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妻がクリスチャンに。
結婚して数年経つ妻が、病気をきっかけに教会に通い、聖書も読むようになりました。
私はごく一般的な無宗教といわれる類の者ですが、彼女との考え方の違いが表れはじめています。
まだ彼女も教会に通うようになって1年ぐらいなので、これからもっと相違が出てくると思います。
最初は猛反対していましたが、家族円満の為にも多少許しています。しかし、子育てに関しては、
子供をクリスチャンにしたくありませんし、日本の伝統行事は大事にしたいと思っております。
どなたか、同じような境遇で悩まれたり、良い解決策がある方はいませんか。

A 回答 (8件)

我が家は曹洞宗で、妻は真宗、私は中学洗礼のカトリックです。


でも何も問題はありませんし、信教の自由は憲法で保障されています。
だから無理に洗礼など受けさせなくても、子供が親のどちらを善しとするかで、将来自分で決めるだけじゃないですか。
無理やり洗礼を受けさせることと、断固拒否することはベクトルが180度反対を向いているだけで、同じことです。

キリスト教の外人だって、日本の祭を楽しむし、お寺に行けば敬意を表して頭を下げます。
私が勉強会で「葬儀も法事も使者の為に祈るのであって仏に祈っているわけじゃないから」と言われましたから、親族に合わせてその意思を尊重しています。
他人の信仰(思想)を否定する人間が自分の信仰(思想)を認めて貰える筈がありません。そんな事を言って毛嫌いしているのは原理主義者か日本人くらいなものです。無信仰にも原理主義は存在するのです。
ローマ法王だって他の主教の国やダライラマとも親交を深めているのです。

私の死後はどこに埋められても私の魂は私が進むべき所に行くだけです。身体は土に返るだけなので関係ないというのが聖書に書かれていることでもあるのです。

つまり、家族がキリスト教になったからと言って、マトモな教会であれば何も問題など起きません。問題が起きるのは熱心が行き過ぎた原理主義的思考に囚われたときです。
一番の解決策は、自分が正しい知識を得て話し合うことです。
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夫がクリスチャンで私は無宗教です。

うちの場合は夫は生まれたときから
クリスチャンでしたが

日本の伝統行事云々を心配されてますが、まったく心配ないと思います
私は結婚してから年に1~2度教会に行く機会が増えただけで、普段と何も
変わらない生活をしております。初詣にも行きます。夫もつきあっていっしょに
手を合わせますよ このへんは考え方の違いもあると思いますが…

お子さんの事ですが、仮に洗礼を受けさせてもその後続けるかどうかはお子さんの自由です。
親の意志で洗礼を受けてその後離れた人もたくさんいるそうで、離れることが悪いとか
そういう雰囲気は全くないようです。洗礼を受けたからといってそれに縛られる心配はないですよ

先の方も言われてるように一部の偏った宗派でなければ、キリスト教は来る者拒まず
去る者追わずで大変寛容な宗教です。
教会が個人の生活に干渉することは全くありません。
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皆さんの意見を呼んでみての感想です。


小生10年ほど前に洗礼を受けた一応クリスチャンです。
小生の洗礼を受けた教会はプロテスタントのホー○ネスです。

皆さん大きな勘違いをなされているのは、キリスト教にはカトリックとプロテスタントしかないと思っている点です。
小生の言っている教会は夫婦どちらかクリスチャンでもう一方は無宗教と言う方は沢山居ます。
つまり教会は去るものは追わず、来るものは拒まずと言う考えですから
質問者さんの考えはとりこし苦労だと思います。

しかしキリスト教を名乗っていますがキリスト教でないのが厄介なのです。
統○教会、もの○の塔、モル○ン教、これらは異端と呼ばれキリスト教を名乗っていますが
キリスト教では有りません。

質問者さんの奥さんが前者のキリスト教であれば心配は無いです。
後者であればすぐにやめさせたほうが良いでしょう。

>病気をきっかけに教会に通い、聖書も読むようになりました。<

ひょっとしたら異端のほうかも知れませんネ
異端は病気などの逆境のときに勧誘に来ますから・・・
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参考として読んでください。



結婚して数年経つ妻が、病気をきっかけに教会に通い、聖書も読むようになりました。

と書かれておりましたが、どんな教会に行かれているのでしょうか。
キリスト教といってもいろんな宗派があります。
簡単にわけると、
代表は、カトリック系=旧約聖書系  プロテスタント系=新約聖書系 と、
他いろいろあのます。

いま通われている教会が一般的に認知されている宗派であれば、問題がないと
思います。

心配ならば、世間に知られている大手の教会や、キリスト関係の学校運営の教会に
かよわれては、いかがですか。

わたくしはキリスト教ではないですが、キリスト教関係の学校を卒業しました。
質問者の不安な問題など、きちっとした(問題な語句になりますけれど)
教会に通っていればそのような問題がおこれば早期に解決してくれます。

もし今後夫婦間に問題がしょうじたら早期解決です。

たとえ話ですれど、教会に相談してあなたも信者になりなさいともちかけたなら、
世間一般での宗派ではないとかんがえられます。
困っている人が信者であれ仏教者であれ救いの手をのべます。


これからの問題点をきちっとそのつどメモしていることが大切です。
記憶では真実を自分の良い方にとり、言葉として言ってしまいます。

大手教会の神父様、大手学校経営の教会の神父様などは、きちっと相談に
のってくれます。

こんなことで、家庭不和になれば、何のための宗教かその教会の存在が問われます。
家庭不和になっても信仰するものでないとかんがえます。

どうしても不安になってきたならば、大手の教会にあなたが相談に行くしかないと
おもいます。この手段は、教会でもいやがりますが、(キリスト教の掛け持ち)最終
手段です。

最後に
病気をきっかけに教会に通い、聖書も読むようになりました。
と書かれておりましたので、少しきになります。

ご主人様としていま一生懸命に心配し日々の生活しておられると思います。
人間は、弱いものです。
わかっていますが、なかなか人の心の奥までのホローは大変だと思います。
奥様の病気がどのような病気かわかりませんが、もう一度奥様の話を
聞いてみてはいかがですか。

なにか、自分の弱い点を信教宗教の力を借りて耐えておられるのではとも
おもいます。

この文章が質問者様の何かの打開策やヒントになればと思い自分なりの勝手な
お話をしました。
一部過激な発言や語句をお許し下さい。

問題のターニングポイントを見つけられるよう切に願っております。
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クリスチャンであってもよほど厳格で狂信的でなければ、さほど大きな問題は発生しないものと思います。

これは人によってその教えをどう捉えて実践するかにかかってくるのです。

貴方が危惧しているのは、クリスチャンになったからといって「神」だけを信じるあまりに、これまで行ってきている祭礼や法事を含む数々の行事に一切参加しなくなることでしょうか。

心の中で信じるものは違っていたとしても、平和を乱すような行動は起こさないはずであり、自らの気持ちがしっかりしていればあらゆるものを受け入れていくものです。排他的な行動や活動を行っていくのは未熟者のすることです。信仰のあり方が違っているからです。もし家族の和を故意に乱したりするようであれば、それは怒ってもかまわないことです。教会であっても家庭不和を招くような教えは説いていないはずです。

どのような宗教であってもよほど変わっているもの以外は人として生きる道を説いています。参考になるものだって少なからずは存在するものです。信仰というのは自由です。その中において互いに理解できる面は認めていくべきです。ただし教えがお互いや家族が不和の元となるようであれば、それはきちんと直してもらいましょう。たいがいは教えを聞いた人間の解釈がずれてしまうために衝突が起こるものです。イエスや釈迦より直接聞いているわけではありませんからずれてくるのは当たり前ですが、そのためには原点に戻って考えてもらう必要があると思います。相手から反発をされたときには自分に何か足りなかったことと考えてもらわねばならないからです。

ただ貴方が頭ごなしに反対意見をいっても相手は納得しません。禁止ではなくそれは神の教えに照らして本当に正しいことであるのかを疑問として落ち着いて呈することです。
信仰とは人がよりよく生きるための精神的な糧であって、周りのことも考えながらやらなければならないことが本来義務付けられているようなものです。もしそれに反することがあれば、徹底的に指摘されても良いと思います。行動を良く見て置いてください。「神」の名を借りた自己中心的な行動はかえって神の説く道に反するものです。人の話も聞けないのも同じことです。そこは見抜く目を養ってほしいと思います。

子どもがクリスチャンになるかどうかですが、これは将来的にどうなるかはわかりません。小さいときは教会に行っていたという人であっても、大きくなるに連れて行かなくなる人は結構いますので、将来的に問題が起こったときに対処すべきことかと思います。
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始めまして、私は典型的な日本人的な無宗教論者です、現在の妻はタイ人の為に、タイ仏教です、その前に交際していたのはフィリピン人のカトリックでした、このような関係で宗教の考え方を長年考えて来た経験から、私なりの宗教観の考え方を書かせていただきます。



まず私も無宗教者の為に当初宗教を信心する人の考え方がまったく理解できず、又根拠無い否定と不安感がありました、しかし最近では私自身は宗教信者に成る気はありませんが、パートナーの思考を知る上で宗教を知る事は大切な事だと受け入れる様に成りました、宗教を肯定する為でも否定する為でもありません、あくまでパートナーを理解しお互いの妥協点を探すには、まず自分が最低限の宗教に対する正しい知識を身につけることは間違いでは無いと考えています。

フィリピン女性と交際していた時も、私自信協会に赴き自信がカトリックではない事を伝えた上で、宗教観について教えて頂きたいと、何度も教会にうかがい教えを頂きました。

宗教は思想の自由ですから、奥様の思想を理解し受け入れる事が出来る事は受け入れ、受け入れる事の出来ない事は其れに対し、きちんと根拠を持ち話し合う姿勢は大切ではないでしょうか、正しいと信じて居る考えを、根拠なく否定されたら、人は宗教でなくても受け入れる事は難しいと思います。

宗教を頭から否定する必要は何処にもないように思います、世界中でたくさんの方々が宗教を信じ生活を楽しんでいる事を考えても悪い事では無いと思います、しかし私自身も無宗教で長年生活をして来ましたから、自分の中に宗教を信仰するつもりはありません。

幸い相談者さまの奥様は日本人だと思いますし、信仰も1年程度と言う事ですから、まだ宗教に対する知識も思考も固まっては居ないのではないでしょうか、言葉が自由で意思の疎通が容易な環境なのですから、お互いに宗教を勉強しながら信者としての奥様と無宗教の旦那様との妥協点を楽しみながら模索し、お互いに良いところは受け入れるという考え方も出来ると思います。

知らない世界を否定する事は簡単ですが、そこには争いしか無いように思います、家族を大切にしたいが為に家庭の中で争いを起こす事は望ましく無いと考えます、言い方が悪いかも知れませんが、敵を知る事が自分の考えや生活を守る最大の武器に成る事も有ると思います。

乱文で申し訳ありません、少しでも参考に成れば幸いです、円満な家庭を築いて下さい。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。実際に同じような境遇の方がいなかったので、本当に心に染み渡りました。
”妥協点を楽しみながら模索”ノートにメモります。回答者様の場合は、宗教を変えさせるような気持ちは
全くなかったと思われますが、私の場合彼女の信仰がここ1年の話なので、改めさせるのは今のうちかとも思っています。やはり、相手、キリスト教について理解を深めた上で話し合っていきたいと思います。

お礼日時:2010/10/04 02:16

こ~れは難しいですね旦那さん。

非常に難しく危うい問題です。だから、この場で得られる答えは決して鵜呑みにしてはいけない、と始めに忠告しておきます。

まず旦那さん。あなた本当に無宗教ですか?もしそうだとしたら、何故「日本の伝統行事」に固執するのでしょう。「日本の伝統行事」は全て何らかの「宗教的行事」ですよ?それでも無宗教ですか?
我々日本人の多く(無論私も)は「無宗教」なのではなく数多の宗教に対して「寛容」なのです。

お子さんがいらっしゃるならクリスマスにはパーティをしてケーキやチキンを食べサンタクロースの代わりにプレゼントをあげるでしょう。お子さんは幼稚園だか学校だかで「きよしこの夜」を唄うかもしれません。

そしてそれから約1週間後、大晦日には除夜の鐘を聴くでしょう。なんなら鐘をつきにいくかもしれません。

その数時間後、もしくは1日後には初詣に行って拍手をうちませんか?

どうです?この短い期間に日本人は3種の宗教(神)キリスト教、仏教、神道に触れているのですよ?しかも強制的にではなく自発的に!無宗教じゃないではないですか!
私は「俺等って節操ねぇなぁ」と思いつつも「これが日本人の良さかもな」とも思います。

大概の宗教は救いや癒しを謳いますがますが、他の宗教に対しては恐ろしく攻撃的だったりします(イラク絡みのニュースを見れば解るでしょ?)。日本人にはそれが無いんです。

奥さんの信仰を理由にお子さんからクリスマスを取り上げますか?年末年始の一時を家族バラバラで過ごしますか?
だいたい旦那さん。キリスト教のなにをそんなに忌み嫌っているのですか?
確かに一神教の考え方に馴染みのない私達には「?」な部分はありますが、別に悪い事は書かれていませんよ?これはイスラムも同じです。ただどちらにもファナティック、狂信的な輩はいますから、そこら辺が気になって排除したがっているのかもしれませんけど、信仰を持つ大多数の人はファナティックではありません。私の妹はクリスチャンですがイスラム排撃を叫んだりしません(笑)。

いきなり聖書を読むのはハードルが高過ぎる(ホント高かったです(笑))でしょうから、書店にいけばいくらでもある「すぐにわかるキリスト教」みたいな本を試しに読んでみては如何でしょう。
教会も冷やかし半分で(バチがあたるかもですが、私は今のところ大丈夫です(笑))行ってみては?別に悪魔教の集会じゃないんですから。

理想論かもしれませんが、究極的にはあらゆる宗教は共存可能だと思います。私達日本人がそれを証明しているじゃないですか。
だから旦那さん。少し歩み寄ってみては?奥さんが頑なな主張をして旦那さんやお子さんの言動に不用意に干渉してきた時は多少でも相手の信仰を知っておけば盲目撃ちの感情戦にはならないでしょう。

最後に。
奥さんが厄介な宗教に引っ掛からなくて良かったじゃないですか。某大手宗教団体なんかに嵌まったら間違いなく家庭崩壊ですよ。私の親がそうでした。

「相互理解」ですよ!旦那さん!夫婦なんだから!
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございます。
相互理解!やはりこれがいちばんだいじですよね。私も日本人として宗教に対して寛容だということを
改めて自負してもっと歩み寄ろうと思います。

お礼日時:2010/10/04 02:00

キリスト教でも仏教でも本当に信仰しているならば、一般的な無宗教と言われる人達に違和感を持たれたり嫌悪感を持たれたりすることは無いと思います。

それに日本の伝統行事を大切にします。子供の心の自由は認めていますので信仰を強要することもおしつけることも無いと思います。

質問者さまが嘆かれているのは、その中でも過激な宗派に奥様が入信されているからではないかと思います。

人に強制するような物言いをして人を脅かす、果ては、あれをしてはいけない、これをしてはいけないという規則や規制が語られ、熱心に毎日、毎日、宗教の勧誘をされるようでしたら考えものです。そのうち、法外な献金を要求されることになるかもしれません。そうなったら過激な宗派だと思ってください。

これはキリスト教の一派で偏った考え方をする特殊な宗派です。

これは実際にプロテスタントの教会の牧師に聞いた話ですが、そういう宗派の為に本人や家族が被害をこうむった時は長い時間をかけてその人の洗脳をとくやり方があるそうです。


しかし、そうでなかったら質問者さまに直接、被害をこうむるというのでなければ、奥様が信じておられるものをそのまま、そっと信じさせてあげてください。


いずれにしましても奥様の入信で家庭不和になりませんようにと切に思います。
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この回答へのお礼

丁寧な回答ありがとうございます。過激な宗派に…といった心配は今のところありません。回答者様の
おっしゃるように妻を信じることが大切だと改めて心に刻みました。本当にありがとうございました。

お礼日時:2010/10/04 01:47

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