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農民階級の人間は最大何キロぐらい往復して飲み水をバケツで運んでいたんでしょうか?
貧困層は一日何十分ぐらいを飲み水確保のために費やしていたのか参考書などあれば教えてください。

A 回答 (1件)

http://www.city.saijo.ehime.jp/mizunorekishikan/ …

そんなに苦労していないかと。

世界的に見て、日本は大量の雨水が急速に流れれている(濾過される)場所なので、江戸時代に江戸という、鹹水地域に無理やり巨大都市を作るまでは、大掛かりな飲み水供給システムは作っていないように思います。

上記の西条市の例でも井戸が平安時代から存在しています。

江戸時代前の長期の大都市というと京都になりますが、京都盆地は、琵琶湖に相当するような古代湖の上に出来上がっているので、地下水が非常に豊かです。

平安京提要
とかに「その後の試掘,立会調査では、平安中期から鎌倉時代にかけての包含層、平安末期の井戸などが確認されている」とかある。

現代人のイメージでの水田地帯は、江戸初期の新田開発の結果であり、その前の段階では、農作の主力は扇状地などで、扇状地は飲料水には事欠きません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%87%E7%8A%B6% …
ここでの湧水というやつ
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2011/07/02 14:05

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Q江戸時代の飲み水

※ 家康入府以降、人口の増加に伴う「水不足」を解消するため
  玉川兄弟 他の尽力により江戸市中への水の供給体制が整った
  のは有名な話。

  但し、考えてみると石樋/木樋等々により大名屋敷や町々に
  給水したとはいえ、とどの詰まり「川や池の水」を浄水もせずに
  そのまま飲んでいた事に変わりはない。

  今よりは汚染されてはいなかっただろうが、上流では
  「立ち小便  肥桶洗い  動物の死骸」等々があったであろうに
  
  -と考えると、う~ん!?  なんですが如何なもので御座ろう?
   この考え方は「おかしい」でしょうか?

Aベストアンサー

その通りです。
だから江戸時代では寿命が短かったんです。
もちろん医学的な発達もありますが。

ちなみに江戸時代の大名の家では井戸があったので川の水を直で飲んではいなかった
と思います。

さらにちなみに、近代国家ができてからでも水道水は危険な物でした。
塩素が入れられるようになってから大幅に安全性が上がったのです。

水道水に殺菌剤として塩素を使用するようになる前と後では
決定的に平均寿命が違っています。
その確証データは手元にないので見せられないですが、
ネットで調べられるかもしれません。


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