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先日、昭和十五年・台湾第六部隊と押されたガリ版刷の紙を手に入れたので、
どこの部隊か調べようとしたのですが、見つけることができませんでした。

台湾歩兵第一連隊補充隊・・・第三部隊
台湾歩兵第二連隊補充隊・・・第四部隊
台湾山砲兵補充隊・・・・・・第五部隊

台湾第六部隊は、台湾南部の高雄に駐屯していたそうです。

昭和十五年前後の台湾第六部隊について連隊名などお分かりでしたら、どなたかお知らせください。

また、台湾軍の通称号が他にも続くのでしたら、第○○部隊まで続くのか、兵科なども知りたいです。

よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

 三桁までの番号に関してお答えします。

なお番号については時期によって部隊名が変わったり、重複があります。

台湾第1部隊 台湾守備隊 留守第48歩兵団
台湾第1部隊本部 留守第48歩兵団司令部
台湾第3部隊 台湾歩兵第1連隊 台湾歩兵第1連隊補充隊
台湾第4部隊 台湾歩兵第2連隊 台湾歩兵第2連隊補充隊
台湾第5部隊 台湾山砲兵連隊 山砲兵第48連隊 山砲兵第48連隊補充隊
台湾第6部隊 工兵第48連隊 工兵第48連隊補充隊 部隊所在地は鳳山。
台湾第7部隊 歩兵第47連隊 歩兵第47連隊補充隊第
台湾第8部隊 第48師団通信隊 第48師団通信隊補充隊
台湾第9部隊 輜重兵第48連隊 輜重兵第48連隊補充隊
台湾第10部隊 第48師団
台湾第10部隊本部 第48師団司令部
台湾第11部隊 第48歩兵団
台湾第11部隊本部 第48歩兵団司令部
台湾第12部隊 歩兵第47連隊
台湾第13部隊 台湾歩兵第1連隊
台湾第14部隊 台湾歩兵第22連隊
台湾第15部隊 山砲兵第48連隊
台湾第16部隊 工兵第48連隊
台湾第17部隊 捜索第48連隊
台湾第18部隊 第48師団通信隊
台湾第19部隊 輜重兵第49連隊
台湾第20部隊 第48師団兵器勤務隊
台湾第21部隊 第48師団衛生隊
台湾第22部隊 第48師団第1野戦病院
台湾第23部隊 第48師団第4野戦病院
台湾第31部隊 飛行第8戦隊
台湾第32部隊 飛行第14戦隊
台湾第33部隊 飛行第50戦隊
台湾第34部隊 第4飛行団司令部
台湾第35部隊 第104教育飛行団司令部
台湾第36部隊 第6教育飛行隊
台湾第37部隊 第108教育飛行団司令部
台湾第38部隊 第109教育飛行連隊 第9教育飛行隊
台湾第39部隊 第110教育飛行連隊 第10教育飛行隊 
台湾第40部隊 第4飛行場司令部
台湾第41部隊 独立飛行第23中隊
台湾第42部隊 第20教育飛行隊
台湾第43部隊 第21教育飛行隊
台湾第44部隊 第22教育飛行隊 第21錬成飛行隊
台湾第47部隊 第3錬成飛行隊
台湾第71部隊 基隆重砲兵連隊
台湾第72部隊 高射砲第8連隊
台湾第73部隊 馬公重砲兵連隊
台湾第81部隊 澎湖島要塞守備隊
台湾第84部隊 船舶工兵第3連隊補充隊
台湾第89部隊 独立飛行第42中隊
台湾第100部隊 第112教育飛行連隊
台湾第171部隊(誠第171部隊) 独立飛行第47中隊
台湾第172部隊(誠第172部隊) 独立飛行第48中隊 
台湾第173部隊(誠第173部隊) 独立飛行第49中隊

なお、台湾関係部隊通称号に関しては、『国立公文書館 アジア歴史資料センター』の「歩兵第四十七連隊補充隊第一大隊の通称号に関する件」「第四十八師団在台通称号の件」などでネット検索なさると確認が出来ます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
いつも、親切丁寧に教えていただきありがとうございます。
昭和十五年の師団創設直後のもののようです。
その後の調べ方も、教えてくださりありがとうございます。

お礼ポイント1万点くらい欲しいところです。

また、何かありましたらよろしくお願いします。

お礼日時:2009/10/08 23:02

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(2)各大隊毎に連隊区の割り当てがあったのでしょうか?あったら、具体的に教えて下さい。

Aベストアンサー

>台湾歩兵第1第2連隊の徴募区は、各大隊毎に決まっていたのでしょうか?

 各大隊単位で徴集していたかは不明です。

 徴集区は時代により変遷があったようで固定されていたわけではありませんでした。

 わかっているのは、大正時代初期、台湾歩兵連隊への徴集を担任していたのは全国にわたり、第3~第6師団、第9~第12師団、第15~第18師団であったということ。

 その後範囲が縮小され、中国、四国、九州出身者が占めるようになった、ということ。

 1932年(昭和7)当時は、東京、千葉、神奈川、熊本、鹿児島、宮崎、沖縄。34年からは熊本、宮崎、鹿児島、沖縄であった、ということ。

 東京から台湾歩兵第1連隊に入隊した方の回想では、九州出身者が多数で関東から入隊したものは少数であったということ。


 資料:『臺灣歩兵第一聯隊史 軍旗はためくところ』同史編集部 非売品 1988年

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よろしくお願い致します。

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(1)配置された地域は分かっているのですが、正確に所属独立守備大隊が、どうしても分かりません。
推定は出来ますが、事実が分かりません(特に12、15、16、18)
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Aベストアンサー

 先の大戦中の南方戦域における独立守備隊は、

1)1942年2月軍令陸甲第12号により臨時編成された

 第10独立守備隊:留守第3師団にて編成。独守第31~35大隊。補充担任:第43師団。


2)同年9月軍令陸甲第71号により現地において復帰(復員)した第10野戦補充隊、独立混成第4連隊、第5兵站地区隊、第43兵站地区隊、第78兵站地区隊、第47兵站地区隊本部、第47兵站勤務中隊、第48兵站地区隊本部、第48兵站勤務中隊、第14野戦勤務隊本部、第15野戦勤務隊本部、陸上勤務第77中隊、陸上勤務第78中隊、陸上勤務第108中隊の人員及び内地からの補充員を以て臨時編成された

 第11独立守備隊:独守第36~39大隊。補充担任:第46師団。

 第12独立守備隊:独守第43~47大隊。補充担任:第42師団。

 第13独立守備隊;独守第48~51大隊。補充担任:第65旅団。

 第14独立守備隊:独守第52~55大隊。補充担任:第47師団。

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 第16独立守備隊:独守第60・61大隊。補充担任:第47師団。

 独立守備歩兵第40大隊:補充担任:第42師団

 独立守備歩兵第41大隊:補充担任:第42師団

 独立守備歩兵第42大隊:補充担任:第42師団

 ※独守第40・41大隊は、ボルネオ島において独立混成第4連隊(岡山歩兵第154連隊補充隊にて臨時編成)の復帰人員を基幹として編成されたのち1944年11月~1945年2月にかけ独立歩兵第432大隊、独立歩兵第554大隊へ改編改称した。

 ※独立守備歩兵第42大隊は、初めビルマ南部のちマレー、第94師団編成要員となる。

3)1942年12月軍令陸甲第111号下令により、

 第17独立守備隊:独守第62~65大隊。補充担任:第46師団。

 1943年3月軍令陸甲第28号下令により

 第18独立守備隊:独守第66~69大隊。補充担任:第42師団 

 となっています。

 1945年5月には軍令陸甲第67号下令によりシンガポールにおいて独立警備歩兵大隊2個が編成されています。参考まで。



 独立守備隊関係の戦記:熊井敏美『フィリピンの血と泥  太平洋戦争最悪のゲリラ戦』 時事通信社

 中比パナイ島の第11独立守備隊に所属していた将校の回想記で、陸大卒の司令官 I少将(元第10野戦補充隊司令官)がゲリラの襲撃に怯えるようすや、田中軍司令官の視察の車列がゲリラに銃撃される不祥事、その報復として住民をゲリラとみなして片っ端から射殺するなど、当時の対ゲリラ戦闘の過酷さが描かれた書です。このようなタイプの戦闘は華々しさはなく、後ろめたさがあるためか文献はすくないようです。熊井氏も戦犯として刑に服しています。NHKアーカイブにて名前で検索すると回想を見ることができます。

 

 先の大戦中の南方戦域における独立守備隊は、

1)1942年2月軍令陸甲第12号により臨時編成された

 第10独立守備隊:留守第3師団にて編成。独守第31~35大隊。補充担任:第43師団。


2)同年9月軍令陸甲第71号により現地において復帰(復員)した第10野戦補充隊、独立混成第4連隊、第5兵站地区隊、第43兵站地区隊、第78兵站地区隊、第47兵站地区隊本部、第47兵站勤務中隊、第48兵站地区隊本部、第48兵站勤務中隊、第14野戦勤務隊本部、第15野戦勤務隊本部、陸上勤務...続きを読む


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