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第二次大戦における各国主力小銃を見ると、装弾数が数発しかありません。
38式(日)・99式(日)・M1903(米)・Kar98k(独)・MAS 36(仏)・M1891(ソ)
このあたりの主力小銃はみんな5発です。もっと装弾数を増やせば、弾込めにかかる手間も節約できて便利だと思うのですが、なぜ各国示し合わせたように5発なんでしょうか?

それにM1ガーランド(米)なんてオートマチックなのに僅か8発です。少なすぎですよね・・・

A 回答 (9件)

 元の銃を真似て作ったから、という元も子も無い答えになっちゃうんだが(^_^;



>もっと装弾数を増やせば、弾込めにかかる手間も節約できて便利だと思うのですが

この手の質問をするんだからある程度の知識があると思うけど

5発マガジンに装填が5秒としよう
10発マガジンが倍の10秒とすると、10秒で弾込めがができるかというと、そうではなく、もっと掛かるんんですよ。

マガジンの中にはバネがあって、それが次の弾を押し上げてくるっていうのは理解してるよね?

1~5発までを事前にマガジンに装填するのは楽だけど、7発、8発となってくると、押し返してくるマガジンの中のバネも強くなって、ギューと押し込んでるにの弾が入らない状態で10発も入れると相当な時間が掛かります。

そのマガジンを沢山用意しておけば戦闘時に次から次へと交換していけばいいんだけど

戦闘は、今日の午後3時に開始しますから、よろしくー
って敵味方が打ち合わせがあって始まる物じゃないのは判るよね?

3時になったのに、えー?!まだ8発しか詰めていないよー、戦闘するのはちょっと待って、と言っても待ってくれないですし

で、5発ぐらいの楽に装填できるマガジン(素早く装填できるマガジン)を多数持って、という事になるわけですが、弾を沢山持てば(マガジンを沢山持てば)重いので移動に難があって、というのになります。

で、徴兵で集められた兵士は、元はパン屋だったり、障子の張替えとかしてる人だったりとかで、沢山のマガジンを持ち歩くだけの体力が無かったりするし

ちゃんと狙って撃っても弾は敵に当たらないという状態になって、逆に敵に撃ち殺されたりするわけで、装弾数はあまり必要ではなくなります。

30連マガジンができても30人の敵が殺せるかというと、そうではなく錬度の低い兵士だと30発撃っても一発も当たらないですから、それなら錬度の高い兵士に5発だけ与えても5人は倒してくれますから、そちらのほうが効率はよくなります。

30連発のマシンガンなんて沢山の人を殺せそうだけでど、実際は人と人の間に隙間があって、そこにも弾が飛んでいくので誰にも当たらなくて、数打ちゃ当たる、にはなら無いんです。

ということで、ちゃんと銃を使いこなせる人(職業軍人)になら、5発あれば、それで事足りるわけなので、5発や6発の装弾数の銃が偶然(まあ、元の銃をコピーしてるので似るのですが)同じように揃ったわけなんです。

M1ガーランドの8発は、錬度の低い徴用兵に合わせて数打ちゃ当たる作戦?で作られたんです、38でちゃんと撃てる人だったら、錬度の低い敵を5人は殺せて退治できましたからね。
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ゴメンナサイ。



間違えて投稿しました。

忘れて下さい。
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古いですけど、『江田島日本の海軍教育(別冊歴史読本戦史シリーズ)』も参考になるのでは・・・

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すいません・・・



ボトルではなく「ボルトアクション」です・・・

ちゃんと変換されていたので、投稿まで気付きませんでした・・・
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技術的な事もあったのでしょうが、設計思想的に「弾幕」を張る発想が無かったのでしょう。



現代ではサブマシンガンが歩兵の基本装備になっています。

「数打ちゃ当たる」に見えますが、大事な事は弾が「9パラ」だと言う事です。

殺すのではなく、「わざと」殺傷能力の低い攻撃を行い怪我をさせる事が基本姿勢になっています。

怪我人で後方部隊の消耗を招く為です。(現代の民族紛争や内戦では個別に状況が違いますが)

先の大戦時は兵数を直接減らす事が基本戦略だった為に、時代的に狙撃銃を装備していたのでしょう。


現代ではボトルアクションは「一撃必殺」ではないですが、やはり昔の発想ですよね。

しかしオートマチックは着弾性能が格段に落ちます。

その為狙撃銃としては最上のものは必ずボトルアクションですので、戦場でも現役で活躍しています。(嫌ですね・・・)
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yamada504 さん、こんばんわ。



発想がなかったのでしょう。各国とも装弾数はこのくらいという風に考えていたのだと思います。口径も今より大口径でしたし、銃の重量も重く、当然弾薬も大型で射撃時の反動も大きく、携行弾薬数も限られていましたからね。あの当時箱型マガジンを小銃に取り付けていたら、かなり重量増加になったと思います。機関銃はこの当時ベルト式が主流でしたから、さらに携行に問題がありました。この当時のライフルが全自動ライフルだったら、M14のように完全な失敗作だったでしょう。
M1はほかのライフルと違ってセミオートだったので、多少自動化が進んだ分、装弾数を増す余裕がありました。
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現代現役のボルトアクションもレミントンM700も6発ですね。


この辺が邪魔にならない範囲で技術的に一つの限界があるのでしょう。
当時主流のボルトアクションですが、これは現代での狙撃銃みたいなもので一発一発がちゃりんこと薬室に装填してやらないと打てません。一発一発弾を装填しなおすため必然的に一発必中の使い方になります。装弾数を必ずしも重視する必要性もオートマチックに比べて低いでしょう。

M1ガーランドは確かに少なすぎです。
ですがM1ガーランドの場合この時期にオートマチックライフルを大量配備できたことさえ先進的なのであり、しかも弾数もこれまでのボルトアクションの5発から8発に増やしているので、開発側としてもやれるだけのことをやった結果なのでしょう。
オートマチックライフルのさきがけとなった銃ですのでそういった問題はどうしても発生すると思います。
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各国が揃って同じ数だった、理由は沢山あるでしょうが、思いつくものを挙げてみます。



(1) 弾倉の技術的な理由
当時の小銃の弾倉はシングルカラムの固定式で、大きさ的に5発程度しか入りませんでした。
また、弾倉に弾を込めるために装弾クリップというもので小銃弾5発をまとめ、上から押しこむことで装弾する方式が主流でした。5発以上に装弾数を増やすとクリップが長くなり、曲がってしまうためうまく押し込めなくなります。
装填にかかる時間はクリップが決めてしまうため、クリップの装弾数以上に弾倉の装弾数を増やすことはあまりありませんでした。
例外はリー・エンフィールド(ダブルカラム弾倉でクリップ2個分の10発装填可能)やM1ガーランド(8発入りのエンブロック型クリップを使用)などがあります。

(2) 歩兵軽視
そもそも歩兵銃は戦闘の主役でも何でもありません。
主役は砲であり、爆弾であり、機関銃です。小銃は補助に過ぎませんでした。
従って改良のリソースは小銃には注がれず、第2次大戦まで何十年も前の型の銃が使われ続けました。
時代が進んで自動小銃に移行したのは、単なる技術の進歩ではなく、そういった強力で範囲の広すぎる兵器を使いにくい戦場(市街戦やジャングル戦)に移行したことが背景にあります。

(3) 一発必中思想
装弾数をいたずらに増やすと、闇雲に撃つようになり、弾を無駄遣いするのではないかと考えられました。
当時の交戦距離は現代の自動小銃よりもずっと遠かったため、よく狙わなければ当たらなかったからです。
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 当時の銃火器の技術では、それが標準だったからです。



 大量に銃弾を撃てる機関銃には技術的な難点があります。連続して撃ち続けると銃身が過熱して膨張し、命中精度が落ちたり、銃弾の発射ガスが漏れるのです。命中精度が落ちないようにする為には、必要以上に連射しない方が良いわけです。

 ところが、命中精度が落ちても大量に連射出来る機関銃の方が短時間で敵を倒せるので、現在では大量に銃弾が撃てる自動小銃が標準になっているわけです。命中精度が悪くなっても、大量に銃弾が撃てる方が敵を倒す時間が短くなり、勝算が大きくなるからです。

 ドイツ軍がアサルトライフルの開発に成功し、それを改良したカラシニコフ銃が旧ソ連で開発された頃から、自動小銃の有効性が証明され、大量に銃弾を撃てる自動小銃が主力になったようです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5% …
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Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

QモーゼルC96のような拳銃は何故廃れたの?

 1896年にドイツで開発されたモーゼルC96(後のモデルM712も含む)はトリガーの前にマガジンを持つ独特のスタイルを持つ拳銃として有名です。この銃は100万丁以上生産され世界中で使われたヒット作であるとされています。
 しかし世界の自動拳銃を見るとグリップにマガジンを挿入するタイプのものばかりで、C96のようなタイプの拳銃は他に殆どありません。何か欠点があるのでしょうか?

Aベストアンサー

 一般に、当時は先端でもやがてそれを超える物ができて旧式となるものですが、兵器はとくにその傾向が著しい分野です。

 モーゼル軍用拳銃は、試作、改良型完成したのが1895年ということですからまさに自動拳銃(オートマチック)の先駆け的存在で、これが1950年代ぐらいまで現用拳銃として世界各地で使用されていたこと自体、小銃と並んで信頼性の高い拳銃であったといえます。(1910年代には9ミリパラベラム弾タイプもあり。グリップに9の番号が彫られている)

 1890年代というと、騎兵戦(騎兵銃や槍で戦う)とか白兵戦(銃剣で格闘)という戦闘形態であり、槍や弓矢なども使われていました。そういう時代背景で誕生したのがモーゼル軍用拳銃で、

 戦闘状況に応じて単発、連射がつまみ一つで切り替えられる。弾切れを考慮して20連発カートリッジが装着できる、ショルダーストックを装着して馬上から射撃できる、格闘のときには銃身を持ってグリップで叩くというほか、なにより長銃身と重量が安定した命中率を保証したことが当時のニーズに合っていたわけです。

 しかし、開発当時から携帯性や重量といういうのが欠点と指摘されており、ドイツ(プロシア)陸軍は、すでにリボルバー式の拳銃を採用しており、制式としたのはトルコ陸軍でした。このようにモーゼル拳銃は『軍事後進国』とでもいいましょうか例えば中華民国陸軍などを中心に汎用されたことが特徴です。

 やがて戦闘形態が変わっていくにともない、また新型拳銃が開発されると消え去る運命になることは兵器の宿命であります。

 
 銃の薀蓄(うんちく)本でもあるライアルの『深夜プラス1』(76年)の主人公は、モーゼル拳銃の愛用者ですが、仲間のガンマンとの会話を引用しておきます。

>どんな銃だと、聞きかけたので「一九三二年型のモーゼルだ」と教えた。彼にしてはひじょうな驚きの表情なのであろう。表情が凍りついた。「あのでかいやつ? レバーを切り換えると全自動になる、あれか?」「そうだよ」彼はわずかに片方の眉をあげ、片方をさげた。私の正体が読めたらしい。私自身の銃に関する信念の一端を見せてしまったようだ。とんでない信念ではある。「トレイラーに乗せてひっぱっていくのか?」~ わたしはニャッと笑った。俗に「箒の柄」といわれたその旧式のモーゼル銃、特に全自動切り替え装置をつけた一九三二年型にまずい点は多々ある。目方は三ポンドもあって全長一フィートもある。握りの部分が不安定で、全自動で発射すると怒った猫のように手の中で跳ね廻る。しかし、長所もあるのだ。認める、認めないのは当人の勝手である。

 読んでいくと、ラストにモーゼル軍用拳銃の真価が出てくるのですが、この頃は既にマニアの拳銃となっていたんですね。

 資料:高橋昇「モーゼル軍用拳銃」 『GUN』1977年6月号所収 
   
    ギャビン・ライアル『深夜プラス1』 ハヤカワ・ミステリ文庫 1982年
 
 

 一般に、当時は先端でもやがてそれを超える物ができて旧式となるものですが、兵器はとくにその傾向が著しい分野です。

 モーゼル軍用拳銃は、試作、改良型完成したのが1895年ということですからまさに自動拳銃(オートマチック)の先駆け的存在で、これが1950年代ぐらいまで現用拳銃として世界各地で使用されていたこと自体、小銃と並んで信頼性の高い拳銃であったといえます。(1910年代には9ミリパラベラム弾タイプもあり。グリップに9の番号が彫られている)

 1890年代というと、騎兵戦...続きを読む

Q現在の兵士が携行する弾の数 ※サバゲーのレギュの参考に 

現在の作戦で一人の兵士が携行する弾薬はどのぐらいなんでしょうか?
米陸軍や海兵隊を参考にしていただければうれしいです。
銃器の種類別で答えていただけるといいのですが、

・分隊支援火器  ミニミ/M60
・アサルトライフル M14/M16
・セミオートスナイパー M21
・ボルトアクション M700/M40
・ショットガン 一般の兵士は使いましたっけ?
・オートマチックハンドガン M1911A1/USP

それとですね。
・7.62mm/5.56mmの携行弾数の違いはあるのか?
・ハンドガンのダブルカラムとシングルでの携行弾数の違いはあるのか? 45/1911と45/USP

では回答をお待ちしています。

Aベストアンサー

自衛隊の例で、二百数十発、という記憶があります。なにかの本で読みました。マガジン一つあたり○発で、それを□個、という感じでした。一般的な歩兵相当の装備だったと思います。
但し、私は銃のことは詳しくありませんから、銃の種類やマガジンあたりの弾数などは分かりません。合計数をぼんやりと憶えているだけです。
あと、フルオートで撃つとすぐになくなる、なんて表現も憶えています。

Q第二次世界大戦時で最も優秀な戦車は?

ドイツのタイガー戦車が強力で有名ですが、
ソ連軍のT-34という戦車がそれを打ち負かしたということを知りました。
さらにタイガー戦車より最新のパンター戦車というのもあるらしいです。
総合的に見て最優秀の戦車(一対一で勝てる)は何だったのでしょうか?

又日本は戦車の開発には関心が薄かったようですが、
それはどうしてでしょうか?
中国戦線では大活躍すると思うのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があれば戦争に勝つかというとそうでもないのです。例えば1940年のフランス電撃戦のとき、ドイツ軍の持つ戦車は3号戦車と4号戦車(前期型)が中心で、武器としては機関銃しか持っていない2号戦車の数もまだまだありました。
一方のフランス軍にはシャールB1という重戦車があり、イギリス軍にもマチルダ2という戦車がありました。カタログスペックだけ見たら、B1戦車もマチルダ2も3号戦車や4号戦車より優れているのです。しかも、その数はドイツ軍に比べると英仏連合軍のほうが多くの戦車を持っていたのです。
しかし、戦争にはドイツ軍が勝ちました。その勝因は、戦車を集中して運用したからです。

プロ野球でも、ものすごい4番バッターがいたら優勝するかというとそうではないですよね。チームとしての全体のバランスが重要です。サッカーもそう。軍隊(戦争)もそうなんです。
第二次大戦のときのアメリカ軍の主力戦車はM4シャーマンです。カタログスペックだけ見ると、ドイツ軍の4号戦車よりちょっと優れている程度です。だからドイツ軍のタイガーやらパンターやらには直接対決では勝てなかった。でも、アメリカ軍はそれでよかったのです。アメリカ軍にとってM4戦車は歩兵支援用です。だから、それ用のための性能を重視しました。そして、ドイツ軍の強力な戦車には、航空機などの戦車の苦手な手段で当たればいいと考えていたのです。これぞアメリカ人の超合理主義。「戦車の相手は戦車がしなきゃいけないと誰が決めたのだ」というわけです。

戦車というのはですね、基本的に消耗品なのです。いくら優れた戦車でも1両だけじゃどうしようもない。それなら平凡な性能の戦車が10両あったほうがいいのです。
これが基本的に理解できなかったのが日本軍。理解できなかったというか、受け入れられなかったというべきでしょうかね。基本的に貧乏な日本軍では、お金のかかる戦車を大量に用意して消費しながら戦うなんて贅沢な戦い方はやりたくてもできなかったのです。

日本軍悲劇の戦車チハタンこと九七式中戦車は、カタログスペックだけを見ると同時代の戦車、例えばドイツの3号戦車初期型とほぼ同等の性能を持っています。3号戦車初期型が37ミリ砲を搭載していたのに対して、チハタンは57ミリ砲を搭載していたので、カタログ上は上です。
しかしこの、「カタログ上は」ってのがネックで、実はチハタンの57ミリ砲、初速が遅くて徹甲弾の性能が低かったので対戦車砲としては使い物にならなかったのです。これは日本工業力の限界。
そしてなによりエンジンの性能が低かった。3号戦車が300馬力のエンジンを持っていたのに対してたった170馬力しかなかった。だから、改良を加えたくても性能に余裕がなかったのです。

日本軍は戦車の開発に関心がなかったわけではないです。ただ中国軍にはほとんど戦車はなかったし、アメリカ軍も第二次大戦前にはほとんど戦車を持っていませんでした。しかしソ連軍は戦車を大量に持っていたので、ソ連軍への対抗上戦車への関心は持っていました。
しかし、ソ連軍が戦車を「大量に動員する」という戦い方をしてきたノモンハン事変を目の当たりにして、「あんな戦い方は(貧乏で戦車を揃えられない日本には)とてもムリ」となったのです。
戦車は戦車単独で存在しているわけじゃなくて、修理をする整備兵や、補給をするトラックなども必要ですよね。ところが当時の日本人にはそもそも車の運転ができる人がいなかった。自動車運転は「特殊技能」扱いです。ましてやそれの整備ができる人となるともっといない。だから運用にも限界があるのです。国に車が行き渡っていて、当然自動車修理工がいっぱいいたアメリカとの違いです。

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があ...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は?

先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭...続きを読む

Qベトナム戦争の頃、米軍とベトナム軍が使っていた武器はそれぞれどんなもの

ベトナム戦争の頃、米軍とベトナム軍が使っていた武器はそれぞれどんなものがあるでしょうか?
M16やAK47などのメジャー処は知っているのですが、もっとマニアックな銃が知りたいです。
URLだけ貼るというのはナシでお願いします…

乱文失礼しました

Aベストアンサー

北ヴェトナム軍が使用していた消音器内蔵の中国製拳銃「六四式微声手槍」はどうでしょう。

中国の人民解放軍特殊部隊に1964年に制式採用され、専用の7.65ミリ弾を採用。
音を極力出さないことを主眼に設計されたため、ほとんど音を出さないとか。
ベトナム戦争でアメリカ軍に捕獲されて、初めてその存在が知られました。
のちに小型軽量化された六七式微声手槍も開発されました。

中折れ式のグレネードランチャーM79もヴェトナム戦争がデビュー戦です。

小ネタとして、AK47のマガジンが不足気味だったため韓国でも製造されていたそうです。
アメリカ側に兵士を送り、ソ連側に武器を供給してたわけですな。

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む

Q兵士同士の掛け声「フーバー?」 ―プライベートライアンにて―

昨日、"プライベートライアン"を見たときに、兵士同士の掛け声で「フーバー」というのを耳にしました。
ちょっと前に、"戦火の勇気"をみたときも、そのような掛け声を聞きました。
士気高揚のような感じにも受け止められました。
これの本当の掛け声と、その意味・生い立ちは何なんでしょうか?

またほかに、このようなもの("メーデー"のような)その単語だけでは直接の意味がわからないような、言葉があったら教えてください。
”ブラックホークダウン”をみたときも、バズカー砲のようなもので狙われたときに周囲に知らせる言葉もあったような...

Aベストアンサー

公式サイトより
<FUBAR(フーバー)>
兵隊のスラング
Fuck Up Beyond All Recognition・・・何から何までめっちゃくちゃ。見るも無惨な大失敗。
同意語
<SNAFU(スナフ)>
Situation Normal All Fucked Up ・・・いつものように全てめちゃくちゃ。
だそうです。

>>”ブラックホークダウン”をみたときも…

「RPG!」ですね。
あのロケットランチャーを「RPG-7」と言いまして、それに「狙われているぞ!」って警告の意味です。『プラトーン』でも使ってました。

軍隊の無線通信では、聞き間違いを防止するためアルファベットのひとつずつに単語を対応させた、フォネティックコードというものが使用されます。
例えばベトナム戦争時代のベトコンはVCという略号で呼ばれますが、これをコードで話すと「VICTORY・CHARLIE」となり、これが現場でスラング化することによりベトコン=敵兵=“チャーリー”となるわけです。
『コンバット』で有名な“チェックメイト・キング・2”というコードネームも実体は「KC2」のことです。
このコードが、時代によって変わる(昔はC=チェックメイトが =チャーリー に変更された)ものですから、非常にややこしいですね。

先の<FUBAR>も、こういうコードのややこしさを皮肉った、兵士のお遊び的感覚で生まれたものではないかと思うのですが。

参考URL:http://www.warmovie.com/movie/SPR/faq.html

公式サイトより
<FUBAR(フーバー)>
兵隊のスラング
Fuck Up Beyond All Recognition・・・何から何までめっちゃくちゃ。見るも無惨な大失敗。
同意語
<SNAFU(スナフ)>
Situation Normal All Fucked Up ・・・いつものように全てめちゃくちゃ。
だそうです。

>>”ブラックホークダウン”をみたときも…

「RPG!」ですね。
あのロケットランチャーを「RPG-7」と言いまして、それに「狙われているぞ!」って警告の意味です。『プラトーン』でも使ってました。

軍隊の無線通信では、聞き間違...続きを読む

Q第二次世界大戦頃までの戦闘機乗りの生還率は?(撃墜王の事が知りたいです)

撃墜王なる言葉がありますが
調べて見ると5機墜とすと与えられた称号らしいです、もちろん諸説ありますが
5機墜とす位は熟練パイロットなら出来るのでは?なんて思いましたが
たぶんこれはTVゲームしてる感覚で捉えての結果だと思います
全然ピンときません
生涯戦闘で5機でエースなんて呼ばれるって事は
ものすごく生還率が悪かったと予想出来るのですが・・・

撃墜王って呼ばれるにはかなり大変だったのでしょうか?
また太平洋戦争までの生還率など
素人に解りやすく教えて頂ければ幸いです
よろしくお願い致します

Aベストアンサー

直接的な回答ではありませんが、
アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんとか生きのこる「その他大勢」になるか、という事になるわけです。

 ただし、生存率に関して言えば、国によって条件が異なり、落とされても歩いて自陣に返ってもう一回出撃、なんて恐ろしいことが平気で起こるWW2のドイツ(3桁級がゴロゴロ。肋骨負っても再出撃した奴もいた)、ローテーション態勢がしっかりしていて、それほどスコアを伸ばせないアメリカ、洋上を長距離侵攻が多く必然的に死にやすい日本など、「その国の事情」があるので、一概には言えません。

 なお、現在ではそもそも空戦自体がほとんど発生しないので、撃墜経験のあるパイロットの方が希少です。最後のエースは1986年のイラン空軍人でした。もう20年以上前の話です。

直接的な回答ではありませんが、
アメリカ軍の集計では
・エースは総パイロットの1%に満たない
・しかし、全撃墜数に於けるエースのシェアは40%位
・トップ・エースは生存率も高い(米軍の場合、20傑中戦死者は3人だけ)
という結果が出ています(これがアレグレッサーなどの摸擬空戦を重視する訓練へと繋がっていく)。

 つまり、パイロットになると、大体は戦果を上げることなく敵に喰われる。その時点で運が良いか、技量がいいものは生きのこり、やがてエースになるか、運が良いだけでなんと...続きを読む


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