「大量虐殺」巡り、仏とトルコの関係悪化
 フランスの下院は22日、「“大量虐殺の否定”を禁じる法案」を通過させました。しかし、「アルメニア人の大量虐殺」を一貫して否定するトルコが反発、フランスとの全ての二国間会談をキャンセルするなど強硬姿勢に出ています。
 フランスの下院は22日、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺など、大量虐殺を公共の場で否定した場合、罰金や禁錮刑に処される法案を通過させました。フランスは2001年に、「トルコが第一次大戦中にアルメニア人を大量虐殺した」と認定していて、今回の法案が成立すれば、この虐殺を否定することも刑事罰に問われることになります。
 これに対し、一貫して虐殺を否定してきたトルコが反発、エルドアン首相は「人種差別に基づいた政治的動きだ」とした上で、「トルコやイスラムへの嫌悪感を煽って票に結びつけようとしている」と批判しました。」
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=201 …

もめているようですが、
1.100万人規模の虐殺はあったのか?証拠は?
2.フランスはどうしてここまでアルメニアに肩入れするのか?
3.アルメニアでの認識はどうか?

よろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

1.当時のトルコ支配地域のアルメニア人については正確な数は判然としませんが、ほぼ100~150万人程度とされます。


戦時中の話ですから、一般に考え得るレベルでの戦争犯罪行為はあったでしょう(例えばベトナムでのソンミ事件のような)が100万人規模の虐殺は針小棒大と思われます。
1999年に東ティモールで独立に絡む暴動が起きたとき、ニュースで「数万人が虐殺された」などという証言が報じられましたが、実際の死者は数十人でした。
このような虐殺の話はとかく大げさになるものなのです。

2.アルメニアに肩入れしていると言うよりは、下の方が言われるようにトルコのEU加盟阻止、並びにイスラム圏への脅威を煽る意図(今年、フランスではブルカ禁止法が施行されイスラム圏から批判されています)があるものと思われます。
あと日本ではあまり知られていませんが、フランスやイギリスなど旧植民地の宗主国に対する「過去の植民地支配とそれに伴う残虐行為」に対する賠償請求が世界各地で起きており(もちろん旧宗主国の側は全て拒否しています)、ここで「トルコの残虐行為」をクローズアップする事で自分たちの行為から目をそらす意図もあるかもしれません。

3.アルメニアでは当然、この残虐行為は大きく取り上げられており、トルコとの間では深刻な外交問題になっています。
また一部ですがトルコから「アルメニア人の土地」を取り戻す運動も存在しており、この法案でその動きが拡大される可能性は少なく無いでしょう。
    • good
    • 0

1,確たる証拠は無いようです。


 だから、揉めているのです。

 似たような事件には、ユダヤ人虐殺問題もあるし
 南京事件もあります。
 皆、政治が絡んでいるため、事実を複雑なものに
 しています。

 どういう訳か、虐殺が明かな、広島、長崎、東京大空襲
 はあまり問題視されていないように感じます。
 政治が絡むとこうなる、という典型です。

2,対トルコに対する外交上の武器として利用している
 のでしょう。
 中国が靖国や南京を武器に利用しているのと同じ図式です。

 直接的な動機としては、トルコのEU加盟を阻止したいのだ
 と思います。
 EU加盟は、トルコ永年の悲願ですが、フランスは反対しています。

3,アルメニアは虐殺があったと、硬く信じているようです。
 中国人が南京事件を硬く信じているのと同じです。

こういうのは、超国家的な専門家集団を造って、科学的に調査
すれば、事実は判明すると思うのですけどね。
政治がそれを阻んでいるようです。
南京については、日本が申し入れたが、中国に拒否された
という話を朝生でやっていました。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qトルコが親日国だとしたら何故世界大戦で日本に宣戦布告したのでしょうか?

トルコは親日国だという人がいますが、それに対してトルコは世界大戦時に日本に宣戦布告したり、枢軸国が負けそうな時に連合国に加担したので親日国じゃない、トルコが親日国だというのはネトウヨのくだらない幻想だという意見を耳にした事があります。

まあ、近年の日本はトルコ風呂、江頭、柏崎の英雄像などトルコ人の神経を逆なでする事をしているので最近の日本がトルコの恨みを買っても仕方がないと思いますが、戦時中のトルコが日本に宣戦布告をしているとしたら、そういった日本の非礼以前の問題としてトルコは日本の事をそこまで好きではないのでしょうか?

NHKの特番でも、トルコの人間は誰も100年以上前のエルトゥールルなんて覚えちゃいないって言ってたそうですし、トルコが親日国だなんてやはり右傾化した日本人の幻想なのでしょうか。

Aベストアンサー

第一次世界大戦での敗戦後、苦難の末ようやく独立を手に入れたトルコは、第二次世界大戦においては、連合国・枢軸国双方から参戦するよう、数々の圧力や懐柔を受けてきたにもかかわらず、ぎりぎりまで中立を維持してきました。

しかし、枢軸国側の敗北がほぼ決定的になってきた1945年2月に行われたヤルタ会談の席上、米英ソの首脳は、1945年3月1日までに枢軸国側に対して参戦した国だけが、戦後成立する国際連合の原加盟国となりえる旨合意しました。

戦後の国際社会における孤立を恐れるトルコは、国連原加盟国になることを希望することもあり、1945年2月23日の段階にいたってはじめて対独・対日宣戦布告を行いました。しかし、日・独とは何ら戦火を交えることなく終戦に至りました。

なお、トルコと同じように、国連の原加盟国になるため、枢軸国側に宣戦布告した国としては、サウジアラビア、エジプト、シリア、レバノン、アルゼンチン、パラグアイ、ペルー、ウルグアイがあります。

以上のように、トルコの対日宣戦はあくまで形式的なものであり、日本に対する否定的な意図があって行われたものではありません。

実際、私は10年ほど前に2年間ほどイスタンブールで生活する機会を得ましたが、トルコ人は皆日本人に親切で、いまだに恩義を感じています。おそらく10年前と現在でも事情は大きく変わっていないと思います。

なお、以上のことを含め、トルコの近代史について詳細がお知りになりたいのであれば、「現代トルコの政治と外交」(松谷浩尚著、勁草書房)をお勧め致します。

第一次世界大戦での敗戦後、苦難の末ようやく独立を手に入れたトルコは、第二次世界大戦においては、連合国・枢軸国双方から参戦するよう、数々の圧力や懐柔を受けてきたにもかかわらず、ぎりぎりまで中立を維持してきました。

しかし、枢軸国側の敗北がほぼ決定的になってきた1945年2月に行われたヤルタ会談の席上、米英ソの首脳は、1945年3月1日までに枢軸国側に対して参戦した国だけが、戦後成立する国際連合の原加盟国となりえる旨合意しました。

戦後の国際社会における孤立を恐れるトルコは、国連原加...続きを読む

Q小学生のころから歴史が好きで、今まで 戦国時代→第二次大戦→湾岸戦争→中東・イライラ戦争→第一次大戦

小学生のころから歴史が好きで、今まで
戦国時代→第二次大戦→湾岸戦争→中東・イライラ戦争→第一次大戦と
勉強をしてきました、ほかに何か良さそうなものありますか?

高2です。

Aベストアンサー

必ずしも歴史書が歴史の真実を記しているとは限らない。それに、歴史書は必ずしも面白くない。面白く無ければ人間は読むのをやめてしまう。

そこで私が推薦するのは、パール・バックの「大地」だ。中古で千円以下で手に入るようだ。第一巻だけでも読むと良い。あなたの人生が変わる。とてつもない価値の有る本だ。ピューリッツァ賞と、ノーベル賞を取っただけの事はある。

Qトルコ

僕は将来トルコ語を覚え、トルコで生活をしたいと思っているのですが、外国についていっさい分からないので以下のことおしえてください。
1、トルコにずっと住むにはどうすればいいの?
2、トルコ語は独学で学べる?
3、トルコ語を覚え、向こうで生活するとしたら、仕事はある?あるとしたら何?
4、トルコの女性と結婚できる?
5、大学は行った方がいい?行くとしたら人文学部でいい?

教えてください。お願いします!

Aベストアンサー

>1、トルコにずっと住むにはどうすればいいの

何はともあれトルコ語で自由に生活できるまで、トルコ語を習得することが必要です。


>2、トルコ語は独学で学べる?


独学で学べる人はいると思いますが、それは特殊な才能のある人の話で、一般人は東京外国語大学に入学して、4年間タップリ授業料を支払い、トルコ語に習熟するのが確実です。

>3、トルコ語を覚え、向こうで生活するとしたら、仕事はある?あるとしたら何?

日本語能力を生かして、トルコの観光ガイド試験に合格して、観光ガイドをすることです。


>4、トルコの女性と結婚できる?

それは、個人の男性としての魅力次第です。



>5、大学は行った方がいい?行くとしたら人文学部でいい?

大学は、東京外国語大学に入学し、トルコ語を専攻するのが一番です。

Q第一次大戦初期のフランス第9軍

1914年9月の時点で、確か第6軍しかまでしか編成されていなかったようなのですが、7,8を飛ばしてなぜ第9軍というものが編成されたのでしょうか。

Aベストアンサー

こんにちは、質問にお答えします。

なぜ、飛ばされて第9軍が編成されたがですが、この第9軍が初めて戦場に出たのは1914年のマルヌ会戦です。
短期決戦でフランスを攻めたドイツ軍はマルヌ湖畔でフランス軍と戦います。
フランス軍は第8軍と第7軍の軍を総動員して第9軍にしてジョセフ・ジョフル を大将にドイツ軍に応戦させました。

このマルヌ会戦ではフランス軍が第7、8軍を編成して作った第9軍が勝利して戦線が長期化しました。

Qトルコ語での就職

来年に大学受験をひかえている者です。

トルコの社会・文化に興味があり、トルコ語科のある大学を受験しようと考えています。
しかし、周りには「トルコ語などでは就職できない」と反対されています。

トルコ語を用いる仕事、あるいはトルコ語を学んでいたことがプラスになる仕事はあるでしょうか?

皆様のお答えをお待ちしております。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

トルコに関心があり、就職を念頭に置いておられるなら、大阪外大か東京外大のトルコ語科をお勧めします。
両大学のいずれかを卒業しておけば、ある程度就職の心配は解消されるはずです。
ただしトルコ語を用いる仕事にこだわるなら、相当の語学力が必要。
外大を卒業した程度の語学力では不十分です。
少なくとも2年の留学が不可欠。
語学力に加えて、熱意と工夫次第ではトルコ語一本で食べていけます。
実際にトルコ語を商売にして成功している日本人は結構おられます。
        ヨーグルト太郎(トルコ語講師)

Q第二次世界大戦の直前で比較した場合、英仏独日のどこが一番強かったですか?

第二次世界大戦において確実に強かったのはアメリカとソ連で、イタリアと中国は弱かったと言って間違いないと思いますが、それではイギリス、フランス、ドイツ、日本を比較した場合、軍事力のパワーバランス的に最強の国家はどこで、最弱の国家はどこになるでしょうか?

私が考えるに、フランスは当時の大国と言われながらドイツにあっさり占領されるし、イギリスも全くと言っていいほど活躍できていないので ドイツ ≒ 日本 > イギリス > フランス くらいかなと思っているのですが。

Aベストアンサー

アメリカは、資源・財力にものを言わせ、強大な軍事力を形成していましたので、別格。

ソ連は、ドイツより、弱いです。
対ソ戦(スターリングラード戦)で、ドイツが負けたのは、純然たる軍事力のためではなく、冬将軍なる季節・天候の影響が多大であることは、明確になっています。

また、イギリスは、ドイツにより、ヨーロッパ大陸から追い落とされたばかりか、ドイツによる、世界史上、初のミサイル(V号)による空襲を、何回も、ロンドンは受けています。

要するに、世界中を仰天させたドイツ電撃戦を見れば、ドイツの最強性が、はっきりわかるのです。
(第一次・第二次大戦ともに、ドイツに征服されたフランスは、軍事力は最弱)
(また、戦争情報は、現代において「戦勝国情報」になっていますので、そのまま信じることが出来ないですね)。

おそらくは、質問文における、強弱ランクのとおりかな、と思いますよ。

最強・ドイツ、最弱・フランス。

Qトルコ語

来年大学を受験する高2なんですが、トルコ語に興味があってどうしてもトルコ語が勉強できる大学に入りたいのですが、高校で今数学の授業がないので、トルコ語学部がある大阪大学、東京外大は難しそうです・・この二つの大学以外でどこかトルコ語を学べる仕事はありますか?またもし大学に入らず、独学でトルコ語を勉強したりトルコ語の教室に通ったりしても将来仕事はできませんか?高校では英語を中心に勉強していて一応英検準1級は持っています。 お願いします。

Aベストアンサー

 大学についてあまり詳しくないですが、確かに東京と大阪大学にあります。英語準1級レベルでしたら、数学は独学で何とかなると思います。
 
 トルコ語についてですが、文法を日本語に近いし、文字はアルファベットなので、その辺は易しいと思います。
 ただ、文法は多少難しいかもしれないです。(まぁ、どの言語を学んでも文法は最初難しいと思いますが。。。)
 英語とかは文法を徐々に難しくなりますが、トルコ語は最初に覚えることが沢山出てきます。それをちゃんと覚えれば、後が楽になります。独学でするのなら、最初は文法をあまり詳しくやらずに、主に会話などの勉強をしてください。
 
 独学でもある程度まではいけると思いますが、語学学校などでトルコ語を教えるところもあるのでそちらに行くこともお勧めします。さらに、日本トルコ協会とか、日本に住んでいるトルコ人がやっている協会もあるので、参加してみたら文化の勉強になると思います。
 
 仕事は、この5-6年前からトルコに投資している日本の会社は急増しています。トヨタをはじめ、ホンダ、三菱など、大手がかなり入ってきています。中国、インド、ブラジルの様に急成長している国の次にトルコがきているので、これからも日本の会社が増えると思います。さらに、トルコで日本語を教える大学も増えているので、仕事のチャンスはあると思います。 
 
 まだ高校2年なので、色々考えて、大学の準備を進めてください。

 大学についてあまり詳しくないですが、確かに東京と大阪大学にあります。英語準1級レベルでしたら、数学は独学で何とかなると思います。
 
 トルコ語についてですが、文法を日本語に近いし、文字はアルファベットなので、その辺は易しいと思います。
 ただ、文法は多少難しいかもしれないです。(まぁ、どの言語を学んでも文法は最初難しいと思いますが。。。)
 英語とかは文法を徐々に難しくなりますが、トルコ語は最初に覚えることが沢山出てきます。それをちゃんと覚えれば、後が楽になります。独...続きを読む

Q第一次、第二次世界大戦

課題で困っているので、教えてください!!!
第一次、第二次世界大戦はなぜ避けることができなかったのでしょうか?
そして、もし避けることができたならどのように避けることができたのでしょうか?

Aベストアンサー

根本的なところでは、他の方の回答は的を得ていると思います。各国が、軍事力を用いてまで領土を拡張するという意思を持たなかったならば、戦争は防げたというのは、基本だと思います。僕は、もうちょっと細かい技術的なところを書きます。

第1次世界大戦の場合、多分に偶発的な要素がありました。当事者たちも何がどうなっているのかよくわからいないまま、軍事同盟網を伝って戦火が全欧に広がっていったようなところがあります。軍事力の均衡による平和という考え方のもろさを第1次世界大戦は示した、ということもできます。
実は、1870-71年のプロイセン・フランス戦争の後は、第1次世界戦までヨーロッパで列強同士の大きな戦争は起こっていません。しかし、激しい軍拡競争は展開されていました。また、局地的武力衝突が起こったときに、前面戦争を回避するためのメカニズムが整備されておらず、電報で瞬時に情報が伝わっていくことにも不慣れなところがありました。

第2次世界大戦の場合は、先行して満州事変につづいて日中戦争が東アジアで起こっていたことはまず1つの前提となります。日本が、軍事力による領土拡張と国際連盟の脱退という点で、ドイツに先例を与えたことの意味は大きいと思います。
第2次大戦に先行する時期にも、ナチス・ドイツは戦争も覚悟の賭けを何回かしています(1935年のザールラント併合や徴兵制復活・再軍備宣言、36年のロカルノ条約破棄とラインラント進駐など)が、これを米英仏が容認したことが、ドイツの領土要求のエスカレートの直接の要因となっていて、ミュンヘン会談が有名ですが、英仏はその要求も認めます。この段階で、英仏がドイツに対してもっと強く出ていたならば、早期に戦争になっていたら、ドイツの軍備拡張が追いつかず、早々とドイツの敗北で終わっていたでしょうから、ドイツ側が戦争回避に動いた可能性があります。戦争が防げたかどうかはわかりませんが、もっと違った展開になっていたのは確かだと思います。
1939年9月のポーランド侵攻のときも、ドイツは英仏と全面戦争になるとは予想していませんでした。これに対して英仏は対独宣戦布告はしますが、ポーランドの独ソでの分割占領の段階では、ドイツと英仏の大規模な軍事力の衝突は起こっていません。それで、ドイツは英仏を恐れるに足らず、と考えるようになって、その後、北欧・ベネルクス3国・フランスを「電撃戦」で次々に占領下に起きますが、そこには英仏の油断があったことは否めません。英仏がドイツを甘く見たということです。これはソ連についても言えます。ドイツが、英仏やソ連に勝てないと思うような状況だったら、また違う歴史がありえたとは思います。

根本的なところでは、他の方の回答は的を得ていると思います。各国が、軍事力を用いてまで領土を拡張するという意思を持たなかったならば、戦争は防げたというのは、基本だと思います。僕は、もうちょっと細かい技術的なところを書きます。

第1次世界大戦の場合、多分に偶発的な要素がありました。当事者たちも何がどうなっているのかよくわからいないまま、軍事同盟網を伝って戦火が全欧に広がっていったようなところがあります。軍事力の均衡による平和という考え方のもろさを第1次世界大戦は示した、という...続きを読む

Qトルコの菓子ってどうなの??

私はパティシエをしていて、もっと世界中の菓子を知りたいと思っていたら
知り合いにトルコの食文化は興味深いよ、とトルコに行く事を勧められました。
私はトルコについての知識がないので他の知り合いにその話をした所、その人はトルコの菓子は甘いだけだと話していました。

実際、トルコの菓子ってどうなんでしょうか??

Aベストアンサー

こんにちは

トルコに行ったことがあり、トルコ料理も大好きです。
トルコ料理は世界三大料理のひとつといわれるだけあって
羊肉に抵抗のない方であれば、満足していただけるものだと思います。
そういった意味でトルコの食文化が興味深いというのは確かでしょう。

でも、他の回答者のみなさんもかかれているとおり、
トルコのお菓子はとにかく甘い。
甘いのが信条であり、町中のケーキ屋などをみてもげんなりするほどです。
バクラヴァには一度だけチャレンジしましたが食べきれなかった、というより、一口目からノックアウトされました。
デコレーションを見ても、特に凝ったところは見受けられません。
もちろん知って損はないと思いますが、取り入れてどうこうという対象にはなりにくいでしょう。

トルコの菓子では唯一ストラッチ(ライスプディング)は食べますが、それでももう少し甘さを控えて欲しいと思っています。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A1

こんにちは

トルコに行ったことがあり、トルコ料理も大好きです。
トルコ料理は世界三大料理のひとつといわれるだけあって
羊肉に抵抗のない方であれば、満足していただけるものだと思います。
そういった意味でトルコの食文化が興味深いというのは確かでしょう。

でも、他の回答者のみなさんもかかれているとおり、
トルコのお菓子はとにかく甘い。
甘いのが信条であり、町中のケーキ屋などをみてもげんなりするほどです。
バクラヴァには一度だけチャレンジしましたが食べきれなかった、というより...続きを読む

Q第一次 第二次世界大戦について

第一次のときは日本はアメリカ側でドイツが敵だったのに第二次ではドイツが味方でアメリカが敵になっているのはなぜですか?

いずれも二つの陣営にわかれて戦ってますが、お互い味方の国を助けたりするのでしょうか?それとも味方同士は攻めないくらいで各国それぞれ単独でうごいていたのでしょうか?

Aベストアンサー

当時の外交は、まだ欧州中心で考えるべきですね。アメリカは当時原則的に「欧州不介入」ですから、まだ世界をアメリカ中心で捉えるべきではないのです。
質問者さんはどうもアメリカ中心で考えておられるようで・・・この見方は第2次大戦終結後ならば正しいのですが、それ以前はやはりまだ世界は欧州中心です。

さて、欧州では中世以降、外交的対立によって対立軸がまるきり変わるというのはしょっちゅうでした。

ナポレオン戦争ではフランス対イギリス、オーストリアとドイツ諸連邦(プロイセン含む)、ロシアといった各国が対立しました。
クリミア戦争ではロシア対イギリス、トルコ、フランス、イタリア(このころはまだサルディニアですけど)という対決軸となりました。

その後に行われた普墺戦争(とイタリア独立戦争)ではプロイセン、イタリア対オーストリアという構図です。もっともこの2つは2国間の戦争ですけどね。
その後の普仏戦争ではプロイセン対フランス、という構図です。まあ、これも2カ国間の対決ですけど。といってもこの3国(イタリア、ドイツ、オーストリア)、あとで共同歩調をとります。

また、中国利権に関するアロー戦争では、イギリスとフランスは共同歩調を取っています。


なお、日清戦争で勝利した日本は、中国での利害対立からフランス、ドイツ、ロシアの3国と対立します。いわゆる三国干渉です。つまりこの3国はこのときは共同歩調。

20世紀にはいってからは・・・
日露戦争では日本とイギリス(日英同盟)、フランスとロシア(露仏同盟)という対決軸を見ることができます。もっとも、イギリスとフランスの代理戦争とも見れますけどね。
この時代(20世紀初頭)の対立軸は英・露仏・独墺伊の3すくみです。

しかし、10年後には英仏露の三国協商と独墺伊の三国同盟という対決軸となっています。
しかし対戦直前、独墺伊からはイタリアが抜けてかわりにトルコが入り、英仏露伊、独墺土という構図に変わります。

このように19世紀以降の大規模な動きを見るだけでもめまぐるしく対決軸が変わるのが欧州情勢です。アメリカと日本は、第1次も第2次も、この軸に巻き込まれたと考えたほうが良いでしょう。

当時の外交は、まだ欧州中心で考えるべきですね。アメリカは当時原則的に「欧州不介入」ですから、まだ世界をアメリカ中心で捉えるべきではないのです。
質問者さんはどうもアメリカ中心で考えておられるようで・・・この見方は第2次大戦終結後ならば正しいのですが、それ以前はやはりまだ世界は欧州中心です。

さて、欧州では中世以降、外交的対立によって対立軸がまるきり変わるというのはしょっちゅうでした。

ナポレオン戦争ではフランス対イギリス、オーストリアとドイツ諸連邦(プロイセン含む)、...続きを読む


人気Q&Aランキング