dポイントプレゼントキャンペーン実施中!

広い世間にはこんな人物がいます。

取るに足らない些細な問題が発生するたび、他者に意見を求め、まず一般的信念を獲得した後、その外延の減った(問題を解決し得ない)一般命題から演繹するのですが、そこにおいて、もはや小前提が適切ではないのです(矛盾律)。例を挙げます。

大前提:殴ることは悪い。
小前提:彼が善い仕方で殴った。
結論:彼は悪い。

このような態度(推論の拒否)は問題の解決(および世界の解明)ではなく現実の否定という方向を持っています。しかしながら、現実の否定が「仕事」となっている人間を見ていると病的に思われるし、実際に神経性の病気と何らかの関係がありそうなもので、端的には社会的な重圧が病人を生み出しているのではないかと推測しています。

被淘汰(淘汰)への恐怖(希望)?
だとすれば、ますます特殊な状況を考慮した推論が必要になってくるはず。
なぜ逆走するのでしょうか?

A 回答 (4件)

 なるほど、質問者様は「過剰一般化を求める人間」を上手に演じて見せておられますね。

「過剰一般化を求める人間」が「過剰一般化を求める人間」を批判するという、ちょっと手の込んだものとは、なかなかのセンスです。ならば、その心理もシミュレーションできているでしょう。そういう心理なのでしょうね。

この回答への補足

他の場所でやればもっと面白かったのかもしれません。

補足日時:2013/02/25 02:06
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。センスはある方だと思います(笑)。一応、心理学的にどうなのか、他に面白い意見があればお伺いしたいと考えているのですよ。

お礼日時:2013/02/23 01:47

No.3です。


お礼ありがとうございます。

哲学の方法論だけでしたら、哲学カテゴリが向いていると思います。

心理学は、人間の内面の構造を把握してからの、自己解決の方法として弁証法はなどが使われます。
自己矛盾が起きるのは、基本的構造に含まれていますので
それを学ばれると、この問題は解決すると思います。


哲学的な話し方で例を上げれば「何故雨が降るのか」を降った雨が蒸発して雲を形成し
その水蒸気が一定を超えた時に、結合を起こして雨となって降る。

ですが

本質は「水があるから」です。


心理構造に存在するものを「ある」と理解しそこからの出発なのです。
この質問自体は、構造的なものです。


構造を理解しないで、知的な探求がお望みであれば哲学カテとなります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ちょっとお礼遅れました。弁証法は余計でした。心理学は詳しくないので、一体どんな回答が来るのか期待していたのです。質問文はどう見ても哲学的ですが。

お礼日時:2013/02/24 01:54

統合されてないので、自己矛盾を抱えているだけじゃないでしょうか。



子供でも、好きな子にいじわるするのと同じですよね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

それは微妙な弁証法だと思います。幼児性と片付ける理由がありません。よく観察してみれば、自己矛盾の原因はもっと深刻な老獪さでさえありうる感じがしますよ。もっとも、私の演技は見抜かれてしまったわけですが(笑)。

お礼日時:2013/02/23 12:43

>被淘汰(淘汰)への恐怖(希望)?


だとすれば、ますます特殊な状況を考慮した推論が必要になってくるはず。
なぜ逆走するのでしょうか? >

 単純に大体で考えた方が楽なんですよ。思考が一定であればそれを提示するだけで済みますが他の概念との組み合わせに置いては複雑化し多様化してるのが現実であるわけですから、もし「では○○の場合はどうなるんですか?」などの問いを掛けられたらある程度答えるか答えられないなら「そこまでは考えていませんでした」とか「分かりません」でもいいので答えるべきでしょうね。つまりアバウトに表現すると集約しやすくなるのでそうなるのでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

なるほど、単純化。しかしそれでは目の前の問題が放置されます。いや、問題はむしろそれで解決可能な状況にあるのかもしれませんが。つまり、実際に一般の人間を動かしているのは推理ではなく心的表象なのです。そういう論法が有効なのは、悲しいですが、認めざるを得ませんね。

お礼日時:2013/02/23 02:18

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!