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「動詞+時間量/回数+目的語」の例文

昨天 我 等了 他 一 上午
昨日、私は午前中ずっと彼を待った。

この疑問を先生に聞いてみたところ、「一个」と同じ意味だと言われました?

でも意味がわからない・・・。

なぜ、一がついてるのか?(量詞がついてないです?)

この「一」はつけないとダメなんでしょうか?

他の2つの例文(これは問題なくわかります)

我 昨天 看了 三个小时 电视
私は昨日テレビを3時間見た

去年 他 去了 三次 香港
昨年彼は香港に3回行った

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A 回答 (2件)

日本語で「一日中(いちにちじゅう)」という場合と同様で、「いち午前じゅう」を考えてみてください。


つまり「午前」をまるまる「1個分」というイメージです。
「一」のあとに量詞が入らないと言うよりも、この場合「上午」がいわば単位なんです。

「午後の間じゅうずっと」であれば「一下午」。
「一」を辞書でひけば、「まるまる全体の」という意味で「一冬」(ひと冬中)という文例がありますね。

この回答への補足

手持ちの辞書にもありました!

一 夜 没 睡
一晩中眠れなかった

摆了 一 桌子
机いぱいに広げた

一路 平安
途中(全工程)の平安を祈る

この例文の一はこうやってつかうんですね。

補足日時:2011/04/13 14:55
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/13 14:55

日本語で「そこで一晩すごした」・・・という用法と同じではないでしょうか。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/13 14:47

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Q(中国語)就是について・勉強方法もおしえてください!

今、中国語の勉強のために中国の方のインタビュー記事を
読んでいます。その中に「就是」という単語がよく出てきます。

なんとなくは分かるのですが、これは日本語でいう「まあ」みたいな
あまり意味のない言葉として捉えていいのでしょうか。
それとも、ないと文法的におかしいのでしょうか。

例えばこんな感じです。
「~有一点舒服、可是就是唯一就是朋友都不在。」
 ~快適だったが、唯一(寂しかったのは)友達がいなかったこと
 です。

といった具合にこんな短い文の中に2つも就是が入ってくるのです。
中国人のように喋りたい!と思って勉強しているのですが
自分ではこんな風には喋れないだろうな~と思うのです。

「就」とか「就是」を会話の中で自然に入れてみたいのですが、
どうすればいいのでしょうか。
(不是~就是などの構文は使うことは出来るつもり…)

あわせて勉強方法も教えていただけたら嬉しいです。(中級者)
今はこのインタビュー記事を聴き取り、内容を理解し
暗記しようとブツブツつぶやいています。
でもつい就是のような細かい(?)部分が気になって
先に進まないというか…。
気にせずにどんどん暗記したほうがいいのでしょうか。
これから中国語スクールにも通う予定です。

どれかひとつでも構いません。
アドバイス等よろしくお願いいたします。

今、中国語の勉強のために中国の方のインタビュー記事を
読んでいます。その中に「就是」という単語がよく出てきます。

なんとなくは分かるのですが、これは日本語でいう「まあ」みたいな
あまり意味のない言葉として捉えていいのでしょうか。
それとも、ないと文法的におかしいのでしょうか。

例えばこんな感じです。
「~有一点舒服、可是就是唯一就是朋友都不在。」
 ~快適だったが、唯一(寂しかったのは)友達がいなかったこと
 です。

といった具合にこんな短い文の中に2つも就是が入っ...続きを読む

Aベストアンサー

この場合の就是は、日本語の「ほんとに、やっぱり、まさに」と言った意味の使い方ですね。すっごく強調したい、まさにこう言いたい。
意味は違いますが、英語だと「you know」というのがありますが(「まあ」、「えーと」、「あのー」の語感)、こちらは、あまり知的とは受け取られません。
有名人の真似をするのは、そういう趣味の世界では楽しいですが、会話の中で、こんなに入れる必要もないと思いますよ。
きちんと、意味のある場所に的確に使うのでないと、変に流行り口調にかぶれてるだけだとか、あまりよい印象はもたれないのではないでしょうかね。

>でもつい就是のような細かい(?)部分が気になって
と書かれているように、変に入っていると、聞きにくいですよね。(笑)
こういう表現は、本当に自分の感覚に馴染まないうちは使わない方がよいです。(勘違いして使ってしまう恐れもありますから。)
そういうわからない点、あいまいな点を除いたら、「気にせずにどんどん暗記したほうがいい」と思います。
そして、ある程度馴染んできたら、少しずつ取り入れれば、会話にリズムが出てくることでしょう。

この場合の就是は、日本語の「ほんとに、やっぱり、まさに」と言った意味の使い方ですね。すっごく強調したい、まさにこう言いたい。
意味は違いますが、英語だと「you know」というのがありますが(「まあ」、「えーと」、「あのー」の語感)、こちらは、あまり知的とは受け取られません。
有名人の真似をするのは、そういう趣味の世界では楽しいですが、会話の中で、こんなに入れる必要もないと思いますよ。
きちんと、意味のある場所に的確に使うのでないと、変に流行り口調にかぶれてるだけだとか、あまり...続きを読む

Q“对于”と“关于”の違いがわかりません

中国語を独学しています。“对于”と“关于”の使い方の区別が全然わかりません(*_*)

ある参考書には、
对于:人・事物・行為の間を表す前置詞
关于:前置詞で、関連する事物を表します
と書いてありました。

“关于”は事物についてしか使えず、“对于”はさらに人・事物にも使える、という対象の範囲の違いだけなのでしょうか?

以前、以下のように作文をしたら→以降のように中国人の大学生に添削されました。
我买了“对于”中国歌一本书。→我买了“关于”中国歌一本书。
在上次的日记中,我写了“对于”东京的樱花。→在上次的日记中,我写了“关于”东京的樱花。

これを見る限りは、「事物」という対象の違いでもないようで、混乱しています。
使い方の違いをご指南いただけますでしょうか。
どうぞよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

辞書にも記載されていると思いますが、「对于」は「対象となるもの」について使われます。
ご質問にあるように、「歌についての本」は「歌に関する本」であって、「歌に対してどうにかする本」ではないですね。
また日記に書いたのは「桜に関すること」であって、「桜をどうにかしようとして何か」書いたのではないですね。

つまり対象物をどうにかする目的で何かするのが「对于」で、単純に対象物を取り扱うのが「关于」です。

「关于东京的樱花」というと、ともかくも東京の桜に関しての文章を書くというごく普通の表現になりますが、「对于东京的樱花」となると、東京の桜をどうにかするために何か書くと言うことになりますね。まあ、後者は通常はこのままそういう使い方はしないでしょうから、お目にかからないと思います。
「~に対処する」というニュアンスを念頭に置けば、両者の違い、なぜ添削されたかがおわかりになるのではないかと思います。


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