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第三回十字軍の英、仏、独の内部分裂についての質問です
イギリスとフランスが百年戦争で対立していたのはわかりるのですが、ドイツとフランスはどうして対立していたのですか?
あと、イギリスとドイツも対立していたのですか?

A 回答 (2件)

>イギリスとフランスが百年戦争で対立していた


第三回十字軍は、1189年~1192年なのに対して、百年戦争は、1338年~1453年
150年ほどズレがありますので、百年戦争と、第三回十字軍の英仏の仲違いは、無関係になります。
第三回十字軍当時のイギリス王は、リチャード1世ですが、このリチャード1世は、イギリスに住んだ事はなく、在位中イギリスに滞在したのは、半年程度、それも、自分自身の身代金を集めるためといった状況でした。
リチャードは、フランスの1/3を支配する大貴族で、フランス国王は、この大貴族の勢力を少しでも削ぐことに熱心であったため、リチャードとフランスのフィリップ2世との対立が生じていました。

一方ドイツですが、このころのドイツには、ヴェルフィン家というドイツの5/2を占める大貴族がおり、やはり皇帝フリードリッヒ1世は、その勢力を削ごうとしていたため、ヴェルフィン家と皇帝家であるホーエンシュタウフェン家と対立していました。
リチャードの妹が、ヴェルフィン家のハインリッヒに嫁ぎ、両者は同盟関係にあったため、必然的にフニーランス王家とドイツ皇帝家とも、同盟関係になっていました。

第三回十字軍は、それらの対立の解消も十字軍実行の意図があったのだとおもわれます。
しかし、フリードリッヒ1世の突然の死によって、ドイツ軍の帰国により、フィリップ2世とリチャード1世の間の不和が増大し、フランス軍の帰国となってしまいます。

>イギリスとドイツも対立していたのですか?
第三回十字軍当時ですが、ヨーロッパには2つの大きなグループが存在しました。
・ベネチア、フランス(カペー家)、ドイツ(ホーエンシュタウフェン家、)、カスティリャ王国のグループ
・ジェノバ、イギリス(兼フランス大貴族のプランタジネット家)、ドイツ大領主(ヴェルフィン家)、アラゴン王国のグループになります。

前者のグループは、第三回十字軍の敵であるエジプトのアイユーブ朝と交易関係が密であり、後者は、ビザンツ帝国との交易が密であったため、フランスのフィリップ2世は、あまりエジプトとの対立を望んでいなかった可能性もあります。
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英、仏、独など、その時代に存在しない。

内部分裂もなにもそもそも統一されていない。イングランド王、フランス王、神聖ローマ皇帝がそれぞれ手勢を引き連れて聖地を目指したが、三軍ともばらばらで、統一した司令官などいない。神聖ローマ皇帝の軍は皇帝が溺死して現地解散フランス王の軍もさっさと撤退。イングランド王の軍は最後まで奮闘したが決着つかず停戦。十字軍という実体があったわけではない。抽象的な概念として、私闘を目的とせずに、ローマ教皇の呼びかけに応えて編成されたという建前の軍があったということ。それぞれの軍にそれぞれの司令官がいて、それぞれの軍は必ずしも協調的な行動をとっていたわけでもない。対立ということではなくて、お互いに信頼関係はないのです。3人の王、皇帝の領土が現代の英、仏、独につながるから便宜的に英、仏、独と表記しているだけです。対立じゃないんです。あなたはあなた、私は私という個人的関係があっただけなのです。自分の軍は自分の判断で動かす。誰の指図も受けない。3人が3人ともそう考えていた。それだけの話なのです。
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