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ありますよね?

諺って本当に優れていて真理をついていて、きっとダメな言葉は淘汰されてきただろうから、人類の知恵の総意でもあると思うんです


でも真逆の意味の諺ってありますよね?

少し違うかも知れませんが、勝てば官軍、と、正義は勝つ、とか

こういった場合どうやって自分の心の中で決着をつけていますか?

きっとそれを表す諺もあるのでしょうけど、そこまで行ってしまったらもう何がなにやらです

どう思うのが正解でしょうか?

都合の良いのが諺だ!なんて、なってしまったら諺の持つ力が大幅ダウンですし、こういう時もあるしこういう時もあるよね!では、なんじゃそら、そりゃそうだろ!と、なってしまいます・・・

よろしくお願いします

gooドクター

A 回答 (9件)

「富山の薬売り」や「置き薬」をご存知でしょうか。



わたしが子どものころ(昭和30年代)の我が家にも来ていましたが、全国の家庭を回って腹薬や風邪薬などが入った家庭薬のセットを置いて行き、決まった時期に再び回ってきて薬を補充し、その家で使用した分だけの薬代を徴収していきました。そのときに子どもに紙風船をくれるのが楽しみでした。

変なたとえですが、ことわざはこの「置き薬」だと考えます。自分の中に常備しておいて、必要な時に必要な分だけ利用するものだと思います。正反対のことわざがあるのは「置き薬」にも下剤と下痢止めの両方があったように、どちらも世の中に必要なものだからです。自分の症状に合わせて自分の責任でどちらかの薬を選ぶように、自分が直面している状況を判断して、どちらか役に立ちそうなことわざを選べば済むことだと思います。
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この回答へのお礼

うまい!!

お礼日時:2013/08/08 09:24

言葉は意思疎通を図るためのツールです。


ことわざは人の世にあって典型的な「ありがちパターン」を言葉で表したものに過ぎませんから、「お約束」パターンの数だけことわざがあってもおかしくは無いですよ。

反対の意味のことわざとして紹介されているものの大半も、厳密には「正反対」の意味ではない事が多いです。

そういう中に合って「蛙の子は蛙」と、「鳶が鷹を生む」は、ほぼ反対の意味ですかね。
そりゃ親子で似たような生活をしている家庭もあれば、親は平凡ながら子どもが非凡な才能を示すって家庭もあるでしょう。

そんなもんです。
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お時間があったらぜひ一度、ご視聴あれ。



十人十色の歌
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この回答へのお礼

面白かったです

野暮なことですが、住人、でしたね

お礼日時:2013/08/09 15:21

ひとつの物事に矛盾する要素が両立していることは現実にはよくあります。


こういう事実に直面した時に形式的な論理を振りかざしていると「ありえない」として認めることができません。
しかし事実を論理的に捉えるならばその矛盾の事実によって「物事はいろいろな基準や物差しでの多方向からの見方ができる」と気付く=考えることができるのです。
それがわかったなら次はこのケースの場合はどれが最善なのかを考えることができるのです。

ひとつの諺だけが正しいと思い込む=絶対に正しいひとつの諺を見つけ出そう・編み出そうとすることは無駄であり、客観的に最善を見つけることのかえって邪魔になるのです。
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矛盾みたいなものですね。




<矛盾について>
ヘーゲルは、物事の本性は矛盾であり、
矛盾こそ運動の源泉であると説きました。
矛盾が物事を発展させる力、
すなわち運動になっているのです。
弁証法。マイナス要素をプラスに転じる。
一見相容れない二つの対立する問題を、
どちらも切り捨てることなく、
よりよい解決法を見出すことが可能になるのです。
大切なのは、マイナス要素をプラスに変える転換の部分です。
そしてその際、矛盾や否定を「原動力」と捉える点が特徴です。
この原動力があるからこそ、
より良い答えを生み出すことが可能になるのです。
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結局、


人の数だけ真実が存在する。
正義は立場によって変わる。

ということなんだなぁ~としみじみ感じ入って、緑茶を一口啜ります。
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ことわざの効用のひとつに、心に一定の安定をもたらすということがあると思います。


ですので、その状況に応じたことわざを選べば良いのだと思います。

後、もうひとつですが
少し、突飛な例だとは思いますが
「ピーターと狼」って話がありますよね。
あれは、普通、「何度もウソをついてると、肝心な時に信じて貰えない」という
教訓になってますが
詐欺師に言わせれば
「ウソは最初のウソが1番効果的である」という教訓になるそうです。

そうです。
物事は何とでも言えるのです。
その事を、真逆のことわざの存在は、計らずも示していると思います。

世の中は結構いいかげんなんです。
ですので、ことわざの使用といえども本人の哲学が問われると思います。
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この回答へのお礼

なるほど!

とても納得できました

あまり肩肘張らないように考えて見ます

回答ありがとうございました

お礼日時:2013/08/07 20:37

>こういった場合どうやって自分の心の中で決着をつけていますか?



物事には良い点もあれば悪い部分もある。
正しい場合もあれば間違っている場合もある。
「これが絶対」ということはない。

それを悟ることではないでしょうか。

「一長一短」、「表裏一体」、「陰陽」、といった言葉が表すよう、ありとあらゆる事物は、観点が異なればそれぞれ違って見えてくることもある、ということだと思います。
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極論すれば、諺はこじつけに過ぎない、というのが僕の捉え方です。

三回目に成功すれば「三度目の正直」、三回目も失敗すれば「二度あることは三度ある」。真逆の意味があって当然ではないでしょうかねえ。
「三人寄れば文殊の知恵」と「船頭多くして船山に上る」などでは、真逆の意味ですが、それぞれ譬えていることが違うわけです。両方とも優れた、真理を突いた譬えですが、結果はどちらに流れるかわからない。結局、結果を見て「~というよねえ」しかない。

>>都合の良いのが諺だ!なんて、なってしまったら諺の持つ力が大幅ダウンですし、こういう時もあるしこういう時もあるよね!では、なんじゃそら、そりゃそうだろ!と、なってしまいます・・・

それはそれで、仕方のないことでは。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%A8% …
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