はじめての親子ハイキングに挑戦!! >>

シャルル8世とかフェリペ2世とかの何世っていうのは自分で勝手に決めていいんですか?
必ずしも順番に息子ごとに1世,2世って並んでるわけじゃなさそうだし、ジョンは大憲章に署名したから皆が軽蔑して誰も2世を名乗らないから1世っていうのがつかないって聞きました。
でも自分で決めるって普通に考えておかしいですよね?生まれたときそんなこと考えられるわけないし。
どういうふうに決まるんでしょうか??(><)

A 回答 (6件)

あ, 変なこと書いちゃった.



UK の場合, 現在では「スコットランドとイングランドの両方で同名の君主を数え, その数値の大きい方に 1 を加える」というシステムを採用しています. 例えば「ジェームズ」という名前ではこれまでに
・スコットランドでは 7名
・イングランドでは 2名
の国王がいたため, 次の「ジェームズという名前の国王」は「ジェームズ 8世」ということになります.
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この回答へのお礼

お礼が遅れてすみません。
UKの詳しい事情を教えていただき有難うございます!

お礼日時:2014/09/26 22:11

原則としては「その国の同名の君主として何人目か」を表す. つまり「複数いるときに区別する」ために使うわけだから, 1人しかいないのであればわざわざ「1世」とは付けないし, 「1世」の時代にももちろん「1世」とは呼ばれない. ちなみに現ローマ教皇のフランチェスコ猊下も「フランチェスコ」.



ただここでもやっぱり UK はいろいろあるところで, 現在ではスコットランドとイングランドとを両方数えるというルールを採用している (ので「スコットランドにはいるけどイングランドにはいない」とか「両方にいるけど数が違う」とかの場合には数字が飛ぶことがある).

で君主じゃないけどややこしいのが William Henry Gates.
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まず、日本に比べると、西洋の名前のバリエーションが少ないということがあります。

漢字という表意文字とアルファベットという表音文字を使っている違いだと思います。
なので例えば、王家に生まれる子供の名前として相応しいものとなると限られてくるのだと思います。

それを踏まえた上で、系図を見ると、この問題は少し理解しやすいと思います。
1世とか2世という言い方は、日本ではほとんどしないので、ピンときにくいと思いますが、つまりは先祖代々さかのぼると同じファーストネームが存在するので、それを整理しているようなものです。

そして必ずしも1世の次、同じ名前の2世とは限りません。それは子供の数と、即位の事情に寄るからです。
例として、ヴァロア家の系図をご覧ください。
http://www9.wind.ne.jp/chihiro-t/royal/France/Va …

フランソワ1世の次の王は、アンリ2世です。その次の代(フランソワ1世の孫で、アンリ2世の息子)にフランソワ2世が出てきます。フランソワの1世と2世が1代飛び越えたのは偶然です。というのも、フランソワ1世の長男もフランソワという名前だったので、その息子が即位すればその王がフランソワ2世になったはずです。しかし、その息子は王太子の時に亡くなり、その弟のアンリが即位しました。

このように系図を見ていき、さらに系図に載っていない子供(特に夭折した年長の子供)を見ていくと、ある程度1世とか2世という問題は整理できると思います。

ちなみにスペインのフェリペ2世は、その父親がフェリペ1世でした。ただし、1世の方はフアナ女王の夫で、スペイン王家とは血がつながっていないことと、ほとんど実績もない内に若くして亡くなったため、あまり知られていないので、いきなりフェリペ2世が存在するような誤解がしばしば起こるんだと思います。

またイングランドの「ジョン」については、そのように言われています。ただし、自分で名乗らないというよりは親が付けないんでしょうね。イングランドの王室で、王位継承の可能性があるなら、付けない方がいいということになったんでしょう。

あと、フランスはブルボン家になってから、ルイというファーストネームを続けています(13世から17世)。ヨーロッパ全体の王室を見渡すと例外的ですが、これは意図的な物でしょう。ただし、皆セカンドネームがあったようです。
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この回答へのお礼

お礼が遅れてすみません。
何世とかがつくことは言語の特徴の問題でもあったのですね!
いろいろ例を出して教えてくださり有難うございます。

お礼日時:2014/09/26 22:14

sunrisecedar さん、こんばんは。



そうですね。スペイン国王フェリペ2世の場合はスペインの2代目のフェリペ国王という意味です。因みに彼の父親神聖ローマ皇帝カール5世は神聖ローマ皇帝である5代目のカール皇帝という意味であり、そして、スペインでは初代のカルロス国王、カルロス1世です。
また、フランスのルイ14世はフランス国王である14代目のルイ国王という意味です。
ジョンというのはイギリス国王の中で一番不人気なので、王室ではあまり、命名のときに使用しないようです。
ただ、国王即位のときに名称をどうするかというのは国王自身が決めるそうです。
大抵はファーストネーム通りになるらしいですが、中には事情があって別の名前になる場合があります。

たとえば、エリザベス2世の父ジョージ6世はファーストネームはアルバートでした。しかし、父ジョージ5世の遺業を継ぐためだそうです。また、あのヴィクトリア女王のファーストネームはアレキザンドリナでしたが、その当時イギリスではロシア神の名前にはなじみがありませんでした。ヴィクトリアはミドルネームだったのです。
詳細は下記のURLを参照ください。

ジョージ6世
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7% …(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%8E%8B)


ビクトリア女王
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3% …(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%A5%B3%E7%8E%8B)#.E6.B4.97.E7.A4.BC.E5.BC.8F.E3.81.AE.E5.91.BD.E5.90.8D.E3.82.92.E3.82.81.E3.81.90.E3.82.8B.E9.A8.92.E5.8B.95
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西洋の王様は、即位する時に、王様としての名前(regnal name)を自分で選べることになっています。

(もちろん、即位前の名前のままで王様になっても良いのですが)

例えば、エリザベス2世のお父様ジョージ6世は、即位前はヨーク公アルバートでした。

ローマ法王も、即位時に自分の名前を選びますね。
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国による


もちろん親が1世だから息子が2世じゃないといけない国もある
まぁ 希少だけどね

もちろん何世かは自分で決めても良いけど
大抵は尊敬する○世王から取ったり 大臣みたいな人が決めたりする場合もある


1世から15世がいないのにいきなり16世として即位した王も居る


日本の天皇にも言えること
後醍醐天皇はみずから後醍醐って名乗ったらしいし
(醍醐天皇を尊敬していたので)
ヨーロッパの国王もそういう風潮はあるようです
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はじめまして
主にアメリカ圏だとは思いますが
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●××III
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外国文化の不思議についてよければお教えください
 

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Q帝国と王国の違いについて

帝国と王国の違いについて教えてください。

帝国の定義としては「ある特定の民族が他の民族や領土の支配をともなって統治している場合」という記述がありました。

歴史を見るとナポレオンは自らを皇帝と称しましたが、この時代のフランスは帝国ですか?

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ドイツは小王国に分かれていたのが統一されてドイツ皇帝
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中国は明帝国、清帝国など、周辺の諸民族を柵封し、支配していたので帝国ですよね。

しかし、オランダ、スペイン、ポルトガルなどは植民地をもって多民族を支配していたのに、王国でした。

はっきりとした違いはあるのでしょうか。

Aベストアンサー

本来は他の方もおっしゃるとおり、皇帝の称号はある文明・文化圏における最高の君主が名乗るものです。
古代ペルシャの「諸王の王」という表現が一番ぴったり来るでしょうか。

××帝国、という言い方はかなりあいまいな基準によります。
皇帝を擁する大国を帝国と呼ぶのはもちろんで、オーストリア帝国とかムガル帝国、歴代の中国統一王朝などはそれにふさわしいものですが、これが中央アフリカ帝国となると歴史も由緒も???なところがあります。
このほかにイギリスやスペインのように、帝国主義政策を取った国とその植民地をあわせて帝国と呼ぶことがあります。この場合、アメリカ合衆国やソビエト連邦のように君主国ですらない国についても帝国と呼ばれることがあります。

西アジア~南アジアではペルシャ帝国崩壊後、イスラム教のカリフ(後にスルタン)が皇帝と訳されるようになります。

ヨーロッパ圏ではローマ皇帝の後継を称する君主が名乗るものでした。エンペラーだのカイゼルだの、という称号はそれぞれ古代ローマのコンスルが有していた最高指揮権(インペリウム)、及びカエサルの名に由来します。ローマ帝国末期の東西分裂などのため皇帝位は大雑把に西系(ローマ教皇により戴冠)と東系(ビザンツ皇帝→ロシア皇帝)に分かれますから、皇帝が複数いる事態が異常とは思われていなかったようですが、相応の由緒と実質がないと他国が認めませんでした(ロシアの君主が皇帝となるのは1721年のことです)。

スペインが皇帝位を名乗らなかったのは、すでに本家オーストリアのハプスブルク家が神聖ローマ皇帝位を名乗っており、分家たるスペイン・ハプスブルク家が皇帝を名乗るわけにはいかなかった、という事情があります。
ポルトガルやイギリス・フランスといった他の王家が皇帝位を名乗れなかったのも同様の理由によります。

ナポレオン1世もローマ教皇から戴冠を受ける、という形式を整えた点ではこのラインに属しますが、あまりにもなりあがりぶりが露骨だったため評判はよろしくありません。また、神聖ローマ皇帝がありながら皇帝を名乗ったため、皇帝位の価値を下げた、とする見方もあります。いずれにせよ、まずありえないことですがボナパルト家の人間がフランスの君主になった場合、その人物はフランス皇帝を名乗ることになるでしょう。

オーストリアはナポレオン1世による神聖ローマ帝国解体後も皇帝位を維持しました。ただしオーストリア皇帝、ということになったため、結果的にプロイセンが統一したドイツが、我こそは神聖ローマ帝国の後継国家なり、としてドイツ皇帝を名乗る余地を与えています。

東アジアでは始皇帝が皇帝という称号を発明しました。それまで分裂していた中原諸国を統一した、という点で、王という称号に満足せず、伝説の三皇五帝からとって皇帝と名乗ったとされます。
本来は天帝から天命を受けた者が皇帝として地上を支配する、という建前なので、皇帝が乱立する分裂状態は中華文明としては異常事態と考えられていました。
中央アジアの遊牧民たちのハーン位も皇帝と訳される場合があるのは、中華皇帝が大ハーンを名乗ったことがあるためです。唐のように遊牧民への威圧から皇帝がハーンを名乗ることもあれば、元のように遊牧民が中国を占領して皇帝になる場合もあります。

日本はまあ、夜郎自大、という見方もありますが、大陸及び半島に対しては欧州の海に比べ格段に波の荒い海で隔てられた別個の文化圏と見るべきでしょう。なお、天皇の称号の由来はどうやらかの則天武后によるようです。
今となっては日本の天皇は世界唯一の皇帝になってしまいました。

大韓帝国は日清戦争により清の冊封体制から外れ独立国となったときに李朝の王が皇帝を称し、皇帝と名乗るにはいささか弱小でしたが、独立した君主国であることを明示しました。

エチオピアの君主は15世紀ころから皇帝を名乗っていましたが、1974年に社会主義クーデタにより最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世が廃位されました。

中央アフリカでは1976年のクーデターでボカサが政権を掌握、77年に壮大な戴冠式を挙行して皇帝を名乗りましたが79年に失脚しました。数々の残虐行為で何かと物議を醸した人物で、大統領と名乗っておけば十分なところを皇帝と称し、戴冠式まで挙げたのは彼の虚栄心のなせる業と思われます。

以下蛇足。
 奇人変人の類ですが、アメリカ合衆国皇帝にしてメキシコの護国卿ノートン1世、なんて御仁もいました。よーするに南北戦争前後、19世紀後半のサンフランシスコにいた浮浪者なんですが、なぜかアメリカ皇帝を名乗った人物です。当時のサンフランシスコ市民も相応の敬意を払って彼の発行した国債を引き受け、税を納め(商店主に月50セント)、汽車などの交通費は請求せず、衣装や靴が傷んだら洋品店が無料で代わりの品を献上(?)したとか。1880年に死去した際、彼の葬儀には1万人以上の市民が参列したといいますから立派なものです。

本来は他の方もおっしゃるとおり、皇帝の称号はある文明・文化圏における最高の君主が名乗るものです。
古代ペルシャの「諸王の王」という表現が一番ぴったり来るでしょうか。

××帝国、という言い方はかなりあいまいな基準によります。
皇帝を擁する大国を帝国と呼ぶのはもちろんで、オーストリア帝国とかムガル帝国、歴代の中国統一王朝などはそれにふさわしいものですが、これが中央アフリカ帝国となると歴史も由緒も???なところがあります。
このほかにイギリスやスペインのように、帝国主義政策を取...続きを読む

Q王族の称号と名称について

よく即位したら急に○○公や○○何世などになりますが
あれはどういうことでしょうか?
イギリス王室を例にすると、チャールズ皇太子→コーンウォール公爵
アンドリュー→ヨーク公爵など、このコーンウォール公爵やヨーク公爵というのは
ずっと昔からいたのですか?

ヨーロッパの歴史などでいろんな王室を見ますが
国王も王女もこういった感じで称号?がつきますよね
この辺一から教えていただけませんか?

Aベストアンサー

○○何世というのは、その地位で、同じ名前の人の何人目かということです。
チャールズ王太子が国王になった場合、チャールズ3世となります。

コーンウォール公爵という称号は、イギリスの王位継承者に与えられる称号になります。
イギリスの王位継承1位の者には、ウエールズ大公爵、コーンウォール公爵、チェスター伯爵が与えられます。
逆に言いますと、それらの爵位を持つものが、次期イギリス国王になります。
国王になると、それらの称号は、次の王位継承者に与えられます。

ヨーク公爵という爵位は、たいてい王位継承2位以下の兄弟に与えられる爵位です。

フランスの場合、王位継承者は、パリ伯爵の称号になります。
パリ伯爵が、次期フランス国王になります。
王位継承者の2位は、たいていオルレアン公爵となります。
パリ伯のことを、フランス大公と呼ぶばあいもあります。

>「公」の方が「伯」より上位なので, より上位の王子が「公」で下位の王子が「伯」ということはありえますね.
ヨーロッパでは、伯爵が公爵よりも下ということはありません。
爵位は、元々叙勲のされかたによるもので、貴族の格とは関係ありません。
パリ伯のほうが、オルレアン公よりも格上になります。
特にフランスにおいては、フランク王国時代の6大伯爵、パリ伯、ランス伯、トロワ伯、アンジュー伯、ポワチエ伯、ツールズ伯が、他の諸侯よりも格上の扱いでした。

おなじように、神聖ローマ帝国での次期皇帝は、ローマ王であり、オーストリアの場合は、ボヘミア王になります。
そのため、オーストリア大公のほうが、ボヘミア王よりも格上の扱いとなります。

ポルトガルの場合、王位継承者は、ポルト伯になります。
スペインでは、アストリアス公が、次期王位継承者の称号です。

○○何世というのは、その地位で、同じ名前の人の何人目かということです。
チャールズ王太子が国王になった場合、チャールズ3世となります。

コーンウォール公爵という称号は、イギリスの王位継承者に与えられる称号になります。
イギリスの王位継承1位の者には、ウエールズ大公爵、コーンウォール公爵、チェスター伯爵が与えられます。
逆に言いますと、それらの爵位を持つものが、次期イギリス国王になります。
国王になると、それらの称号は、次の王位継承者に与えられます。

ヨーク公爵という爵位は、たいて...続きを読む

Q昔のヨーロッパの国王の名前

昔よく世界史の歴史の授業でフランスの国王の名前についてルイ○○世など何世だっけということがよくありました。
ところで、実際に歴史を見ると祖父、父、子と同じルイの名前が続き○○世のみが1加算されるのみでその国王が生きていた時代、国王が三代も同じ名前が続くと国王やその縁者が同じ名前のとき家族間や家臣はどのように名前をよんでいたのでしょう?
自分自身のことを○○世なんてよんでいたらフランスみたいに16代くらいまであったと思うのですが自分何世だっけとなりませんかね。
また、親子なら先王、現王とか区別つきますが、兄弟で同じ名前なら、親はその兄弟をどう読んでいたんでしょうか?「おーいルイ?」とかいうとみんな振り向くみたいな?

Aベストアンサー

学校の教科書レベルではなかなかわかりませんが、「ヨーロッパの王族・貴族の名前は、日本人の想像を絶するほど長い」ということがあります。
例えば、イギリスの「チャールズ皇太子」ですが、Wikiでは「チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ
」となっています。(もちろん姓は含んでいません。)
また、他の方も書いていらっしゃいますが、フランスの「ルイ16世」は「ルイ・オーギュスト」ですし、その子どもの「ルイ17世」は「ルイ・シャルル」です。
なので、「名前が長いから、どこかで区別できる部分がある」ことになります。
フランスの例では、「ルイ16世」と「ルイ18世」は兄弟ですが、それぞれ「ルイ・オーギュスト」、「ルイ・スタニスラス・グザヴィエ」という名前です。
また、この2人の父親(ルイ15世の子ども)の「ルイ」は「ルイ・フェルディナン」という名前です。

教科書や参考書レベルでは、ここまで書いていないので、フランスのブルボン朝の系図では「アンリ4世→ルイ13世→ルイ14世→ルイ→ルイ→ルイ15世→ルイ→ルイ16世→ルイ17世」と、「ルイばっかりが続いてる!」ということで、質問者さんのような疑問が出てくることになります。


>ですからたとえば世界の王で同じ名前の王が並立したときもあったのではないでしょうか?

普通にあります。

例えば、カロリング朝では、ヴェルダン条約・メルセン条約でフランク王国が3分割した後ですが、「東フランク王」に「ルードヴィヒ2世」が、「イタリア王」には「ロドヴィコ」がいました。
この「ロドヴィコ」が、後から「西ローマ皇帝」に即位したために、慣習に従ってドイツ語で読まれるため、「皇帝ルードヴィヒ2世」と呼ばれます。
そのため、同時期に「東フランク王のルードヴィヒ2世(在位:843~876年)」と「西ローマ皇帝兼イタリア王のルードヴィヒ2世(皇帝在位:850~875年、イタリア王在位:844~875年)」が並立していました。
後世の人は、区別のため、「東フランク王のルードヴィヒ2世」に「ドイツ人王」という「あだ名」をつけました。

また、「神聖ローマ皇帝」の「フリードリヒ2世(皇帝在位:1220~1250年)」がいた時期に、「オーストリア公」に「フリードリヒ2世(在位:1230~1246年)」がいました。
「神聖ローマ皇帝のフリードリヒ2世」は、第6回十字軍を率いて「交渉でエルサレムを奪還した」人物として有名です。
「オーストリア公のフリードリヒ2世」は、あちこちと戦争をしまくって、最終的には自分が戦死ししてしまったため「闘争公」というあだ名がつけられました。

イベリア半島では、まだスペインとして統一される前ですが、「アラゴン王」に「ペドロ4世(在位:1336~1387年)」が、「カスティーリャ王」に「ペドロ1世(在位:1350~1369年)」が、「ポルトガル王」に「ペドロ1世(在位:1357~1367年)」が、これも同時期にいました。
「アラゴン王のペドロ4世」は「尊儀王」、「カスティーリャ王のペドロ1世」は「残酷王」、「ポルトガル王のペドロ1世」は「正義王」というあだ名がつけられています。

イギリスでは、まだ「イングランド」と「スコットランド」が統合する前、イングランドの「テューダー朝」に「メアリ1世(在位:1553~1558年)」が、、スコットランドの「ステュアート朝」に「メアリ1世(在位:1542~1567年)」がおり、こちらも時期が完全にかぶっています。
「イングランドのメアリ1世」は「ブラッディ・メアリ(血腥いメアリ)」として有名です。
「スコットランドのメアリ1世」は、スコットランドには他にメアリを名乗る女王がいなかった(メアリ2世がいない)ことや退位させられた後の運命のほうが有名だったことから、「メアリ・ステュアート」の名前のほうが知られています。

こうした事例を見ていると「他の国に同じ名前の王がいても、仲の良し悪しにかかわらず、あまり気にしていない」のではないでしょうか?


長くなりましたが、参考になれば幸いです。

学校の教科書レベルではなかなかわかりませんが、「ヨーロッパの王族・貴族の名前は、日本人の想像を絶するほど長い」ということがあります。
例えば、イギリスの「チャールズ皇太子」ですが、Wikiでは「チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ
」となっています。(もちろん姓は含んでいません。)
また、他の方も書いていらっしゃいますが、フランスの「ルイ16世」は「ルイ・オーギュスト」ですし、その子どもの「ルイ17世」は「ルイ・シャルル」です。
なので、「名前が長いから、どこかで区別できる部分...続きを読む

Q貴族の固有名称「ド」「フォン」とか

フランス貴族は「ド」
ドイツ貴族は「フォン」と名前の間に付くのはなんとなく頭の中で分かっているのですが(たぶん漫画か小説で読んで知ったのだと思います)
じゃ、イギリス・イタリア・スペイン貴族は名前に貴族を表すような固有名称はなんて付くのでしょうか?
ちなみにドとかフォンとかいうのは爵位ではありませんよね?
上記に上げた国以外で貴族の固有名称があればおしえてください。

Aベストアンサー

参考URLに書いたページで詳しく説明されています。

参考URL:http://www003.upp.so-net.ne.jp/detective_story/memo/memo08_aristocrat.htm

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html

Q民主政と共和政の違いがよく分かりません。

 タイトルのとおりです。民主政と共和政の違いがよく分かりません。教えてください。

Aベストアンサー

民主政
政治の決定が、選挙か選挙を通じた議会によるもの。

共和政
元首が君主でない。
選挙で元首が選ばれても独裁制を敷いてしまえば、民主政でない共和政ができあがる。


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