一回も披露したことのない豆知識

精神疾患を患っている元嫁に親権を奪われた30歳男です。

僕の元嫁は精神疾患を患っていました。ボーダーラインと解離性同一性障害です。診断書こそないものの、裁判所に提出した書類や本人尋問の支離滅裂さなどの様子から裁判官も「確かに診断書は無いですがどこか精神に問題を抱えているのは事実のようですね」と言っていました。当然、僕と僕の弁護人と裁判官の三人のみで話をする場で、ですが。
ところが家庭を調査する調査官の報告書には「親と子の信頼関係は築けている。敢えて父親に親権を移す必要性は感じられない」とのことでした。そりゃあそうでしょう、どんな子だって母親は大好きなんだし、ましてや1歳2歳では信頼関係があって当たり前でしょう。
無職で母は亡くなっており存命の父の厄介になっていて、精神疾患を抱えている。自分を精神疾患とは認めず正常と言い張り治療もしない。父も「娘は病人なんかじゃねぇ」と言って治療をさせる気もない。それでも親権は母親でした。僕の場合は、妊娠中に元嫁が根も葉もない中傷を繰り返して出て行ってしまったので、子供の環境を変えたくないという要素もあったのでしょう。

ですが日本では、よほどの虐待か自ら放棄かでもしなければ母親の親権はほぼ揺らぎません。よほど問題のある母親だろうと揺らぎません。あまりにも母親有利すぎると思い悔しさでいっぱいです。何故なのでしょう。よほど問題のある母親に育てられる子供の精神の健全な成長を慮ってはくれないのです。
父親よりも母親の方が必要?じゃあ父親は替えの利くATM?父親だって母親と同じくらい大事だと思います。どちらが上とかそういう問題じゃないと思うのです。
仕事もありますから、日中は親族や保育所の手をかりることになるかもしれませんし、確かに子供は産めません。母親のような愛し方が出来るかと言われたら難しいかもしれません。でも同じように母親には父親のような愛し方は難しいはずです。
確かに男親が子供に害をなすケースもたくさんあります。ですがつい先日だって母親が5人の乳児を、いらない子、と言って死なせた事件がありました。今やどっちもどっちだと思います。裁判所は「子供の益になる方に親権を」と言いつつ「とりあえず母親」が根底にあります。
どっちもどっちなら「とりあえず母親」は納得がいきません。

日本が法整備に未熟なのですか?それとも世界的に見てもこれが普通なのですか?何故、日本は母親絶対有利なのでしょう?例えば外国では少し違ったりするのでしょうか?

A 回答 (8件)

No.2です。

お礼ありがとうございます。

出産以来、子育てにタッチできない状況であったとのこと。
心中お察しいたします。

>今後何があるのか、には引き取る側の親の人格や精神も考慮されるべきだと思うのです。

たしかにおっしゃる通りだと思います。
しかしながら、法的判断には、過去と現在が優先的に考慮され、未来は、あくまで過去と現在の延長してしか判断ができません。

つまるところ、「未来は解らない」からです。
「起きていないことは判断できない」わけです。

過去に虐待や、ネグレクトの事実があり、それが精神疾患が原因で、現在もその疾患が継続しており、治癒の可能性が低いのであれば、「未来にも虐待が起こりうる」との判断ができます。

実際のところ、家庭内で何が起きていたのか、は外からはうかがい知れぬものがあり、裁判所も当事者の証言によって判断するしかありません。

母親優位、というのは、母親が過去も現在も子供を育てており、子供に外見上問題が無ければ、「現状を変更する十分な理由はない」という判断になります。

>それじゃあ嘘でも何でも逃げたもん勝ちじゃないですか。

極端な言い方をすると、そういう場合のありうる、とは言えるかもしれません。

「DV離婚を、妻にでっち上げられた」という話は、ネット上では時たま聞きます。ほんとかどうかは解りませんが。
民事の場合、弁護士の腕がかなりモノをいう、という側面はあるようです。

外国はどうか?という点については、あまり知識はありませんが、
かなり以前、アメリカで「実子を誘拐する父親」が問題になったことがあります。

親権を取れず、面会も拒否され、「自分の子供を誘拐し、行方不明になる父親」が増え、社会問題になりました。
政治家かなにかの社会的地位のある男性が実子を誘拐し、それがきっかけで話題になったように記憶しています。

母親優位はアメリカも同じのだろうと思います。
そのころ「専業主婦」はアメリカ女性のステータスでしたから、「子育ては母親」という意識は強いのだろうと思います。
今のアメリカは変わってきているのかもしれませんが。
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この回答へのお礼

続けてのご回答に感謝します。

>実際のところ、家庭内で何が起きていたのか、は外からはうかがい知れぬものがあり、裁判所も当事者の証言によって判断するしかありません。
仰る通りです。そして証拠が無ければいくらおかしな言動を繰り返していても大した問題にはならない。

>過去に虐待や、ネグレクトの事実があり、それが精神疾患が原因で、現在もその疾患が継続しており、治癒の可能性が低いのであれば、「未来にも虐待が起こりうる」との判断ができます。
精神疾患なのか否か、をはっきりさせるなら専門的な精神科医に時間はかかっても裁判中に診断してもらえば良いのに「人道的にうんぬん」だとか「精神疾患と決めつけるのはどうこう」とか煮え切らない言葉ばかり。
精神疾患という証拠はないし、どちらとも言えないし子供に外見上の問題はないからとりあえず母親に任せみた。結果母親はやっぱり精神疾患でした。子供の健全な成長に弊害が出てました。ではあんまりだと思います。わずかでもそんな可能性を孕むくらいなら最初から白黒はっきりつけて欲しいと思いました。
子供の未来のために精神が正常かどうか専門家に調べてもらって白黒はっきりつけようじゃないか、とは絶対にならないのも納得がいかない要素の一つです。個人的にはそれが最も手っ取り早いように思います。

誠実な女性には心強い法律だと思います。でも狡猾な女性も世に多く存在することを司法にも少しは理解して頂きたいですが…まぁ、無理なんでしょうね。

すいません…愚痴のようになってしまいました。

お礼日時:2015/07/30 16:56

”日本が法整備に未熟なのですか?それとも世界的に見てもこれが普通なのですか?何故、日本は母親絶対有利なのでしょう?例えば外国では少し違ったりするのでしょうか?”


   ↑
どこの国でも母親有利です。
ただ、米国などに比較すると、その有利度は
高いようです。

1,子供は産まれて、母親と一体化して育ちます。
 まず最初に出会う人間が母親です。
 それから父親に広がり、兄弟家族になり、友人に
 なり、他人と付き合う。
 そういう人間関係を経て成長します。
 情は母親によってはぐくまれ、父親は理を教える。
 だから幼い時は母親に、ということになりがちです。

2,女性の方が育児に熱心で、母親に育てられる
 方が、健全に育つ、という考えがあります。
 国連の調査ですが、補助金を親に与えることが
 あります。
 父親に与えると、自分の為に使ってしまうことが多く、
 母親だと、子供のために使うことが多い、という調査
 結果が出ています。

3,最近の傾向ですが、男も育児に熱心になりイクメン
 なる言葉さえ出ています。
 こういう状況が一般化すると、父親に親権が渡る
 ケースが多くなるだろう、といわれています。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>ただ、米国などに比較すると、その有利度は高いようです。
やはり日本はそうですか。

日本は周囲の傾向もそうなのだから必然なのですね。理論としてはわかりますがやはり心で納得は出来ません。
これだけ母親の役割が重要なのですから、母親の精神や心身の健康はよく調査して吟味するべきと思いますが、そこまで考えないのでしょうね。母親ならとりあえずそういう理論に沿って親権が与えられる。
最近は母親と呼べないような女性も増えてきていることが、まだまだ浸透していないようです。もちろん立派な母親もいますけど。

お礼日時:2015/08/10 09:47

お礼について。


ですから、娘さんにとっては、あなたが親権者となるよりも、精神疾患を抱える母親の方が親権者として妥当であるし、子供の利益であるという事の判断ですよ。
私は、障害児童の発達の研究職にある者ですから、その職業柄様々な機能不全家族を観察します。本来的には、病の人が家族にいる場合は、その人を保護する役割りをするのが家庭の機能なのですよ。その役割りを家族が果たさない場合に、その家族は機能不全の家族であるとなるのです。精神疾患者だから、家族はこの人を守らなくてもよい、攻撃して断罪して、親としての権利も取り上げれば良い、なんて事がまかり通るなら、それは障害者に対する虐待ですよ。違法行為です。ましてや、母親には離婚時点まで子供を養育保護してきた実績がある。病を抱えながらもその責任を果たしたのなら、立派なものですよ。心身共に充実した健康なあなたは、その間何をしてたのでしょうか。
あなたのそのような見解も、この度の親権審判についての判断になったと思いますよ。家族を守るという意思のない人の、家族を得ようとする権利は認められ難いです。
現在でも、そのように子供を養育保護する母親を攻撃して痛めつけようとするならば、面会権も危ういでしょう。あなたが今やるべき事は、少しでも母親が健やかに過ごせるように、その不安を取り除けるように「何かあったらば、頼りにしてくれ」の気構えではないですか。子供を思う父親の態度とは、そういうものでしょうよ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

僕が言いたいのは、ご回答者様が仰っているのはあくまで「母親目線」の考えであって「子供の今後の成長を見据えた」考えではないと思うのです。
その理論では、障害者に対する虐待うんぬんを叫んでおいて、いつか子供に実害が及んだ時は言い訳できないと思いますが。
親権とは子供が健やかに成長できる環境を選ぶ、と言う事のハズです。

>病を抱えながらもその責任を果たしたのなら、立派なものですよ。
それは認めます。それはそうでしょう。ただ、今後ずっと病が悪化せずにいられる保証がありますか?

>病の人が家族にいる場合は、その人を保護する役割りをするのが家庭の機能なのですよ。
元嫁は病気じゃないと言い張って治療すらしない。元嫁の家族もまた、病人じゃないと言い張って治療を受けさせすらしない。向こうの実家自体がすでに家庭の機能不全です。前世代的にも治療しないで病が治るとお思いですか?自然に治るなんて奇跡を当てにしているなら論外です。ゼロではありませんが限りなくゼロに近い。

精神を病んでいるならいるで相応の対応をするべきだと思います。母親が可哀想だの、精神疾患者への虐待だのは、論点が違うように僕は思います。親権とはあくまで子供ベース。子供の未来を見据えるべきだと思います。
「精神疾患を病んでいる子供を放置して、それを家族が協力して治療して来なかった」という悪い実績もあることを余所へ置いておいて見ないようにするのはフェアではないと僕は考えます。そういう家庭で子供を育てることに不安を抱いても、なんらおかしな話ではないと思いますが。
そういう機能不全の家庭に預けておいて「何かあったら頼りにしてくれ」と放置を決め込むのが父親のやることでしょうか。そういう考えが蔓延しているから日本は父親が圧倒的に不利なのではないでしょうか。目に見える愛を示そうとしないのですから。僕にはどうしても同意し兼ねます。

貴重なご意見ありがとうございます。

お礼日時:2015/08/10 09:43

日本の法ですから、日本の文化性がかなり根強く関与していると思いますよ。

家父長制が色強い時代は、離縁の際の子の親権は父親が有利でした。その頃の父親というのは、家を運営してゆく役割を担ってたのですね。町会の付き合いも世帯主の務めだったし、子供の学校の保護者会も「父兄会」というくらい母親の出る幕ではなかった。だから、家に属する子供を養育しているのは、父親だという考え方が出来たのです。ですが現在では、家庭の運営や近所付き合い子供の保護の、ほぼ全ての役割りを母親が引き受ける時代なのですよ。だから、子供の生活にとって父親がいなくなる事で生じる問題は少ないが、母親がいなくなる事で生じる問題は大きいと見做すのです。親権とは、子供の為にあるものですから、子供にとって問題が少ないように親権者を定めるのです。ですので、個々のケースを法は見ますよ。父親が養育を担った割り合いが多いケースでは、父親を親権者とする判決もあります。
あなたの場合としても、そうです。あなたよりも母親を親権者とする方が子供の利益になると客観的に判断されたから、そのように判決されたのです。
海外でも、勿論その国の文化性がその国の法律に影響します。アメリカでは夫婦は共同で育児するという考え方がありますから、離縁の際にも共同親権を取る場合が多いです。家庭の運営と子供の保護に父親が携わる地域であればある程、子供の養育保護の権利は父親側有利です。
現在の日本で、離婚の際の親権問題が圧倒的に母親有利なのは、日本男子が父親として、そのような生き方をしている、そういう社会である、というだけの事です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
仰る通り、結果だけを見れば元嫁のところにいた方が娘の利益になるという読み方が出来るでしょう。ただ、そこに元嫁の異常性が全く考慮されないのが納得が行きません。
理論としてはその通りでしょう。文化性が法律に影響するというのは納得できる理論です。
ですが、文化云々は関係なしに、精神に問題を抱えている可能性のある場合は多少なり加味させるべきではないかと思う訳です。もしくは、本当に精神に問題を抱えているのか否かを精神科医を呼んで診察させて白黒つけさせる。
相手を精神病扱いする方がおかしい、というのは僕は論点のすり替えだと思っています。精神に問題を抱えていると判断するには必ずそれ相応の理由があります。(元嫁の場合は完全に精神病と自称していました)相手の精神を疑うことそれ自体を悪とみなす日本の風潮も理解が出来ません。「精神病扱いされた人の気持ちも考えろ」みたいな個人の感情の問題ではなく、真に子供の利益を追求するなら明らかにしなければならないポイントのハズです。

「今までそうだったから、そういう文化だから」というのは実際、事実だと思います。ですが個人的にはそれは最早古臭い理論に思えます。そこに「真に子供の利益を考えて」とはまた別の影響力が働いていることは動かせない事実のハズです。

お礼日時:2015/08/05 17:34

心中お察しします。


母親に親権が認められやすい理由の一つとして、発達心理学における母親の重要性が大きいことがあげられるでしょう。
未成熟の子供が父親ひとりに育てられると、脳の発達が両親もしくは母親ひとりに育てられた場合に比べて遅れる傾向にあることがわかっています。
これは、母親は良く赤ちゃん言葉で子供に話しかける機会が多く、父親はそのような頻度で濃密なコミュニケーションをとらない傾向にあることが原因の一つのようです。
もちろんこれは統計によって明らかになった傾向であり、すべてのケースに当てはまるわけではないでしょう。
判例の多さというのが最も強い要因であることは間違いないでしょう。
それに加えて学術的な観点、法的安定性からの見地(母子家庭でうまくいっている家庭の多さ等)からそれを覆すには至っていないというのが私の考えです。

しかしながら、子供に父親の存在も必要だと思います。裁判の内容や事情はわかりませんがこの先お子さんに会える時間を取れるといいですね。
子供を愛するあなたの気持ちが少しでも報われることを願っています。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど、発達心理学という観点からのご回答に感謝します。そういう統計が出ていては強く言うことは出来なくなりますね。
ただ母子家庭で上手くいっている家庭の多さ、には少々納得しづらい物があります。質問文でも書いたニュースもあるようにもはや現在の世の中では、そうとも言い難いと個人的には思います。

娘はまだ幼児で、生まれてこの方僕に会ったことがないので「父親」という概念すら無いと思います。「〇〇ちゃんにもお父さんって人がいるんだけど会ってみたい?」と元嫁が聞いたところ「いい(別にいい)」と言ったようです。
そんな状態で会って何か益になるのか不安な自分もいます。

お礼日時:2015/08/04 11:24

国によっても異なりますが、アメリカなどでは比較的平等だという話も聞きますね。

人にもよりますが、やはり日本では子供(特に乳児、幼児)の世話は母親がするもの、というイメージが強いのではないでしょうか。
これから、変わっていくといいですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

「法律」が「イメージ」に基づいて行使されてしまっては明らかに法律としての体裁が破綻しているように思います。

お礼日時:2015/08/04 11:18

父親として、子供への愛情や、親権が取れなかったことの口惜しさは理解しますが、


あなたの質問文には、子育てについての具体的記述がないです。

それは、あなたにとって、子育ては「抽象論」だった、ということではないか、という印象をうけます。
子供は抽象論ではありません。
母親は、具体的現実として子供を育ててきています。

これまで、母親は日常生活の中で、どのくらいの時間を子供に費やし、どのように接していてか、そして、父親はどうだったか?

これまでの、母親の子供への養育で、不備な点があったか、今後、その不備は継続されるか、改善されるか、それとも致命的に悪化する可能性があるか?

父親が子供を育てる場合に、母親が育てるよりも、明らかに子供にとってよい子育て環境にであるかどうか?

精神疾患があるとか、ないとか、よりも、具体的に何があり、今後あると予想されるか、
それが判断にとっては重要です。

たしかに、妊娠出産は女性しかできません。
しかし、それ以降の育児は、母乳を直接飲ませること以外は、母親でなくてもできます。

これまで、具体的な育児を母親はどれだけし、父親はどれだけしていたか?
そこが判断の決め手です。

出産後、「とりあえず母親」が育児をしていて、虐待とか育児放棄とかの大きな問題がなかったのなら、
離婚後も「とりあえず母親」になるのは、当然の流れだと思います。

経済的功績を「育児への功績」と考えるのは、あまりにも子供を「人間」として考えていません。
子供にかかるお費用は、機械にさす「油代」や、動かす「電気代」ではありません。

子供は札束をムシャムシャ食べて育つわけではありませんし、
お金のことを言い出すと、「じゃ、より沢山のカネを稼ぐ父親がよりよい父親」ということになってしまいます。

年収800万の父親よりも、1000万の父親の方が価値があり、
3000万円を孫にくれる祖父の方が父親より価値がある、ということになります。

カネの話と愛の話を一緒にしてはいけません。
子供は、カネも愛も必要ですが、「カネ」は出どころがどこでも同じ価値ですが、
「愛」は、その人自身であり、そこに価値があります。

子供には、愛が必要であり、これまで誰から具体的な愛を感じていたか?
子供には、「接していた時間の長さ」=「具体的に愛を感じる量」です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
認めたくはありませんが、仰る通りだと思います。

僕の場合に関しては、妻が妊娠中に実家に勝手に帰ってしまったために、子育てに参加したくても参加できませんでした。殺さんばかりに敵視してくる義父の元に乗り込むことは僕には出来ませんでしたから。病院も教えない、出産後も写真一枚しか送ってこない。散々頼んだのに写真一枚こっきりです。

子育てに参加したくても出来ない状況を作り出し、愛を示したいのに示せない状況を作り出し、子供に触れたいのに触れさせまいとする状況を勝手に作り上げ、結果「だってあなたは父親として何もしてこなかったでしょ?子供と触れてる時間が長いんだから当然母親でしょ。」なんてあまりに酷すぎます。
それじゃあ嘘でも何でも逃げたもん勝ちじゃないですか。そういう狡猾な相手をどうにも出来ないのは、法整備の不備なのか否か?海外はもしかして違うのか?と思いました。

>精神疾患があるとか、ないとか、よりも、具体的に何があり、今後あると予想されるか、それが判断にとっては重要です。
具体的に今後何があるか、には精神疾患があるか否かは重要な判断基準の一つに思えます。例えば人格がコロコロ変わってしまう母親に育てられたら子供は今後どう育つか?健全な精神の成長が望めるか否か。そこが日本では一切合切切り離されて考えられるのが理不尽に思えてなりません。
今後何があるのか、には引き取る側の親の人格や精神も考慮されるべきだと思うのです。

お礼日時:2015/07/29 17:17

現在、日本で親権に有利な条件は、「男女どちらが、子供と直に接しているのが多かったか(長かったか)(直接的に育児にかかわっていたか)」になっております。


ですので現在一般的に、「男性は稼いでくる、女性は暫く専業主婦のちにパート」という形が多ければ、自然とそうなります。
※状況によっても変わってきます。

それにプラスして、
判断する側の「母親信仰」度合いも影響するかもしれません。判断する側の思考回路に望みをかけるしかありません。

あとは、「シングルマザー多いから制度も整ってる。シングルファザーより助けがあるだろう。とりあえずマザーに。」という考え方もあるかもしれません。(そうやって結果的にマザーが多くなり制度も進化していき、また「マザーの方が無難」とグルグル悪循環)

です。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。

仰る通りだと思います。例え人格的に問題があろうと、直に接している時間が長い方、が優先されてしまっていると思います。
もちろん立派なシングルマザーもたくさんいらっしゃいますが、ロクでもないシングルマザーも多いはずです。

親となる人物の人格や精神性を考慮することはほとんどなく、現状と世間の風潮の方を重視しているのでは子供の将来を考えているとは到底思えないのです。
「どちらの親の方が子供の益になるか」「経済力も判断基準の一つ」と言いながら日本の裁判所はそれに沿った行動をしていないように思えてなりません。当事者ですから過敏になっている部分もあるとは思いますが…

お礼日時:2015/07/24 13:36

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