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灯油ストーブが各部屋に普及するのはいつ頃なんでしょう

上流階級から庶民まで各時代の日本人はどのように寒さをしのいでいたのでしょうか。
素足で粗食、隙間風。
あるじ以下全員集合で囲炉裏ばた?
殿様もヌクヌクとはいかなかったのですかね。
日本人らしいですよね。何でですかね。日本人はケチ文化なんですかね。
私は暖房入れていないのですがこれでは冬に寿命が縮みます。昔をしのばれる状況です。
昔の人はどのくらい寒い思いをしていたのですか。平成の現代人には耐えられませんよね。


ご教授のほど宜しくお願いします。

A 回答 (15件中11~15件)

どてらやはんてん、(そでのない)ちゃんちゃんこといった綿入りの着物がありました。


(私の子供時代には、寝る時にかいまきを使っていました)
着る物でも暖はそれなりにとれていたのだろうと思います。
「四月一日」とかいて"わたぬき"と読みますし、綿入りの物が日常に多くあったのではないでしょうか。
また、現代よりも昔の人はよく歩いたでしょうし、家事などの肉体労働も多く、代謝も高かったのだろうと思います。代謝が高ければ、同じ気温であっても寒さを感じることは少なくなると思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

動き続けるには高カロリーの食事が要りますし指先や足の裏など部分的に低温にさられ続けます。鼻を赤くしながら一日中マラソンできません。問題はその間の時間ですよね。

当時を再現されてみてドテラだけで暖かいと感じられるでしょうか。一日中それですからね。
内風呂も自動洗濯機もない時代の衣類を着込んで。

食い物も低カロリーでしたよね。

お礼日時:2012/12/29 16:59

真冬に白川郷の合掌造りを見に行ったんですよ。

んでね、観光用に屋内を解放された家に行って驚いたんです。なにがって、意外にもかなり暖かいんです。1階でストーブなんかを焚いていたのですが、合掌造りで蚕置き場になっている2階や3階も外とは障子一枚しか隔ててないのに、結構暖かい。もちろん暖房器具なんて置いてありません。だけどコンクリートのマンションなんかよりずっと暖かいんです。茅葺ってかなり保温/断熱効果があるんですねえ。あれは驚きました。先人の知恵には脱帽するばかりです。

コンクリート造りの建物より、木造茅葺のほうが保温/断熱効果は高いようです。安アパートだったりすると断熱材を入れていないところもあったりしますから、そうだとかなり寒いですね。

とはいえ、日本人(というか世界的に)はつい100年くらい前は平均寿命が40歳くらいでしたから、それなりの年齢になったり、あるいは壮年であっても冬を乗り切れる体力がなければ簡単に死んじゃったと思います。
でも、北海道にもホームレスはいたりするんですから、案外人間はなんとかなるっちゃなんとかなるんでしょうね。ただし、北海道のホームレスはやっぱり全員道産子みたいですけど。札幌でマイナス10度の中、ヤンキー風の高校生がシャツの第二ボタンを開けて鎖骨を見せつけながら肩で風を切って歩いているのを見たとき道産子にはかなわないと思いました。
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この回答へのお礼

いつもありがとうございます。

熱源は要りますよ。体温だけで実現するのは無理です。

軒の低い屋根の断熱があると昼間の太陽から熱を得られません。屋内の熱源なのです。

北海道の路上生活者は渡り鳥しないのかね。サバイバルの達人だな。

ヤンキーは路上の時間だけでしょ。家はエアコンがんがんでしょ。そのサイクルなら耐えられます。平成の漁師と同じように。
昔はぬくぬくは湯の中だけではありませんか。後の時間は熱源が豊かじゃありませんよね。

生活史も含めてまたご教授くだされば幸いです。

お礼日時:2012/12/28 16:18

昔って、どのぐらい昔かという問題はありますが、現代とは違う風景がいろいろな時代にありました。


昭和の中ごろまでーー
本格的な冬に入る前に、障子の張り替えをします。
紙で室温を少しでも温かくするという、日本的考えです。
掘り炬燵もありました。炭火で。靴下に穴が開いたりして。
薪も使いました。
学校では、コークスで暖房しました。
コークス当番が早く学校へ行き、教室のストーブに火をつけてましたね。
雪深い地域でも、薪を割って冬用意。
食料もなくなるので、漬物(長持ちする保存食ですね)を漬けておきました。
エアコンなんてありません。
そうそう、トイレが外にあったりして。寒くて死にそう。
北海道の冬もひどいものだったと思います。
オホーツク沿岸の網走あたりでも根室でも、マイナス20度以下はざらでしたね。
下手をすると凍死です。
只見の方の山奥には、冬、道路が使えず、鉄道の鉄橋を渡ってという場所があったのにはびっくり。
さすが豪雪地帯。でも、私もその鉄橋を渡りましたが、下を見ると、数十メートル下に只見川が流れているんです。高所恐怖症の人では生活できません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
どのくらい昔でも構いません。日本の寒さの歴史です。
先祖の話でも有り難いです。
現代生活よりは寒かったはずです。

そういや冬にありましたね。障子の張り替えは12月くらいでしたっけ。紙を変えるとなぜ防寒になるの?

なんで日本人は寒い時に掃除するのが好きなんだろ。水で凍るよね。そんで、さ湯と火鉢ですか。手の綺麗な女なんか少なかったでしょうね。

エアコンと炬燵を二日切ってみてください。歴史を体感学習できます。ずっと切れば簡単に寒さの歴史が逆流します。

お礼日時:2012/12/28 16:04
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この回答へのお礼

リンクは見られません。
本サイト内にテキストとして、引用した回答文をお願いします。

お礼日時:2012/12/27 22:28

 


子供の頃は丹前を着て火鉢で暖を取ってました。
障子1枚で外だったが寒さに困ったことは無いです
 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
子供は風の子はいつでもそうでしょう。
今も耐えられますか。ブレーカーを切ってサッシを少し緩めて昔の年寄りについてもご教授ください。
江戸や明治の大人はおおかた素足でしたよね。火のない家はないわけですね。

お礼日時:2012/12/27 22:39

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