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イスラム教は、ユダヤ教、キリスト教の事は尊重する立場をとっています。
(尊重するが、危機を感じても何も抵抗しないとは違う)

これは、彼らは先人であるために尊重せよと、ムハンマドが言ったからです。と、ここまでは知っているのですが、それら以外の異教徒(仏教や神道など)にはどのような立場をとっているのでしょうか?



例えば、ユダヤ教は、ユダヤ教徒をユダヤ人としています。これは異教徒は外国人という立場をとっているだけで、危険ではありません。

しかし、近代化がなされる前のキリスト教は、「キリスト教徒は人間である」と言う立場をとっており、異教徒を人間扱いしない危険思想でした。(現在のキリスト教は、近代化がなされているため、そのような危険思想を持っている、近代人キリスト教徒はいません。前近代人キリスト教徒は知りませんが。)


イスラム教がユダヤ教、キリスト教以外の異教徒に対する立場はどのようなものなのでしょうか。
キリスト教によって、時代によって異なるなら、時系列で要点だけ教えて頂ければ幸いです。

gooドクター

A 回答 (4件)

なるほど興味深い疑問だ、と私は思いました。



質問者様が知りたいのは、イスラム教から見てユダヤ教やキリスト教は「啓典の民」ということで一定の認め方をするのが伝統的だったけど、啓典の民に入らない異教徒はどういう扱いなのか、というようなことだと思います。

ちょっとググったらこんな記事がありました。出典が不明(信頼性が不明)という注釈つきの記事ではありますが。

ムスリムと非ムスリムとの婚姻
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9% …

イスラム教と他宗教との関係
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9% …

現代では、国により違いがあるようです。

イスラムの国と言っても厳しさ・緩さがかなり違うと思いますし、加えて個人差もあります。

多くのイスラム教徒は、異教徒に対して厳しいということはないと思います。国によりますけど。
区別はしているのかもしれませんが、平和な国だったら異教徒が観光に行ったりしていますし、厳格でない国なら異教徒にイスラムに則った服装を要求しません(モスク見学ではそれなりのマナーがありますが)。

厳格な国なら女性は異教徒でもヘジャブ(スカーフ)を被ることが求められるようです。

結婚についてはどうなのか分かりません。イスラム教徒と結婚している日本女性のブログをいくつか見たことがありますが、改宗した人もいればそうでもない人もいそうな。家では豚肉を食べない、という書き方をしていたので、外では食べるんでしょう。
(イスラム教徒でも外国に出たら禁を破ってる人もいるそうですけどねw 個人差があるそうです)

逆がどうなのか(異教徒の男性とムスリマ女性)分かりませんが。
あ、でも登山家の野口健さんのお父様は日本人でお母様はエジプト人ですよ。エジプトはアラブの国です。少数派でキリスト教徒(コプト教)もいますけど。
エジプト考古学の吉村作治先生も昔エジプト女性と結婚なさっていました(離婚した)。

最近はコプト教徒への迫害とかイスラム同胞団とかも聞くのでどうか分かりませんが、かつてはエジプトはわりとリベラルというか世俗的だったイメージがあります。行ったことないので分かりませんけど見聞する限りでは。


ちなみに、ユダヤ系の北米人の知り合いがいましたけど、全然ユダヤ教ぽくなかったです。日本人と結婚してましたし、コーシャー(食べ物)にこだわりもなかったし、兄弟には全然教会に行かない人がいるとも言っていました。
ハリウッドもユダヤ系の映画人が多いですけど、あまりこだわりがないのでは・・・
一方、正統派(オーソドックス)の人は一目でユダヤ教徒と分かる服装をなさっています。宗派や個人でかなりの違いがありそうです。

ちなみに「原理主義」って最初はキリスト教から出た言葉だそうです。キリスト教も色々ですね。
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この回答へのお礼

なるほど、婚姻から、他宗教に対する立場を見定めるのは良い視点ですね。

(婚姻形式は、個人の「人それぞれの思想」ではなく宗派で決まる。よって婚姻形式はその宗派の一面を具現化した一例であり参考になる)

歴史的な観点で見れば、私の知りたい答えに行き着くかもしれません。
私もその視点でちょっと調べてみる事にします。

有難うございました。

お礼日時:2014/10/19 11:52

余談ですが、キリスト教徒であるカナダ人女性は、


『日本人は神を信じていないのでしょう?』と
若干、信じられないという表情で見ていました。
私は『仏陀を信じているわ。』と言うと、
彼女は『いいえ、信じていないわ。』と否定していました。
私は、死んだ後は、お墓に入る予定なのですけどね(笑)

完全に無宗教の人など、
社会主義国にでも行かないと難しいでしょう。
厳密には、社会主義国であっても、
神を信じない人など、いないのでしょうけれど。

話を元に戻すと、新大陸の人たちは、
やはり、信仰の点では古いタイプに属するのだと、
感じました。


キリスト教徒であるドイツ人女性は、ミサなど、どうでもよく、
早くクリスマスプレゼントがほしいと言っていました。
このあっさり感は、年齢が若いせいもあるかもしれません。

ガールフレンドがキリスト教徒であるスイス人男性は、
クリスマスのミサの最中に寝てしまっているようで、
彼女の家族はそれを知っていると、苦笑いしていました。


キリスト教徒である、ポルトガル人女性は、
クリスマスイブに家に電話し、泣いていました。
クリスマスとはそういうものなのだな、と感じました。


キリスト教徒である、メキシコ人男性も、
クリスマスは家族で過ごしたいと、ホストファミリーと
ずっと一緒でした。


長くなってしまいましたが、キリスト教においても、
宗教的価値観が近代化されているか、いないかで、
ずいぶんと考え方が違うのだなと、感じた次第です。

とても興味深い質問でした。楽しかったです。
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この回答へのお礼

>とても興味深い質問でした。楽しかったです。

こちらこそ、貴重な経験談をお聞かせ頂き、
どうも有り難うございました。

お礼日時:2014/10/21 12:03

学問的な回答ではないのですが、


イスラム教の友人・知人などの話を聞いていると、
彼らの生活スタイル(戒律)は
国によって様々という印象でした。


スイス人の友人Aは、お父さんが改宗し、
家族そろってイスラム教徒となりました。
生活スタイルは、それまでと大きく変わらないようです。
より戒律の厳しいイスラム教徒や、
日本人である私に対しても、寛容でした。


スイス人の友人Bは、お父さんがイスラム教徒、
お母さんがキリスト教徒でした。
友人B本人はお母さんの教育の意向か、
幼いころからキリスト教系の幼稚園に行っていたそうで、
熱心ではないと言いつつも、時々心の中で祈ると言っていました。
お父さんは、イスラム教のお祝いの日には、
実家である隣国に帰っていたそうです。
彼らは共存関係にある、と言えると思います。
私は海外に滞在していた頃、一応、仏教徒と言っていましたので、
日本は多神教であるという話を、友人Bは興味深そうに聞いていました。
この点で、彼は排他的ではないと感じましたので、
彼のお父さんも、同じような考えでないかと推察します。
ちなみに、友人Bは同性愛には反対なようでした。


国名を忘れましたが、中東出身の男性にも会いました。
彼の国では、女性は、家族の男性が一緒でないと、
自由に人と会えないと言っていたような記憶があります。
他国の人を批判するようなことはありませんでしたが、
結婚などをすれば、彼と同じ生活スタイルを求められるのでしょう。


トルコ人の女性にも会いました。彼女は神を信じていないそうです。
国も宗教色は強くないようなことを言っていました。
ここから考えると、トルコのイスラム教徒は、
比較的、自由な考えを持っているのではないかと思っています。
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この回答へのお礼

文章読んでみると、近代化がなされた国とそうでない国で、イスラム教が本来持っている宗教価値観に厳格かどうかが分かれているような気がしました。



スイスは、ヨーロッパであり、ヨーロッパは30年戦争と言う、身の毛のよだつ宗教価値観派と、それから脱しようとする近代化勢力での争いにより、結果的に近代化勢力が勝利し、宗教価値観から脱する方向(宗教の近代化)がなされます。

スイスで生きているイスラム教徒も、そのような土地柄ゆえに近代思想を土台にしたイスラム教の教えを受けているのでしょう。だから、No.4さんのコメントのような「アメリカの田舎から来ていた平和部隊(アメリカ版協力隊)は、僕が無神論者だというとあからさまに軽蔑した。」と言う、「宗教価値観による判断」はなされず、貴方と言う仏教徒を、学問的にあるいは信仰の自由の観点で興味を示したのでしょう。

(アメリカは、30年戦争で宗教価値観勢力のカルバン派が、宗教価値観から脱しようとするヨーロッパで居場所がなくなって、アメリカ大陸に活路を見出した人たちの国なので、未だに、宗教価値観が強い国である。

「宗教価値観」に関して、もし興味がありましたら、『歴史問題は解決しない』と言う本がオススメです。)


トルコも、中東では近代化が成功した、数少ない国の一つです。
その為、イスラム教徒と言えども、宗教価値観はあまりないのかもしれません。

お礼日時:2014/10/19 12:24

>イスラム教は、ユダヤ教、キリスト教の事は尊重する立場をとっています。



コーランにどのような形でそのような事が書かれているのか
知りませんが、少なくとも僕が8年間の海外生活で出会った
モスリムは、異教徒に対して批判的だったり、攻撃的だった
りしました(バスターミナルで待っている間に囲まれてつるし
上げにあった事もあります)。
基本的にキリスト教徒にしてもイスラム教徒にしても、一神
教徒は、排他的にならざるを得ません(「一神」なのだから)。

ユダヤ教徒が共存できるのは、元々流浪の民で、共存せざ
るを得なかったからだし、キリスト教徒でも、植民地経験の
豊富なイギリス人(VSO=イギリス版協力隊)は他宗教に
批判的ではないが、アメリカの田舎から来ていた平和部隊
(アメリカ版協力隊)は、僕が無神論者だというとあからさま
に軽蔑した。
信仰心の乏しい日本人には理解できないのかも知れませんが、
「一神」教である限り、マジメに信じるほど他宗教に寛容では
あり得ないのです。
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この回答へのお礼

>少なくとも僕が8年間の海外生活で出会った
>モスリムは、異教徒に対して批判的だったり、攻撃的だった
>りしました(バスターミナルで待っている間に囲まれてつるし
>上げにあった事もあります)。


一応、私の言い分を弁解します。確かに私は、イスラム教はムハンマドが言った通り、ユダヤ教徒、キリスト教徒の事は尊重する立場をとっている「宗教」と言いました。


しかし、イスラム教徒が必ずしも、それに従うとは限りません。


例え、100%のイスラム教徒が、ユダヤ教、キリスト教に対し攻撃的でも、
コーランに書かれてるのだから、イスラム教と言う「宗教」としては、尊重する立場なのです。


と言う観点で、「それ以外の異教徒に対する立場」はどうなのでしょうかね。



「吊るし上げられた」事は、嘘でもなく冗談でもないでしょう。
その地域の宗教の理解が浅いのに足を踏み入れたら、命取りになる事もある。
これは、イスラム圏に限った話ではない。

お礼日時:2014/10/19 11:58

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