初めての店舗開業を成功させよう>>

○ この雨が午後になっても降り続きようでは、とても出かけることはできない。

上の文における「ようでは」の使い方はただしいでしょうか。
「ようでは」は「ようだ」から変化したものだと思いますが、
そうだとすると、「降り続くようでは」になるはずですけど。

よろしくお願いいたします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

 No.3の方がおっしゃるような使い方は確かにあります。


 例を挙げれば、仕様(しよう)・やりよう・ありよう・見よう・聞きよう等で、言い換えれば「かた」にもなります。
し方・やり方・あり方・見方・聞き方です。「使い方」もそうなのですが。「降り方」=「降りよう」と考えれば、お分かりいただけると思います。
 「この降り続きよう」と言えなくはありませんし、「降り続き方」として意味が通るますから、
 「午後になっても<この>雨の降り続きようでは、とても出かけることはできない。」は成り立つ言い方でしょう。
    • good
    • 0

降り続きそうで、とても・・・


降り続くようで、とても・・・
    • good
    • 0

用法としては「降り続くようでは」ですね




午後になってもこの雨の降り続きようでは、とても出かけることはできない。

であれがOKかと。
    • good
    • 0

○ この雨が午後になっても降り続きようでは、とても出かけることはできない。


上の文における「ようでは」の使い方はただしいでしょうか。

 いいえ、正しくありません。

     おっしゃる通り「降り続くようでは」が正しいと思います。
    • good
    • 0

「降り続くようでは」が正しい用法です。


「降り続きようでは」と用いるのは、降り続き方が異常な場合などに用い、災害の危険など雨の降り方そのものが異常である場合に用います。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q「~上で」と「~あとで」の文法的説明は?

外国人に日本語を教えるバイトをしているのですが、説明に困ってしまい、どなたか教えていただけませんでしょうか?

「~上で、上の、上では、上でも、上での」という「上」と「~あとで」「~のちに」の違いを文法的にどのように説明すればいいのでしょうか?
例文としては、

・文法を勉強した上で、初めて新聞が読めるようになる。
・よく考えた上でのことです。

とテキストに書いてあります。
確かに「よく考えたあとで」とはいわないのですが、それを外国人にどう説明すればいいのかわかりません。

Aベストアンサー

「~上で」の意味は
…したのち(あとで)
だけではなく

…の結果として
という意味だったり、
そのニュアンスを含んでいます。

Q「~ましょうか」VS「~ようではないか」?

「~ましょうか」VS「~ようではないか」
上記の文法はどう違いますか。
話し手の気持ちは違いますか。
例えば、
ご飯を食べに行きましょうか。
ご飯を食べに行こうではないか。

ゴミ問題の解決方法を考えましょうか。
ゴミ問題の解決方法を考えようではないか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

部下のゆうこととと上司ごゆうこと、年下がゆうことと年上がゆうこと。みたいなー。

Q助詞の『と』と『に』の使い方について

この種の質問は多いのでしょうが、『と』も『に』も質問文章中に、多用されているせいか、数が多すぎて求める検索結果が得られません。

ところで、質問ですがビジネス文書(この質問で言えば、稟議書)で使用する場合、次の表現ではどう違うのでしょうか?
「○○すること『と』していました」
「○○すること『に』していました」
どなたかご教授ください。

Aベストアンサー

格助詞「に」置き換えられる格助詞「と」は結果を示すときに使うものですね。
ネットの辞書には次のような用例がありました。
・夜半から雨は雪となった
・彼は3年後りっぱな選手となった
・彼はついに大科学者となった
・そうしているうちに冬となった
しかし、「に」との置き換えについては言及されていません。手元の新明解も同様でしたが、岩波国語に少し解説がありました。
その岩国から引用してみます。
「一般に「に」でも表せるが、「に」がその帰結に対して自然だととらえる表現なのに対して、「と」は多少とも意外またはあえて言うという気持ちを伴う」
この説明はネット辞書の4例文すべてにちゃんと当てはまるようです。
したがって質問者さんの例文の場合は、次のように適用できるかと思われます。

「○○すること」の意思・意識・認識がより明確であった場合、もしくはより明確だったと区別したい場合、「と」
単に習慣であったり不明確であったり、また自然な流れであったりしたならば「に」

しかし、これだけで区別すべきではないような気がします。稟議書であれば、この後の文には逆説が続きそうですね。むしろこの逆説文の内容に従うのではないでしょうか。
その逆説の度合いにより、たとえば今後の○○の明確化や厳密適用などであれば「に」、明確な○○を明確な理由をもって△△にしたいというような文であれば「と」というようなことになるのだと思います。

格助詞「に」置き換えられる格助詞「と」は結果を示すときに使うものですね。
ネットの辞書には次のような用例がありました。
・夜半から雨は雪となった
・彼は3年後りっぱな選手となった
・彼はついに大科学者となった
・そうしているうちに冬となった
しかし、「に」との置き換えについては言及されていません。手元の新明解も同様でしたが、岩波国語に少し解説がありました。
その岩国から引用してみます。
「一般に「に」でも表せるが、「に」がその帰結に対して自然だととらえる表現なのに対して、「...続きを読む

Q気にする、気にかける、気にかかる

先日、中国人の友人に
気にする、気にかける、気にかかる
の違いを教えて欲しいと言われました。

漠然とした感じでは分かるのですが、いざ説明しようとなったら難しいです。
うまく説明しようとすれば何と答えれば良いでしょう?
どうか、みなさんのお力をお貸しください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

中国の方は「気」というものを大切されますから、それで「気になった」のでしょうか(笑)。

それぞれの動詞の用法、「気」の意味の区別がポイントです。

1.気にする
(1)「する」は「~を」という目的語をとる他動詞で、「Aを気にする」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「あれこれと考える心」「心配」の意味があります。
例:「病を気にする」=「病気のことを、心配してあれこれ考える」

2.気にかける
(1)「かける」は「~を」という目的語をとる他動詞で、「Aを気にかける」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「あれこれと考える心」「注意」の意味があります。
例:「将来のことを気にかける」=「将来をあれこれ心配する」

3.気にかかる
(1)「かかる」は目的語をとらない自動詞で、「Aが気にかかる」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「心の動き・状態・働き」を意味します。
例:「彼のことが気にかかる」→「彼のことが、心の網(気)に、ひっかかる」→「彼のことを考えることが、心の気を動かす」=「彼のことが、心に動きを与える」

以上のように、動詞の用法と「気」の意味の区別を説明されると、その方の「気も晴れる」と思います。ご参考までに。

はじめまして。

中国の方は「気」というものを大切されますから、それで「気になった」のでしょうか(笑)。

それぞれの動詞の用法、「気」の意味の区別がポイントです。

1.気にする
(1)「する」は「~を」という目的語をとる他動詞で、「Aを気にする」という使い方をします。
(2)ここで使われている「気」は、「あれこれと考える心」「心配」の意味があります。
例:「病を気にする」=「病気のことを、心配してあれこれ考える」

2.気にかける
(1)「かける」は「~を」という目的語...続きを読む

Q「~んじゃない」の意味

外国人です。「~んじゃない」という言い方に質問があります。

基本的に、「~んじゃない」は「~のではない」の略だと思っています。けれど、「こんな所へ来るんじゃなかった」や「そんなことするんじゃねぇ!」などの場合にはそうではないと分かるつもりです。

考えてみたら、この「~んじゃない」の「ん」は「の」の略ではなく、「べき」の略かもしれません。そうなると、「こんな所へ来るんじゃなかった」は「こんな所へ来るべきではなかった」の略となります。これは一先ず問題ありません。しかし、「そんなことするんじゃねぇ!」は「そんなことするべきではない!」を意味するか否か私にはよく分かりません(その意味はてっきり「そんなことするな!」だと思います)。

この「~んじゃない」は「~べきではない」の略でしょうか。もしそうでなければ、これはどういう意味でしょうか。どうか教えてください。

Aベストアンサー

おっしゃる通り、「~んじゃない」は「~のではない」の意味です。
「略」というより、くだけた表現です。

「来るんじゃなかった」も、基本的に「来るのではなかった」です。
結局、「~である、だ」は断定の意味で、そこから「すべき」の意味が出るのだと思います。

確かに「来るのではなかった」ではそういう響きは薄く、
「来るんじゃなかった」の方がそう感じます。
だからと言って「すべき」の略、ということにはならないと思います。

「そんなことするんじゃねぇ」はもっとくだけていて、
「そんなことするんじゃない!」でも同じです。

これは確かに「そんなことをするな!」の意味です。

そもそも「略」ではなく、どういう意味なのかと解釈するのであり、
断定の「である」に「すべき」的な意味があることから来ており、
「すべきでない」も「するな」も解釈の違いにすぎません。

別の言い方をすれば「そんなことをするな!」となり、
「そんなことをすべきでない」だと弱く感じます。
しかし、これも断定の「である、だ」から来ているとしかいいようがないと思います。

Qなくして、なしに、なしで の違い。

途上国の発展なくして、世界の発展はありえない。
地図なしに、旅行はできない。
音楽なしで、勉強できない。

この三文は、それぞれ置き換えられるでしょうか。用法の違いがよくつかめません。中国人に日本語を教えるのは大変です。日本人が国語として考えるのと、外国人が日本語として考えるのとは、大きな違いがあるようです。

ネイティブの我々にとっては、何気なく使っている言葉が、外国人に説明できません。どなたか助けてください。

Aベストアンサー

 いったいどんな説明が相応しいものなのか…、何とか挑んで見ました。

1.途上国の発展なくして、世界の発展はありえない。

 この文章は前提節と判断節からなり、この場合「…なくして」が、形容詞(連用形)+接続助詞の形で<ない状態においては…>となり、前後両節を繋いでいる。

2.地図なしに、旅行はできない。
 
 「なしに」は、形容詞「なし」(終止形)+助詞「に」の連語としての副詞なのだが、この文章での係り方が不明瞭になっている。
 「できない」という判断を言明するには、その条件や前提、更にそれらの接続や係りを明瞭にしなければならない。
 「地図なしに<は>、旅行できない」

 そうではなく、このまま「なしに」を使うなら、「地図なしに歩く(動詞に係る)」、「地図なしに旅行を愉しむ(形容詞に係る)」など、事情どまりで条件や前提を避けるとスッキリする。

3.音楽なしで、勉強できない。

 なし・で:形容詞(終止形)+理由・原因を示す助動詞「だ」(連用形)。
 こちらも、係助詞「は」を加えれば、
 「音楽なしで<は>、勉強しづらい」

 こちらも、このまま「なしで」を使うなら、「音楽なしでする勉強は味気ない」、「音楽なしで勉強に集中しなさい」など。

>ネイティブの我々にとっては、何気なく使っている言葉が、外国人に説明できません。

 外国人向け日本語教科書は、一般に使われている国語の表現形式とは異なるスタイルがあるようで、それだけに「何気なく使っている言葉」ではないものとの対比説明が大変なのだと思います。
 今回の例も全て、名詞+形容詞「なし」という助詞を欠落させた形での、普通ではあまり使わない表現ばかりであり、しかも接続と副詞の係りが入り混じった構文なので何とも戸惑いやすいのですね。

 いったいどんな説明が相応しいものなのか…、何とか挑んで見ました。

1.途上国の発展なくして、世界の発展はありえない。

 この文章は前提節と判断節からなり、この場合「…なくして」が、形容詞(連用形)+接続助詞の形で<ない状態においては…>となり、前後両節を繋いでいる。

2.地図なしに、旅行はできない。
 
 「なしに」は、形容詞「なし」(終止形)+助詞「に」の連語としての副詞なのだが、この文章での係り方が不明瞭になっている。
 「できない」という判断を言明するには、その条件...続きを読む

Q「あくまで」「あくまでも」の意味

「あくまで(飽くまで)」「あくまでも」という副詞の意味ですが、辞書をひくと「物事を最後までやりとおすさま・徹底的に」とあります。例文も「あくまでもがんばる、あくまでも主張を貫く」などとあります。

しかし、よく話の中で「あくまでも個人的な考えですが・・・」「あくまでも噂です」「あくまで一例です」「あくまでの話しです」などという風に使われます。このような文章中では「徹底的に」という意味ではないと思うのですが、どうなのでしょうか。

Aベストアンサー

あくまでも、という意味の「徹底的に」という所から転じて、「完全に」とか「中途半端ではなく(どこまでも)」という様な意味合いも持っています。


「あくまでも個人的な」
完全に個人的な

「あくまでも噂です」
=「あくまでも噂[に過ぎません]」
完全に噂に過ぎません

「あくまで一例です」
=あくまで一例[に過ぎません]」
完全に一例にすぎません

「あくまでの話です」
・・・すみません、この用法は聞いた事がありません。

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「できるだけ」と「できるかぎり」の違い

 日本語を勉強中の中国人です。「できるだけ」と「できるかぎり」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な日本語の表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

実際に「できるかぎり」の方が意味が強いでしょう。「できるだけ」には、「なるべく」「もし可能ならばその範囲で」などの意味がありますが、「できるかぎり」は「能力や状況の範囲で最上の(最善の)」ということになります。

たとえば、「できるだけ早く来てください。」とはいえますが、「できるかぎり早く来てください。」は、(文法の間違いはありませんが)言いにくい感じがします。「できるかぎり早く来てください。」と言われた場合、「とにかく早くこい」といわれている感じがします。これは、相手(聞き手)に不要な負担をかけるため、丁寧な表現とはいえません。

ただ、「できるだけの努力はしたが、だめだった。」と「できるかぎりの努力はしたが、だめだった。」では、それほど意味合いの違いは感じられません(ただ、「できるだけ」が口語的なのに対して、「できるかぎり」はより文章語的な語感があります)。したがって、「できるだけ」は文脈に応じて、「もし可能ならばその範囲で」という比較的弱い意味から「能力や状況の範囲で最上の(最善の)」という強い意味までをあらわし、「できるかぎり」は「能力や状況の範囲で最上の(最善の)」という強い意味を持つといえるのではないでしょうか。「できるかぎり」の「限り」は文字通り「限界まで」という意味です。

参考URL:http://homepage3.nifty.com/recipe_okiba/nifongo/011.htm

実際に「できるかぎり」の方が意味が強いでしょう。「できるだけ」には、「なるべく」「もし可能ならばその範囲で」などの意味がありますが、「できるかぎり」は「能力や状況の範囲で最上の(最善の)」ということになります。

たとえば、「できるだけ早く来てください。」とはいえますが、「できるかぎり早く来てください。」は、(文法の間違いはありませんが)言いにくい感じがします。「できるかぎり早く来てください。」と言われた場合、「とにかく早くこい」といわれている感じがします。これは、相手(...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報