位置情報で子どもの居場所をお知らせ

 日本語を勉強中の中国人です。青山七恵の「ひとり日和」を読んでいます。二箇所の言葉遣いについてお聞きします。

「蛍光灯のひもをひくと、コッコン、と音がして白い光が部屋に広がる。窓を開けた彼女の横に立てば、小さな庭の垣根の向こうにひとつ細い道を挟んで駅のホームが見えた。弱い風が吹いて、霧雨が顔をなでる。」

1、「窓を開けた彼女の横に立てば」の箇所なのですが、「窓を開けた彼女の横に立つと」との違いは何でしょうか。冒頭にすでに「蛍光灯のひもをひくと」があったので、重複を避けるために、「窓を開けた彼女の横に立てば」を使ったのでしょうか。それとも意味的な違いもあるのでしゅか。

2.「小さな庭の垣根の向こうに」と「小さな庭の垣根の向かいに」とどのように違うのでしょうか。前者は距離が遠い、後者は距離が近いのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (10件)

1.


「窓を開けた彼女の横に立つと、小さな庭の垣根の向こうにひとつ細い道を挟んで駅のホームが見えた。」の場合は、
「窓を開けた彼女の横に立つと、すぐに、小さな庭の垣根の向こうにひとつ細い道を挟んで駅のホームが見えた。」というニュアンスになります。
先の動作に引き続いて後の事柄が発生した、という構図。
これは、「彼女の横に立つ」という動作に引き続いて、どのようなことが起きたか?ということについて述べる意図の文です。
時系列に、自分の動作と、その次に見えた内容を述べている構文です。

「窓を開けた彼女の横に立てば、小さな庭の垣根の向こうにひとつ細い道を挟んで駅のホームが見えた。」
この場合の「ば」は、「ある事態・結果に気づくきっかけとなった動作・作用を表す。」という用法です。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/172830/m1u/ …
「小さな庭の垣根の向こうにひとつ細い道を挟んで駅のホームが見えた」という事態に気づくきっかけになったのは、「窓を開けた彼女の横に立つ」という動作だった、というニュアンス。
つまり、「駅のホームが見えた」ことを言いたいのではなく、そのきっかけとなった「彼女の横に立つ」という動作をした、ということを表現したい場合の構文です。
単に重複を避けたわけではないと思います。

2.
両者を比較する場合は、
「向かい」は「近くの正面」
「向こう」は「遠くの前方」
とお考えになると良いでしょう。
自分のすぐ目の前、正面の席に座っている人は、「向かいの女性」です。
因みに、その隣の人は「斜め向かいの女性」と表現します。
遠くに見える山は「向こうの山」です。
ただし、掌を上向きにして腕を伸ばすなどして、方向を指し示しながら言う必要があります。
そのため、たとえば指し示す手が相手に見えないメールなどで、「向こうの女性」という表現は使えません。

また、「向こう」には、この他にも、
a. 物を隔てた、あちらの方。「山の―の村」「通りの―」
b. 距離を隔てた、あちらの方。目的とする地や、外国など。「―へ着いたら昼食だ」「―での生活が長い」
c. 相手。先方。「―が悪い」
d. 今後。これから先。「―三日間」
といった意味もあります。
今回のご質問の場合は、a に該当します。
「小さな庭の垣根を隔てた先に」「小さな庭の垣根を越えたところに」のような意味になります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。いろいろとても参考になりました。

お礼日時:2013/12/09 23:10

#4です。



>、「ば」のこのような使い方は難しくて、論理でわかっていても、自分ではまずなかなか使えないような気がします。
 :
確かに、一般的な「~立てば」について、「立つと」と同様に仮定もしくは「連鎖の順接」のとして見た場合は、その後に続く主文のテンスは非過去形になるのが普通でしょう。
例)
横に立てば(立つなら(仮定)、立つと(順接))→×見えた→○見える
○もう少しすれば、今年も終わる。×もう少しすれば、今年も終わった。

ところが、この動詞「立つ」の仮定形「立て」に付く助詞「ば」は、古文の文法では未然形(未(いま)だ然(しか)らざる)では「立たば」であって、その外にも已然形の「立てば」がありました。
「已(すで)に然(しか)る」の用法です。
つまりは、今日の仮定形には、未然形だけでなく已然形の用法も同居しています。
言い換えれば、ある条件下で必ず連動するというニュアンスから、例えば「走らば間に合った」(確定)が「走らば間に合う」(恒常)、さらに「走れば間に合う」(仮定)へと繋がり合っていると見ることもできるでしょう。

・「立てば」…順接仮定(「後件の成立する条件を表す」)
(もし)立てば、駅が見える。
・「立たば(現代語=立てば)」…順接確定・恒常条件(「後件の前提となる実態を提示することを表す」)
立つと、見えた。立ったら見えた。立ったから、見えた。立ったので、見えた。
立つなら、(必ず)見える/見えた。

「柿食えば鐘がなるなり法隆寺 正岡子規」
柿を食っていると鐘がなった。あの辺りが法隆寺か。

仮定形表現の中にこの二系統が混在する紛らわしさを躱すには、一般には次のような副詞接続法を避けて段落を切る短文連鎖か、きちんと接続詞を挟む表現が無難でしょうね。
横に立った。…駅が見えた。
横に立った。そしたら/そこでは/そこからは…駅が見えた。

とまれ、読者に奇異を覚えさせるあたりからしても、この辺に限ってはあまり達者な筆調には思えない気がします。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 再びありがとうございます。難しいですね。より多くの文に触れてニュアンスを吟味してみます。丁寧なご回答に心から感謝いたします。とても参考になりました。

お礼日時:2013/12/09 23:22

立つと見えた。


立てば見えた。

自然かどうかを問うべきです。
私は前者の日本語が自然だと思いますが文芸とは所詮、遊びだからそういう自然さ優先のものではないのです。その眺めが物語にとって大事なんじゃないの?この一文を「た」で終わらせたのも意義を置くからでしょう。

?霾のように前の字が文字化けして読めませんでした。その字を分解して教えて欲しいです。
霾は俳句の季語(?)にもなっているようですから古い中国漢字と中国文化が日本でも生き残っているのですね。霾の字はスモッグ以外に使われない字なのですか。
スモッグは smoke と fog の合成語ですから、字源的にも、霧であって良いのです。
霾が黄色いのは黄砂だからでしょ。中国の風土ですが中国の現代科学教育について取り上げてください(元素記号など面白いです。中国でもH2Oなど英字で反応式を義務教育されるのですか)。
正直、質問者さんの論理面や科学性に不安を覚えます。翻って日本の文科系人間は、かなり理数的なのだと再認識しました。センター試験の理数は共通問題ですし。中国では理系と文系が全く別世界なのでは。理系中国人を見ても基礎科学の無知さを感じる事がしばしばです。

この小説は、白い光が部屋に広がるとか駅までの三次元空間を走査する感じとか文体としては理科的です(比喩ではなく理科的なのです)。普通の会話ならば、白い光に照らされた室内、のようになるはずです。

あと、都会部という言葉は無くて都市部です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 再びありがとうございます。「雾霾」の一つ目の文字は「霧」の簡体字です。

お礼日時:2013/12/09 23:14

「立てば」についてはあなたの考えている通りだと思います。


「立てば」と「立つと」は多少意味が異なり、使い分けなければならない場合もあります(日本語が上手なあなたならおわかりですよね)。ただこの場合はどちらにしてもほとんど変わりません。強いて言うなら「立てば」の方が「文学的」な感じです。小説家でない人が書くならここは「立つと」になるでしょう。ただ、その前に「ひくと」があるので、同じような表現の繰り返しになるのを避けて「立てば」にしたのではないでしょうか。

一方、「向こう」と「向かい」は明らかに異なります。ここで「向かい」を使うのはおかしいだろうと思います。
Aさんが「Bの向こうにCがある」と言った場合、Aさんから見てBの反対側、Bより遠くにCがある、という意味になります。
「Bの向かいにCがある」と言った場合、
Bはお店、家、駅、人間など、正面と裏手、前と後ろがあるものになります。そしてその正面、前に面してCがあるのです。例えば、「僕の家の向かいは豆腐屋だ」というのは「僕の家の玄関のある側の正面に豆腐屋があるという」ことですね。
「会議室で僕の向かいに座ったのは山田さんだった」「一方の壁にはゴヤの絵が、その向かいにはベラスケスの絵が掛けられていた」のように使います。
ご質問の場面では話者に垣根が見え、それより遠くに駅が見えたのですから「垣根の向こう」となります。
話者が「細い道」にいて見えたものを描写しているなら「向かい」になるでしょう。「右側には垣根が続いているのが見える。そして垣根の向かい側、つまり左側には駅がある」という感じです。でもこれではこの場面にはあいませんね。だからここで「向かい」は使えないと思うのです。

以上ですがいかがでしょうか。わからない点や間違えている点がありましたら補足をつけて下さいね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ご親切に教えていただきありがとうございます。「と」と「ば」のニュアンスをわかりたいのですが、やはり難しいですね。「向こう」と「向かい」の違いはわかるようになりました。いろいろとても参考になりました。がんばります。

お礼日時:2013/12/07 14:51

>重複を避けるために


この解釈でいいと思いますが、作者がそのようなことを意図していたか、無意識だったのかは分かりません。一般の読者はそのような点を全く気にせずに読んでしまう部分です。この文の中で、「…と」と「…ば」の差はありません。


>2.「小さな庭の垣根の向こうに」
窓から見て、垣根より遠い所に道や駅のホームがある、という位置関係を説明しています。


>「小さな庭の垣根の向かいに」
この場合、垣根の道路側の面を「表側」と考えています。道には裏表はありませんので、ここでは無関係です。駅の出入り口(表側)が垣根の方にあるなら、「向かいに」と表現することがあります。文字通り「向かい合って」いるのです。


質問文に不自然な部分はありません、日本人でもここまで要点を明確に述べる文を書くことは難しいと思います。日本人の平均よりも、いい日本語を使っておられますので自信を持ってください。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ご親切に回答していただきありがとうございます。大変参考になりました。励ましていただきありがとうございます。がんばります。

お礼日時:2013/12/07 14:20

質問者さんは翻訳家かなんかプロですか。

そのレベルを優に越えている日本語ですよね、質問文だけ見れば。
遥か向こうの域とは言いますが遥か向かいは日本語になりません。向かいは杵さんご指摘のように「向かい」という名称の位置です。位置の名前です。例えば、お向かいさんという日常語があります。向かいの家の人です。向こうの人は外人や霊界の人です。
向こうと向かいは(同字+送り仮名でも)前述のように意味が違うから当然使い道が別々で迷う言葉ではありません。向こうは方角ですから東西南北に使えますが向かいは通りを挟んだ方向の(直近の)位置です。それ以外の位置は隣です。隣を挟んだら隣にはなりません。向こう三軒両隣は有名な日本語です。
小説嫌いの私は当然この小説を読んでいません。中国では平積みというカキコミも見つけました。
アマゾンレビューは辛口ですが私は読んだらそれ以上になるかもしれません。とりあえず引用文のような日本語を上手い日本語というのはいかにも志賀直哉的な伝統に思いました。
★この小説の場合、推敲しても、向かいには成らないと思います。なぜなら設定の位置関係を説明したら司馬遼太郎の報告書小説になってしまいます。本作品は小説の風景描写の模範になる文体と想像します。
(私はこのサイトで隠れコリアン扱いされ日本語を勉強しろとか説教されるんですが、回答を続けますと、)「立つと」では「と」の重複になるからはその通りです。それとは別に「立つと」ではそれに続く日本語が文芸的につまらないものになります。「立てば」だから作品に効果を与えられるのです。
つまり、「隣に立った時の視点」であるのを宣言して(←視点と世界を強調した訳です)、その後で焦点を手前から順順に向こう側へ上げていく流れの表現です。従って主人公(読者)は庭はもちろん道も目視したのです。
私はそれが文章として上手いとは思いません。コッコンして白い光が部屋に広がる、なんてラノベです。それなのに、慎太郎や龍や輝が◎の選評を付けたみたいですが文学など勝手な感情論です。引用文以外を読んでいませんから私が一番勝手なのですが芥川賞を縄張りにしてる老害の大御所が◎とは気になります。文弱爺転がしな文体なのかも知れませんね。近いうちに軽く読んでみたいと思います。
天才中国人(?)の引っ掛かった表現箇所は、まさに作家が有能な読者に引っ掛け感(文芸の噛み応え)を与えるために作文した日本語だと言えるでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 早速のご回答ありがとうございます。いろいろとても参考になりました。日本語はまだまだです。がんばります。

お礼日時:2013/12/07 14:16

1.


・ひもをひく<と>(連鎖の順接:それに連鎖・連動して)→音がし<て>(単純共時順接:それと同時に)→広がる。
・横に立て<ば>(後件の話題導入:立つや・立つことで・立ったところで)→見えた。

「と」は順序を追った連鎖上での接続で、「ば」は前提となる横に立った動作からその後の記述のような話題を引き出すための用法。

2.
「垣根の向こう」…窓から見て垣根より更に先の<方向>を指す。
「垣根の向かい」…垣根から見て道路の向こう側(=正面に当たる)の<位置>を指す。

ここで、「向こう」を「向かい」にすると、文の順序が変わり、また位置表記「ある」が加わります。
「小さな庭の垣根からひとつ細い道を挟んだ向かいに駅のホームがあるのが見えた。」
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ご丁寧に教えていただきありがとうございます。「と」はなんとなく理解できましたが、「ば」のこのような使い方は難しくて、論理でわかっていても、自分ではまずなかなか使えないような気がします。「向こう」と「向かい」は文の順番を変えて言葉を加えると同じ意味になりますね。これも難しいと感じております。いろいろとても参考になりました。

お礼日時:2013/12/07 13:51

「立てば」と「立つと」。

微妙に違いますね。英語で言えば、ifを用いた、仮定文と条件文の違いぐらいの。
「蛍光灯のひもをひくと…」は、ただ原因を述べているだけ。「窓を開けた彼女の横に立てば…」は、自分の意思をもって彼女の横に立った、そのことを言っているといえます。
重複しないならば、「窓を開けた彼女の横に立つと」でもよさそうな気はしますが、意思が見えない。

尤も、この二つを英語に直したら、両方 ”…,and…” となるでしょうが。

「向かい」と「向こう」。全く違いますね。
「向こう」は、この例で言うと、窓→庭→細い道、(の向こうに)→駅のホーム。
「向かい」は正面、ということです。家の向かいに駅のホームとなると、家の正面、つまり、門を出て、道を挟んで駅のホームがあることになります。「小さな庭の垣根の向かいに」なんて言い方は、しませんね。「彼女が窓を開けると、その向かいに駅のホームが見えた」とは言います。つまり、窓を開けた彼女の正面に駅のホームがあったわけです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 早速のご回答ありがとうございます。「と」のほうが意思が見えてないのでしょうか。ほかの方のご回答も読みましたので、ここは少し混乱中です。外国人にとって「ば」と「と」の違いは難しいかもしれません。いろいろとても参考になりました。

お礼日時:2013/12/07 13:39

「と」は格助詞で、物事の変化(変更)の結果をあらわす。

「ば」は接続助詞で順接確定(仮定)条件をあらわす。

「ば」を遣うことで、たまたま、何となしに横に立っただけであるという感じになる。「と」を遣えば、立つことへの意思を感じる。


「向かい」とは対面して眼前にあること。従って、距離的には至近距離。「向こう」と言えば、かなり遠い。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 早速のご回答ありがとうございます。大変参考になりました。

お礼日時:2013/12/07 13:34

どちらも描写(情景を表す)をかいているのだと思います。



(1)立つとと立てばの違い
『立つと』はすでに窓を開けた彼女の横に立っている、『立てば』は窓を開けた彼女の横に立とうとしている、つまりまだ立ってはいない。時間の流れを書きたかったのだとおもいます。

(2)向こうにと向かいの違い
そうですね。だいたい合っています。向こうは奥行きが広くて距離が定まっていません。向かいはある程度距離が定まっており世界観がコンパクトに想像されます。

質問文は本当に主様がお考えになったのですか?だとしたら日本語は充分理解されていると思いますよ。日本人の私より質問がわかりやすかったです。回答がわかりにくかったとしてもご容赦ください。(笑)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ご親切に回答していただきありがとうございます。いろいろとても参考になりました。励ましていただきありがとうございます。がんばります。

お礼日時:2013/12/07 13:32

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


人気Q&Aランキング