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宗教家の皆さんには水を差すようで悪いが、一つはっきりさせておきたい事があります。
神学は哲学の部類なのか。
もし神学が哲学の部類なのであれば、哲学はただの宗教と変わらないのではないか。
哲学の中に神学なるものが入り込んでよいものなのか。
哲学の中に聖書や神が入り込んでよいものなのか。
哲学と神学は明確に区別すべきではないのか。
哲学から神学なるものを完全に分離排除すべきではないのか。
さもなければ哲学はただの亜宗教の域を出ないのではないのか。
どうであろうか。
 

A 回答 (6件)

哲学に宗教が含まれたなら哲学と宗教は変わらない、とはならない。


人間に白人が含まれるからと言って人間と白人はかわらない、なんてことにはならないように。

宗教哲学もあればカントのような哲学的宗教もある。「ツァラトゥストラはかく語りき」が文学なのか哲学なのかよくわからない。

ここの宗教臭さにはかなりの頻繁に辟易するという意味でなら同意。
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独学で哲学を学んでいるアマチュアです。

現在、中世の哲学に興味を持って本を読んでます。

私は、神学は哲学と区別しなくていいのではと思ってます。

神学は中世に、新プラトン主義やアリストテレスの哲学を神学者たち(カトリックでは聖人)が聖書をいかに理性的に理解しようと、融合したものです。

アリストテレスの哲学はアラビア経由で持ち込まれたそうで、かなり遅く西洋にもたらされたそうです。

近代になり衰退し、現在では否定的立場の人が多いかもしれませんが、信仰と理性の一致を目指したのがスコラ哲学です。

しかし、私のにわか知識では、アリストテレスも第一起動因として神の存在を指摘してますが、ギリシャ哲学の世界では、聖書に書かれている神のように無から有を創る神ではなく、あくまで有から有を造る神であり、自分のことだけを考えて、世界には介入しない神だそうです。

私が調べた限り、信仰を理性(哲学)で理解しようという考えは限界があると思ってます。

しかし、キリスト教の真理である、「愛」はもっともだと肯定しています。
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イメージとしては。


円が2つあって、一部分が重なっている状態でしょうか。

重なる部分はありますよね。
世の中どうやってできたとか?
どうすれば、しあわせになれるとか?

でも違う部分もあります。
宗教的でない哲学もあります。
たとえば、ポジティブシンキング。
あれだって言ってみれば、人生哲学です。
あることが起こった時、どう自分にとって良く捉えるか
ってものですから。

哲学的でない神学もあります。(たぶん。神学知らないので、自信ないです)
たとえば、神がどこから生まれたとか。
それって物語ですよね。
平たく言うと起きた事柄。
こう考えようっていうものじゃないです。
これって思考回路を基にした哲学と関係なくねって思います。

いずれにせよ、哲学を神学が支配しているってことはないでしょう。
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中世以前、人の環境認識の手段が日常生活以上ではなかっ


た頃、宗教が科学や哲学を兼ねていた(遺伝のメンデル、
地動説のコペルニクスが神父であったように)。

実験や観測機器の発達により、物体の本質についての探求が
兼務できるものではなくなって、1つの専門分野として独立して
科学となる一方、そうして得られた世界についての知見を元に
世界観や生命観を確立する事も、分離して哲学となった。

とはいえ、現在の科学は、あまりにも細分化し過ぎて、人々の
存在観のベースとはなり得ておらず、また哲学も専門化し過ぎて
人々の世界観のベースとなり得ておらず、短絡的だと利己的に
流れがちな人々の意識に、世界観や価値観を与えて社会性を
維持する役目だけは、いまだに宗教が担っている。

哲学や科学が、「どこかで偉い先生がやっている専門知識」
ではなくなり、人々の生活における日常の認識に科学が適用
され、日々の営為に哲学が反映されるようになるまでは、
宗教は社会の重要な要素であり続ける。
(ただし経緯からして、科学や哲学とは相容れないが)
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哲学は、宗教とは関係のないような顔をして


いますが、両者は密接不可分の関係にあります。
哲学は、キリスト教があって、初めて誕生した
ものです。

全知全能の神が存在するはずなのに、この世には
矛盾が満ちあふれている。
これをうまく説明するのがキリスト教神学です。

神が己に似せて人間を創った。
なぜだろう、というのが哲学です。

つまり、哲学というのは神学と密接不可分の
関係にある学問です。
だから、哲学者の中には、キリスト教徒でなければ
哲学を本当に理解することは出来ない、というひと
までいます。
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宗教は信仰と結びついているので、哲学的考察の対象となり得ても、それ自体は哲学(真理の探究)とは異なるものと考えられます。


神学もスコラ哲学のように、特定の宗教を論理体系づけることが目的とする場合は、哲学というより、宗教の色彩が濃いと思われます。
しかし神とは何かということを、無神論を含めて客観的に研究することは、哲学の一分野として存在しうると思います。
キリストを神の子ではなく、生け贄にされた人間(ジャンヌダルクの男性版)として見たり、聖書をギリシャ神話のような古典文学として読んだりすることは、神学ではなく、哲学の道だと思います。
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