでしょうか。

>私ひとり分不足しても構わないのでは?
確かにそうです。
しかし、これも上記と同じで、「不足してもかまわないし、不足しなくてもかまわない」と私は考えています。
「~しなければならない」「~であるべきだ」という考え方は、つらく厳しい方向に追い込むだけだと思いますよ。
生きている理由がわからないから→死にたい、と私も考えたことがありますが、社会に対する復讐を決意してからは気楽になりました。

斎藤茂吉は次のように喝破しています。
「分らざるが為めに生きて居て何の不都合かある彼の昆虫を見ずや蠢々として動けり彼宇宙の真相を解せるか然も彼は生きて居るなり而して何の不都合かある、(中略) 新渡戸博士も日本学生の頭は薄ツペラなりと(中略)是処に至りては哲学者などは屁の役にも立たず候(日本の似而非哲学者)」
「いけないからいけない」と禁止を言いつづける似非哲学者が100年たってもあふれているようで、それでは納得もいかないでしょう。
「いけない」理由ではなくて、「しなくてもいいはずだ」と考えてはいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうですね、自傷は私の単なる自己満足で、しなくてもいいものです。

けれど、ふとした拍子に「私は悪い人間だ! 私は私を罰しなければいけない!」と強迫迫観念に襲われるのです。私の毎日はこれとの戦いです。

お礼日時:2009/01/12 09:45

>どうして自傷してはいけないのですか?



『幸福の王子』のツバメの気持ちを考えたら解るんじゃないかな。
私はこの話が嫌いです。
王子じゃなくてツバメが可哀想だからです。

王子の望みを叶えるために、ツバメは王子の体を傷つけなければいけなかった。ツバメは王子の体がボロボロになっていくのは見たくなかったのに、見届けなければいけなかった。
それと同じです。

王子は貧しい人達が幸せになっていくので満たされるけれど、ツバメは?
ツバメは王子が可哀想だとずっと側にいてくれたけれど、王子はツバメが王子を思うほどツバメの気持ちを考えていてくれたのかな?


>父や母の望む娘であることが出来ない私には、罰を与えてほしいのに、父も母も私を許すので、私が自分で罰を与えるしかないのです。

では、お父さんとお母さんがあなたの苦しみを解ってやれなかったと、あなたの目の前であなたがしたように自らを罰したらどんな気持ちになりますか?

これが私の答えです。
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この回答へのお礼

その程度の想像力はあります。でもやめられないんです。

お礼日時:2009/01/12 09:40

自傷行為というと、どのような事でしょう?


生きてる事を実感する為、ふがいない自分に対するリストカットとかそういう類のものでしょうか?

私も自傷行為っぽい事をした事があります。
大会で無我夢中で努力したにもかかわらず、結果が出ず悲惨な結果に終わった時に、いままで積み上げてみたものが爆発して、コンクリートの壁を殴ってしまい、靭帯破裂という大怪我を負いました。
それも3度も同じ場所をやりました。
私はそれに関しては、悪いとは思ってません。
その時にした行動ですから、自らを受け入れています。

あなたの場合の自傷行為がどの程度の物かわかりませんが、何かを得るために自分を傷つける行為は、はっきり言って筋が通ってません。
その場しのぎの行動とでもいいましょうか・・・
そのしている行動の意味をしっかり捉えて、あなたにとってするべき必要があるかどうか、現実逃避の為に行っているのであれば、止めるべきです。
悪い癖になっているという事ですね。
悪い癖という事なら治しましょう。怪我したら周りが動くのもあるでしょうし、何かと問題もあるでしょう。
自分だけの事を考えず、周りの方々に意識をもっていく事が大切だと思います。
その良心を持たない限りは、改善されないと個人的に思います。

ご参考になれれば幸いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
そうです、悪い癖です。

何度も直そうとして、何度も直らない悪い癖です。

お礼日時:2009/01/12 09:37

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