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土佐弁について教えてください。
土佐弁で「なんちゃあない」や「なんちゃあじゃない」等
「なんちゃ〜」という言葉がありますが。
大丈夫だよ、どうってことないよ、のように相手を励ます時に使う場合
どのような言葉が適切でしょうか?(実際に使う言葉で)
たくさん教えていただけると恐縮です。

A 回答 (1件)

高知県出身の友人に聞いたところ、


「なんちゃあない」は「何にもないよ」、「なんちゃじゃない」は「たいしたことない」と

どちらも何気ない日常会話で使えるみたいで、マイナスイメージなどはなく、
あとはトーンや発音でちょっとばかし雰囲気が変わるらしいです。

大丈夫だよ、どうってことないよと励ます場合は、
ちゃかさないトーンで「なんちゃあじゃないきに」って感じで言えば伝わるそうです^^
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    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございます!
標準語と同じで言葉にはトーンが大事なんですね、
とっても助かりました(^o^)

お礼日時:2015/02/26 01:27

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Q博多弁、関西弁、京言葉、土佐弁に翻訳してください。

会話に方言を取り入れようと思いまして質問します。
自然な男性の若者言葉に翻訳してください。
博多弁、関西弁、京言葉、土佐弁を希望しています。

原文
「お疲れさま!!
メール遅くなりました。
今日は本当にすごく楽しかったよ。
暑かったから、汗いっぱいかいちゃった。
あの時笑われてショックだった。泣きそうだったよ。
じゃ、ありがとう。これからも仲良しでいようね。
オヤスミ。大好きだよ。」

勝手に創作したものですので
原文が不自然ですみません。

Aベストアンサー

こんにちは。

ちょっと文をつなげて、
関西弁と土佐弁が混じったものですが・・・、

「お疲れさま!!
 メール、遅そうなりました。
 今日は、ほんまに楽しかったっちゃ。
 暑かったき、汗、ようけかいたよ。
 あの時笑われてショックやったし、泣きそうやった。
 じゃ、ありがとう、これからも仲良しでおろうね。
 オヤスミ。大好きやよ。」

です。

 

Q土佐弁について

土佐弁についての質問なのですが、
土佐弁の「こじゃんと来るっち」とはどういう意味なのでしょう??
こじゃんとが、「しっかり」「とても」というような
意味だということは調べて分かったのですが、来るっちが
つくことで意味はどうなるのでしょう?

ご存知の方がいましたらご回答お願い致します。

Aベストアンサー

 こんにちは。バリバリの高知県人ですが、「こじゃんと来るっち」・・・?聞いた事がないです。もしかしたら幡多弁??(高知県の西部の方言)と思ったのですが、私自身は幡多弁は使えませんので分からないです。ただ幡多弁は「こじゃんと」は使わないと思うのですが(土佐弁よりも柔らかいので)。
 もしかしたら「こじゃんと来るちや」じゃないですか?でしたら「ちや」は念押しの意味になりますので「すっごく来るってば」見たいな感じです。
「来るで(来ますよ)」
「ほんまかえ、どればあで(本当ですか?どれぐらいですか?)」
「ほんまよえ、こじゃんと来るちや」
 大体こんな感じで使います。ただし「こじゃんと」又は「こじゃんち」はベタベタの土佐弁の部類に入り、若い人で使わない人もいます。「ちや」は殆どの人が使いますし、頻度も高いです。
 
 「来るっち」・・・?その人の造語じゃないでしょうか?今友だちにも聞きましたが(私よりバリバリの土佐弁の使い手)、知らないそうです。

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
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Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
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  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
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  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q昔の時間の単位を教えてください

昔(明治より前)、日本で使われていた時間の単位を教えてください。

例えば、今で言うところの「10分」とか「1分」に相當する時間はなんと言っていたのでしょうか。

まさか、無かったなんてことはないでしょうね。
そしたら「あと10分で仕事を終わりにしよう」なんて言えないですよね。

時間・分・秒は、明治以降ですよね。

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現在のような、分や秒を使った記録はないようです。
九つ、の0時は子の刻、午の刻、現在の子午線、日付変更の基準にしています。
12時を正午(正午の刻)など現代生活に使われている。
明け六つ、暮れ六つ、は簡単にいうと夏時間、冬時間のようである、時代劇ではいつも朝明け、日暮れ時である、これは時代劇の効果ではなく夜明け、日暮れにあわせたそうです。
基本的には、1刻は2時間、1時(とき)は1時間、以下は、半時は30分、四半時は15分、このような値より長いと思うときは半時余り、短いときは四半時足らず、などの表現で生活に支障がなかったようです。

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 普段はあまり使いませんが(地域差、年齢差はあります)、キリンビールのCMに使われてから、使う人も増えた?ような気がします。例えば、気の弱い人に、気の抜けた炭酸に等など。
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 ちなみにアクセントは「た」です(^o^)。
 ご参考までに。

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求人広告などに出ている『OA事務』ってなにする人?
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あくまで目安ですが
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ただダブルカラーや
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あとお店が込み入ってくると必要以上に待たされることもあります。

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カウンセリングや色の説明だけで30分以上かかる人もいますね。

ただ一般的な話と言うことなので
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けっこう長いみたいなので
1時間半前後
長くても2時間程度みておいたらどうでしょうか?

Q「~してしんぜよう」とは?

好ましくない言葉ですが、「殺してしんぜよう」というあるゲームの名台詞があるようです。
(気になる方はgoogleで)

この言葉は日本語としておかしいようですが、どうおかしいのか分かりません。
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好ましくはないですが、この台詞の正しい表現の仕方があれば教えてください。

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残念ながらという表現もおかしいのですが、文法的には間違いではありません。「~てしんぜよう」は地域によっては「~てしんじょ」という形で現在も使われます。この表現は補助的に用いられる謙譲表現(受け手尊敬)ですので、動作を示す用言の受け手に敬意を示すものです。一般的な表現にすれば「殺してさし上げましょう」になり、殺される相手に対して敬意を払った表現です。日本語としておかしいと感じるのは、敬語表現と「殺す」という敬意となじまない言葉が組み合わさったためでしょう。

Q「立ち振る舞い」と「立ち居振舞い」

「立ち振る舞い」と「立ち居振舞い」。
どうやら、「立ち振る舞い」は間違ってて「立ち居振舞い」が正しいらしいのですが、
数々の辞書を調べてみると「立ち振る舞いは立ち居振舞いと同意」とされている辞書がかなり多い。

なのに、やはり「立ち居振舞い」のほうが正しいようです。

なぜ「立ち居振舞い」だけが正しいのか、知っている方はいませんか?

Aベストアンサー

「立ち居振舞い」とは、立ったり座ったりの身のこなし、日常の動作のことです。
立ったり座ったりだから「立ち居」なのです。「立ち振舞い」だと座ることが抜けてしまいます。(笑)

では、なぜ「立ち振舞い」が、同義語として載っている辞書があるのか?
、言葉は生き物です。正しくなくとも使う人が大勢いると誤りもやがては誤りではなくなってしまうのです。
今、試しに完全一致で検索したところ、
「立ち居振る舞い」&、「立ち居振舞い」が121,100件+27,000件
「立ち振る舞い」&、「立ち振舞い」が73,100件+841件

わたしは辞書の編集者ではないのであくまで推測ですが、これは、「立ち振る舞い」も市民権を得た言葉として認めたということではないでしょうか?


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