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戦であの辺に彼はいたことがありますよね。何か関係がありますか? 詳しい方は教えて下さい。

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A 回答 (3件)

「津」という漢字は、古代では港を意味しました。

日本全国、いたるところに「津」で終わる地名が数多くあります。国府津、大津、沼津、焼津、草津など。どれも海か琵琶湖に面して水上交通の要衝だったり名だたる漁港だったりします。直江津もそうした地名のひとつです。

つまり「直江津」= 「直江」+「津」という地名です。
直江という地名が先にあって、その港だから直江津なのです。

直江兼続は、直江家の婿養子になって直江家を相続した武将です。

直江家は、現在、上越市の一部である直江荘に由来がある古い家系だと思われます。直江荘は荘園の名前です。荘園の名称にちなんで氏を立てた武士の家系は数多くあります。毛利元就もそうでした。

だから、関係があるといえばある。まったくの偶然というわけではありません。ただ、たまたま直江家の養子になっただけで、直江兼続本人が個人的に直江津と縁があったわけではない。その意味では関係ないといっても間違いではない。
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この回答へのお礼

関係あるといえばある、ないといえば無い、この絶妙な両者関係こそが真実であろうと思います。
「江」=河ですから、直江津=真っ直ぐな河の河口の港、の意となりますね。この河は高田平野を流れる荒川でしょうね。これが、「直江」姓と「直江津」地名との共通項でした。どうも、ありがとうございました。

お礼日時:2012/05/29 21:29

 直接の関係はないと思われます。


 直江津は,律令時代に越後国の国府が置かれた場所であり,戦国時代には上杉謙信の本拠となった春日山城がありました。
 一方,直江氏は上杉謙信に仕えた重臣・直江景綱に由来しますが,景綱以前の系譜には不明瞭な点が多く,景綱の先祖がどのような経緯で直江氏を称したのかも分かっていません。一応,ある藤原家の一族が越後国頸城郡直江荘という土地を領したことから,直江氏を名乗ることになったと言われています。
 景綱には男子がいなかったので,長尾家の出身である信綱が娘婿として家督を継ぎましたが,信綱は些細なトラブルが原因で殺害されてしまい,その後上杉景勝が大身の直江氏を押さえるため,腹心の樋口兼続に信綱の未亡人を娶せ,直江家を相続させました。こうして登場したのが直江兼続です。
 ちなみに,直江氏は兼続の死後,後継者がいないためお家断絶となっています。
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この回答へのお礼

直接の関係はなく、彼も数奇な運命を辿った人だったのですね。ありがとうございました。

お礼日時:2012/05/29 21:17
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この回答へのお礼

ウイキでも分かるのですね。ありがとうございました。

お礼日時:2012/05/29 21:15

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